くえすと1 ゲームって凄いんだねぇ。
世界っていうのは携帯の電波が届く範囲。なんて言っていたアニメ的にはここは世界の一部なのかな?
そんな事をふと考えつつ私は弓に矢を番えながら頭の中に響く伝言メッセージを聞いていた。
[ちゃんとご飯食べてる? 茂さん達の言うこと聞いて頑張るのよ。病気にも気をつけてね]
「ご飯はちゃんと今から食べるし、ここでは病気にはならないし、シゲっちのいう事は……あんまり聞いてないかも」
お母さんからの録音メッセージにブツブツ呟きつつ弓を引き絞る。
獲物の一瞬の隙を見逃さず放たれた矢は一直線にうさぎを射止めた。ただしサイズは小学生低学年の子と大差ない。
「よしっ! 晩御飯ゲットだぜ!」
仕留めたうさぎに相棒のクリスと一緒に近寄りつつ思えばこの世界にも慣れたものだと自分の事ながらに思う。
ここは今年の四月から始まったVRMMORPG〈ファンタジー・クエスト・オンライン〉と言うなんともあれなタイトルだけど、まあそれは置いといて、言ってみればゲームの中の世界なわけなのよ。私には脳波とリンクさせてどうのこうのという説明は全くもって理解できずはっきり言って今リアルの私がどういう状況なのかもよくわかってはいない。そんな私が何故こんなゲームをやってしまったのかと敢えて言えば「ファンタジーとかアニメとかが好きだから!」と胸を張っていえる! 薄いけど。
まあ、そんなこんなでゲーム開始から既に現実で三ヶ月ゲームの中ではえっと何年経った? まあいいや、とりあえずこの〈ファンタジー・クエスト・オンライン〉略してFQOは御多分にもれずログアウト不可となっております♪
何故嬉しそうかって?
この手のゲームでそうならなかったら逆にお客さんに対して失礼ではなかろうか? と思ってしまうほどにはその手の小説等を読んでいたりするダメな子だからです!
元々お父さんの躾けが厳しいというかなんというか、ともかく電子的なゲームというものに余り触れたことがなく小さい頃は両親が共働きで近くの友達の家に良く居着いていたのだけどその時に色々と昔のアニメなどを見せてもらっていた私は順調にその道へズブズブとハマりこんでいっちゃたわけなんですよ。アニメを見せてもらえるならゲームもやったことがあるのでは? と思ってしまうそこのアナタ……その友達あんまりゲームやらないんだ……今は少しはやってるみたいだけど昔は習い事を色々やっていたせいかゲームを持っていたという記憶はない。
まあ、それは置いといて。こんなゲーム初心者がどうやってこの世界で生きてきたか簡単に振り返っていこうかと思います……最初から総集編だZE! べっべつに走馬灯じゃないんだからね!
「そうだゆりちゃん、高校の入学祝いと誕生日のプレゼントは何がいい?」
そんな事を高校の入学式を明日に控えリビングでまったりと過ごしていた時お母さんに聞かれ私はこう即答した。
「VRゲームしたいな」
普通ならばゲームが欲しいじゃないのか? と言われそうだけど私の場合はちがう。
何故ならば私こと五ノ宮咲百合は今時な電子的なゲームをやったことがないのです!
そんな私がどうしてもやってみたくなったのがこの春に発売される〈ファンタジー・クエスト・オンライン〉だ!
最近知ったのだが今の時代のVR技術は凄く進歩していて本当のファンタジー世界のようなゲームに入れてしまうらしい。
前にやったことのあるVR教材は教育番組で出てくるような当たり障りのないキャラが勉強を教えてくれるという程度のものだったのに、私の知らない間に世の中はすごいことになっていたんだなぁ。最初から知らなかったからどれだけ凄いか良くわからないけどね。
「はぁ、またそんなことを言いだして、お父さんが許すわけないじゃない」
「大丈夫今回は秘策があるの」
「秘策?」
「うん秘かに練った策と書いて秘策なの」
「……がんばってね~」
「うん頑張る」
紅い瞳を飽きれ色に染め銀髪を揺らしながら応援してくれるお母さんに後押しされた私は、はいそこっ! あきれられたんじゃないんだからね! 勢い勇んでお父さんの待つ書斎に単身乗りこみ、そしてこう言い放った!
「お父様ゲームがしたいです……」
ふ、勝ったな。そう既に調べはついているお父さんはかの有名なバスケ漫画の再ブームの時にちょうど中高生だったはず。
ならばこのセリフで落ちないはずはない! と勝利を確信したその時。
「まるで成長していない」
「なん……だと?」
「いつから私がその程度で許すと思っていた?」
くっ! まさかこんな切り返しが来るとは……と怯んだ隙にお父さんの止めの一撃が放たれる。
「あきらめたら?」
まさか……そんなネタまで。もう勝てない、さよなら私のファンタジー世界……
「……うん」
ゲームができない事に軽い絶望感を覚えつつ私はお父さんの書斎からお母さんの居るリビングに逃げ込んだ。
それから数分後リビングのテーブルに突っ伏していた私の耳にリビングのドアをあける音が聞こえる。どうやらお父さんが様子を見に来たようだ。
「そんな事で落ち込むようではまだまだ子供だな、子供は子供らしくゲームの一つでもやってみるのもいいかもしれんな……留美あとは頼む」
そう言ってドアを締める寸前。
「それと、お父様やめなさいと前から言ってるだろう」
そう言い残し書斎へと戻っていったのを確認し私は勢い良く顔を上げ。
「ふ……計画道理ね」
と、決めたところで。
「……ゆりちゃん本気で落ち込んでたでしょ」
「でも許してくれたよ」
「そうね、よかったわね」
「うん♪」
こうして私の最初にして最後の難関は取り除かれ初めてのゲームが出来る事になったわけよ。
そして私が高校に入学して約一ヶ月後、五月の二日が待ちに待った私の誕生日なのです! つまりはゴールデンウィーク直前に発売されたゲーム〈ファンタジー・クエスト・オンライン〉が私の手にっ!
あとで聞いた話だがこのFQOは数年前の発表からゲームファンの期待も高く初回生産分は予約で完売状態だったらしいのだけどお父さんが部下を使い倒しどこからともなく入手してきた。来たんだけど……
数日前に部下Aさんを家に連れてきて何故か私を玄関先に呼び。
「この子のためだ」
と訳のわからないことを言うと、私をポカーンと見ていた部下Aさんが。
「結婚してくd「死ねぇこの糞ガキ」
お父さんに殴られ地面に倒れ伏していた……ワケガワカナイヨと小首をかしげていると。
「誕生日を楽しみに待っていろ、な」
と、お父さんが部下Aさんを足でつつくと。
「……楽しみにしていてくださいお礼はでーt「まだ言うか!」
グシャっと何やら嫌な音が聞こえたが世の中大変なんだなぁ、と他人事のように思うことで聞かなかったことにした。まあ他人だしね! まあ他人事ではなかったんだけどね。
そんな訳で色々あったがやっと人生初のゲームができるのだ! しかも私の大好きな剣と魔法のおもしろ世界! さすがに作品世界に合ってないのかロボットは出番無さそうでちょっとしょんぼり。ロボット乗りたかったなぁ。そして夕飯と一緒の家族だけでの誕生日パーティーも終わり両親にプレゼントのお礼を言い自分の部屋に戻り早速始めようと思ったのだが。
「えーと、まず何をどうするんだっけ? 公式サイトでゲームをダウンロードするんだよね」
このあたりはまだ普通の辞書アプリなどを買う時と変わらないのですんなりと進む。ゲーム本体、えーとクライアント? とやらをのんびりとダウンロードする。しばらくぼけーっとしているとポーンという音とともにダウンロードが終了した。
「それで次ぎはっと、えっとインストールを押してっと」
ゲーム機本体の上に浮かぶホロウインドウのボタンを押して次の画面に移る。
「お、でたでた」
ここで私の誕生日プレゼントの出番である。
「このコードをここに打ち込んでっと」
ぺちぺちとホロキーボードを叩きながら前から思ってたことがまた脳裏をよぎる。これは一体どう原理で動いてるのだろう……と。まあ考えてもわかんないしいつも思うだけなんだけどね。
「よしこれでOKっと」
ぽちっとOKボタンを押すとキャラクター設定という画面が出てきた。
「ほうほう私の向こうでの体を作るのですね!」
これは素敵なボディにせねばと注意事項読むと。
「体型はなるべく現実と同じにしてください……だと?」
なんということでしょう、そこには酷いことが書かれていました! まあ現実逃避してもどうしようもないので。
「はいはい、ぺったんこぺったんこ……」
無表情のまま光を失った目で数値を入れようとした時に横に不思議な文字が……
「スキャン? なんだろこれ?」
なんだろと思いそのボタンを押して見るとポンっという音と共に注意書きが出てきた。
「えーと、このモードはより的確に体型を現実に近づけるために写真から体型をスキャンします、正確に測定するために裸に近い写真が好ましいです……だと?」
ふ、さすがにこんな物に引っ掛かるわけがないだろう! ネット回線でつながった物に自分のそんな写真なんぞ放り込めるはずがないわ。
「ふ……愚かなり製作者たちよ私にはこれがある! ぢゃぢゃ~ん健康診断の結果~♪ふふ~んこれがあればスキャンなんてしなくてもCTスキャンしてまでとった数値がわかるんだよーだ。まあサイズにCTは関係ないだろうけど」
そう私の通う学校は中高大学一貫のお嬢様学校で変なとこに無駄なお金を掛ける癖があり中学時代から健康診断で成人病検査までやっている。
「ふっふふ~ん、えーとまず身長股下体重っと……あれ?あんまり画面に写ってる体型が変わらない?」
小首をかしげながらしばらく考えふと思いつく。
「ふ、私はファンタジーでも通用するナイスバディなのね。罪な女♪」
と鼻歌交じりで次の項目。
「……うえすとひっぷ」
うん……見ないでもわかるくらいに画面に写ってるキャラクターの胸が無くなったよ。
「……そうだっ! 胸くらいおっきくしても誰にもばれないよねっと」
そう勝手に決め付けバストの数値をいじろうとリセットキーをおそうとした時ポコンという音と共に。
『胸囲の数値は小さくする分には軽くなり重心もブレなくなるため問題は少ないですがあまり大きくすると重心も変わり武器等を持った際に動きづらくなったりもします。変更いたしますか?』
………
……
…
「ふぇ……」
本気で泣いちゃうぞこのやろう。っは!
「ど……どのくらいなら大きくしてもいいのかな!」
我ながらナイスリカバリーだと思った。
『男性なら10センチから20センチ女性なら5センチから10センチ1カップ位が違和感が少ないでしょう』
「っく!」
半泣きでちょっぴり大きくしたバストサイズをぺちぺちと打ち込む。
「なんだろう……ゲームがあんまり楽しいものじゃないような気がしてきたよ?」
ちょっと悲しくなってきた気持ちを前向きにしようと勢い良くOKボタンを押して見るポコーン。
「お。次は髪型だな! ふふーんこれはもう決めてるもんねーシルバーブロンドのポニーテールで決まりだね! っと」
そう私は昔からポニーテールに憧れていたのだ、何故って? そりゃ小説やアニメなどでポニーテールの女の子のでない物があるだろうか! いやいっぱいあるんだけどね。まあ実は私の学校では校則で結んだりしない状態で肩から上までって決まっていたりするのですよ。だからまあショートポニーは頑張れば出来ないことはないのだけどね。先生に一度理由を尋ねたら……その昔ロングヘヤーの子が通学途中に髪を電車のドアに挟まれて……ワタシハナニモキイテナイキイテナイ。
ふう、危うくトラウマ話を思い出すところだった。まあ、ロングヘヤーのお母さんに聞いてみたら「ロングはロングで手入れも大変だし何より重くて暑いのよ」とのことだった。
基本的に自分のお洒落には無頓着な(まあ体型はお母さんの遺伝+エルフの様な体系を目指してたのでスレンダーなのだが……胸は絞ってないのに、しくしく)私にそんな物の手入れができるはずもなく、ここ数年はショートカットがお気に入りになっていた訳だが。
そうゲームの中ではお手入れ不要! しかもここの注意書きにっ。
『髪の毛は重さ等の設定はなく戦闘中に邪魔になったりしないよう自分の髪の毛は見ようと思わなければ見えない様になっています。家の中などの非戦闘エリアでは可視化されます【設定で変更出来ます】』
「なんて素敵な設定なんでしょう♪」
などと先程怨みまくった設定を今度は褒めちぎって見る程度には現金な思考の持ち主な私であった。
「あれ? そう言えば顔の設定はどうするんだろう?」
ん~っと首を傾げながら『次へ』ボタンを押して見る、そこには名前入力画面と。
『フェイスメイクはヘッドセットもしくはより正確に表現したい場合はお近くの提携医療機関でスキャニングを行なっていただく事でより自分の顔に近づくことができます。』
……………なんですと?
「え? 素顔? え?」
素顔でファンタジー世界だと?
自慢じゃないが私はこの十六年告白もされたことがない程度の顔をしているのですよ?
まあ中学も女子校だったけどね。でも小学校の時も男子にからかわれはしたが告白されたことなんて無いし。皆がよく言う“それは好きだから”とはきっと違う、なぜならば!“お前顔が皆と違うぞ!”はどう解釈しても褒め言葉じゃないと思うの……自分で言ってて悲しい。さらに中高女子校だから男の子に合うタイミングが登下校中にしかないわけだが。その登下校も車で送迎してもらってるから出会いがないわけだけどね。
そこで評価してくれるのが学校の友達になるわけだけど……
「咲百合さんは可愛いですわね、おほほほほ」
だとか。
「咲百合さんは化粧品はどこのを使っていらっしゃるの? まあ使っていらっしゃらないの? 信じられませんわ」
だの。
「咲百合さんの私服はどちらでお求めになっていますの? ウニクロ? お寿司屋さんですの?」
コレは顔は関係ないか。
親友にいたっては。
「貴方少しは身だしなみを整えようとしないの? まあ貴方の場合あんまり変わらない気もするけど」
思い出してみると実は皆私のこと嫌いなのではなかろうかと思う。
「うーん……悩んでても仕方ないからやっちゃうかぁ。あれ? この提携してる病院って健康診断受けた所の系列?」
ガサゴソとさっき涙で濡れた紙を引っ張りだす……なんだかんだで個人情報はこうやって紙で渡してくれるところが古風な学校だなぁと思いつつ説明を読みつつ診断表を見てみると。
「ほうほう、この20桁のよくわからん羅列ををここに記入すればいいのかってこれ入れたら今まで入れてたの全部いらないんじゃないの?」
よく説明を読むと最初の入力画面でそう書いてあったらしい……私の時間を返せっ!
そんなことを思いつつ二〇桁の英数漢字ひらがなカタカナ全部混じった文字を打ち込み更に個人端末での認証っと……メンドクサイな。
「なんでこんなややこしいのだ……まあ個人情報だししかたないかっと、よしオッケーっと」
ポコーンという音と共に映しだされたのは紛れも無い私の顔だった。
「お~。こうやって見ると私結構可愛い?」
ちょっぴりそう思ったが自分で言ってても仕方ないのでOKボタンを押したところポコンっと確認メッセージが出てきた。
『入力された数値が変更されました上書きしますか?』
「ん? なにか間違っていれてたかな? ん~、ぁ……」
ぺちぺちと画面をスクロールさせ、“ここ変更されましたよー”と赤く強調されているバストサイズを光の消えた目でぺちぺちと打ち込み。
「ふふふふっ」
ちょっぴり成長したバストを眺めつつ今度こそOKボタンを押し込んだ。
ポコン。
『ボイス設定を行います表示されてる語句をヘッドセットを装着して声を出して読んでください』
「おおう? えっと、あめんぼあかいなあいうえお?ってどんだけあるの……長いな」
そう言いながらもブツブツとヘッドセットを付け念仏のように呟き続けること数分。
『設定が終了しました』
ポコンと次の項目が表示される。
『キャラクターの名前を決めてください』
名前はもう決めてある。
生まれて最初にもらったプレゼント。
「リリィ、ブルーム(Lily Bloom) っと」
ポチッっとOKを押し込む。
名前を使えるかどうかの確認が終わり。
『ゲームをはじめる準備が完了いたしましたヘッドセットを被って専用シートかベット等に横になってください』
よし! いよいよだ。
ヘッドセットはさっきから被ってるのでそのまま専用のシートに座る。昨日学校から帰ってきたらこれが部屋に鎮座していた時はそりゃもうびっくりした。確かお値段が三桁に届きそうな物のはずだけどお父さんが。
「どうせやるなら徹底的にやれ!」
昔からお父さんは形から入るのが大好きな人なのだ、そして手を抜かない。
「お父さんありがとう」
そう呟きながらヘッドセットをかぶると私の身体情報を読み取ったのかシートが私の体に良い感じにフィットして限りなくフラットな状態まで倒れていく。
ピピっ、と、準備完了を告げる音が響くと私は囁くようにそれでいてはっきりと告げる。
「リンクスタート・フルダイブ」
『Welcome to the Fantasy Quest Online』
1-2
暗転する世界
薄暗闇の中目を開けた私が最初に感じたのは冷たさだった。
というか冷たすぎた。
「うひゃつめたっ!」
そんな限りなく乙女チックではない声を上げ起き上がった私は。
「ようこそいらっしゃいました冒険者のお方」
「うひゃ!」
っと、また乙女チックではない驚き方をした私におじいさんが話しかけてくる。
「おやおやビックリさせてしまったようですね、これはすまないことをしました」
と、頭を下げられるがこちらはただの女子高生なのでおじいさんに頭を下げられると無駄に恐縮してしまったりして。
「いやいやこちらこそ驚いてしまってすみません」
と頭を下げ返した時にちょうどおじいさんの頭の上に付いているマーカーに気づいた。
あ、このおじいさん【のんぷれいやーきゃらくたー】略して【NPC】ってやつなのかな? と最近覚えたゲーム単語を思い出す。
「まあ、ここではなんですからあちらでお話ししましょう」
そう促されたので椅子のようなベッドのような手術台のような石の上から石畳の床に足を踏み出す瞬間、下を見た私の目に飛び込んできたものがあった。
「む、胸があるっ!」
いや現実の私にもちゃんとあるよ? ぺったんこだけど……あるんだよっ! 自分で自分のおっぱいを嬉しさのあまり揉みほぐす。
「あぁ、やわらかいおっぱいとはいいものね」
いや現実の私のもやわらかいよ! ほんとだよ! と堪能している私に。
「あの……しばらく一人にしておきましょうか?」
そうおじいさんが背中を向けつつ言ってきた。
「あひゃ! こ、これは別にやましい事ではなくですね? あのその……そ、そう、お話しましょうお話!」
と慌ててかけ出した私は……おおう胸がっ! ゆ・れ・る・ZE! と内心叫びたかったが我慢したのは秘密にしておこう。
それにしても凄いなぁ受け答えが本当の人間にしか思えないんだけど私の知らない間に凄い事になってるんだなぁ。
そんな感じで数分後。お茶を飲みながらおじいさんの話を聞いていた私の頭の中ははてなマークでうめつくされていた。
小説やマンガやアニメの知識はあるのでファンタジー的な話は理解できるのだが、なにぶん初めてのゲームなのでシステム面の話が全くわからない。
これでも少しはネトゲ(ネットゲーム)については勉強したつもりだっただけどなぁと途方にくれつつも最後におじいさんが。
「武器は何が使いたいかのう?」
と言って来たので私は弓を選んだ。
弓は何というかこうエルフが使ってそうな感じでファンタジー的な感じがしたんだよね!
まあ剣とかだとモンスターと近いから怖いとも言うけど。貰ったのは良いのだけど弓しかないのだけど? 矢は? 良くわからない事はとりあえず聞いてみるが心情の私的にはおじいさんに聞いてみようと振り返ったら既にいなかった。
「一体いつの間に……」
まあきっとゲームはこう言う物だろうという事で納得しつつ今後のことで頭を悩ませる。
「え~と、どうしたらいいのかなぁ」
とりあえず外に出て見ようかと思い立ち出口に向かって歩き出す。
ちなみに服装は典型的ファンタジー世界の町娘Aのような感じ。もっと詳しく言えって? じゃあファンタジー世界の町娘Aみたいな格好ってどう説明するのよ? 少なくても私の語録で一番うまい表現が町娘Aなのよ。
「どっこいしょっと」
無駄に重い両開きのドアを開けるとそこは……
「廃墟? てか夜なのかな」
外に出た私の目に飛び込んだのは薄暗い闇の中で廃墟に見えるようなみすぼらしい村というか集落だった。
「はぁ……これじゃ誰かに聞くなんて無理じゃない。どうしよ~」
と、空を仰ぎ見た私の目に飛び込んできたのは満天というかなんというか……
「………」
まさに声も出ないほどの星空だった。
「……っは!」
思わず大口開けつつ空をぼーと見ながら突っ立ってしまっていた。まあ、ぼーと突っ立っていたおかげで発見したことがある。
「凄いなぁ自転してるのかな? それとも空が回ってるのかなぁ」
そうなのである星が回っているのだ。ゲームって凄いんだなぁとしみじみ感心しつつ周りを見ていると。
「ぉ、第一村人発見!」
あの人に聞いて見よう! っと走り出したんだけど何というか。
「……なるほど確かに胸が大きくなると、なんというか、違和感があるなぁ」
そんなことをブツブツ呟きながら第一村人に武器の使い方を聞くべく声を掛けてみたのだが。
「こんばんは~」
「こんばんは~ようこそ最南の村へ」
「あの~お聞きしたいことがあるのですが~」
「はい、お答えできるものならば」
「この弓はどうやって使うのでしょうか?」
「使ったこと無いのでわからないです」
「……矢は売っているのでしょうか?」
「たしか売って無かったですね」
「……ここはどこでしょう?」
「最南の村です♪」
「弓の使い方は?」
「わかりません」
っく! つまりはそういうことかっ! どういうことだ? 弓の使い方がわからないということだな!
しくしく、まったく事態が好転しないよう。
さてさて、いよいよどうしたら良いかわからなくなったなぁと思っていたら第一村人のお姉さんは、そのままテクテクとおうちの中に消えていき一人ぼっちになってしまう。
お姉さんが消えたお家を眺めつつ途方に暮れていた私の耳にポーンという音が響き視界の片隅に何やら表示された。
『ゲーム内時間が深夜に成りました、深夜帯は小さな村や町の中でもモンスターが出現いたします、なおフィールド上のモンスターもレベルが上がりますのでお気をつけてください』
ほうほうなるほどなるほど……ん?
そう言えば今表示されてるこれはもしやチュートリアル的なメッセージ…と言うことは! きっと普通にヘルプメッセージ的なものもあるはず!
「……で、それはどうやって見るんだっけ?」
そう、ゲーム自体やってなかった私は開始前にマニュアルを読むという習慣がなかったのだ、まぁ元からマニュアルを読まない性格なんだけどね、それに現実だとわからなくなった時に誰かに聞けばたいてい答えが返ってくるし調べようとしたらいくらでも調べられるからなぁ。
だがここはゲームの中、そして今は深夜! 周りには誰もいない! そしてモンスターが来るかもしれない!
「……あれ? わりと私今ぴんち? リリィちんぴんち!」
小ネタをはさみつつ現在の自分の状況をなんとなく理解するとなんとも言われぬ恐怖とともに。
「でもちょっと楽しいぞ?」
そんなワクワク感も出てきた。
昔から比較的過保護に育てられてきた事もあり一人で夜中に出かけたことのない身としては、真っ暗闇で一人ぼっちというのは新鮮な体験だった。さすがに現実でその状況はあんまり好ましくはないのだが幸いここはゲームの中なので最悪の事態は免れるわけだしね。
「とりあえず、ヘルプを見るにはシステムウインドウを開かないといけないわけだけど」
どうするんだっけ? っと首をひねる。すると何やら頭の上に浮かんでいる物に気づいた。上を向いて確認してみると。
「んーと……くえすちょんまーく?」
どう見てもはてなマークだ、これまたあとからら聞いた話だけど特定の思考と特定のモーションをシステムが検知した時にプレイヤーの頭上にエモーションマークが出る仕様らしい。この場合は“わからない”という思考と“首を傾げる”というモーションでクエスチョンマークが表示されたというわけだ。
「おー、すりぬけるすりぬける」
とエモーションマーク(エモ)を両手でわさわさしてるとエモが消えてしまった。
「消えちゃった」
若干しょんぼりしつつシステムの出し方を考える。
現実で使ってる携帯端末などのシステムの出し方は大体“アイコンをクリック”“特定のパスコードやモーション”そして。
「音声入力?」
そう、私に残されてるのは音声入力だけだ。
まずアイコンが見える範囲に無い。見えているのはHPと書かれた体力ゲージとSPと書かれたよく解らないゲージと私の名前だけというシンプルさ。
次にモーションなのだが…検討もつかない動きを端から試そうとは思わない。昔の小説などでよく見る、手を振ってウインドウを出すっというやつは通常動作の際に間違って表示されてしまうので現実世界でも基本的に採用されなくなっている。
そんな感じなので一番手っ取り早そうなのが音声認識のはずだ。
「ふむ、音声入力か」
そうこの隠れオタクである私も例に漏れず音声入力というものにはロマンを感じるわけだけど、現実世界で音声入力をやろうとするとかなりの勇気がいる。なので。
「ふ、ついにこの時が来たか!」
そうつぶやきそして目を見開き叫んだ! ぁ、眼が光るエモとかないのかな? かっこ良さそうだなぁ。
「システムコォォォーールッ!」
ピコっと小さい音がしてシステムメニューウインドが出た。
「ぁ、出た」
なんだろうこのぼっち感。シーンと静まり返った深夜の村はずれで、うら若き女子高生が一人ぼっちで叫んでるってなんというかシュールだな。
いいもんどうせぼっちだもん。と悲しくなりつつウインドウを眺めてみる。
「ヘルプヘルプっと……ん、装備?」
おおう、これはまさか! っと思い装備タブをぽちっとタップする。すると目の前に簡単な私のキャラクターの姿と装備品をどの場所に装備するかの画面が現れた。
「なるほどここで武器とかを装備するのだな」
と昔読んだ小説を思い出す。
「えーと弓を武器のところにっと」
手に持っていた弓を武器スロットに近づけると吸い込まれるようにスロットへと消えていったその瞬間。
「おっ、背中に何やら重みが」
わさわさと手探りで確認してみると背中に弓がくっついていた、そして矢筒もくっついていた。
「ほうほう。これどうやってくっついてるのだろう?」
一瞬考えたが多分考えても意味のないことなのですぐに他のことを考える。とりあえず武器は装備できたからっと、次はウインドウ呼び出しの設定を弄ろうと思い。
「えーと今の設定はどうなってるのかなぁっと」
ポチっと設定画面を開く。
「指先で自分の名前を書く……だと?」
わかるかこんなもん!
っとツッコミかけたが……確かにこれは良いかもしれないと思ってしまった、何より忘れないしね~。
そんなわけで設定はそのままにして装備もできたことだしファンタジーゲームの醍醐味、モンスターとの戦闘をやってみようかと思い村の外に向かって歩き始める。
「ん~夜中はモンスターも強いって言ってたけどさすがにゲーム始めたばっかりの場所にそんなに強いモンスターもいないだろうしダイジョブだよね」
そんな感じに寂しさを紛らわせるためにひとりごとをブツブツ言いながら月明かりの中をてくてく歩いて行く。
「それにしてもVRゲームってほんとに凄いなぁ本物よりも本物みたいに見えちゃう」
今の時代ゲーム以外にもVRで体験できる世界は少なくはないが大体がコミカライズされたなんともファンシーな感じに作ってある。わかりやすく言うとアメリカのアニメのようなデフォルメされた感じ。その他はもう観光案内みたいなものとかなんというかVRでやっちゃったらもうそれ行く意味なくね? っていうのばかりだ。
そんなことを考えながら小高い丘を越えるとそこには月明かりを映す湖が広がっていた。
「ぉー…………」
今日二度目の言葉が出ない光景だった。
「なんというかもう凄いとしか言えない綺麗さだね」
はははは、と乾いた笑いを響かせながら湖目指して歩き出す。
「おぉ?」
歩き出して数分後街道の少し外れにおっきな花が咲いていた。
そう……夜なのに綺麗に咲いていた。よだれを垂らして……
「うひょっはー!」
変な声を出しながら距離をとった私は動かないそれをまじまじと眺めた。
すると花のシルエットが赤く囲まれ花の上にレベル2〈ムーン・フラワー〉と書いてあるのが見える。ほうほう注意してみると敵の名前とかがわかるのかぁ――あとから聞いけど余りレベルが上のモンスターだと名前のみの表記になるらしい。
「りりぃおぼえた」
と指差し確認してみる。うん、わたしかわいい!
「よし! はじめての敵は君に決めた!」
言うやいなや弓を背中から外し矢を番える。
弓などというものを使ったことはないがこういった戦闘などに関した動きなどは脳内にシステム的なアシストが発生しどうすればいいのかが勝手に理解できる様になっているらしい。
弓を引き絞りながら。凄い! 私ほんとのエルフみたいかっこいい!
と、自分に惚れつつ矢を放つ。
トス! そんな音とともに〈ムーン・フラワー〉の前方の地面に刺さった矢を見つめる……
「ふぇ?」
そう弓の使い方のアシストはするが実際に体を動かすのは本人の思考であり狙いをつけるのもスキル無しでは本人の力量が物を言うようだ、しくしく。
「つ、次こそはっ!」
と叫び矢を放つ! 今度は飛びすぎて右の木に刺さった。
「今までのはお遊びだ!」
と更に矢を放つ! 今度は変な方に飛んでいった。
その間〈ムーン・フラワー〉はと言うと攻撃認識範囲外なのか特に何もせずによだれを垂らして時より花びらを風に揺らしている姿は寝ているかのようだった。
「っは! そうか! 距離が遠くて当たらないんだな! そうに違いない!」
そう言いながら距離を詰める私。うん、きっとそうだ!
「ふ、ここからなら当たる!」
敵のほぼ目の前距離にして五メートルもない場所で自信満々に弓を構える私。傍から見るともう弓の意味ないんじゃね? って距離である。
「うりゃぁ!」
と放たれた矢は綺麗に飛翔しそして敵を捉えた!〈ムーン・フラワー〉の後方の木にいたプリティなリスさんっぽい敵を。
「そ、そうあいつを狙ったんだよ? 流石だね私! ってあれ?」
そこで気づく矢が刺さった敵のカーソルに。
「レベル5〈ツリー・スクイレル〉だ……と?」
私がそれに気づいたと同時に敵もこちらに向き直り。
キシャー! と素敵な鳴き声を上げこちらに突進してくる。
私は負けじと。
「うきゃーーーーー!」
と叫びながら逃げ出した。
なぜならば! どう考えてもレベル1の私(ゲーム初めて)がレベル5リスさん(きっとベテラン)に勝てるわけがない。それを裏付けるようにさっきの私の攻撃は敵のヒットポイントを一割も削ってない。
どう考えても逃げるしか無いよね!
「って言ってもどこまで逃げればいいのよこれえええええええええええええええええっ!」
終わりの見えない鬼ごっこが始まった瞬間だった。
「や、ば……い、疲れてきた」
時間にして十数分は全力で走り回ったのに事態は一向に好転せず私の疲れは有頂天だった。なんか使い方おかしくね? と思うことすら無理だった。
後から知ったのだがどうやらHPゲージの下にあるSPと言うゲージはスタミナというパラメーターでスキルを使ったり走ったり跳んだりと色々なアクションで使用されるらしいそしてそれが切れると疲れるわけだ、疲れるとどうなるかって?
「お~い~つか~れぇる~」
そう足はだんだん遅くなり最終的にはその場でへたり込むことに成る。つまり今にもプリティなリスさんに襲われそうな距離まで追いつかれてるわけだ。
「いやぁぁぁぁ」
と叫ぶと同時に足元の感覚が一瞬途切れ、ドバシャーンッ! と言う音共に水しぶきが上がる。
「ぶほ! にゃびがどうじだびょ?」
一瞬わけがわからなくなり、もがきながらもなんとか体制を立て直しようやく立ち上がった私めがけて。
キシャーっともふもふリスさんが飛びかかってきたその時。
「〈ソニックスラッッシュ〉ッ!」
という叫びとともに疾風が駆け抜けた後にはリスさんが光の粒になり消えていく様子が見えた。
その光景をずぶ濡れになりながら見ていた私の横から声がかけられる。
「危なそうだったから手を出しちゃったけど余計なお世話だったらごめん」
そんな男の声が聞こえた。
「ふぇ?」
驚きと戸惑いの中声がした方を見ると無精髭のおっさんが立っていた。というか山賊にしか見えないんだけど……
「え、あ、いえすごく助かりました、ありがとうございました」
ずぶ濡れながらも動きは優雅にお辞儀をしお礼を返す。こういった突然の対応もお嬢様学校での修行の成果が発揮されるのさ。
そして頭をあげるとさっきの山賊がぼーと私を見ていた。あれ? なにか間違ったかな?助けてもらったからありがとうで合ってるよね。
「あの、どうかされましたか?」
そう聞いてみるとビクッ! と体を震わせ。
「えっとプレイヤーの方ですよね?」
よく言えば渋い声で不思議な質問が帰ってきた、マーカーが出てないのだからプレイヤーってわかる気もするんだけどなんでだろ? と思いつつも。
「はいプレイヤーです、さっき始めたばかりで間違えてあのリスさんを攻撃してしまって逃げ回っていたのです」
気づいてる人もいるだろうが私は初対面の人には無駄にお嬢様チックになってしまう、というか他人行儀に成ってしまう。それもあの学校での修行の成果というか弊害というか、まあ単に人見知りする性格のせいもあるけどね、まあそれはさて置き――そう答えた私だったのだが。
「そ、そうなんだそれは大変だったね。どういうことだ? このゲームってフェイスメイキングできなかったよな」
後半部分が小さすぎて聞こえなかったので。
「どうかなさいましたか?」
と頭上にクエスチョンマークを出しつつ首を傾げる。
「ぐはっ! 何この可愛い生き物」
「え? 可愛い生き物? どこですか?」
あたりを見渡す。いないじゃないか何も、あれか私には見えない物がこの人には見えるというあれか! そういうスキルなのかな? いいなーという顔をしながら山賊さんをじーと見つめる。
「だめこっち見ないでそんな目で見られると死にたくなってくる」
ガガーン! 私ってひょっとしてそんなに不細工な顔してるの! ていうか死にたくなるような顔ってどんななんだ!
何ということだ小さい頃から私に出会った男の子は皆顔を見ずに話すと思っていたらそういう事か! だからお父さんも男の子と遊んじゃダメって言っていたんだな! 私が傷つくから……その点女の子は建前上は可愛いといって話しかけてくれるからなぁ。そっかぁ、しくしく。などと悲しみ連鎖に囚われつつある私に山賊さんは。
「あ、そうだ俺の名前はアックス・フォレスト、君は?」
思い出したかのように低い声で若干目線を逸らしながら問われた、しくしく。
「ぁ、申し遅れました私リリィ・ブルームと申します」
ぺこりと頭を下げる。
「よろしく。えっと、とりあえず服乾かそっか」
「ぁ、はい」
「あっちに俺が借りてる山小屋があるから」
「え? 山小屋とか借りられるのですか?」
「ん? 借りられるよー最近のネトゲだと珍しくないと思うけど」
「私ゲーム自体このゲームが初めてなので」
「え、嘘? マジで? 今時そんな奴居るんだ」
と、へーとかふ~んとか言いながら私のことを見ていたアックスの目と目があった。じー…ぁ、目をそらされた、そんなに怖いのかな私、しくしく。そんな悲しみをちょっと大きくなった胸にしまい込み一路彼の山小屋を目指す。
「ここだよ」
「はやっ! ちかっ!」
「え?」
「いえ素敵な山小屋ですね」
悲しみを仕舞いこむのに夢中になっていたところ突如目の前に山小屋が現れた、どうやらアイテムの鍵を使うと現れるようだ、購入した家はずっとそこにあるようだがこういったレンタルの家屋は必要なときに以外は見えなくなっているらしい。
ほえ~と山小屋を眺めていた私にアックスが恐る恐るといった感じで声を掛けてきた。
「え~と、こういった個人が借りたり所有したりしてる家に入るときはパーティか友だち登録してないとダメなんだけど、パーティ誘ってもいいかな?」
別にとって食べたりしないからそんなにこわごわ言わなくても。内心しょんぼりしつつ笑顔を作ると。
「ええ大丈夫ですよ、えっとどうすればいのでしょう?」
「あ、じゃあ俺から申請出すから承認だけしてもらえれば」
ポコンっと『アックス・フォレストにパーティーに誘われました、承認しますか?』というメッセージが目の前に浮かぶ。
「えーと承認っとこれでいいのかしら?」
「あぁ完璧完璧」
承認ボタンを押した私の視界の片隅にアックスの名前とヒットポイントとレベルが表示される。
「凄いですね! レベル50なのですか!?」
っと驚きの声とともに詰め寄ると。
「近い近い近いっ!」
と言いつつ全力で回避された…そりゃ今はずぶ濡れであんまり近づくと水がかかっちゃうけどそんなに全力で逃げなくても。
「ぁ、ごめんなさい」
しょんぼりしながら謝ると。
「いやいや別に謝らなくていいからコッチこそゴメンね、えーとレベルだっけ?」
「はい」
「たしかに今Lv50だな、もう少しで51になるけど」
「凄いですね、まだ開始からそんなに経っていないのに」
「あ~俺はβテストからやっててそれを引き継いだからなぁ」
ん? べーたてすと。とはなんだろう? わからないものは聞いてみよう!
「べーたてすとってなんですか?」
そうエモつきで聞いてみる。
「この破壊力はマジデヤバイ!」
目をそらされた、しくしく。
「あぁごめんごめん話すと長いから先に服を着替えよっか、風邪は引かないけどグショグショしてて気持ち悪いだろ?」
「ぁ、はい」
「ちょっとまっててね倉庫の中見てみるから~使ってない装備で君が装備できそうなのはっと」
と、言いながらシステムメニューをぺちぺち操作するのをぼーと眺めてみる。
最初の印象は山賊っぽかったけどなんか良い人そうだなぁ、でも私って男の人とここ数年まともに話してないからよくわからないんだよなぁ。特にこの年代の人とか話す機会というか見る機会すらなかった気がするし。うちの学校おじいちゃん先生か女の先生しかいないからなぁ。
などと思いを巡らせていると。
「よし、こんなもんかな」
どっこいしょ、と私の前のテーブルに色々な装備がつまれる。
「なんか派手なのが多いですね」
「あ~実はレベルが低い時の装備ってもう売っちゃってるからイベントでもらった誰でも着れる装備しかなくってさ、やっぱり嫌かな?」
ポリポリと頬をかきつつアックスは困った顔をする。
「いえそんなことはありません、カラフルな服は楽しそうなので好きですし、現実で着れないような服を着るのもゲームの楽しみです!」
と意気揚々と服の山をあさり出す。
サンタ服メイド服クマの着ぐるみパンダの着ぐるみ、ちょっと変わって現実にも在るクマの着ぐるみ風パジャマパンダの着ぐるみ風パジャマ、バニーガールにスクール水着に体操服等など……なぜ着ぐるみはそんなにバリエーションが。
「えっと一体どういったイベントが行われていたのですか?」
「う~ん、なんかよくわかんないイベントばっかりだったな」
「そうですか」
「そうなんです」
気まずい沈黙が降りた。
「やっぱりやめとく? ちょっといって服買ってこようか?」
アックスがそう言い出したので慌てて。
「いえ、そんな、そこまでしてもらうわけには行きません、大丈夫ですこの中から選びます」
いいの? という視線の問いに答えるべく服の山に再度挑む。
挑んだはいいけどどれにしようかなぁとガサガサとあさっていると。
「おぉ?」
コレはっと、取り出した物は着物だった。
「こんなのもあるんですね」
「ん? あ~それは正月のイベントのやつだね、男が着ると羽織袴になって女の子が着ると晴れ着になるやつだな」
晴れ着かぁさすがに山小屋で晴れ着はなぁと他にないかなぁと再度チャレンジ。
しかし良い感じのものがなく相手が山賊風ならということで。
「これにします」
っとクマの着ぐるみを手にとった。着ぐるみ風では無くまんま着ぐるみのもこもこしたやつだ。なんか一度は着てみたいよねこういうの。
「え? それ?」
「はい、一度着ぐるみを着てみたかったですし」
「そ、そうなんだ。じゃああっちの部屋で着替えておいで、その間に火をおこしておくから」
着替え方わかる? と言う声に大丈夫ですっと言う返事をしながらてくてくと隣の部屋に入るとそこは寝室だった。
「へ~ベットもあるんだぁ、ん? この世界で眠るとどうなるんだろう?」
と新たな疑問も湧いたのだがとりあえずは着替えをしようとシステムメニューを呼び出す。
「装備をおしてっと、え~とこの着ぐるみをセットしてっと」
ポイッと着ぐるみの胴体部分をスロットに入れると今まで着ていた村人風の服がアイテム欄に戻り一瞬下着姿になった私の体に着ぐるみが装着される。
「ん? 今下着姿になったような? なるほどだから部屋を移したのか」
ふむ、やはり顔に似合わず善人なのか~とアックスに対する評価を上方修正する。
「ん~これ下着はどうしよう」
そうなのだ下着も濡れて素敵に気持ち悪い無駄にすごい技術だな、とりあえずこのままでは着ぐるみまでも濡れそうなので一度着ぐるみを外す。
下着姿になった私は若干途方に暮れながら装備メニューとにらめっこを始めたところで頭の中にアックスの声が響いた。
[おーい着替えれたかー?]
ぉぉう何だこれ? とあたふたしてると。
[あー左上の所にPTメンバーの名前が見えるだろ?その左側をダブルタップの要領でタップしたら『パーティチャット』っていうタブがあるからそれをタップして話すとどこにいてもPTメンバーには声が聞こえるんだよ、なれると頭のなかだけで会話できるよ]
ほほう、便利だなぁと思いながらPTチャットタブをタップする。
「[あーあーきこえますか?]」
[聞こえるよー、で着替え終わったぁ?]
「[あのそれが下着の外し方が解からなくて]」
[gふぉぐhっ!]
「[あの、大丈夫ですか? 変な音しましたけど?]」
[あぁダイジョーブちょっと精神的ダメージ受けただけだから]
「[はぁ、そうですか]」
[えっと下着はね装備メニューで今装備してるものを全部解除したら下の方に『アンダー解除』ってのが出るからそれをタップしたら外せるよ]
「[なるほど、ありがとうございます]」
ふむふむと頷きつつ装備品を外していく、というか下着姿で背中に弓矢を背負ってるってすごいシュールだよね。
装備品を外し終わりタブをタップして下着を外す。
「へー生えてないんだ」
そうつぶやいた途端脳に。
[ごはっ! gふぉごほghgっっ!]
何やら死にかけの何かの声が聞こえた気がする。
「[あのまさかこれ聞こえてます?]」
[はい聞こえてらっしゃいます、ごめんなさい]
なにやら凄い気まずそうな声が聞こえてきた。なるほどぱーてぃちゃっとの設定はこまめに変えたほうがよさそうだ。
「[りりぃおぼえた]」
と指差し確認。
[え、なに?]
そんな声が聞こえたが無視して。
[いえいえ今のは私がいけないので謝らなくても。それに別に見られたわけでも無いですし]
まあ見られたとしてもキャラクターだしなぁと思いつつマジマジとおっきくなったおっぱいを見てみる。
……うむ現実でもせめてこのくらいは欲しいなぁ。感慨にふけってもしょうがないのでそそくさと着ぐるみをセットする。
うむ、もふもふしていて気持ちいい。頭も装着してとりあえず着替えも終わったのでアックスの待つ部屋に移動しようとしたところで。
ゴン!
「あイタっ!」
っ痛ぁ頭を打った、いや正確にはくまの着ぐるみの頭の先を打った感覚がした。
「あ~その装備は自分の視界に頭が入らないからわかんないけどいつもの調子で動いちゃうと頭打っちゃうんだよね」
言われてみると頭結構おっきかったなと思いつつなんとかやり過ごしドアをくぐる。
「あっちの鏡で見てごらん」
と指で刺されたほうにとてとてと早足でいってみると洗面台があった……何故洗面台がこの世界にあるのだ? と思ったがまあそれはおいておく。
「おお、これは可愛い」
鏡に写った自分を見てそう呟く。
鏡には私の身長プラス四〇センチくらいのもこもこしたくまさんがいた。
リアルな感じではなく良い感じにアレンジされてるのですこぶる可愛い。て~かこれくまモンじゃないのか?色が違うから良いのかな? まあいいんだろうなと思いつつあまりの可愛さに鏡の前でポーズをとっていたら。
「……何をしていらっしゃるのでしょう?」
という声が横から聞こえた。
「え~と装備の機能性を図ろうかと」
「へ~」
すごく白い目で見られた。
「まあ、それはいいけどとりあえず頭外さないと髪の毛かわかないから」
「え? そういえばそうですね」
「まあ個人的にはそのままのほうが気が楽なんだけど」
そう言ってぽむぽむと熊の頭があるらしい私の頭の四〇センチくらい上を撫でる。なるほどこの格好だと近寄っても大丈夫なのか。
「じゃあ頭外しますね」
ぽちっと装備タブをタップすると頭部分が外れそれと同時に私の目の前に立っているアックスと上目遣い気味に目が合う。
ズザアアアアと音がしそうなほどの速度で距離を取られた、しくしく。
まあ流石に慣れてきたのでトテトテとアックスが逃げていった先、つまり火がついた暖炉の近くに近寄った。
「すごい本物の暖炉みたい」
「そうなの? 本物の暖炉を俺は見たこと無いからわからないんだけど」
「ええ、昔友人の家で見た暖炉はこんな感じでした、それに祖父の家にも在りますし」
「へ、へぇ凄いねぇ……」
と言う答えを聞き流しながらぼーと暖炉の火を見つめていると。
「んじゃ服乾かしちゃおうか、ここの椅子にかけとけばすぐ乾くから、んー大体10分くらいかな」
「はい、ここですね」
と言いつつガサゴソとアイテム収納用のポケットから実体化させた服を椅子にかけていく、そして下着をかけようとした時。
「お、俺向こうの部屋行ってるね」
と言ってアックスがすごい速度で消える。あれは何かの技なのだろうか? しかし裸はたしかにアレだけど脱いだ下着くらいでそこまで動揺しなくても、しかも今私が干している下着は可愛げも何もないなんというかスポーツ下着のようなものだし。これならさっきの服の山にあった体操服やバニーやスクール水着のほうがまずそうだけど。男の人ってほんとよくわかんないなぁ、お父さんも私がお風呂上りに下着で歩いてたら。
「年頃の娘がそんな格好で動きまわるんじゃない!」
とか言い出すし。
まあジロジロ見てくるのよりはいっかぁと気を取りなおして暖炉の火を見ながらぱーてぃちゃっとで話しかける。
[あの~それで先程のべーたてすとというのは何なのでしょう]
声に出さず話せるか試してみたがなんとか出来たようで返事が返ってくる。
[え、あ~アレはえっと~このゲームみたいなネットゲームは正式に稼働する前に一般のプレイヤーを使って無料でテストをおこなったりするんだよ]
そんな感じで説明が始まった。
色々とテストの内容を聞いたけど簡単にまとめると最初の一行で済む話だった。
[そろそろ服乾いたんじゃないかい?]
という言葉で既に二十分近く経っていることに気づく。
[ぁ、ほんとだじゃあ着替えちゃいますね]
ごそごそクマの着ぐるみを解除し一度裸になった後下着を装着し村人服を着こむ。正確にはコットンシャツとか色々書いてあるがどう見ても村人が着てる服なので村人服でいいんじゃないかと思う。
[着替えたのでこちらに来ても大丈夫ですよ?]
そう声をかけたがそもそも大丈夫じゃないのはアックスの方だった気がする。
[お、おう]
なんともびくついた声が聞こえたと思ったら探るような感じでドアノブが回されドアが開いた。
「よし着てるな」
「いや、なんでそんなに怯えてるんですか? そんなに私変ですか?」
流石に自分のことを怖いんですか? とは聞けずに濁して聞いてしまう。
「いや変じゃないよ全然! 逆に凄すぎて変というか、なんというか」
「やっぱり変なんだ」
やはり男に対する接し方がおかしいのかな? こんな事ならもっと男の子と話す機会を作るべきだったなぁ、まあ今更そんなことを言ってもどうにもならないので素直に聞いて見た。
「あの、どの辺りが変なのでしょう?」
よしっ! 返答によっては私の精神に多大なるダメージを与えかねないこの問いにどう答えるアックスっ!
「え~とその~なんと言うか、あまりにも……」
「あまりにも?」
「あまりにも可愛すぎてNPCと言うか何かのイベントキャラと言うか本物のエルフにしか見えないんだよ」
ん?
「誰が?」
そう怪訝な顔を返す。もちろんハテナエモ付きで。
「うぐっ、訝しむ顔すらこの威力」
「いや、ですから誰のことをいってるんです?」
「だからっ! きみがっ! プレイヤーとは思えないっ! 可愛さなんだよっ!」
何やらオーバーアクション気味の動作付きでそう言ってくる。
「ふむ」
つまりアックスは私が可愛すぎて動揺していたと? ふむふむ、あれ? なんかこう凄く、照れくさいぞ? 私は顔が紅くなるのを感じながら。
「いやいやいや、ちょってまってそれならなんでさっき明らかにビクついたりとかしてたのですか?」
とあたふたと手を降りつつ聞いてみる。
「あ、あれは、その、可愛いのも度が過ぎるとなんと言うか近寄りがたいと言うかどう接していいのかわからないと言うか」
ほむ。暖炉の炎と羞恥の連鎖で真っ赤に成った顔で目を泳がせつつ脳内会議が始まる。
えっとつまりは私って可愛いって事で可愛いは正義だから私は正義っ!
よし! 完璧な結論だ! いや、いろいろダメだろっと言う冷静な私の意見は置いといて。
「えっと、こういう時どういう顔をすればいいのかわからないの」
「………笑えばいいと思うよ?」
「……」
「……」
しばし無言で見つめ合う私達だったがどちらからともなく。
「「ぷっあははは」」
ひとしきり二人で笑った後に。
「ゲームはやったこと無いのにずいぶん古いアニメのネタ知ってるんだね?」
と、アックスが目尻の涙を吹きながら言った。
ぉおう涙まで出るんだ凄いなって私も出てるのか! っと今更ながらに視界が若干薄らいで無意識で涙を拭いてる自分に気づきながら。
「ええ、アニメは昔からお友達に見せて貰っていましたから」
「なかなか濃いお友達だね」
「お友達のお祖父様が所謂そちら系らしいです」
「なるほど英才教育の賜物か」
なんとも残念なものを見る表情でアックスがため息混じりにつぶやいた時。
ぽっぽーぽっぽーぽっぽーっと何やら音がした。
「なんですかアレは?」
音がした方に目をやると何やら鳥のようなものがガチョンガチョンと出た後に蓋が閉まった物が在った。
「ん? あ~あれは鳩時計ってやつだよ」
「鳩時計?」
「そう鳩時計。ん~なんて言うかな時刻を知らせるときに今みたいに鳩の形をした人形が出てきて知らせてくれる時計のことだよ、所謂からくり時計の一種かな?」
「へぇ可愛いですねぇ」
うむ可愛いな、私も家とか借りたら付けてみようかな。
「時計ということは三回鳴いたので三時ですね」
と当たり前のことを聞いて。
「そだねー午前三時だね」
とアックスが当たり前のように答えた……
「……ごぜんさんじ……だと?」
「え~と、いつから午前三時じゃないとおもっていた? いやまあ午前三時なんだけど? ってこれまたふるいネt「うきゃーーーーーおこられるううううううううう」
私の言葉をネタだと思ったのか一応ネタで返してきたアックスの言葉を私の絶叫がかき消し。
ガタッ! っと勢い良く立ち上がった私はあたふたと周りを見渡し。
「私帰る! じゃなかった戻る? ってどうするの!」
と軽くパニクりつつ叫ぶ私に。
「あ~ログアウトするんだったらメニューの一番下だけどずいぶん早く落ちちゃうんだね?」
と何やら言ってくるアックスに。
「いやいやいや三時とか早くないし!?」
わたわた答えつつメニューウインドウを操作する私に。
「え? でもリアルはまだ二十二時位だよ」
と何やら不思議な事を小首を傾げながらもちろんはてなエモ付きで言われた。いやそれその山賊ルックでやられても可愛くない。じゃなくて。
「えっとそれはどういう?」
冗談なのかと思い聞いてみる。
「あ~マニュアル読んでないのか」
「ふ、説明書なんて解らなくなった時に読むものなのよ」
「どこの未来を司る女神様だよ君は」
スクルドかわいいよねと思いつつ。
「それでどういうこと?」
続きを促す。
「えっとな、この世界〈ファンタジー・クエスト・オンライン〉は現実の五倍の速度で時間が進んでるんだよ」
などと訳のわからないことを言いやがりました(はぁと。
「うん何そのラノベ設定ふざけてるの?」
「いやほんとなんだって、俺も細かいことはわかんないんだけどえーとなんだっけ、夢をみるじゃん?」
「夢? みるけどそれが?」
「ん~と、うたた寝した時とかでもすっごい長い夢見たりしない?」
「あーうんするね」
「そんな感じらしい」
「……」
「……」
「そんなんでわかると思う?」
「だから俺も細かいことはわからないと言った」
ドヤ顔で返された。
「まあつまり事実は小説よりも奇なりってことね」
「う~んまあそんな感じかなぁ」
ほむほむと納得してるとアックスが。
「まあ~それは置いといて」
何やら前置きをしつつ探るように聞いてきた。
「さっきから喋り方がなんか違うんだけど?」
と……
「……てへぺろっ☆」
可愛くごまかしてみた。
「……」
ジト目で返された……頭の上にジトーという文字が浮かんでる。いやなエモもあるんだなぁと思いつつ。
「何のことでしょう」
と満点笑顔でいってみた。
「ふむ」
「にこにこ」
「なるほど、じゃあログアウトの仕方はさっき教えたしもう大丈夫だね? パーティも解散しておくから次にログインしたら近くの街か村、ここだと最南の村かな。そこに出るから」
それじゃあお疲れ様と言ってウインドウを操作する。
ポコンと何か出た。
『PTが解散されました』
というメッセージを見た瞬間あれ? 対応を待ちがったかな? と顔をこわばらせる。
「えっとその……」
「ん? まだ何かあるの?」
そっけなく返される。
これは完全に見透かされてる! まあ別にここで別れても別に良いのだけど。でも、なんか隠し事をしてるみたいでいやだなぁ。一応助けてくれたし、そんな人とこんな風にお別れするのはなんか嫌だ。そ、それにレベル高いし色々便利そうだしね! べ、べつに一人は寂しいとか思ってないよ? ほんとだよ?
「あの、その、ごめんなさい。別に何か騙したり嘘をついたりしようとしたんじゃなくてね、えっと初対面の人とかの前だとなんと言うか自分を演じちゃうというかなんと言うか」
「人見知りってわけか」
「う、うんそんな感じ、かな」
「……」
「怒ってる?」
恐る恐る聞いてみた、するとアックスはおもむろに手を伸ばし。
「っ!?」
思わずビクッとすくんだ私の頭をぽむぽむとたたきながら。
「や~い引っかかったぁ~泣きそうになってやんの~おっこさま~」
と、言い放った。
「なっ! なんだとこの山賊野郎っ!」
「山賊とか何それ酷いっ! めちゃくちゃかっこいいだろ!」
「はぁっ!? 何それ本気で言ってんの? ダサすぎっ!」
「ガーン……皆かっこいいって言ってくれたのに」
「そんなのお世辞に決まってるでしょ」
「そんなのわかんないだろ!」
「わかるわよ、いっつもいっつも上辺だけで可愛い可愛い言われてる私にはっ!」
「だめだこいつ本当にわかってない」
「何がよっ!」
「いや、だからお前ほんとに可愛いし。その顔弄ってないんだろ? って言うか弄れないしなベースの顔は」
「弄ってないわよって言うかベース以外は弄れるの?」
「ん? あ~男だったら、ほらこの髭とか」
と、どうみても山賊の無精ひげセットにしか見えない髭を自慢げになでる。
「なんでそこで自慢げにしてるかはわかんないけどなんとなくわかった」
と言うと、え? かっこよくねコレ? と妙なポーズをいくつか繰り返したあと私に近づきつつ。
「まあ俺がかっこいいかかっこよくないかは置いといて、お前はお世辞抜きで可愛いよ」
ぽむぽむと頭を撫でつつ言われた。む~コレがいわゆるなでなでかっ! ふむ悪くないな相手が山賊なのが不満だけどってあれ?
「近寄っても平気なの?」
「ん? あ~なんかお前ただ顔が可愛いだけで中身はただの残念なヤツだしなんかビクビクしてるのが馬鹿らしくなってきた」
「えっと、貶されてる?」
「いんやぁ褒めてるよ?」
ニヤニヤ顔で言われた。
「っく!」
ぐぬぬ! どうしてくれようとうなってると。
「まあ、それはいいとして」
「何よ」
「そろそろ俺寝ようと思うんだけどお前はどうする?」
「え? でもさっきまだ二十二時って言ってたじゃない、それと私の名前はリリィ! お前じゃない! わかったかこの山賊っ!」
「はいはい、俺はアックスですリリィお嬢様」
「お嬢様はやめて」
「へいへい、んでなんだっけ? あぁリアルで寝るんじゃなくてこっちで寝るんだよ」
ふむ、さっき疑問に思った事だった。
「えっとつまりこっちでも眠れるの?」
「そそ、肉体的には疲れてもステータスにもよるけどしばらくすれば治るんだけど精神的な疲れはどうしようもないんだよ、リアルの脳で今も思考してるわけだから」
「なるほど、それもそうだね」
「そこで睡眠をとるって事が重要になってくるわけだよ、脳が疲れるとアバターの動きにも影響が出てくるからな」
「へ~そうなんだ」
そう言いながらグルグル腕を動かしてみる。確かにさっきというか結構前だけどかなり走り回った割には全くつかれた感じはしない。
「うむ。で、どうする? 俺は4~5時間くらい寝ようかと思うんだけど?」
「って事は現実だと1時間弱かぁどうしよっかなぁ。ぁ、そうだトイレとか行きたくなった場合ってどうなるの?」
「お前は飾ら無くなったと思ったら色々酷いな」
なんかさらっと酷いこと言われた。
「ん~あれかなぁ私小学校以来男子と話したこと無いんだよねぇだからどうしても小学校の時のノリで話しちゃうというかなんというか」
「一体お前はどこの箱入り娘だよ」
「ん~別に箱入り娘ってわけじゃあ無いんだろうけど一応中高大学のミッション系女子校通ってるけど? 福岡の福丘女学院って知ってる? なんか全国的に有名らしいんだけど?」
「おう、セーラー服の元祖だな、細かく言うと違うらしいがずっとセーラー服なのはあそこだけだから俺は元祖でいいと思う! ってお前あそこの生徒なの?」
「……」
無言で二歩ほど後ずさる。
「真顔で後ずさるなよ、なんか俺変なこと言ったか?」
「いや、なんでそんなに詳しいのかなと」
「女子高生とか好きだからっ!」
「………」
さらに二歩ほど下がる。
「いやここはツッコむとこだろ?」
「あのセリフって生で聞くと身の危険を感じるのね」
「家の中ならどんなに騒いでも外に声は漏れないしなこの世界だと」
無言のままさらに後ずさり始める私に。
「いや冗談だってそれにこの世界は“そういうこと”できないんだよ」
「え? そうなの?」
「うん今“どういうこと”を想像した?」
「……あなたにこの矢が刺さるかなって」
と、背中の背中の矢筒から取り出した矢を握りしめにこりと微笑む。
「…お前人殺したことないか? そんな顔だぞ」
「今から殺しそうですわよ、うふふふふふふ」
「わかったよ冗談だよ、まあこのゲームはPKできないから別に刺されてもいいんだけどな」
「ぴーけー? って何?」
「ん? PKっていうのは、プレイヤーキルもしくはプレイヤーキラーつまりプレイヤーがプレイヤーを殺すってことだな」
「ほうほう」
「このゲームはそういったプレイヤー同士のいざこざに成るようなことは極力避けてるみたいだな、さっき言った“そういうこと”もできないらしい」
「そうなんだぁ」
ちょっぴり一安心。
「まあ試したこと無いから詳しいことはよくわかんないけどな」
「試したこと無いんだぁ。へぇ~ふ~んひょっとして独身?」
「ちょっとまていっ! リアルの事は関係無いだろ! それに28で独身なんて今の世の中じゃ珍しくないだろ!」
「にじゅうはち……だと?」
「いつかr……いやまて幾つ位だとだと思ってたんだ俺のこと」
「……」
頬をかきつつ目をそらす。
「怒らないから言ってみなさい」
「うちのお父さんと同じくらい♪」
可愛く言ってみた。
「で、あなたのお父様はおいくつで?」
「今年で45歳♪」
「お前は俺を怒らせた!」
「だって山賊じゃないですかぁぁぁぁぁぁ」
「山賊関係無いだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
そう叫んだアックスが若干涙目でバタバタ追いかけてくる。
「いやぁぁぁ犯されるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
半ば笑いながらトテトテ走りつつ叫んだ私の耳に。
「誰がお前の貧乳なんかに興味持つかぁぁぁぁぁぁぁ」
聞き捨てならない言葉が響いた。
「なん……だと? この胸が貧乳だと?」
「いやもうそのネタいいだろ? てか貧乳じゃないのかそれ?」
と私の“増量した”胸を指さした。
「お前は私を怒らせたっ!」
「あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
と立場が逆転しての追いかけっこが始まった。
三十分後。
「ぜぇはぁぜぇはぁ……こ、これで勝ったと思うなよぉぉぉぉぉ」
叫びながら床で大の字になった私に。
「いや別にどうでもいいし」
何事もなかったかのようなアックスの声が降ってきた。
「なんで、あんたは、平気、なのよ」
「いやレベル差考えろよ」
「っく!」
そんな大の字になって動けない私の胸に「まあ見てて」と言いながらアックスがおもむろに手を伸ばした。
「っちょっ! 何してるの」
と思ったが胸の数センチ上で手が止まってる。
「な? これ以上近づけないんだよ、PT組むと触れはするんだけどな」
「触れたらやっぱり出来るんじゃないの?」
「そうなんだけど、まあ何にせよ同意なくそういう事ができないってだけでも安心だろ?」
「まあね」
そう言いながらよっこらせっと立ち上がる。手くらい貸してくれてもいいのにと思ったが触れないんだったな。
「んでどうする? 俺は向こうの部屋で寝るけど?」
とさっき私が着替えに使った部屋を指さす。
「ん~私は一回ログアウトしてこよっかな、トイレとかも済ませときたいし」
「そういえばトイレの話だったな、トイレとかリアルの体の異変はちゃんと感知してゲーム内に知らせてくれるぞ、それと携帯も通じる」
「え、携帯通じるの?」
「まあ時間差がかなり出るけどな、なんせ5倍の速さで流れてるわけだし」
「ん~昔のアニメとかでよくある遠い距離で通信してる感じ?」
今は回線の速度が昔とは違うのでほぼタイムラグ無しの通話が可能になっている。
「あ~あんな感じだけど、ちょっと方式は違って一回全部喋ったをコッチに送ってコッチが喋ったのを向こうにまとめて送るからアッチはそんなにタイムラグ無しだから普通に会話してるように感じるぞ」
「あ、そっか、変なの」
「まあ電話に出れないよりかは遥かにいいけどやっぱり世界観が若干崩れるのがなぁ」
「だねぇ」
「まあそれが嫌なら着信メッセージだけ流せばいいしな」
「へぇ色々できるんだね」
「まあな」
「じゃあとりあえず私は一回ログアウトするね」
「お~おつかれ~」
「……」
「どした?」
「パーティってどうやって組むの?」
「ん? メニューのパーティってタグに『パーティを形成』ってあるだろ? それを押してからパーティに入れたい奴を見てそいつのネームタグを押すと相手に承認確認が出るって感じかな」
「ほうほう、ぽちぽちっとそしてぽちっと」
「で、なんで俺に出してるんだ?」
「え、まさか私を一人ぼっちにする気なの!? なにそれ酷い」
「いや、お前ならすぐに友達とか作れるだろ可愛いんだし」
「だからっ! 私はっ人見知りだと言ってるだろっ!」
む~こいつはなんでこう人の気持ちに気づかない。
「いやそれ胸を張って言えることじゃないし。てかほんとないなー」
「なにか言いやがりましたかコノヤロウ」
「何も言ってませんよコンチクショウ」
「いいからさっさと承認しなさいよこのスットコドッコイ」
「あぁん、これでいいのかボケナス」
ぁ、ポコンという音とともに『アックス・フォレストとパーティが形成されました残り4人招待できます』というメッセージが現れた。
「うん、ありがと」
自分でもびっくりするくらいに素直にお礼が言えた。
「ぉ、おう」
「じゃあ私一回ログアウトするね、おやすみ」
「あ~そだ」
「ん? なに?」
「良かったら友だち登録するか?」
「なにそれ?」
「え~と、パーティとかに入ってなくてもお互いがログインしてるかどうかが分かったり、許可したらそのキャラが持ってる家とかにもで入りできるようになったりするんだけど。どする?」
「えっと」
おおう何やら素敵な機能っぽそうだけどどうしたら良いのだろう私なんかが友だちになってもいいのかな? 邪魔になったりしないのかな? さっきのパーティの時だってなんか躊躇ってたし……でも。
「ふ、どうしてもというのならば登録してもらっても構わn「んじゃしなくていっか」お願いします登録してください」
「っぷ。はいはい素直なリリィは可愛いよっと」
ポコンっと『アックス・フォレストから友達申請が来ました。承認しますか?』というメッセージが現れる。それをポチっとタップしながら。
「あ、ありがと」
そんな言葉がスムーズに言えた。
「いえいえどういたしまして」
「私のお友達第一号と認めてあげるわ♪ 中年オヤジに付き合ってあげるから感謝しなさいよ」
「だから俺はまだ28だっ!」
「一回り違う私からすれば十分中年オヤジですよ~だ、んじゃおやすみアックスっ♪」
「うが~! はいはいおやすみおやすみ」
そうぶっきらぼうに言うアックスに手をひらひら振りつつログアウトの光りに包まれる。
これから楽しくなりそうだな。そんな思いを巡らせながら私の視界は再び暗転した。
誤字脱字、ここ日本語おかしくね?という情報お待ちしています。