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仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編
44/48

覚悟


 城の外では国王の結婚式ムードで盛り上がっている中、その主役の一人であるクリスティーナは浮かれてはいなかった。


 その理由が目の前にいる弟だ。


「それで、僕に何のようだ、ティーナ。こんな所まで招き寄せて」


 相変わらずの分厚いメガネに野暮ったい服。それが、城の応接間とは全く持って場違いであった。彼が本当に目の前の美しい令嬢の弟であると言うと皆首を傾げるだろう。


 それでも、この双方ともかもしだすピリピリとした空気は姉弟喧嘩に特有な物であった。


「何の用じゃないわよ。あんた、いつになったらニケちゃんをもらいにくるの? というか、あんたの給料でもらいにこられるの? 早くしないと私が先に食べるわよ」

「ニケだけには手を出さないでくれ。ティーナに預けていること自体が不安なんだから」

「どうしてよ。次会うときはものすごく可愛くなっているんだから! ルーだってすぐに襲いたくなるぐらい」


 ルーフェスは顔を引きつらせた。彼の姉はやりすぎを知らない。


「出来るだけ早く迎えにくるさ! けれど、ティーナも分かるだろう。給料もだいぶ厳しいんだ。このままではニケを養っていけない」


 クリスティーナは弟を睨んだ。


「早くしないと、時間切れになるわよ。私の結婚式にはお父様もお母様もはるばるやってくるのよ。きっと、あなたの見合い相手も見繕ってくるわ」


 話はだいぶ聞いてある。父はクリスティーナが王都へ旅立ってから、娘のことは全くもって無感知で通してきたと聞いたが、この前久しぶりに父親らしい手紙が来た。そこでは一文だけルーフェスの結婚についても言及されていたのだ。


「…僕の相手はニケだけだ」

「お父様はともかく、あのお母様がどうこう言ってこればどうにもならないわよ」


 ルーフェスは黙る。このクリスティーナがもう少し老いたような母に勝てるわけがない。


「私はね、あんたのことを気にしているんじゃないの。ニケちゃんよ。あんな健気な子が悲しむなんて、お姉さん耐えられないわ」

「それはティーナだけじゃないよ」


 僕もだと言ったルーフェスだったが、クリスティーナは疑わしげに弟を睨んだ。


「ニケちゃんがお金盗んだと疑ったくせに」

「…揚げ足取るなよ」

「あれでどれだけガラスの心が傷ついたか分かる?」


 恋する乙女を傷つけるなんて許せないとばかりにまくし立てるクリスティーナ。自分は隣で恋に悩むニケを見てきゅんきゅんしていたことは棚に上げる。


「だからそれは…」

「はっきりしないあんたの隣にいたらニケちゃんずっと悩むわよ。自覚はあるでしょう。元々、だらしないし、気が利かないし、お金もないし。その上、お父様、お母様がきっと結婚を許してくれないし。たぶんあんたにはどっかの令嬢があてがわれるはずね」


 こればかりにはルーフェスも否定できない。


「――じゃあ、ティーナはどっちの味方なんだよ」

「私? 私はもちろんニケ側よ。一番手っ取り早い方法としてはあの子には早くあんたと別れて別の人と幸せに結婚して欲しいんだけれど」


 それは駄目だとルーフェスは首を振る。


「ニケにはこれからずっと隣にいて欲しい」

「でも、あんたがあの子を幸せに出来るの? お金のことを言っているんじゃないわ。あの子、お金がなくても幸せと言っていたもの。あんたはそれに応えられるだけの器は持っているの?」

「…分からない。けれども」


 俯くルーフェスにクリスティーナはふんと息を吐く。


「駄目な弟ねぇ。自分がどうにかする能力もないのにああしたい、こうしたいって言うだけで。…で、あんたはそのために努力はしているの?」


 ルーフェスは答えない。


「本当に誰がこんな子に育てたのかしら」


 それは断じて自分ではない。自分は行く手を阻む物すべてを乗り越えてきたのだから。


 愛とはそんな生ぬるい物ではない。愛とはあの老大臣のように人生すべてをかけて手に入れる代物であるのだ。こうして何も動かず与えられるのを待っているような犬のような奴がハッピーエンドを求めているなんて甘すぎる。


 クリスティーナはため息を付いた。


「まあ、あんたの気持ちがそれだけならばそれでいいわ。私がニケちゃんからあんたを忘れさせて、幸せな人生を作ってあげるから」


 話は終わりとばかりにクリスティーナは立ち上がった。


「あんたが彼女を幸せにしようなんて言うのには十年早いわ。あの子がいろいろなことで悩むよりは私の手元に置いた方がいいわ」


 その時、ルーフェスはぽつりと言った。


「――僕は家を捨てる」

「え?」


 ルーフェスは厚いレンズ越しに姉を見た。


「ティーナの言うとおりだ。僕はまだまだ努力が足りない。けれども、その最初の一歩として僕は貴族としての名を捨てる」


 それは普通では考えられない答えであった。貴族としてしがらみは多いが、少なくとも飢えることはない。


「それは本気? ゴドフリー家としての名を捨てるってこと?」

「…うん」


 クリスティーナは弟を睨みつけた。


「あんたはそれでいいの? あんたが私を満足させたいためにそれを言いだしたからって、いいと言うことではないのよ。それで、もしニケちゃんを養っていけなくなったら? 彼女だけではなくてあんただって困ることになるのよ」


 ニケだけじゃない、きっとルーフェスも辛い道を歩むことになるだろう。


 それでもそれを乗り越えていく覚悟はあるのか?


「そうだ。そして、今やっている研究を成功させて彼女に相応しい男になる」


 ほう、とクリスティーナは弟を見た。


 ルーフェスは姉の鋭い視線に耐えながら主張する。


「僕はまだまだ未熟だ。確かに、それをやり遂げる能力もまだまだないし、またニケを悲しませてしまうかもしれない。けれども、素晴らしい姉がいる。――僕たちを助けてくれないか?」

「私に頼りっぱなしはなしよ」

「分かっている。でもどうしてもというときには助けて欲しいんだ」

「それじゃあ、私に恋のキューピットになれと?」

「…うん」


 一瞬黙ったのはルーフェスがその割合を知っているからである。それでも何にもしなかったら、ニケと結婚できる確率はゼロだ。父はともかくあの母に対抗できるのはこの姉しかいない。自分たちは一割の中に入ってみせようと心に誓う。


 クリスティーナはにっこりと微笑んだ。


 弟が覚悟を決めて選んだ道ならば姉が邪魔する理由はない。自分は彼らを祝福してあげよう。


「愛の力は誰にも引き裂けないわ。二人が本当に愛し合っていたならばね。――このお姉さまに任せなさい」



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