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仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編
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縁談話

 時は矢のように流れ、クリスティーナはすっかり盛りを迎え、匂わんばかりの美女へと成長した。

社交界デビューを果たした彼女は一躍有名となった。艶やかな黒髪に白磁の肌。闇夜でも煌めく黄金の瞳。ドレスの裾からわずかに見える曲線は見た者を夢心地にさせた。天性の美しさだけではなく、不断の努力が彼女の神々しい容姿を可能にした。

 社交界の語り種となったのは容姿だけではない。彼女は言い寄ってきた殿方を知的にあしらったかと思うと扇を返したかのように魅力的に微笑む魔性の女として噂をされていた。それを経験した殿方達は、彼女から離れられなくなり、更に熱をあげるのである。しかし、彼女に悪気はない。それもすべて理想の男性に会うという物色という目的のためである。



 ゴドフリー卿は何度目かになる言葉を無駄かと思いつつも繰り返した。


「それで、クリスティーナ。おまえもいい年となった。いい加減、結婚でもしないか」

「嫌です。理想の御方が現れるまで私は待つつもりです」


 勝ち気に顎をあげた娘にゴドフリー卿はため息を付いた。

 クリスティーナが社交界のシーズン外を過ごすところはゴドフリー家が治める、国の中でもひときわ豊かな土地だ。そこでは領民達は皆領主一家をしたい、一家とその他貴族との友好も良く、何事も順風満帆であるが、一つだけ心配事があった。何事にも優秀だが頑固な三女、クリスティーナのことである。


「花の命は短い。そんな子供じみた言い訳をしている間に、すぐに売れ残りだ」

「大丈夫です。私、年をとっても今以上に殿方を惹きつける自信はありますわ」


 その言葉はクリスティーナが言うと嘘とはならない。並はずれた好奇心、生まれ持った才能、夢を追いかけるためには何も厭わない不屈の精神、この三つが揃った彼女に不可能という文字はない。


「確かに、サンニコールは属国の宰相に嫁いでいるし、アーバンルーは文部大臣の息子に嫁いでいる。おまえが家名のために無理矢理にどこそこの馬の骨に嫁げとは言わないが、どうか、どうか家族の安心のために適年齢のうちに一度は結婚してくれ!」

「はあ」


 拝まんばかりの勢いで父は言った。しかし、クリスティーナとしても別に結婚したくないわけではない。問題は見合う相手がいるかどうかである。


「お父様、私結婚しないとは言っていませんわ」

「けれど、おまえの結婚条件を聞けば一生無理だとしか思えない」


 クリスティーナが結婚の条件としてあげたこと、第一に美男子であるのに越したことはない。更に話がうまくて、性格が優しく、仕事が出来て、料理が出来て、逞しくて、それでいて繊細で―――。

 末永く続く結婚生活のためには妥協は許されない。


 ため息を付くしかないゴドフリー卿は言った。


「それで、…まあ、言うのも何だが、おまえ、陛下の側室になる気はないか?」

「側室?」


 クリスティーナは鋭く父を睨め付けた。


「家名のためには私を使わないとさっき言ったのは誰ですか?」

「いや、おまえぐらいの器量であったら、国王だって振り向くかもしれないと思ってな。まあまあ、おまえの力試しにどうかと思って、な」


 ゴドフリー卿は手をヒラヒラさせ言い訳した。


「王と恋愛だっておまえが好む恋物語そっくりじゃないか?」


 この国王、社交界にもろくに顔を出さない変人王で有名であった。後宮を構えているものの、全く通う姿が見られないということから男色の噂さえ出ているのである。

 更に、王との恋愛は憧れるものだが、そのためには様々な恋愛活動を中止しなければならない。


「側室なんて嫌です。自由に恋愛出来ないじゃないですか。もっといい感じところはなかったのですか?」

「おまえがいつまでも恋なんたらを言っているからだ。子どもじゃあるまいし、早く結婚しない方が悪い」


 鼻で笑い、葡萄酒を口に運んだ父の姿にクリスティーナの白い手がぴくりと動き、雌豹のような黄金の瞳が光った。


「…そんなこと、言ってもいいんですか? お母様に愛人のことばらしますよ」


 クリスティーナは低くすごんだ。途端に一領主が口をつぐむ。


「夫が自分より、若い女といちゃいちゃしているなんてお母様が知ったならば、きっとどうなるでしょうねえ」


 社交界の花である彼女は情報網も並大抵ではなく、知らないことはない。父が母に内緒で愛人に宝石を貢いでいることなんてお見通しなのだ。冷や汗をかきながらゴドフリー卿は娘に言う。


「な、なあ。母様にそのことを言うのは止めてくれ。あいつが出ていったら、ゴドフリー家はおしまいだ」


 父は婿養子であるため、妻に頭が上がらない。


「ならば、人の考えによけいな口を挟まないでください」


 雪のように白い頬に艶やかに編まれた髪を垂らしたクリスティーナは腕を組んだ。母親そっくりの彼女は国王との縁談の損得を考える。父から見ても美しい容姿が反映してか、悪女にしか見えない娘である。一家の大黒柱はおそるおそる提案した。


「聞いた話によると国王陛下は変わっているが、かなりのやり手だそうだ。おまえだって分かるように仕事も出来るし、国母様は大変な美人と有名であったからその息子だって美しいのだろう。数年後宮にいて、おまえの気に合わなかったら他国の王貴族にでも降嫁したらいいだろう」


 クリスティーナは美しい容姿に関わらず、自分の魅力を出し引きすることが出来る。つまり、彼女が陛下を気に入ることがなかったらその目に留まらぬよう地味な女を演じ、数年後には身の清いまま大手を振って後宮から出ていくだろう。


 親が望むより子は育つものだ。


「どうする? 後宮に入って、陛下と愛を深めるのもよし、他の姫君と友好を深めるのもよしだ。その代わり、後宮から出た後はおまえの自由だ」


 彼女はしばらく考えていたが言った。


「本当に私の好きなようにしていいのですね」

「ああ、おまえの影響がこれ以上他の兄弟に広がっては困る」


 これが実際の本音でもある。すぐ下の弟であるルーフェスは彼女のおかげですっかり女性不信になってしまい、研究所に閉じこもってろくに家に帰ってこない。残りの弟たちから離しておくことに越したことない。


 国王との結婚、クリスティーナが読んできた恋愛小説で最も多いパターンであり、彼女自身、何回か夢見てきたシチュエーションだ。もしそれが失敗したとしても他の道は残されている。


 うん、悪くない。


「分かりました。その提案お受けしましょう」


 クリスティーナは令嬢に相応しく優雅に微笑んで、礼をした。


クリスティーナ、悪女に成長しました。

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