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仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編
40/48

真実②


「オサリヴァン卿」


 謀反の首謀者だと知っても、幼い頃からの古株である。ガーウィンは敬意を表して挨拶した。老人はベッドから起き上がった。


「これは…ああ、そうでしたな。私は王命によって城に呼ばれたのでしたな」


 いつもと変わらない様子の老大臣にガーウィンは少し危ぶみながら尋ねる。


「オサリヴァン卿、単刀直入に聞きます。あなたは本当に政治転覆を企んでいたのですか?」


 見れば見るほどただの老人にしか見えない。老人は目を瞬かせ、それから乾いた笑いをあげた。


「そうですな。確かに私はあなたの暗殺を企みました」


 やはり老大臣の顔色は変わらない。


「どうしてですか? あなたは先王の時から仕える忠臣だと思っていたのに」

「そう信じていただけたならば、嬉しいことです」


 老人はそう言って、満足そうに笑った。


「城は誰も信じられませんからな。陛下も良い経験をしたでしょう」


 ベッドから抜け出そうとする気配を見せたのでティボルトや王兵達が牽制するように刃を突きつける。しかし、老人はそれにもかまわず立ち上がり、鼻に刃先を突きつけられながらも温かなガウンを羽織り、椅子に腰掛けた。


「王と話をするのに臣下がベッドに寝ていてはいけませぬ」

「――王を殺してどうなさるつもりだったのですか?」

「おや、それを聞くのですか? それは、今更問題に取り上げる必要はないでしょう。結局の所、私はあなたを殺そうとしたのだから」


 老人はからからと笑った。彼程の膨大な年代を前にはどうしても自分がちっぽけな存在にしか見えない。


 幼い頃から感じていた、あの不安が湧き起こる。王として生きるため多くを犠牲にしてきた。けれども、その犠牲を払っても自分は王に足らないのではないか?


 ガーウィンの心情を読みとったように老人は話し出す。


「陛下の即位式のときは私も良く覚えておりますよ。今だからこそ、賢王と言われますが、あの頃は若かったですな」


 王に即位してから数年は母方の祖父の手先と言っても過言ではなかった。右も左も分からぬ孫をいいことに、自身の懐を肥やすために彼らは王権を乱用した。ガーウィンは彼らの操り人形として働いていた。彼らが死んだとき、悲しみよりも安堵を感じた。


「俺は…」


 その頃をまだ幼かったからと言い訳して済まされるものだろうか。自分は王である。例え幼くても、何も分からなくても王のその一言で大勢の民の人生が決まる。


 ガーウィンは幻想を振り払おうと頭を振った。


「もう、俺は大人です。幼かったときの思い出を踏み台に、公平に政を行っているつもりです。誰にも邪魔させません」


 老人は笑った。


「今も昔もあなたは変わりませぬ。未だ自分の影に怯え、そして代わりに自分より明るいものに惹かれている。才能を持ち、内側から輝いている者を」


――クリスティーナ


 ガーウィンはキッと唇を噛んだ。


「確かに彼女は大した曲者でした。彼女さえいなければ、私は勝てたでしょうに」


 老人の手がピクリと動いたため、見守る王兵達が反応する。


「もう、この老いぼれに抵抗する力なんてありませんよ。――クリスティーナ様を暗殺し損なった時から敗北は知っていました」

「それならどうして」


 クリスティーナ暗殺に失敗した後も事件は続いていた。側室寝台に忍び込み春画を破ったのも彼らの仕業ではないか。


 老大臣は虚空を見つめた。


「――そうですな。私は先が長くないし、失敗してもどうせ近いうちに死ぬと思いましたから楽しもうとね」

「それでは他の者のことも考えなかったのですか? 例えばあなたの孫娘のオクタヴィア姫がどうなるかと」

「あれが本当に私の孫かも分かりませぬな。この城で育ったならば誰しもそうでしょう。一見豊かに見えるこの国で一番濁っているのは城ではないのですか。陛下であっても、そうではないですか? あなたが本当に王の子どもだと言えますか?」

「おい、陛下に何を!」


 老いぼれた首筋に剣先が埋まる。しかし、老大臣は今の今になり、燃える瞳でガーウィンに問いかける。


「やめろ」

「ガーウィン!」

「オサリヴァン卿が言っていることは間違いじゃない」


 ガーウィンは笑った。


「どうでしょうか。俺は先代のように浪費癖はないし、女もただ一人と決めている。どちらにしても人としては似なくて良かったと思っていますよ」


 ガーウィンはすらりと自ら剣を抜く。


「無駄な話は終わりにしましょう。それで、あなたは結局自分の都合により政治転覆を考えようとしたのですね」

「――自らの闇からは目を背けるのですか?」

「先ほども言ったとおり、俺はこの国の王です。濁りにいちいち足を取られていたらきりがありません。自分より優れた者がいれば、それが誰であれ助けを求めます。けれども、今やらなくてはいけないのはあなたの処分です。将来またこのようなことが起こらないため、芽を摘んでおきましょう。あなたはすぐに死んでしまうかもしれませんが、残された者の処罰を」


 ガーウィンはぴたりと刃を首もとにつけた。老大臣はそんな彼のすべてを見透かすようにガーウィンを真正面から見る。


「正直に話せば情けをかけてやってもいいですが、そうでなければ、俺が直々におしゃべりに付き合います」


 相手が年老いていようと、地位が高かろうと関係ない。それこそ死んでもいいから話を付けよう。拷問のやり方も知らないやわな王ではない。ガーウィンが刃を更に食い込ませ、きつく縛られた老人の口から息が漏れる。


 その時、ドアの方でガタリと音が鳴った。


「何者だ!」


 王兵達が剣を構え、ガーウィンは横目だけでちらりとそこを見た。



 立っていたのはクリスティーナだった。


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