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仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編
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子供の頃の記憶②


「――ねえ、ガーウィン、ちょっとこの部屋覗いてみましょうよ」


 城のパーティー会場からやや奥に入った部屋をクリスティーナは指さした。と、部屋の中から聞こえてくるのは押さえきれない男女の悩ましげな声。ガーウィンは目をキラキラさせている少女と扉を見比べた。いくらなんでもその扉の向こうは子どもが見てはいけないものだと分かる。


「あの、クリスティーナ。それは止めた方がいいんじゃない?」

「あら、どうして? うちのお兄様やお父様はこういうもの大好きよ」


 そう言った限り、クリスティーナは慣れた様子でドアの隙間からのぞき見を始める。呆気にとられてそれを見ていたガーウィンも、女の子に負けてたまるかと、ついに果敢に首を伸ばした。


 ガーウィンであっても、侍女の噂話からおぼろげに扉の向こうで男女達が何をやっているのかは知っていた。男と女がどう絡み合ううんぬん。


 けれども不運なことに、部屋の中で繰り広げられていたのはガーウィンが覚悟していた以上のものであった。


 たまたま、子どもの視界に広がったのはそのような少し過激な趣味を持つ人が繰り広げていたアクロバティックな技であったのだ。初心者のガーウィンは思わず失禁しそうになった。


 それでも、ガーウィンは自分の肩の下にいる小さな女の子に自分が弱いと見られたくなかった。自分に声をかけてくれたこの女の子を守れるような強い男に見られたい。


 それでも次第に目の奥はちかちかと瞬く。ようやく、部屋が静まりかえったとき、ガーウィンは自分がまだ立っていることを誇りに思った。足は未だ子鹿のように震えているが、男らしく目の前の演技を見終わったことには違いない。


 これで、この女の子に自分の強さを知らせることが出来た。ガーウィンは脳味噌が蒸発しているような感触を感じながら、後ろを振り向いた少女に、今日初めての笑顔を浮かべた。


「す、少しだけ面白かったね。ねえ、クリスティーナ。今度は厨房に行こうよ。今ならデザートが――」


 しかし、クリスティーナの顔は不満げに歪められていた。


「ガーウィン。今のはちょっと良くなかったんじゃなかったかしら。あんなの、お兄様の勉強本では当たり前だわ! 次行きましょうよ!」

「え?」


 ぐいっと引かれた手に思わずバランスを崩してガーウィンは転倒した。


「ガーウィン?」


 少女の焦った声がずっと遠くから聞こえるようだ。ガーウィンはそのまま起き上がることも出来ず、廊下で気を失ってしまった。




 次起きたときは、ベッドの上であった。廊下の上で倒れていたガーウィンを発見した先輩の王兵は何があったのだ、と尋ねたが幼い少年に答えることは出来なかった。というよりは、あまりの衝撃で脳の方が記憶のほとんどを消去したのだ。そして、消去の対象はあのことを一緒に見ていた黒髪の女の子にも及んだ。


 一時期、クリスティーナの毒気に当てられたせいでガーウィンは一時期の人間不信にと陥ったが、再生不可能にはならずにすんだ。再生不能になった例がクリスティーナの弟のルーフェスである。




 十八の時、父が死に王位を継いだ。ガーウィンは生まれてから自分を守ってくれたゆりかごを強化して、自分の存在をあまり知られないようにした。母から耳にたこができるまで言われてきた暗殺を避けるためだ。


 王となって妃選びの話は何度か話題に上り、ガーウィンもそれを受け入れた。


 臣下が慎重に選んだ側室候補。ガーウィンはその一人一人を王兵隊長ガーウィンとして見てきた。確かに、自分と性格が合うことも必要な条件であるが、その前に王妃としての能力がなければ話にならない。その王妃としての能力とは、王の隣にいて見栄えがするか、そして王子の母としての正しい血筋を備えているか、である。


 好きなタイプはと問われれば、おしとやかな娘であると言った。しかし、それは大国の王でありながら、どこか自信のない自分が国の女の鑑と言われる娘の影に隠れたりしないための無意識の自己防衛だろう。


 しかし、その一方で自分にはない陰りのない明るさをずっと求め続けていた。僻みとあこがれは紙一重なものだ。気が付かないうちに育っていた感情は記憶から消されていた彼女を密かに僻みながらも、求めていた。その気持ちを無表情に押し隠していたけれど、なぜか目が離せなかったのもその理由だ。


 クリスティーナの事が嫌いではない。好きだ。ずっと、昔から


――本当は一目惚れだった


 漂う意識の中でぼんやりと思った。


 彼女は昔から自分の欲望に忠実に生きてきた。それだけの才能、運に恵まれていてここまで生きることが出来たのだ。


 だから彼女は自分から輝き、何にも影を落とさない。


 魂そのものが太陽であるのだ。


 自分とは違う。自分は王というしがらみに繋がれている。それが多くの者から羨望の眼差しで見られるとしても、絡みつく重さを無視することは出来ない。


 地上の王者でありながら、空飛ぶ鳥を羨ましがる。


――何にも縛られないその生き方が眩しい


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