真実③
彼女は長いことガーウィンと老大臣のやりとりを聞いていたようだった。そして、椅子に倒れかかった老人と、そこに剣を持ちしかかるガーウィンを見て頬を赤らめて空気を読もうとしているものの抑えきれない感情に鼻血を垂らしている。
「ティボルト」
「どうした」
「とりあえず、あいつを追い出せ。この姿を十年おかずにされたくない」
「閉め出したら逆にもっとひどいことになると思わないか?」
慣れた様子で淡々と話す王と宰相。ガーウィンは刃を揺らがせる隙すら見せない。
「陛下…?」
不審に見上げる老大臣を一瞥してガーウィンは剣をいったんおさめる。
「とりあえず、何のようだ」
熱い視線で食い入るようにガーウィンと老大臣を見ていたクリスティーナは慌てて意識を元に戻す。
「えっと、大臣に確認したいことがあったのだけれども、邪魔したようね。私を空気だとお思いになってどうぞ続けてください」
「遠慮する」
「いえいえ。ああ、これはきっと、愛はないけれど抑えきれない激情故の行動ですわよね。今回だけは浮気には数えないでおきますわ。――わあ、私初めてこの組み合わせを生で見られますわ! あ、どうぞ先に進めてください。私は植物ですから」
植物どころか、餌を目の前にした肉食獣にしか見えない。
ガーウィンはちらりと老大臣を見たが、さすがに若者達の新しい考え方に付いていけていないようだ。鼻血をとめどなく流しているクリスティーナにぽかんとしている。
「後にしておこう。おまえの話からさっさと済ませる」
「いいんですか? 長いですよ」
「それは困る。要約して話せ」
クリスティーナは不満そうだったが話し始める。
「オクタヴィア様から聞きましたわよ。オサリヴァン卿、あなた、自分の都合からオクタヴィア姫の思い人のウィリアム様を離したのですって?」
「何をおっしゃるのです?」
老大臣は突然の話の振り方に驚く。その真向かいでその言葉にクリスティーナはなんと言うことだと目を剥く。
「まあ呆れた。自分が冒した恐ろしい罪さえも覚えていないの! 両思いの恋人を引き裂くということは悪魔に身体を真二つにされるよりもひどい激痛を与えているのよ! それを覚えていないなんて…!」
ガーウィンはクリスティーナを部屋にいれるべきではなかったと後悔した。脳内がピンクに染まり、自分の趣味のためならばどこまでも突っ走る恋人だ。苦虫を噛みつぶした山羊のような顔でクリスティーナを睨みつける。
「おい、ティーナ。やっぱり後にしろ」
「なによ、先に話せと言ったのはガーウィンじゃない」
「こんな関係ない話だとは思わなかったんだよ」
「何を言っているのよ。愛はすべてを解決し、すべてを凌駕するのよ!」
とりあえず意味がわからんと否定したくなったガーウィンだが、鼻血を流しながら睨みつけるクリスティーナが何とも言えぬ凶悪な顔をしていたので何も言えなくなった。
「クリスティーナ様」
見るに見かねて差し出されたハンカチで鼻を拭い投げ捨てる。
「――オサリヴァン卿、あなたには婚約者がいました。それも五十年前の話です。私の話に心当たりがありますね。それがあなたの王暗殺の原動となった事件です」
「は?」
何のことだとガーウィンが尋ねる前に老人の顔色がさっと変わった。今まで仮面を被った顔をしていたのが嘘みたいだ。
「おまえ、何を話しているんだ?」
「だから、オサリヴァン卿の愛と真実の話」
「おまえの趣味なら後にしろ」
「けれどもこれは事件のすべての原点よ」
ガーウィンとティボルトの困惑した顔を後目にクリスティーナは老大臣をしっかり見た。
「五十年前、あなたは一人の女性を愛しました。今では人々の記憶から忘れ去られていますが、その頃は毎日と言うほど人の噂にのぼったそうですね。あなたたちは大恋愛の末に婚約をし、その熱々ぶりには誰もが羨んだ。その相手は――」
クリスティーナはぴたりとガーウィンを見た。
「ガーウィン、あなたの祖母様よ」
「え?」
ガーウィンが老大臣を振り向くと、彼は老いた喉に手をやり荒い息を吐いていた。それを一目見やり、クリスティーナは続ける。
「けれども、二人は引き離されました。先々代が彼女を見初めたことによって二人の婚約は破棄され、彼女は後宮にいれられました。二人は若かったし地位も低かったし泣く泣くそれに従ったわ。いずれ、王の寵愛がなくなり臣下に降嫁される日を夢見てね」
クリスティーナは話し出す。
けれども、その前に彼女は子を身籠もった。生まれてきた息子を彼女は一生懸命育てようとしたが、母の地位は弱いということで養子に出されることになった。子を取られまいと必死に抵抗する彼女を国王は一言、殺せと言った。
幸い、あの幸せなカップルの噂は下火になっている。気が狂った事にして今のうちに殺してして、生みの母の存在を消して新たな母の存在に塗り替える。そうして、彼女は夫の目の前で殺された。




