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仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編の番外編
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ゴドフリー家①

家族のお話です。主要人物はでてきません。


 秋の季節、ゴドフリー領は毎年のように豊作で賑わう。王国でもひときわ豊かな地に恵まれているため、領主に治めても尚、自分たちの腹に入る分は残っているのだ。時期になると市には新麦で作られたビールが出回り、取れたてのナッツや果物類を片手に民は浮かれる。


 そして、今年はまた特別賑やかであった。


「あのクリスティーナ様がついに王妃様になられるぞ!」

「可愛らしいあのお嬢様が…」


 各貴族からはひっきりなしにお祝いの品が領地に届けられ、更に前年を上回る豊作も重なる。酒屋のすべての樽が開けられ、パンが無償で配られる。ゴドフリー領では空前の好景気であった。


 領主であるゴドフリー卿も娘の婚礼の準備に大忙しであった。


 久しぶりに忙しく城を駆け回り、やっと静かになった自室で一息を付き、アルコールを抜いた葡萄酒を口に含む。


「あんな娘でもこういう育て方で良かったかもしれないな…」


 五人の子どもたちの中で並はずれて異端だった娘に頭を痛めてきたが、今こうして考えてみると一番の親孝行をしてくれた。


 もちろん、娘がどんな性格をしているだろうと可愛い。そんな娘が頑なな結婚観を持っていることで、独身のまま可哀想な人生を遅らせてしまうのではないかと思い、たまたま聞いた側室募集に乗ってみた。


 別に、自分の富のためと娘を利用したわけではない。まさか、本当に正室になるとは思わなかったのだ。


「振り返ってみると、信じられない幸運だな…」


 ゴドフリー卿は元々、ゴドフリー領主の地位を約束されていたわけではない。


 幼き頃はある貴族の私生児で満足に教育も受けられない中、運良く教会で学問が出来た。そして、そこに敬虔に通っていた娘と恋に落ち、その娘がゴドフリー領主の娘であった。それだけでも幸運なことなのに、更に一番上の息子は位の高い聖職者である。娘たちは属国の宰相の妻、大臣の息子の妻、そしてはこの国の王妃であり…


――この世は私の物


 ゴドフリー卿は疲労で朦朧としながらも呟き、ニヤリと笑った。


 次第に夢魔が耳元で優しく囁き始める。夢の中のゴドフリー卿は多くの財宝と家臣に傅かれ、両手には妻なんかよりも若い愛人を侍らせていた。いつまでも続く祝宴の中、ゴドフリー卿は自身の勝利を確信して杯をあげた――




 しかし、覚めない夢はない。




「お父様!」

「起きてくださいな」


 その瞬間、ゴドフリー卿は覚醒した。


「うっ、と、ああ?」


 目の前には二人の娘の姿。栗色巻き毛が美しいアーバンルーと溌剌とした青い瞳が魅力的なサンニコールの姿がある。


 一瞬、デジャヴを見たのかと思ったのだが、目の前には成長した娘達が現実に立っている。ゴドフリー卿は目をパチパチさせた。


「…アビー、ニコール、二人ともどうしてここにいるんだ」


 混乱した頭で尋ねると二人の娘達は呆れたように父を見返した。


「どうしてって、あの子の結婚式を祝おうってわざわざ家に帰ってきたのよ」

「そうよ。可愛い妹の結婚式だもの」


 そして、ゴドフリー卿は自室の開かれた扉を見た。混乱した頭で確かめる。


「…確か、私は鍵をかけていたはずだが?」

「お父様ったら、何度も呼んでも返事しないもの。アビーに開けてもらったの」

「そう、腕はまだ鈍っていなかったようね」


 アーバンルーはさっと栗色の巻き毛を払った。幼い頃からお嬢様の教養以外にも様々な関心を持ち、それに喜んで手当たり次第教師をあてがった結果が、これだ。なぜか、鍵開けを得意にしている。


「でも、扉の向こうにはちゃんと秘書をたてていたが」


 そしてその秘書には、娘達、そして特に妻を部屋の中には入れるなと言ったはずだが。すると、サンニコールは青い瞳とは対象的な艶やかな赤い唇を微笑ませた。まるで熟れて落ちる前の果実だ。これが三人の子を持つ人妻の魅力なのだろうか。


「もちろん、お願いしたのよ。どうか、私たちのお父様に会わせてくださいって」


 ゴドフリー卿は頭を抱えた。娘達が城にいる頃は、秘書は女と決めていたが、彼女たちがいなくなってから時は流れていたのだ。


「お父様も昔に比べてお年を召されたもの。何度も呼んでも返事をしなかったら心配でしょう? あ、それとも、もしかして」


 アーバンルーの柔和な顔が突然険しくなった。


「――また、浮気ですの?」


 サンニコールが引き継ぎ、艶めかしく目を細めた。


「な、おまえ達何を言っているんだ!」


 ずばりと言われて、ゴドフリー卿は焦る。三ヶ月前にも妻に浮気がばれてこってり絞られたことは娘達の耳にも届いているだろう。


「これで何度目ですか?」


 けれどゴドフリー卿だって男である。ここで、何にもないのに娘達に変な誤解をされたら名が廃る。無理矢理に矛先を変える。


「お、おまえ達だってどうなんだ。アーバンルー、おまえはどうしてそんな鍵開けの技術を身につけているんだ。旦那にばれたら不貞が疑われるぞ。そして、サンニコール、おまえは毎度毎度、私の秘書を誘惑して。それこそ、浮気と言われかねないぞ」


 父のもっともな言葉に二人の娘は押し黙る。ゴドフリー卿は父の威厳を示そうと咳払いをする。


「第一、淑女が父親といっても男の部屋に勝手に入り込んでくることが、おかしいのだ。緊急事態ならまだしも。私に異変があったならばおまえ達じゃなくて、秘書が人を呼ぶ」


 まるで子どものように口を尖らせていたアーバンルーがぼそりと言う。


「だって、お母様がお父様を呼んできてと言うもの」

「ええ?」

「これは、お父様にとって十分緊急事態じゃなくて?」


 妻との仲は二十年以上過ぎた今、空気みたいなものである。もちろん、たまに言葉を交わして領主夫妻として公務を行うが、娘達をよこして夫を呼び出すのはよっぽどのことでしかない。


 領主でありながら婿養子であるゴドフリー卿に妻の呼び出しに拒否権はない。


 ゴドフリー卿は途端にそわそわと落ち着かなくなる。


「…なあ、母様は他に何か言っていたか?」

「知りません。私たちは言いつけられて、お父様を呼びに来ただけですもの」


 ツンとアーバンルーは首を振った。


「ただ、急ぎでと言われました」


 サンニコールが極めつけに重ねる。


 ゴドフリー卿は歯を食いしばって立ち上がった。どうして呼び出されたのかは心当たりが多すぎて分からない。浮気がばれてからも城に妻より十や二十若い愛人をいれることは数多にある。出張と題しての愛人巡りがいけなかったのだろうか。


 しかし、妻のお願いは命令である。


 ゴドフリー卿は何十回目かもしれない雷の覚悟を決め、立ち上がった。


「…母様の元へ案内してくれ」




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