花祭り①
ゴドフリー領から旅立ち、五日目。
クリスティーナ達は偶然に村の花祭りへとかち合った。
楽しいことには目がないクリスティーナは、今夜、村で過ごすことを提案する。意外にもそれに同意したのは王兵隊長のガーウィンだった。曰く、理解不能のクリスティーナをそのまま城に連れて行っては対処できないと。もう少し慣れたいとのことだ。
素朴に春の訪れを祝う村では、貴族達が好む宝石に負けないぐらい色鮮やかな花が咲き乱れていた。
村長の挨拶を受け、まずは今日の宿に馬を預ける。それから一番簡単な服に着替えて、階段を下りると、そこには仏頂面のガーウィンが立っていた。
「どうしたのかしら? 他の仲間は?」
「思い思いに羽を伸ばしている。――俺がおまえの護衛だ」
「まあ、そうなの。わざわざ悪いわね。よかったら、あなたの恋人探しでも一緒に手伝いましょうか」
「よけいなお世話だ。おまえを野放しにしておくと危ない。皆の安全のためだ」
何か失礼なことが聞こえた気がするが、クリスティーナはそれに注意が向かないほど興奮していた。
何と言っても、花祭りといえば恋の聖典ではないか! 花祭りはゴドフリー領の村でも一大イベントであり、去年まではクリスティーナだって、一ヶ月前から準備を重ねせっせと恋のキューピットとなってみたり、また、自分の好みにあった殿方を探したりと満喫していた。
ちなみに恋のキューピット成功率は一割と低めである。原因は彼女が許されぬ愛に応援の重点を置く傾向にあることや、恋人達の行動の深読みの結果のためでもある。また、殿方が恋人ではなく、クリスティーナの方に目移りすることもあった。
「そんなに顔を知られてもまずいからフードを被っておけ」
「ええ」
「すぐ見て帰るぞ」
クリスティーナの今の格好は、装飾のない白いワンピース姿だ。衣装で抑えられているのか、本人は気づかないが、いつも浸み出すような悪女オーラは消え、清純ささえ感じる。
――花の妖精と、彼女に出会った勇敢な青年といったところかしら
クリスティーナは相手役のガーウィンをまじまじと見つめ、少しだけ驚いた。以前、ガーウィンを山羊のような無表情と表したが、よくよく見ると鼻筋が立った整った顔立ちをしていた。燃えるような赤毛に意思の強そうなヘーゼル色の瞳が合っている。王兵隊長だけに高い身長と細身ながらも見事な体躯を見ると、案外いい筋かもしれない。
――無表情は山羊そっくりだけれど
「ほら、行くぞ」
クリスティーナの失礼な心の内を見抜いたように彼女を睨み、すっかり遠慮も礼儀正しさもなくなった彼はぶっきらぼうに言った。
村の中心の広場では大きな火が焚かれていた。その周りでは音楽に合わせ、人々が思い思いに身体を踊らせている。
広場の周りでは露天がずらりと並び、肉が焼ける香ばしい匂いや、摘み立ての花から作られた香油の香りが入り乱れていた。年に何度とない祭りに村人達もいつもは硬い財布の紐をゆるめていた。
ガーウィンは宿の近くに露天を出していた花屋に立ち止まり、花冠をとった。
「これはいくらだ?」
「銅貨三枚ですよ。王兵さん」
ガーウィンは銅貨を支払い、たくさんの花がちりばめられた花冠を受け取った。だれか想い人でもいるのかしらと早速クリスティーナが考えていると彼はそれを放ってよこした。
「ほら。今は花を身につけていない女の方が珍しい」
クリスティーナの顔も見ずにガーウィンは言った。彼が恋人ならば頬を染め、花冠をかぶせてくれと頼んだだろう。けれど、クリスティーナとしてはそういう気は全くなかったので遠慮なく言った。
「どうせなら赤い花があるのが良かったわ」
「…俺はやめとく。周りを見ろ。人が見ているぞ」
ぐるりと見渡すと、村人達があまり見ない顔ぶれに噂しているようだ。ガーウィンはクリスティーナが花冠を着けるのも待たず先に行ってしまった。どうやら顔を赤くしているようだ。可憐な花冠を手に持って立ちつくすクリスティーナに花屋の亭主が笑った。
「男前の恋人だねえ。けれど、まだ照れているんだよ。気長に待ってやりな」
「彼は恋人じゃないわ」
すると、店主は驚いたようだ。
「おや、そうかい? 花冠は基本的に恋人から送られるもんだよ。まあ、これは村のしきたりだから外のもんが分からなくて当然だけれどね。…それじゃあ、娘さん、赤い花冠って頼むんじゃないよ。赤い花冠は求婚の証だからね」
クリスティーナは目をぱちくりさせた。それに気のいい店主は笑って手を振った。
「これもしきたりさ。今じゃあ、あまり守られていないけれどねえ。気にしなくてもいいものだよ。――あの、王兵さんは気にしていたけれどね」
彼女はクリスティーナの耳元で言った。クリスティーナはガーウィンが去ったところを見ると彼はまだ近くにいてクリスティーナを待っていた。若い娘達がガーウィンの気をひこうとしているが、彼は、凶暴な山羊面で早く来るようにと彼女を見ていた。
手に持った花冠をかぶせると、ガーウィンはぷいと顔を背けた。店主は曇った鏡を持ってきてくれた。
「娘さん、似合っているよ。王兵さんは見立てがいいねえ」
クリスティーナはにっこり微笑み返した。
「ありがとう」