気持ち②
今日は貴族達との歓談会が予定されていたが、ガーウィンはそれらを断り、ティボルトが待つ執務室へと急いだ。しかしその前にふと思いつき、クリスティーナの塔へよってみる。彼女は王兵の医務班に連れ去られるまで叫び続けていたが、さきほど聞いたきりでは疲労に負け寝たようだ。
新しく入った侍女に断り、彼女の寝所を覗くと、天幕が垂らされたベッドの中でクリスティーナは黒い髪を乱して寝ていた。いつもはドレスに隠れて気が付かない足は包帯が巻かれていて、痛々しかった。
その神懸かった太陽のような瞳を閉じていれば、普通の娘だと分かる。すべてに対して完全無敵だと思っていた彼女の一面が明らかにされた。ずば抜けた能力を持っていたとしても、奇抜な考えを持っていたとしても、眉を歪め、汗を掻き呻く彼女を見れば、守ってあげたい気分になる。
汗をかいた頬を拭ってやれば、彼女は安心したような微かな寝息を漏らした。
その寝息は無防備な色気が含まれていて、ガーウィンをドキリとさせた。
いつもは芳香剤のように色気を垂れ流しているが、それはガーウィンなどのように訓練を積んだものにはよほど疲れていなければ効かない。けれども、今、そこにあるのは自然の彼女が本来持っている色気だ。
このまま、そこにいれば何をしてしまうか分からない、そんな魔力が潜んでいた。いや、自分の側室なのだから何をしてもいいのだが、逆にこちらが何されてしまうか分からない。
ガーウィンはクリスティーナにシーツを掛けてあげ、いそいそと侍女にお暇を告げた。
「執務室に行くぞ」
そう王兵告げる。ゆっくり歩いているつもりなのに、なぜか全速力で走ったように心臓がドキドキしている。
――これは、どうしてしまったんだ?
ガーウィンははたと気づき、立ち止まった。この気持ちはたぶん――
――俺はたぶん、あいつ、クリスティーナのことが好きなんだ
口では何かと難癖つけているが、小さな頃、芽を出していた心の中で彼女に持っていたあこがれは育っていた。彼女の生まれ持った能力を尊敬し、彼女が初めて見せた無防備な姿は庇護欲を湧かせる。どうにも目が離せない。
これを愛と言わず何と言おうか。
ガーウィンは、何となく腑に落ちて一人頷いたが、思わずげんなりしてしまった。
――けれども、あいつは修正不可能の変態だぞ
恋のキューピットは酷な取り合わせをしてしまったようだ。彼女にされたことを考えてみると、憎しみさえ湧いてくる。これも、愛の裏返しだろうと言えるのだろうか
彼女が好きだということはありえないと思っても、心は騙せない。クリスティーナのことが好きなのだ。
――まあ、前途多難だな
自分の気持ちを知ったら知ったで、大きな山を感じさせざるをえないガーウィンであった。
夜の執務室、やっと暗殺事件からピリピリしていた気分を落ち着ける。
「ああ、行ってきたか」
つい先ほどまで血の臭いで充満していた執務室は元通りに片づけられていた。惨劇の後など微塵もない。
ガーウィンはようやく自分の椅子に座り落ち着く。
「あいつはすぐに寝たらしい。…怖かったみたいだな」
ティボルトはワインボトルを取り出し、並々と赤い液体をグラスに注いだ。
「…怖かったとは意外だったな。おまえの話が本当ならば、あの御仁が初めて人間だと知った思いだな」
ティボルトはガーウィンにワイングラスを渡した。ガーウィンは目を細め、グラスを側面から眺めワインの質を確かめる。
「まったくだよ」
ガーウィンはそれを一気に飲み干し、お代わり要求する。
「問題解決にはほど遠いし、けれど、俺達が追っているものには何か感づかれたのも確かだし。まさに八方塞がりだな」
「王宮に刺客を忍ばせるのは至難の技だぞ。それができるってことは身近に敵がいるということにもなる。周りは敵に囲まれて、いいことなしだ。それでティボルト、刺客は口を割ったか?」
ティボルトは薄い唇にワインを含む。
「首謀者が誰だとかを聞き出すことが出来なかった。記憶操作されていたから、差し向けた相手が強敵だということは確かだろう。まあ、これは知っていたことだし、いいだろう。問題は暗殺したい人間だ。…彼らは俺達ではなく、クリスティーナ殿を優先的に殺そうとしていた」
ガーウィンはコツリとワイングラスを置いた。
「それを優秀な宰相はどうとる?」
「そう、だな。クリスティーナ殿の能力を知って脅威に感じたか」
ピンと緊張が弾かれる。
「研究所のはした金の横領事件だと思って甘く見ていたが、それだけではすまされないかもしれないな」
「…なあ、ガーウィン」
「ん?」
ティボルトはじっと目の前の男を見た。
「クリスティーナ殿を正室に迎えるという件だが、本気で中止を考えてみないか? 今なら取り消すのも間に合うぞ」
「どういう意味だ?」
ティボルトは言葉を濁していたが、論理的に話し始める。
「相手は何であれ、クリスティーナ殿のことを良く思っていない。暗殺が、彼女の変態趣味が世のためにならないと忠義を感じて行っていたとしても、だ。正室に迎えるということは、彼女を受け入れ、庇護するということだ。相手の目的が国王かクリスティーナ殿か分からないうちは、よけいな危険は冒したくない」
「だが…!」
しかし、ティボルトは王を押しとどめた。
「そして、実際、クリスティーナが殺されかけた。おまえが間に入らなければ死んでいた。不意打ちとはいえ、彼女の負けだ」
「それは女の腕だ。負けて当然だろう」
「けれども、事前に襲撃のことを感づいて防ぐことはできるだろう。それができなかったんだ。今回で向こう側も勘を掴んだだろう」
ティボルトの冷静な分析は、ガーウィンが太刀打ちできるものではない。
「――それではクリスティーナをどうすると」
「とりあえず、表面では今までと変わりないようにしておく。ただし、正室候補から外し、新たな正室に相応しい姫君を探しておく。もしかしたら、クリスティーナ殿を囮にすれば大きな魚が釣れるかもしれない。…幸いなことに、おまえはクリスティーナ殿のこと好きじゃないんだろう?」
ガタンと音を立ててガーウィンは立ち上がった。
「却下だ」
「ガーウィン!」
「俺はクリスティーナを正室に迎えたい」
ティボルトは珍しく声を荒挙げる。
「おまえも今納得しただろう! 敵は見えないし、目的も金の横領だけでは収まらなくなっている。国の将来を考えれば、少しでも危険を少なくするのが正しいものだろう! なのに、どうして役に立たないクリスティーナ殿の正室入りにこだわる!」
ガーウィンは一瞬黙り、言った。
「――たぶん、あいつが好きだからだ」
「は?」
「あくまで、自分の気持ちだけで言わせてもらえば、あいつには隣にいて欲しいし、守ってやりたい」
絶句したティボルトにガーウィンは気まずげに続ける。
「俺も自分がどんなに悪趣味か分かっているさ。あいつが人として全くの規定外だということは知っている。けれど、俺がクリスティーナに感じている気持ち、これは好きという言葉でしか表せないんだ」
ようやく口を閉じたティボルトは呟く。
「なんだよ、おまえ達は…。クリスティーナ殿は元から分かっているが、おまえも意味が分からない」
「否定は出来ないよ」
ガーウィンは人ごとのように言う。
ティボルトは頭を振って、国王を睨みかえす。
「…だからといって、それは理由ではないぞ。クリスティーナ殿を守るために国を犠牲にするなど。愚王もいいところだ。優先順位を考えろ」
ガーウィンは呻いて椅子に身体を投げ出した。
「ああ、それは分かっているさ」
一国の王は頭を抱える。
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