本気の作戦会議
「一ヶ月前のハマール王国大使の接待費用要求額をご覧になって。外務大臣はお土産にたくさんの額を吸いとったようだけれど、私の侍女が大使との逢瀬で聞いた話だとガーウィン国王はお土産もくれずケチだと言っていたそうよ。お土産の金額は財務大臣に報告はされている。けれども、それは正しくない。外務大臣と財務大臣がグルと考えると納得がいくわね。この二人は一見接点はないように見えるけれども同じ娼館に同じ時間に通ったりしていて、不審な点が多すぎるもの」
「そうか! この二人がグルだったから今までカバーされていて本性が見えにくかったのか!」
ガーウィンとティボルトは財務目録を改めて見つめ返して目から鱗が落ちた。この令嬢は頭が桃色だが、能力は確かにたいした物だ。更に思い当たる節のある財務目録を引き出して調査に当たる。
しかし、クリスティーナはというと少し視線をそらして考え込んだ。
「けれども、もしかしたらそんなことじゃなくて、遊郭に行くと見せかけて二人で禁断の愛を育んでいたかもしれないわ…」
そんなクリスティーナの呟きは誰も相手にしない。
「外務大臣はいいとして、財務大臣は結構な古株だぞ。彼にお世話になっている貴族もたくさんいる。これでまた、協力者の幅は広がったな」
「ガーウィン、そういえば側室候補にも財務大臣の孫娘と外務大臣の娘がいるぞ」
ティボルトは思いだしたように言った。
「本当に中の中までも潜り込んでくるな」
ガーウィンは苦々しげに言った。
「そうなったら、彼らは何を目的にしている?」
二人は顔を見合わせた。
「横領と考えるのが妥当だろう?」
「しかし、これらの点を比べて見ろ、それだけで説明できないことが多すぎる。もっと、他の可能性も考えてみるべきだ」
「――もしかしたら、王位簒奪とか?」
大それた考えだが、これまでの資料から構築しても、そうであってもおかしくはない。
二人はごくりと息を飲んだ。
「クリスティーナ殿、あなたはどう思われますか?」
しかし、クリスティーナはまだ自分の考えにはまっているらしかった。二人の間で立ち上がり、主張した。
「やっぱり、私、おじ様同士の恋だっていいと思うの! 恋愛は若い者だけの特権じゃないわ!」
「…おまえ」
何を不謹慎なことを、とガーウィンは言い返そうとしたが、策士のティボルトはクリスティーナの変態癖にうまく対応する術を思いついたようだ。にっこりとご婦人キラーの笑みを向ける。
「ええ、クリスティーナ殿。私もそう思いますよ。やはり、恋愛とはすべての者にあたえられた権利ですよね。そして、あなたにも。ガーウィンとあなたを結ぶ赤い糸は何にも切れない強い物だと思います」
ティボルトは口から出任せを言うが、クリスティーナは別段それについて文句を言うわけではない。ただ、一人別の世界へ飛んでいき、頬を赤らめ頷いたりしている。ティボルトは驚くガーウィンを見てニヤリと笑った。
「そして、その財務大臣と外務大臣はあなたたちの恋を阻む邪魔者なんですよ。彼らが何らかの目的で、あなた達の結婚への道を断とうとしているんです」
「性転換への道を…」
「ええ、そうです」
ガーウィンは頷いたティボルトを睨みつけたが、宰相はかまわず続ける。
「だから、調べてくれませんか? 彼らが何を目的にしているのか」
「そう、ねえ…」
ティボルトの誘導によって、クリスティーナの頭が再び元に戻ったようだ。
「王位簒奪を目的としていると断定するためにはもう少し証拠が必要ね。――そうだわ。お茶会を利用しましょう。それなら敵の監視の目も緩くなるわ。側室の中にも敵がいるって言っていたわよね。男だけの世界だと向こうが大量の兵を用意していたら負けだわ。それよりは後宮という閉鎖的な空間で捜査した方がいいかもしれない」
ガーウィンは慎重に頷いた。
「いいかもしれん。ただし、女だけだと言って油断は出来ない。あちらも身の危険を感じて何か仕掛けてくるかもしれない。ちゃんとした護衛をつけなくてはいけない。誰か腕の立つ侍女をつけるか」
「それなら問題ありませんわ」
クリスティーナは言ったが、ガーウィンは顔をしかめた。
「おまえ、自分の剣の腕を過信するなよ。おまえが王兵副隊長に勝ったと言ったのを調べさせてみたが、あれはずるだろう」
「またそんな心の狭いこと言って。――けれども、今度はちゃんと人に頼むの」
「誰に、だ」
クリスティーナはくるりとティボルトの方を向いた。
「ティボルト殿に」
ガーウィンは呆れた声で言った。
「宰相が後宮に入れば相手も何か感づくだろう」
「だから、宰相として入らなければいいのよ。もっと言えば、男として入らなければいいの」
クリスティーナはパチンとウインクした。
「女装してもらうわ」
「は?」
その疑問をクリスティーナはまた斜めに受け取ったらしかった。
「大丈夫。誰かに告白された時の下着なら心配しなくていいわ。ルーに送り返されたものがあるから。ガーウィンは山羊顔だしドレスを着させても面白くないわ。王として庭で待機してもらって、王兵達を指揮してもらうの。でも、ティボルト殿、あなたは絶対素質あるわよ」
おめでとう、と拍手するクリスティーナに思い切り顔をしかめる。
「嫌ですよ。それだったら私はガーウィンにつく王兵に化けます」
「それは駄目よ。あなたには私とガーウィンの伝言役という重要な役割をお願いするんだから。王兵が側室に話しかけてきたらおかしいでしょう」
ティボルトは反論できずに押し黙る。ガーウィンは頷いた。
「それならいい。――あと、必要なことは?」
「二人の詳しい身辺調査を。何事もまずは敵を知ることね。さあ、始めましょう!」




