表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編
37/48

お茶会④


 その時だった。


 ヒューと音がしてガーウィンの頬を何かがかすめた。それはぎりぎり皮膚を切り裂くことなく、地面に刺さった。


「あら、残念」


 立ち上がったのはオクタヴィア姫ではなく、オードリー姫の取り巻きの一人だった。予想外の展開にガーウィンやティボルトが立ち上がる。彼女は呆然とする赤猫のようなオードリー姫を押しのけ、蛇のような早さでガーウィンに掴みかかる。


「ガーウィン!」


 国王は予期していなかったことに少し慌てたものの刃物の一撃を退け、逆手を取る。


 しかし、この側室ガーウィンに手を取られた瞬間、バネを弾いたように暴れ出し、布を引き裂いたような悲鳴を上げた。その腕力は抑制という言葉を知らず、音量は思ってもみない大きさで、皆気を取られてしまった。


 それにクリスティーナさえも気を取られていた。


「――詰めが甘いようね、クリスティーナ様」


 声がクリスティーナの耳元で囁かれたときには既に逆手を取られていた。護身術を習ったとはいえ、まだまだ初心者であり、動けない。首に冷たい刃物が当てられる。しかし、オクタヴィア姫のその声はすでに出会ったときの冷静さを失っていた。


「――オクタヴィア様」


 彼女の荒い息が吹きかかる。


 やっと、暴れていたとりまき側室を押さえ込んだとき、ガーウィン達がようやくこちらに気が付く。


「ティーナ!」

「近寄らないで! 大切な正室様が死にますわよ!」


 我を忘れオクタヴィア姫に斬りかかろうとしたガーウィンの手が止まった。クリスティーナの首に息を通わせ、オクタヴィア姫は先ほどからは全く考えられないほど異常に紅潮した顔を歪ませた。


 ガーウィンはクリスティーナの様子をみて彼女がまだ大丈夫なことを確認すると、燃えるヘーゼル色の瞳でオクタヴィア姫を睨む。


「おまえが王立研究所の資金横領犯か」

「実際にはそれだけではありませんが、そうでしょうね」

「何が目的だ?」


 ガーウィンのその言葉に、彼女はせせ笑った。


「それは、もうお分かりになっているでしょう?」

「政権交代か」


 オクタヴィア姫は頷きもしなかったが、肯定だと判断していいだろう。


「首謀者は財務大臣殿か?」

「私がそう簡単に答えると思います?」

「答えれば命だけは助けてやろう。そうでなければ、拷問にかけてやる」


 オクタヴィア姫は国王を見たまま、クリスティーナを引きずるようにずるずると後退する。


「それでは言いますが、私がここで死んでもいいからそこの捕らえられた彼女と共にできるだけクリスティーナ様や陛下を道連れにしろと言う命を受けていたら?」


 ガーウィンは歯ぎしりして剣を抜く。その他の側室達を安全な場所に避難させていたティボルトがそれを諫める。


 この場にいるのは王と宰相、そして大勢の王兵だ。けれどもオクタヴィア姫は怯えることもない。


「でも、それは止めておきましょう。――ちなみに、黒幕は私の祖父である財務大臣で正しいですよ。けれど、これを言うのは私の我が儘です」

「どういうことだ?」


 オクタヴィア姫はガーウィンを焦らすようにクリスティーナの耳元でクスクスと笑った。


「さあ? そのくらいは自分で調べてくださいな」


 そう言う限り、彼女はクリスティーナを突き飛ばし、戸惑う男達を後目に自分の首をかき切ろうとした。彼女はその一瞬前に虚空を眺め、わずかな笑みを浮かべる。


「――ウィリアム様」


 空気のようなその言葉。そしてそれを吐いたことが隙となった。ティボルトが飛び出し、彼女の腕を捕らえ、刃の軌道がわずかに逸れる。


「なっ…!」

「教えれば命は助けると王は言った。…もしかしたら、死んだ方が良かったかもしれないが、王の命令だ」


 ティボルトは鮮やかな手つきでオクタヴィア姫を拘束した。


 ガーウィンはというと、クリスティーナが突き飛ばされた瞬間、飛び出しその軽い体を受け止める。


「――ティーナ」


 クリスティーナは先ほどまで命の危機に会っていたせいか目をうつろにさせていた。震える手で袖を掴む様子を見ると心が痛んだ。細い首元を見ると、オクタヴィア姫がつけたであろう血の跡がやけに赤く見えた。




 ティボルトは拘束したオクタヴィア姫を王兵達に預け、クリスティーナ、ガーウィンの元にやってくる。


 すでに賑やかだったお茶会の後はなく、ただ静けさだけが残っていた。ガーウィンは糸が切れたようにうずくまるクリスティーナの喉に手を這わせた。いつも輝くような瞳は恐怖のせいか虚ろだ。ガーウィンは以前の暗殺事件を思い出し、また心が痛くなった。


「すまない。こんな傷を付けてしまって。…俺は」

「ガーウィン」


 王は親友の慰めも聞かず彼女を強く抱きしめる。まるでそうすることによって傷が癒えるかというように。


「――いいの」


 小さな、小さな声が聞こえる。その声を聞いたガーウィンは更に恋人を抱きしめる。


「ティーナ」

「ガーウィン、クリスティーナ殿を医務室へ」

「ああ」


 やってきた輿に彼女を乗せるときも、国王は決して手を離さなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ