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第三話

 帝国内に存在する闘技場(アリーナ)は、帝都のものが唯一ではない。


 だがその中でも帝都の闘技場が他都市の闘技場を遥かに上回る集客率を誇っているのには、様々な要因が挙げられる。


 王侯貴族を初めとした富裕層の後援者(パトロン)を多数有している事。


 練度の高い剣闘士を数多く保有している事。


 そして、魔術師が(・・・・)闘技場の(・・・・)運営に関わっている(・・・・・・・・・)事。


『皆様、ご注目あれ!此度闘技場を地獄に変えまするは、若手最優秀との呼び声も高き魔術師レイジ・ブラック氏が創造した新種!漆黒の鎧蛇ブラックメイルサーペントに御座います!』


 魔術師が闘技場に与える恩恵の内、最も分かりやすいのが魔物だ。


 (ドラゴン)巨人ジャイアント混獣(キメラ)邪鬼(ゴブリン)、等々。


 かつて幻想の中に語られた怪物たちは、魔術師の作り出した人造生命として現代に蘇った。


 その力は帝国が今日の繁栄に至るまでの侵略の尖兵として大いに活用され、それは現在も続いている。


 魔術師たちは日々、新たな魔物の創造と改良にいそしみ、その成果は軍部に供出される前に、この闘技場(アリーナ)に提供される。


 魔術師にとって闘技場とは、新たな魔物の実戦テストの場なのだ。


『そしてこの怪物に対する勇士こそは、かの"水晶剣"ロード!かつての"竜殺し"の偉業を、今再び成し遂げることができるのでしょうか!』


「……トカゲとヘビじゃ全然相手が違うだろ」


 誰に聞かせるわけでもなく、小声でロードはぼやく。水晶の剣を抜き放ち、闘技場の舞台に立つ彼の視線の先には、鎌首をもたげた大蛇がいた。


 その全長は舞台を半周するほどはあるだろうか。全身を覆う黒曜石のような鱗は、一部がせり上がって甲冑のような外殻を形成している。口から覗いた大剣のような鋭く白い牙は、人間など簡単に串刺しにできそうである。


 ただ殺戮のためだけに創造されたその異形は、眼前に立つちっぽけな獲物を睥睨する。


『それでは、試合ぃ……開始っ!!』


 開幕の合図と共に、対峙する両者は同時に動き出した。


 ざんっ、と地を蹴ったロードは、風のような速度で大蛇へと肉迫していく。


 だが彼が間合いに入るよりも早く大蛇は口を大きく開くと、そこから真っ黒な炎の吐息(ブレス)を放った。


『おぉっ、これはぁっ!!鋼をも一瞬で融かし尽くすという、ブラック氏の秘伝術式"獄炎"だっ!』


 実況の解説もよそに、放たれた炎は津波のように舞台に広がっていき、ロードの身体をも呑み込んでいき――


「――くだらねぇ」


 ざんっ!!


 何かが"斬り裂かれる音"が闘技場に響き渡り、ロードの周囲の炎が切り払われた(・・・・・・)


「この程度、ただの火遊びだろ」


 闘技場の地面を焼き、砂を硝子のように融かす漆黒の炎の中で、彼だけが火傷一つ負っていなかった。


 その異常な光景に大蛇も困惑したように喉を鳴らし、しかし恐怖とは無縁の精神を持つ魔物は、すぐさま次の炎を放つために再度口を開く。


 だがそれよりも早く、進路上の炎を水晶の剣で薙ぎ払い、剣闘士の青年が今度こそ大蛇を間合いに捉える。


 ロードが目の前の大木のような蛇の胴体に剣戟を放とうとしたその時、大蛇の尾が横殴りに叩きつけるように振るわれる。


 その尾部の先端は刃のように鋭く尖った外殻で覆われており、鞭のようにしなりながらロードの身体を真っ二つにするべく迫る。


 だがロードはまるで予測していたかのような自然な動きで剣をそちらへと向け――ざんっ、と再び切断音が響いた時、真っ二つに切り飛ばされていたのは大蛇の尾の方だった。


「ギィィィィィッ!?!?」


 初めて怪物が声を上げる。甲高い苦悶の叫びを上げながら身を捩らせる魔物に向けてロードは、だんっ、とまるで背中に羽でもあるかのように高く跳び上がり――


 ずばんっ!!


 三度目の斬撃と共に、兜のような外殻に覆われた大蛇の首を天へ斬り飛ばした。


「案外、脆いもんだな」


 一人呟く青年が闘技場の地面に着地し、次いで大蛇の首が、そして主を失った胴体がゆっくりと地に落ちる。


 割れんばかりの歓声が、炎よりも激しく彼を迎えた。







「いやはや、お見事でした」


 舞台から一時退場したロードを待っていたのは、黒いローブを纏った黒髪の若い男だった。


 その手には、帝国所属の魔術師であることを示す樫の杖。


 穏やかな微笑を浮かべ、表向きの態度こそ丁寧だが、どこか相手を見下すような目つきをしている。慇懃無礼を絵に描いたような男だった。


「あんたは……レイジ・ブラックだったか。あのヘビの創造者の」


「おぉ、かの"水晶剣"殿にお見知り置かれているとは、光栄ですな」


「いや、適当に当たりをつけただけだ。見事な黒尽くめ(ブラック)だったから、もしかしてと思ってな」


「さ、然様ですか」


 微笑こそ崩さないものの、明らかに気分を害した様子で、黒い魔術師の表情が引きつった。


「で、わざわざ若手最優秀魔術師殿が俺みたいな剣闘士に何の用だ?」


「いえ、私の自信作をああもあっさりと倒されたロード殿に、是非詳しい感想をお聞きしたかったのですよ。やはり帝都闘技場の一流剣闘士の攻撃を耐えるには、あの装甲でも不足だったのでしょうか」


「いや、強度自体には問題はないと思うぞ。あのヘビの装甲を真っ向から切るなり砕くなりできる奴はそうそういないだろうし、俺もやりたくないな」


「ほう、ではあなたはどうやって私の漆黒の鎧蛇ブラックメイルサーペントを斬ったのですか?」


 魔術師としてはやはり血が騒ぐのか、ブラックは身を乗り出してくる。


 対するロードはつまらなさそうに言った。


「あのヘビの外殻は硬いが、その内側の肉は柔い。小さな鱗のように全身隙間なく覆ってれば問題ないが、それをでかい外殻に作り変えたらどうしても隙間ができる。俺はそこを斬っただけだ。構造上の欠陥、ってやつじゃないか?」


「……これは手厳しい」


 貼り付いたような微笑を浮かべ続けるブラックの目は、もはや全く笑っていなかった。表の舞台から聞こえてくる熱い歓声をバックに、魔術師の声が冷ややかに響く。


「ではただちに今回の失敗を改善し、次はもっと素晴らしい魔物をご覧にいれましょう。では、失礼」


 かつん、と杖で床を叩きながら、早足に去っていくブラック。その後姿を見送りながら、ロードは軽く溜息を吐く。


「プライドの高そうな奴だなぁ」


 面倒な相手に目をつけられてしまったかもしれない。


 ロードが直接面識のある魔術師は少ないが、彼らは皆非常に我が強く、特に自分の研究については偏屈なまでのこだわりを持っていた。あの黒衣の男もまたそうなのだろう。


 歯ごたえのある魔物と戦えるようになるのは歓迎だが、試合と関係ない場で余計なちょっかいをかけられるのは勘弁してほしいところだった。


「……まぁ、考えても仕方ないか。ただの剣闘士の俺が魔術師()をどうこうできるはずもないしな」


 がしがしと頭を掻いて、ロードは思考を切り替える。


 慇懃無礼な黒衣の魔術師の事から、これから先の戦いについての事へ。


「それじゃ、三回戦といくか」


 自分の名を呼ぶ声のする方へ――本日三度目となる闘技場の舞台へと、彼は再び歩き出した。

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