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仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編
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道中で③


「陛下は確かに男ではなく女が好きだ。とはいっても特別女好きっていうことじゃないぞ。――いいか、おまえに陛下のことを話せない理由を言おう。陛下は今、国の各地から七人の側室を集められている。それは知っているな?」

「ええ」

「お世継ぎを生める丈夫な体や、貴族達の関係から公平に集められた娘達だ。そこはまあいいだろう。問題は陛下はその中から、一人を生涯の伴侶としても、国の要としても相応しい正妃を決めようと思っておられる。側室自体は陛下の即断によって入れ替わりが大きいし、町娘でもなれることから地位も確立されていないしな」

「つまり正妃争いが大変ということ?」


 青年は頷いた。


「今は正妃になるだけの器量をもつ娘だけが各地から集められた。判断を公平に行うつもりだから、各妃も同じように陛下の情報は全く知らされていないんだ。陛下は仕掛けられた様々な問題を側室が自分たちの能力を駆使してどう対処するか見たいらしい」


――これが、国王が隠してきた情報の一部ね


 出発の前、ゴドフリー卿、クリスティーナの父親はこのことを娘に話していなかった。だが、それをほのめかす言い方はしていた。側室になり、正室にとなるために参加するゲーム。


「側室達が王妃になって政務を果たせるかどうかの能力比べ? それとも女らしい可愛い気のある愛玩選び? 外向きに適した仕事ができる女か、ただの見栄えのいい女のどっちを陛下は考えているの?」


「おまえ、よくもはっきり言えるなあ…」


 クリスティーナがもう一つ側室になるのに躊躇していた理由がこれだ。一国の王や王妃の恋愛は国の責務や世継ぎの問題によって大幅に制限されている。それがまたいいのよね、というにやけは置いておこう。基本的に恋愛重視のクリスティーナにとって、側室という地位はハイリスクハイリターンなのだ。


――そして、王妃選びの情報がけっこう秘密にされていたことも気になるし


「我が国は大陸一の大国で政治、文化、戦力、すべてにおいて他国を超過しているし、国自体も安定している。大国の威として見栄えが良いことには越したことはない」


――愛玩用ね


 クリスティーナは考えていることをおくびにも出さず肩をすくめた。


「この正室選びのことは他の側室様も知っているのかしら? ずいぶん、内緒にされているようだけれど」

「ああ。王都にはいる前に明かす予定だったが、おまえの場合早まった次第だ。王と宰相が内密に決めて、今頃は各側室の父達にも知らせが行っているはずだ」

「他の皆様はこの提案を受け入れたの?」

「ああ」


 それはそうだろう。側室まで来たならば、もう一歩がんばり正室となり、王子でも生めば一族を安定させられる誉れだ。


 けれども、クリスティーナは思う。七人の中から一生を供にする正室を、何の駆け引きもなく完璧な状態で選ぼうとするなんてはっきり言って、ただのチキンなんじゃないか。その点で、またもやクリスティーナの国王に対しての評価が下がった。それでも国王をチキンなんて言えるわけがないので、あくまで遠回しに言う。


「こうまでして正室を選ぶなんて陛下はかなり慎重なのね」

「まあ、王妃といったら重要だ。死ぬまで一緒に仕事しなくてはいけないから、気が合わなかったら最悪だろう」

「ふうん」


 考えた様子のクリスティーナをガーウィンはちらりと鋭い目で見た。


「おまえが聞きたいことはこれでおしまいか? もういいな。俺に話しかけるな」

「えー、もっと喋りましょうよ。後、王都まで四日もかかるのよ。まだ、馬車の中を沈黙で過ごすつもり? 私のことも何でも聞いて頂戴よ」


 クリスティーナが朗らかに言うと、彼はまっすぐな眉を片方だけひょいっとあげ、彼女に復讐する気で言った。


「陛下を近くで見てきた俺から忠告しておくが、王はおしとやかな女が好みだぞ。こうして俺と口聞いていることがばれたらどうなるか」

「そう。でもね、私、今まで食べてきたお菓子の中では昨日食べたカスタードを包んだパイが一番おいしかったと思うの。やっぱり南に近いっていうのはいいわね。香辛料がふんだんに手に入るもの。あなた、もしかして食べてないかしら? たぶん、おばちゃん、あなたのことずっと動かなかったから彫刻か何かと思ったのね」


「――おい、俺の話を聞いているか?」


「けれども、私たちの城下町で売っているパイもかなりのものよ。ミルクだってかなり濃いものを使っているから、素材の味が楽しめるもの。ねえ、ガーウィン。あなたも一度来てみてよ。その山羊みたいな無表情もチーズ並にとろけさせてみせるわよ。あら、どうしたの? 涙目になっているじゃないの」


 予想外の強敵の地味に傷つく言葉に皆のヒーロー、王兵隊長もついには涙を浮かべる。


「俺の、話を、どうか聞いてくれ」

「聞いているわよ、陛下はおしとやかな女が好きなんでしょう」


 うなだれる青年にクリスティーナは優しくハンカチで目尻を拭いてあげた。


「大丈夫。お姉さんがあなたのすべてを受け止めるわ」


 何度も言うが、クリスティーナの今の気分はお姉さまと素朴な青年の純愛のエンディングである。


「あなたがいろいろ話してくれたから私も言うんだけれど、まあ、正直に言ってね、私、陛下の妃の座にあまり興味はないの。もちろん、陛下が素敵な方だったら話は別だけど、聞いてみれば、陛下はなんだかとっても、何て言うのかしら、そんな感じだし」


――チキンだし


 言いたいのはこの言葉だが、咄嗟にはうまい言葉が出てこなかったのだ。


「王をめぐっての側室同士の陰湿デスマッチとか、そうでなければ側室同士の許されない禁断の恋とかは楽しそうなんだけれど、まあ、今後に備えて今回の参戦は傍観者の方に徹するかもしれないわ」

「はあ」

「だから、王がおしとやかな女性が好きなら、その反対を演じるだけね。ありがとう、ガーウィン!」


 令嬢の言い切った言葉にぼんやりと答えるしかないガーウィンだが、最終的にクリスティーナという女が『理解不能』という基準に陥っていることに落ち着いた。


「話したらすっきりしたわ。気楽に行きましょう!」


 馬車の中は、胸の内がすっきりした者と、そのおかげで頭に抱えた者と、そして、何があったのか分からず無邪気に眠っている者という三者が揃った不思議な空間であり、馬はそれを感知することなく、ただ、今日の宿へとリズミカルに駆けていく。


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