花祭り②
村は本当に花で溢れているようだ。頭上から惜しみなく花びらが降り注ぎ、道のあちらこちらで手渡される花で手は一杯であった。
広場で、クリスティーナは即興のダンスに参加し、苦い顔のガーウィンも無理矢理参加させた。そして愛の伝道師として、広場を練り歩く。
祭りの間中、ずっとマントで顔を隠していたが、空気中に分散した美女フェロモンのおかげで、数名がクリスティーナの魅力に骨抜きになった。けれども酔っぱらいには興味のないクリスティーナは代わりに愛のキューピットになって酔いどれ達をくっつけてみる。ちなみに成功率はやはり一割である。それでも、蜜でできた飴で口を満たし、愛する恋人達の姿で心を満たし、大変満足であった。
「もう帰るぞ」
そういらいらした声で言われても、山羊顔をしたガーウィンに嫌みを返すことなく従ったぐらいだ。
「愛はお金で買えないのよー。何にも代え難いものなのよー。お幸せにー」
つい先ほど、できあがったカップルに夢中で手を振っていると、側に立っていたガーウィンが呟いた。
「おまえって本当によく分からないな。愛やら何やら言っているけれど、やることなすこと狂っているし。実は人間じゃないだろう」
「人間よ。失礼ね」
彼は一瞬黙って言った。
「…なあ、おまえは本当に側室に興味がないのか? 側室になることのどこに不満があるのか?」
「どうしたのよ、いきなり。――それは陛下の人柄に寄るわね。地位とか何とかというのにはさらさら興味なんてないわよ。そんなもののために結婚なんかしたくないわ。今のところは早く降嫁して異国のロマンスを楽しみたいところよ」
「なぜ、地位や金を望まない?」
ガーウィンはやや驚いたようにクリスティーナを見た。
「恋するのにお金や地位は必要かしら。恋の悲劇って大体、家柄やお金から始まるんだから。まあ、悲劇は故意の醍醐味ともいうけれどもね。私はそんな壁より、性別とか兄弟の壁の方が登り甲斐があると思うの」
真面目に言ったクリスティーナは、思いついたように言った。
「あ、もしかしてあなた、側室の一人に懸想しているの? いいわねー。禁断の恋じゃない!」
「どうしてそういう発想がすぐにでてくるんだ」
「その選択肢に私は入っているのかしら? その相手がもし私だとしたら、好きな食べ物はおしゃぶりジャーキーだということを覚えていた方がいいわよ」
一瞬、その手が腰に下げられた剣に移動したが、なんとか思いとどまったらしい。
「ねえ、ガーウィン、側室ってあまり外に出られず、男の人にも会えないのでしょう? 私、用事があれば手紙書くわね!」
「…何で俺に」
「なぜって、『秘密』を共有している友だちなんてまだあなたしかいないもの。――ねえ、そんなに剣を触って確認しなくても滅多に盗られやしないわよ。平和そうな村だし。…たぶん、すぐに後宮からは出るつもりだから、そんなにお世話になることはならないと思うけれどもね」
赤毛の青年がやや固まった。
「どういうことだ?」
「陛下の興味から私を逸らすのよ。早く降嫁するために。――私は側室に相応しいほど堂々としていて賢明な女ではなくなるから」
ぱちりとクリスティーナはウインクをした。すると、闇でも光を弾いて神々しいクリスティーナの顔が一瞬のうちに別人のものにと変わった。その美しい顔を不自然ではないくらい歪めることによって、そしてまっすぐ伸びていた姿勢をだらしのないものに変えることによって彼女の雰囲気はがらりと変わったのだ。
「こんな女だったらぁ、陛下もぉ、気に入るかしらぁ?」
まるでもう一人の人間がすばやく入れ替わったぐらいの変わり身である。
令嬢として名が付くほど整った顔立ちは変わらないが、どこか見る者を不愉快にさせる表情だ。一つ一つの動作は無駄が多く緩慢で、知性が感じられない。
「お、おまえ…」
「ガーウィン殿ぉ、私、とっても疲れたの。お宿に帰って明日のお昼までだらだら眠りたいわぁ」
驚愕した青年に向かって彼女は子どもっぽく口を尖らせた。彼女の姿に、以前の黒いオーラが漂っても感じられた優雅さは全くなく、だらしなさだけが存在していた。
何が、このクリスティーナという女の本性なのだ?
美しいと思えば、醜く変化するし、頭がいいと思うと、その行動の根元は馬鹿なことだったりする。そんな矛盾をはらむ存在を一言で表せば。
「魔女だ…」
驚愕の目で見てくる王兵にクリスティーナは大げさに抱きついた。
「どこに魔女がいるのぉ? こわいよー」
いかにも頭が悪そうな女はクリスティーナだと誰も思わなかった。みんなのヒーローである王兵隊長は、なぜか連れであるその女を大変恐ろしがっていて、令嬢一行が旅立った後もしばらく村の笑い話になっていた。
ゴドフリー領の令嬢は王都で七人目の側室として多くの歓迎を受けた。
クリスティーナは民衆の声にむやみに窓から顔を出してみたり、低俗なものにいちいち声を立てて笑った。城で開かれた他貴族との食事会では苦手な食べ物に露骨に文句を言ってみせ、寝る前にココアが出ないと癇癪を起こした。
美しい第七側室の評判は急速に下がっていた。