新たな問題
首謀者であるオサリヴァン卿の告白によって城に根を張っていたすべての陰謀が明らかになった。
しかし、王は関わった者たちを最低限にしか処罰しなかった。故意に行ったか、そうではなかったかに関わらず、多くの者が事件に関与していて、処罰をすると政治機能が成り立たなくなってしまうことも上げられる。
城下町で起きていた混乱も国王直々による指導により収束した。そして、そんなある日、城の広間が開放される。人々は何事だろうと口々に話し合い、城へ立ち寄る。
多くの民が集まった頃、皆の前に若き王が現れた。王は朗々とした口振りで今回の混乱を説明し、迷惑をかけたことを詫びた。そして後ろを振り返り、今回の事件の解決の糸口となった側室を手招きする。
そして、この事件の立て役者が皆の前に現れたときに皆は驚いた。
彼女は何と、馬鹿で有名なあの令嬢ではないか。ありえない、そう皆が思ったのはほんの少しだけであった。上品なドレスを纏った彼女は国王の隣に立ち、はっきりとした口調であいさつした。その口振りは揺るぎなく、知性を感じさせる。
そのギャップに皆が唖然としたとき、そして国王は宣言する。すべての側室を親元に帰し、クリスティーナただ一人をこの国の王妃に迎えると。ティボルトが心配して呼んだサクラの拍手もやがて嵐のような歓声に塗り替えられていった。
それから王妃、クリスティーナ人気は鰻登りにあがっていった。彼女の名によって集められた募金は恵まれない子どもの孤児院や、公共施設などに投資された。
お金だけではない。新しい王妃は直々にその足で孤児院に訪れたり、民の者とも気軽に話したりされた。この事件によって被害を受けた者たちの訪問は言うまでもない。そして、教会の堅苦しい説教とは違い、身近にある愛を説いた。そのことを話している彼女は内側から光を放つようで人々はまるで女神のようだと崇拝した。
「うふふー。やっぱり、恋って素敵ねー」
ちょっと、塔から顔を伸ばせば、ジャングルの間から恋人達の逢瀬が見え隠れする。
後宮の塔をジャングルにしたのは降嫁するために作った一つの隠れ蓑だったが、今では市民達のパワースポットと化した。愛の女神のお膝元では恋が叶うかもしれないという恋人達の願い故である。クリスティーナは公務の合間をぬって、恋のキューピットとして活躍中であるが、やはり成功率は一割である。愛の女神としては御利益は低いかもしれない。
「あの、クリスティーナ様、もう一度こちらを向いてくれませんか?」
そう言うのは、王宮お抱えのお針子達であった。正式に婚礼の日々が決まり、クリスティーナが領地から持参したドレスを広げてみたのだが、湿気の多いジャングル後宮に無造作に放って置かれていたため、美しかったドレスには茸が深く根を下ろしていた。
そういうことで、新しいドレスを作り直そうというのだが。
「あー、あっちの人たち、もう少しで…。ああ!」
「クリスティーナ様!」
しびれを切らしたお針子長が叫んだ。
国王からきちんとしたドレスを作れと命を受けてきたのだが、本人が落ち着かなげにカップル観察をしているためなかなか進まない。
「国王陛下がお金をいくらでも使ってもいいからとおっしゃってくださったのに…」
それなら自分たちのドレスも作りたいぐらいだとお針子長は吐く。
恋愛のハイライトである結婚に憧れていたクリスティーナがどうしてドレスに無頓着であるのか。
「だって私、本当は男になるつもりだったもの」
「どういう意味です?」
事情が分からないお針子は首を傾げる。
クリスティーナは嫌なことを思い出したと鼻を鳴らした。
事件を解決して、心休めていたガーウィンの部屋に勇んでいったのは少し前であった。満面の笑みを浮かべたガーウィンは自身の危機を感じて、逃げだそうとしたがそんなことはすっかり心得ているクリスティーナである。
部屋の隅に追いつめられて、ガーウィンはやっとのことで話し合いを申し立てた。
結局、一晩部屋の中で騒がしくお話をした後、次の朝、すべてを使い果たした二人が顔を出した。外で警備をしていた王兵は衣装も乱れた彼らから目を離した。けれども、二人の視線に甘さは全くなかった。
王の威信を懸けて、ガーウィンは身を守りきったらしい。そのおかげで彼女の趣味に多大な国家資金をつぎ込む予定になったらしいが、彼女のずば抜けた能力を確保するのには高くはない買い物だと思っている。
クリスティーナも不満ではあるが交換条件の方が魅力的であったので頷いた。
「じゃあ、早く済ませるわよ!」
クリスティーナはお針子達の指示通り、まっすぐに立つ。お針子達は彼女の完璧なスタイルにため息を付く。これでこそモデルの中のモデルだ。
数日が経ち、仮縫いが終わったドレスが後宮に運び込まれた。さすが、城のお針子であり、出来映えは素晴らしい。クリスティーナもこれならばと頷いた。
ドレスはクリスティーナの部屋の中心に置かれた。
白を基調とした絹に下品にならない程度の宝石があしらわれる。それでも常人が身につけたならば浮いてしまうような代物だが、神がかった美貌を持つクリスティーナが着ればまさに女神の再来と言われてもおかしくはない。そのドレスはいろいろと忙しい婚礼準備の中心となった。
侍女の一人として準備に携わるニケもことあるたびに純白のドレスをボーっと眺めていた。
「綺麗…」
「すぐにあなたも着られるわよ」
「クリスティーナ様…!」
クリスティーナはウインクしてニケをお人形のように引き寄せ、ソファーに腰掛けた。
「その時は、私がすべてをプロデュースするわ。ドレスから下着まで。式をロマンチックに輝かせるの」
「そんな、王妃様におそれ多い…」
ニケはふるふると首を振った。
「何言っているのよ。義理の妹になるのよ! もう、危険は去ったんだし、ルーからも告白された? これから一緒に暮らしましょう。そうと決まれば、部屋を新しく作った方がいいかしら」
クリスティーナはこらえきれなくなり、小柄なニケを抱きしめる。
「そ、そんな、ルーフェス様は」
「えっと、まだあの馬鹿弟は告白してないの?」
ニケはもごもごと口を閉ざした。思わずクリスティーナは舌打ちをしてしまった。
「全く、あの馬鹿弟は私がせっかく何から何までお膳立てしてあげたっていうのに」
事件が解決してから、クリスティーナは自分の結婚もそっちのけで、ルーフェスとニケの結婚のためあれこれ手を回していたのだ。
その理由の一つとして、このごろ両親が一生無理だと思われていたクリスティーナの結婚に乗って、更に家族の問題児である人間嫌いのルーフェスまで結婚させようと企んでいることによる。
両親があげる条件は高望みはされていないものも、やはり正妻としては貴族の姫と結婚することを求められている。
しかし、相手が平民であっても、将来十分保障されているならば問題ないが、ルーフェス、ニケ共に儲からない研究者だ。子どもの将来を案じる両親が許さないのは目に見えている。
「あー、そう言えば、王立研究所はやっぱり資金カットされたんだっけ。あの給料から更に値引かれたら、結婚後の生活も大変よね。ニケちゃん、やっぱりここで一緒に暮らしましょうよ。後宮だからルーにはこれから一生会えないかもしれないけれども」
「そんな、私貧乏でもいいんです。ルーフェス様と一緒ならば」
クリスティーナの不穏な言葉は聞き流すことの出来る便利な耳を持ったニケは自分の声の小ささに次第にうなだれた。
クリスティーナはニケの髪をすく。
「そうは言っても、そうねえ、結婚式には私たちの両親が来るのだからお金のことを言われるよりも連れ戻されるかもしれないわねえ。研究者って儲からないから」
クリスティーナの言葉にニケの顔が曇る。ニケの表情を読みとり、クリスティーナはため息を付いた。
「――一度、ルーと話す必要があるわね」




