捜査開始②
「幸いの所、私たち、日当たりのいいところで紅茶をいただいていたの。紅茶はカップには少ししか残っていなかったので、きっと、小一時間で帰れるわね」
――全く、ニケとの楽しいお茶の時間を邪魔して、どうしてくれるのよ!
ニケがクリスティーナの塔で暮らし始めて、クリスティーナは王立研究所にニケの荷物を使いに取りに行かせた。そこで使いの者は、ニケの安否を気にもんでいたルーフェスにいろいろ聞かれたらしい。帰り際に手紙を持たされ、それを読んだニケは感動のあまり泣き出した。
クリスティーナの説教を聞いてかそうではないか定かではないが、手紙の中でルーフェスはニケに自分の想いを伝えているらしい。
それを隣で見たクリスティーナは嫉妬した。一度は弟に匿名の手紙を送り、ニケと別れないと彼女がひどい目にあうという内容を書いたが、その時、ルーフェスは生涯で初めて姉に長々とニケの庇護を頼む手紙を送ってきた。更に、忙しいのに王立研究所を抜け出して、男子禁制の後宮までやってこようとしたらしい。
これにはクリスティーナは潔く身をひいた。こうなれば、弟とニケの恋を応援するキューピットの役割となろう。今はニケとルーフェスとの清き文通を見て、勝手に妄想を膨らませているのであった。
しかし、王立研究所にいては未だニケの身の危険がある。それまでは自分の目の届くこの王宮で守ってあげよう。そして、ニケが大丈夫と分かった際に、脱走しようと、考えているのであった。
その時が来るまでニケとの時間を大切にしたい。
そのためにこの後宮にいさせてもらうため、捜査の協力を了解した。しかし、少ないニケとの時間のティータイムを、と思っていた矢先のガーウィンの命令だ。テンションは急降下する。
「捜査を始める前に、部屋の空気、換気してよね」
大きく窓を開き、熱い紅茶を振る舞う。すべてはめんどくさい仕事をしたくないための時間稼ぎだ。
椅子に座ったクリスティーナに早速、ガーウィンとティボルトが抜粋した部分を示す。
「それで、それを見て少し気になることはないか? 少し、関税に要したお金の請求が高いように思われるが」
「あの時は、コルバト王国は王権交替により情勢不安時でした。それを範疇にいれれば別段おかしな数字ではありません。あくまで私の考えですが」
「それではクリスティーナ殿、こちらはどうですか?」
「それも、決定打とはなりませんわ」
クリスティーナは目録を素直に見ているものの、その目はどこかぼんやりしている。ガーウィン、ティボルトが質問しても上の空だ。
今日も駄目かと王、宰相の二人がため息を付いたとき、外に立っていた王兵が入ってきた。
「陛下、ドゥールマン伯爵の使いが大至急陛下にお目通りしたいと」
「伯爵が?」
ガーウィンは頭を掻いた。
「応接間で会うと伝えてくれ。私もすぐに行く」
ガーウィンはティボルトに目配せをし、椅子にかけられたマントをとった。
その時だった。
左右でガーウィンを待っていた王兵が音もなく崩れ落ちた。
「何!」
ティボルトとガーウィンが構え、クリスティーナが立ち上がった。
倒れた王兵の影から、にじみ出すように三人の刺客が現れた。三人とも顔を黒い布で隠し、手には細い短剣を持っている。
「ほう…」
ガーウィンはするりと腰に帯びていた剣を抜き、三人を前に立ちはだかる。
「おまえ達、誰の差し金だ?」
三人は答えず、間合いを詰める。無駄な動きはなく、音をたてないその動きからみて、かなり腕が立つのだろう。三人から放たれる殺気を受け止めて、ティボルトは囁く。
「…ガーウィン、これはやばいぞ」
「分かっている。王には暗殺は付き物さ」
前王であった父はそうして死んだ。皇太子であった兄たちもそうして死んだ。国母である母もそうして――
王ということはそういうものだ。神に準ずる神聖な者として崇められているが、その実態は生まれたときから他人の血でまみれている。自分のこの身だって、知らぬ間に多くの怨嗟をため込んでいる。
ーーそれは別に構わない。そんな生き方しか知らないから。
二人は殺し、一人は口が利けるように生かしておこう。
それが、この血の海を泳ぎ渡るために教え込まれた本能だから。
「ティボルト、後援を頼む」
「ガーウィン、おまえが死ねば元も子もないぞ!」
「俺とおまえを比べたら俺の方が強い。前にいた方が効率的だ」
ガーウィンはじりじりとにじり寄る三人を、気で牽制して、もう一人の仲間に声をかける。
「クリスティーナ、おまえは自分の身を守ることに注意を払え」
「無理よ。私、剣なんか使えないもの。護身なんてできないわ」
「え?」
その時だった。ガーウィンの気のゆるみを察知した三人がいっせいに襲いかかってくる。それを正確な動きで防ぎながら、怒鳴る。
「なんで、剣を使えないんだ!」
国王を失神させたり、宰相を疲労困憊させたりするのも思いのままなのにどうして護身術を知らないんだ!
その言葉にクリスティーナは応える。
「だって私、守られる方になりたいもの」
……そうだった。彼女の場合、自分が興味のあることにしかその能力を使わない。
「剣なんかやってしまうと、力こぶもついてしまうし」
クリスティーナは決して悪くない。剣術を学ぶのは男の役目で、娘達は良き家庭を築くためのことしか教わらない。けれども、クリスティーナがあまりにも人並み以上に何でもできるので、できないことに腹を立ててしまったのだ。
その時、ティボルトの剣が刺客の肩を貫いた。
そこで、ガーウィンが容赦なくとどめを刺す。
しかし、その隙に一人の刺客がクリスティーナに襲いかかろうとする。
「危ない、クリスティーナ殿!」
クリスティーナが夢中で近くにあった火掻き棒をとろうとしたときには既に遅かった。振りかざされた短剣が光を受けて輝く。
――いや!




