真実④
小さく作られた墓に参りにやってくるのは若かりしオサリヴァン卿だけであった。彼は激しく国王を憎んだ。けれども彼女が死ぬ間際まで切望していた赤ん坊をどうにか自分も世話することが出来ないかと一心不乱に王宮での地位向上に努めた。
やっと彼女の息子の姿を見ることが出来たとき、衝撃を受けた。彼は性別こそ違うが美しかった母に生き写しであった。オサリヴァン卿はその子に近づくため、更に一生懸命働き、彼が即位すると同時に財務大臣へと出世した。
これから、自分の息子のように王を支えようと思った時、王の異変に気が付いた。彼は確かに母親似に成長していたが、その中身は愛しい人を自分から奪った男そっくりであった。傲慢で女癖が悪く、そして王として誇り高い。
彼を父親以上に憎んだ。愛した女の皮を被って世を支配している男の姿を見た気がした。
そして決めた。
愛する人と、自分を引き裂き、その上苦しませた王を引きずり下ろすと。そして、その王は自分が殺す前に死んでしまった。だからそのまた子を、と。
「――と、以上が私の見解ですけれど、どうでしょうか、オサリヴァン卿。何か不審な点はありますか」
いまいち納得のいかないガーウィンが尋ねる。
「でも、オサリヴァン卿はそのご婦人を愛していたのだろう? どうしてその愛息子を殺そうとしたんだ?」
「恋愛心理学の一つよ。強すぎる愛は憎しみへと変わるの」
老人は何も言わない。
「オクタヴィア姫の想い人であるウィリアム様は傍系の王族でした。小さい頃に出会い、あなたはそれに気が付き、穏便に済ませようとオクタヴィア姫を修道院に隔離しました。けれども、二人の仲は育っていました。結婚を告げに来た彼らを無理矢理に引き離しました。けれども、皆を欺き脱走を繰り返す孫娘の行動を見て、あなたは突発的に言ってしまいました。ウィリアム様をだしに国王の暗殺を」
老大臣は何も言わないが、それでも肯定していることは間違いない。
「オクタヴィア姫はあなたに似てらっしゃる。一人の御方への真心を守るためには何をも厭わないその性格は本当に瓜二つです」
クリスティーナはそっと老人の手に触れた。
「私がこのことをオクタヴィア姫に言ったとき、彼女は言っておりました。あんなに優しかった祖父が豹変するのには何か訳があると。そして、愛しい御方のためなら狂ってしまう自分はやはり祖父の子だと。想い人を奪った祖父を何度も憎んだけれどももう憎みきれないと」
ぼんやりと虚空を見つめるオサリヴァン卿の顔は張りつめていた仮面が外れ、ただの祖父の顔になっていた。深い記憶を持つ目に写されているのは消え去った過去だった。老大臣はぽつりと言った。
「――オクタヴィアは小さい頃は感情が豊かな子だった。私が久しぶりに館を訪れるとすぐに駆け寄ってきてずっとはしゃぎっぱなしだった。けれども私が帰る頃になるとまるで嵐のように泣き叫んで私の袖にすがりついて離さなかった」
しかし、次の瞬間顔が引きつる。
「いや、私は後悔しない。復讐のために人生、すべてを費やしてきたんだ。私の大切な人はただ一人…」
「ええ、そうかもしれません。けれど、あなたのおかげでこの世に生まれてきた人もいるんです。その人達があなたに感謝していることはお忘れなく」
老大臣ははっとクリスティーナを見上げた。
「そ、そんなことは…。私は今まで家族のことは考えてこなかった」
「それでも、あなたのご家族はあなたに感謝していましたよ。あなたが隠れ蓑として結婚した奥様、彼女は飢える心配がないことを感謝していました。そして他の噂をひかないように子どもたちに対しても十分良い父親でした。あなたのおかげで世に生まれてきた命、自覚はないようですが、あなたは多くの人に愛されています」
乾いた頬に涙がつたった。五十年間流されなかった涙だ。
「わ、私はナディアを一生守ると誓い、彼女以外を愛さないと誓った」
老人は失った愛しい人の幻像に必要以上に捕らわれている。クリスティーナは首を横に振った。
「確かに五十年前はただ一人に捧げた、燃え上がるような愛でしたが、それ以外の愛をどうして罪と言えるでしょうか。あなたが妻や子、孫への愛は彼女であっても決して奪う権利はありません」
だからあなたは必要以上に自分を責める必要はない。
「オサリヴァン卿、今話してくれれば彼らには何もいたしません。どうか、すべてを話してくれませんか…?」
老大臣は涙ながらに頷いた。
「――このことはすべて私の責任です。どんな罰でも受ける覚悟はありますが、どうか妻子たちにはどうか御慈悲を」
椅子から身を投げ出した老人は無防備に土下座する。クリスティーナはガーウィンとティボルトをち
らりと見て頷いた。
「ええ、お約束いたします」
老人は皺の寄った顔に涙をたたえ、更に絨毯に跪く。そんな彼にクリスティーナはそっと手を差し伸べる。
そばでそれをぽかんと見ていたガーウィンとティボルトは呟く。
「…愛だな」
「今回ばかりは何にも反論しない」
窓辺から降り注ぐ太陽の光を浴びて、慈愛に微笑む彼女は彼女自身が憧れていた愛の女神にそっくりであった。
ちょっと『ニケの確認』の番外編ぽくなります。




