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仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編
38/48

彼女の言い分

 長椅子状の簡易ベッド状の輿に寝かされたとき、ようやくクリスティーナの目の焦点が合う。


「ティーナ、クリスティーナ?」

「――ガーウィン?」

「ああ、そうだ」


 クリスティーナの目が一瞬、トロンとなり、それから一気に跳ね上がった。


「ええ、ガーウィンなの!?」


 突然の輿上の騒ぎに担いでいた王兵達は耐えられずに、輿を下ろした。クリスティーナはけが人と思われていたにもかかわらず、自らの足で降り立ち、そして目を皿にしてガーウィンとティボルトを見る。


「どうしたんだ?」


 向こうで、王兵に指示を与えていたティボルトがやってくる。クリスティーナは周りを見回し、そしてまるで世にも苦い物を食べた顔をする。


「まさかのまさかだけど、さっき私を抱きしめたのってガーウィン?」

「ああ」

「手をずっと握っていたのも?」

「そうだが?」


 その言葉にクリスティーナの身体が崩れ落ちる。


「最悪」


 ほんの小さくだがそう呟かれたのをガーウィンは聞き逃さなかった。彼女に対する気遣いは千切れにと吹き飛び、気遣いも忘れ、顔は山羊面へと変化する。


「…何が最悪だ」

「その顔の事よ」


 そう言って、またガーウィンの顔を二度見し、目を覆った。


「もう二度と、男のガーウィンに触れないと誓ったのに。触れるときは性転換した後だと決めていたのに」

「はあ?」


 クリスティーナはたいぎそうに再び輿に乗り込み、自分自身で王兵達に出発の合図を出す。これ以上、クリスティーナに何を尋ねても彼女は首を振るだけであった。





 後宮の医務室にクリスティーナは安静することになって、ガーウィンはティボルトに言われてやむおえなくオクタヴィア姫ともう一人の側室の事情聴取に当たることになった。


 二人とも精神を混乱させていたが、容赦はしなかった。その結果、彼女たちが確かに財務大臣の協力を経て、国王、正室候補のクリスティーナ暗殺を行ったことが裏付けされた。ガーウィンはすぐに王兵に命を出し、財務大臣を引っ捕らえろと命を出す。


 二人は舌を噛んで自殺しないように猿ぐつわを噛ませて牢に入れる。


 そうなると問題は後宮に運び込まれたクリスティーナのことだ。知らせによると身体に別段異常はないようだが。


 ガーウィンは公務を終わらせ、真夜中も近い頃、ようやく医務室へと行くことができた。外にはティボルトが待機してくれていた。


「国王陛下」


 医務室では慇懃な侍女が出迎えてくれた。


「ティーナは?」

「夜食を召し上がられています」


 ガーウィンは頷き、後宮の扉を開ける。


 部屋にはクリスティーナと最近ひいきにしている侍女がいた。クリスティーナは扉が開けられた瞬間顔を輝かせたが、ガーウィンの姿を認めると急に興味をなくしたように侍女とご飯を食べ始めた。


「…おい、おまえ」


 思わず、唸らんばかりの口調が出てしまう。


「何ですか? 陛下」

「どういうことだ」


 クリスティーナは手に持ったクッキーをガーウィンとクリスティーナを見比べている小動物のような少女の口に放り込んだ。その姿を見て、ガーウィンはまた変な気分を覚え、いらいらする。


「…なんで俺が最悪呼ばわりされなくてはいけないんだ」

「あらまあ、嫉妬は醜いですわよ」


 クリスティーナはまるで焦らすようにニケをギュウと抱きしめた。ニケは国王の鋭い視線に睨まれ怯える。


「俺の何が気に障ったんだ」

「別に何も。強いて言えば顔でしょうか」


 クリスティーナはため息を付いて、腕の中で怖がっているニケを離した。ニケは慌てて国王に一礼すると部屋から出ていった。クリスティーナは手を組み、憮然とガーウィンを睨みつけた。


「思い返してみて、私は助けられる前、どうしていました?」

「オクタヴィアに首を切られそうになっていたな。それを俺とティボルトが助けてやった記憶があるが?」


 全く正しい意見を言ったつもりだがクリスティーナはなっていないと首をふった。


「オクタヴィア姫は私に愛を囁いていたの」

「は?」


 クリスティーナは話し始める。オクタヴィア姫は時たまクリスティーナの首元に息を通わせる仕草をしていたが、それは誘惑であるとクリスティーナは解釈していた。政権交代や道連れという物騒な言葉がどうも桃色フィルターを通せば、愛の言葉に変わるらしかった。


「そしてあの息! とっても甘かったんですもの…」


 そう言ってうっとりする。


 もはや、別次元の発想に頭痛がしてくる。


 二度目の暗殺の危機にあったクリスティーナの精神は前回の経験をバネにして、恐怖からくるストレスをも快楽に変える思考回路を生み出した。


 怒る気にもなれず、後宮を立ち去ろうとしたガーウィンの背中で甘かった声ががらりと低く変わる。


「――それをガーウィン、あなたがぶち壊しにして」


 色気と同様、クリスティーナは殺気も出し入れ可能だ。別にやましいことなどしていないガーウィンの足がなぜか止まる。条件反射からか、彼女の殺気は命の危機と結びついていた。


「な、でも、おまえ言っていただろう、浮気は許さないと。俺以外にそんなことされて浮かれているのはそれこそ浮気じゃないのか?」

「だって、あなたまだ性転換していないでしょう? そんなガーウィン、愛するに値しないわ!」


 言い切られた。


「センスが悪くて、頭が固くて、山羊顔で、女の子だったらまだ可愛げがあるけれど、男だったら全くの想定外だわよ」


 射程が広すぎるクリスティーナの想定外とは、もはや人間ではないと言われているのと同じである。


 更に山羊めいた顔になってきたガーウィンを無視してクリスティーナは続ける。


「それにね、オクタヴィア姫が最後に言っていたウィリアム、っていうの? 何か気になるところだわよね。オクタヴィア姫って修道院にいたのでしょう。ああ、これはもしかして禁断の恋? とか考えている最中に目の前に山羊顔よ。これを最悪と言わずして何というの?」


 どうして助けたのに逆にこう言われなくてはいけないのか。ガーウィンはこの二人をくっつけた恋の神様を呪い奉りたくなった。


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