(3)スペース・デブリ ――チビの暗躍――
改修中。
チビは、自らの存在意義、アイデンティティに関わる問題を解決するために、これを実施したことを後悔してはいない。だが、悩ましいだけだ。
茜王国から遠く離れ、検知できない程度の規模ながら、遠距離衛星軌道上に超・長大な粒子加速器を二機、建造した(赤道方面向きの 太陽に対し直線位置、平行線上にあるモノと、南北方面向きで 太陽に対し直角の位置にあるモノだ。もちろん位置はズレせてある)。これによって、まだ仮説の段階にあった『多元宇宙の存在と超光速粒子の検知』に成功した。
だがこの結果は、そんなことを言っていられるような状況ではない。直ちに対策を講じる必要があった。そして現在、チビは『重力の調整原理、量子コンピュータの活用技術、超光速エンジンの開発』にまで目処を付けていた。
実は拙速気味ながら もう実用段階に入っている。必要なものは、順次開発し投入すれば良い、そういう考えによる。
なぜこんなにも急ぐのか、それは自らと同等、または それ以上の能力を持つ存在の可能性を、実際に確認にしたからである。出くわす可能性は殆どないが、ゼロではない。ゼロでない以上 無視することなどできない。
彼は(茜にとって)、ただでさえ この世界が危険に満ちていることを熟知している。人為的にである。加えて、地球、いや世界が 次の瞬間にも消滅してしまう可能性が出てきたのである。拙速でも何でも、対策をしなくてはならないのだ。
静香の献身によって、地上における人為的な危機は かなり小さくなったものの、自然災害は免れ得ない上、太陽系内に限っても、宇宙は危険だらけなのだ。
少なくとも太陽系内には(できれば「オールトの雲」の外側にも)完璧な情報ネットワークを構築しなければならない。
現在、チビの機能の殆どは、これに向けられている。悩んでいる余裕など なくなってしまった。
■■■
「あれは何かしら、鬱陶しいわね」
天体望遠鏡を覗いていた茜が指差す先には火星があるはずだ。側近のひとり(?)、静香は、裸眼では判断できないので、拡大率と反応速度を上げることでソレを識別した。確かに火星の前を影がよぎる瞬間がある。茜の動体視力は半端じゃない。
「あれは……、デブリではないでしょうか」
――宇宙ゴミ。地球周辺に浮遊する人工物、使われなくなった人工衛星や打上げ用ロケットの残骸などのこと。
「ゴミなの? 何故そんなモノを放置してるのよ。片付けさせなさい」
「しかし、あれは……」簡単には処理できない。一応、持ち主がいるのだ。だいいち、彼らには ソレを回収する技術がない。
静香が、そのように説明すると。
「国連にやらせたら良いわ」
いやいや、国連に そこまでの権限があるだろうか。それに積極的に賛同する国は、まず いないだろう。何とかソレが動き出したとしても、国連主体の大事業になるに違いない。一番最初に、回収するための技術開発になるだろうが、そう簡単なことではない。
今まで全く検討されてないのは、できない理由があるのだ。などと 静香が躊躇っていると、それを察した茜は命令を発し、行動を促した。
「国連事務総長にテレビ電話をかけなさい。私が出るから」
この時、茜の傍には、大人がひとりもいなかった。
茜は、チビから送られて来たデータ、現在稼動中の人工衛星をリストアップしたものを見ながら国連事務総長に結論を提示していた。
――このリストの内容には、茜には知る由もないが、チビがワザと隠している、記載していないモノがある。国連事務総長も、茜と同じデータを見ている。そして彼は、チビが隠している件については、周知の事実であると思っている。まさか、茜が知らないとは、夢にも思ってもいない。
「これを どうなさると?」
それは各国が発射して、現在稼働している人工衛星の一覧表だったが、当然ながら、それにはスパイ衛星の存在などは載っていないし、攻撃手段を持った衛星の記載もない。つまり建前上、各々の国が公式に発表しているモノだけが載っている。
一応、現在使われていることになっている全ての人工衛星が網羅されていることは、このリストから読み取っていた国連事務総長だった。
「関係各国に連絡しておいてちょうだい。このリストに載っていないモノは、全部ゴミとして処分するからって」
「え?」
彼には茜の言っていることが うまく伝わらなかった。いや、脳が受け付けなかった、が正しい。彼にとって このようなリストは意味がない。それをどうするって?
「静香。あの玩具が五台もあれば、必要な機材は送れるでしょう。早急に対処して」
話しが どんどん進んでいく。国連事務総長の役職にある彼には、それは とても困ったことなのだ。
「はい」「ち、ちょっと待って下さい!」
静香が了解の返事をするのと、彼が話題に入り込もうとするのが重なった。
「何か問題でもあるの?」
茜の機嫌が一気に悪くなった。他人の話に割り込むのはマナー違反である。当たり前のこと、常識だ。変なところで常識人な茜である。
「これで……、全部ですか? これ以外は、全てゴミって……」
――他の衛星は? 他の稼働中の、ヤバい人工衛星はどうするのだろうか。この女王は、それを許容するだろうか。だが、もし……、もし……。
ワタシは知らない。……ワタシには何も関係のないことだ。そのような細かいことは、当事者間で話し合えば良いのだ。
彼の思考は易きに流れていった。それは何の解決にもならない向きだったのに。
「そうよ。他に何かあるの?」
とぼけているのか? と、疑った国連事務総長だったが、そうではない様子だ。
ここで彼は やっと気付いた。とても単純な話しだ。彼女は本当に、最初から何も知らないのだ。しかし、問いかける少女の質問に、他の言葉など返せるものではない。
「……いいえ。何も」と答え、続けて「では失礼します」と挨拶もそこそこに、逃げるように回線を切ったのであった。
「何だったのかしらね。
あ、用意が出来たら、すぐ飛ばしてね。チビも分かってる筈ね」
茜の足元に控えていた黒猫、静香は国連事務総長が言わんとしていたことの察しが付いていた。多分こうだろう(と勘違いした)。
――廃棄品でも、人工衛星には国家機密クラスの部品が使われている筈だ。他国が処理したのでは大問題になるだろう。だが、茜王国の技術力は それを遥かに凌駕している。ならば何も問題ないだろう。安直な考え。でも まあ、自己完結して、了解したのだから良いけれど。
これは茜も静香も知らないことだが 茜王国は、どこの国とであろうと『軍』には関与していない。大人たちが、そのように舵取りをしていた。そして、チビが それを知らない筈がない。
これは、チビが仕掛けた全世界に対する罠であった。ここに執事長か大頭領がいれば、事情を察して、女王にアドバイスすることができただろう。意見することができたかも知れない(彼女には、それを受取るだけの器量がある)。
今、ここに彼らの存在がないいこと自体が、チビの仕業であった。
茜と静香は、軍事については全くの素人である上、未成年で、まだまだ経験不足だったのだ。
「もちろん、チビも知っています。資材の件、三十分ほどで対処いたします」
静香は、別のことを考えながらも、茜の要求には答えていた。
彼女には『あの玩具』が何を示しているか分かる。彼女のAIは、不完全ながらチビとリンクしているのだから。
茜は随分以前に造った玩具(七歳の頃造った小型ロケット)を、再び使うことになったのが、それが一番効率の良い方法だとしても、少しばかり面白くなかった。
別の、何か面白いことはないだろうかと思案した。茜は暫く考えた後、何か思いついたようだ。
無邪気にさえ見える微笑が、彼女の表情に浮かぶ。それは、小さな子供が 些細なイタズラを思いついた時に浮かべるソレによく似していた。
「ゴミを使って、ラグランジュ・ポイントに別荘でも造ろう」
声に出すと、それは とても良い考えに思えた。資源の有効利用にもなる。
「チビ、聞こえてるのでしょ」
『はい。しかし、あそこには』一応、疑問を呈する。
「ラグランジュ・ポイントには、何もない筈よ。あったらゴミだから、別荘用に使うか、だめだったら適当に処分してちょうだい。
必要な機材は、三十分後くらいに そっちに届くからね」
茜は、不要なスペース・デブリを掃除する作業内容を説明した。
『え! そんなことをして、大丈夫なのですか』知っていることでも確認する。
「大丈夫よ。国連事務総長には さっき了解を取ったから」あれを了解と呼んで良いのだろうか。静香のデータを読んだチビには、予定通りではあるが、後に面倒事が待っているだろうことも分かっている。
『了解しました』チビは自分の思惑通りに事が進んでいるのを確信した。
「うん。頼んだわね」
『機材到着後、即刻 処理を開始します。回収及び清掃につきましては、約六時間後に完了予定です。別荘の件につきましては、未だ予定が立ちませんが、検討して報告します』
チビの回答に満足し、茜は壁に掛けてある時計を見た。もう午後十一時を過ぎている。それを確認したことにより、急に眠気が襲ってきた。
女王は大きく伸びをして、当直のメイドに命じた。
「じゃ、今日は もう寝るから。アトはお願いね」
茜は寝室に向かった。
チビは茜のためであるならば、茜本人を含め関係者のことなど考慮しない。そして、必要なことと、命令されたことを誤りなく、早急に実行する。チビの思考回路は、そういう構造をしているのだ。
作業は滞りなく順調に進み、予定通りに完了した。
当たり前だが、国連事務総長は無能では務まらない。
彼は、茜からの通達を、その日の内に、関係各国に間違いなく通知していたのだから、全く非はない。何か問題があれば、当人同士で話し合えば良い、などと考えていた。そう問題など無い筈だった、相手が茜でなかったならば。
ただただ茜の反応が速過ぎたのだ。まさか連絡のあった次の日、しかも早朝に 全てが終わっていただなんて、誰が考えるだろう。
■■■
『スペース・デブリは、全て回収及び清掃処理を完了しました。
別荘の件ですが、どの程度の居住環境を お望みでしょうか』チビは、ほんの軽い気持ちで聞いた。
「宇宙服なんて着るのイヤだわ。そうね、ここと同じ程度で良いわ」
『え。地上と、同じ……』チビは絶句した。
「返事は」
『はい。設計に……半年、いや一年ほど頂きたいのですが。いかがでしょうか』何だか、冷や汗を流しているような雰囲気だ。機械なのに。
「やっぱり難しいか。
まあ良いわ。期限は決めなくて良いから、完成できたら連絡してね」
茜にも、かなり困難な宿題だという自覚はあったようだ。
『はい』ほっ、と溜息をついたような雰囲気だ。機械なのに。
チビは気をとり直し、彼にとって最重要な事柄の承認を要求した。
『あと、他のモノを監視するためにも、月に基地を造りたいのですが、宜しいでしょうか』
ちょっと性急すぎたか? チビは言葉にした後で不安に襲われたが、茜は そんなことに頓着しなかった。
「いいわよ」即答である。
チビは今回の計画を完了した。満点だ。
『では、基地建設作業を開始します』チビの声は、少し弾んでいるように聞こえた。機械なのに。
良いのかなあ。と、静香は少し不安に思った。
だが、すぐに茜のやることだから、との理由で 心配することを放棄してしまった。この黒猫の思考回路も、チビと大差ないようだ。
二月、茜王国の時間で まだ午前十時になっていない。
茜王国は季節のよって、業務開始の時刻を変える。そして冬時間の季節、この国における一日の始まりは九時。まだ始まったばかりだ。
茜がチビから『掃除』の報告を聞き終えたところだった。一人のメイドが執務室に入って来た。通信部んの服装だ。
「茜様。国連事務総長経由でテレビ会議の申請が来ていますが、いかがいたしましょう」
「ふーん。何の用だろう」
静香には、なぜ理由が分からないのか、それが理解できなかった。スペース・デブリの件に決まっている。
チビは、これを待っていた。全て予想通り、とても良いタイミングだ。
「いいわよ。何人の会議? 通信室に行こうか」
「いえ、こちらで十分です。茜様を入れて四人の会議になります」
茜の前に三つのディスプレイが降りて来た。全て二十インチサイズ正方形だ。既に三人の大人が揃っている。
「おはよう。こんなに朝早くから何の用かしら?」
会議の相手は、USメリケンの大統領、ソーメン連邦の書記長と国連事務総長である。東西両陣営の首魁と、その仲を取り持つ組織の代表だ。茜は そのような些細なことは、全く気にしていないが。
そして、今回もチビの手筈で、執事長夫妻も大頭領も同席していない。問題は そこにあるのだが、誰も気付いていない。
つまり、話しが噛み合わない。大人と子供のケンカになった。
――この物語の設定では、ソーメン連邦は滅んでいません。修正型共産主義として残っています。あくまで、物語の都合上です。他意はありません。
国連事務総長は、昨夜から まだ十二時間も経っていないのに、見るからに やつれている。目の下の隈が痛々しい。スペース・デブリの件で、きっと朝早くから叩き起こされて、さんさ愚痴を聞かされたのだろう、可哀想に。と静香は思った。
二国の首班にとっては、それどころではなかった。スペース・デブリに紛らせていた『監視・盗撮用衛星』や『兵器を装備した衛星』がゴミと一緒に破棄された。と思っているのだが、事実を言葉にできる筈もない。
結局、言葉として出たことを要約すれば「他人のモノを、勝手に処理されては困る」だった。二人は、言葉を濁しながらも、鬱憤晴らしのように、色々文句を言っている。
しかし、ちゃんと言葉にしなければ 相手に正しく通じる筈がない。茜は しっかり勘違いした。
憂さ晴らしの相手は面倒だ。女王は「馬耳東風」とばかりに、薄目を開けて雑音を聞き流した。
二人が息継ぎのため黙り、少し間があいた。
「言いたいことは それだけかしら?」茜の顔つきが変わった。
三人は、ギクリとして硬直した。氷よりも冷たい瞳に見据えられて動けなくなったのだ。
「あなた方の言い分は、まあ分かったわ」
二国の元首と国連事務総長は、次の茜の言葉で思い知った。前提条件を明確にしていない会話では、話しが通じる筈がない、と。
「でも それって、ゴミ屋敷の主人が家を掃除をしてくれたヒトに対して『あれは資源だった』と言ってるのと同じよ。さっさと片付けないのが悪いのよ。
貴重な時間を使って掃除してあげたのだから、お礼ぐらい 言って欲しいわね」
茜の、怒りに燃える目が怖い。
三人は、茜と その横に座っている黒猫をチラリと見て思い出した。この子供、いや女王は、その気になれば いつでも世界を征服出来るのだ、ということを。
三人は思い出した、破壊神という名の怪物のことを。現在、世界が安定を保っていられるのは、彼女の ほんの気紛れに過ぎない結果なのだ、ということを。
――自己投影からの疑心暗鬼。茜も静香も、今のところ世界征服の予定はないし、人類滅亡を企てているわけでもない。チビも まだ、そこまでは考えていない、筈だ。
彼らに選択肢はなかった。事実を知られても良い結果には決してならないことは明らかだ。このまま、誤解されたままの方が、まだマシなのだ。
「お、お掃除して頂きまして 誠にありがとうございました」
三人が声を揃えて頭を下げた、ように見えた。チビの自動翻訳装置は 本当に高性能だ。静香の思考は明後日の方に向いていた。
「うん。常識を弁えてよね。私は 馬鹿は嫌いなのよ」
誤解に誤解が重なった会議は終わった。
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チビは、最新鋭の『物理的攻撃』能力を手に入れた。今まで茜王国としての計らいで軍との接触がなく、兵器を知らなかった。チビにとって この程度のモノは、基本構造さえ分かれば良いのだ。威力など どうにでも調整できる。
月に基地を造る許可も貰った。内惑星の衛星軌道上と小惑星に、補助用通信システムの設置準備完了。直ちに実行に移す。来月までには設置完了。
巨大ガス惑星の衛星や準惑星に工場を造る必要がある。超光速での生物の移送は困難だが、無生物なら問題はない。超光速通信機は既に完成している。太陽系外縁部にも監視システムが必要だ。直ちに必要な対策及び工事を開始する。
チビは、自分の使命に忠実であった。