子供の頃の記憶①
まだ、物心が付いていない頃だった。兄が死んで自分に王位継承権が降りてきたのは。
ただ、その知らせを受け取った母や母の父が喜んだことは覚えている。
――ようやく、あの娼婦の息子が死んだわ!
――あの畜生どもが、王以外の子どもだからあんなに女々しかったんだ
自分の部屋で、聞いたこともないスラングを叫び喜ぶ彼らを見習って自分も喜んだ振りをした。彼らの顔色を伺い、言われたとおりに王である自分の父親から皇太子の印を承った。
けれども、大喜びした割には良いことはなかった。おやつを自分の好きな時に食べられるわけでもなく、大嫌いな勉強をしなくていいわけでもない。寧ろ、分刻みで詰め込まれる予定に自分のやりたいことを出来る時間がなくなった。
個々の個性を殺し、公人としての仮面を被り朝から晩まで過ごす。普通の子どもなら、気が狂ってしまうだろう。たった一人の親友であるティボルトが側にいてくれたおかげで自分の正気は保たれていたのだと思う。
母達は暗殺を恐れ、自分の存在を城の奥に隠した。何十にも編んだゆりかごの中、自分は育てられた。
戸籍上は下級貴族の三男として、生を受けたことになっており、不自然にはならないようには動けた。王兵との関係ができたのもそのおかげである。
帝王学を施され、更に、武術を極めた。特に剣技となれば右に出るものはいないと師に言わしめた。我が皇太子は立派な王になる、と。けれども、彼らは幼いガーウィンを皇太子としては見ても、ただ一人の子どもとしては見てくれなかった。自分の存在が薄っぺらいもののように思えてきて、次第に感情を表さなくなった。
十二の時、王兵の見習いとして、王国最大の社交界に参加した。
花のように美しい令嬢達や、威厳を讃えた紳士達の相手を努める。それがガーウィンに与えられた任務であった。
普通ではない環境で育ったせいか笑顔がない子どもだと言われた。幼いながらも母親譲りの美しい顔のため、なおさら無愛想が注目を浴びた。けれども、人は怖いと教わったのだ。社交界の時だけ笑顔を向けろと言われて、どうしてそうできるだろうか。
たちまち生意気というレッテルを貼られ、会場の隅に追いやられた。周りは煌びやかな空間であったが、それは表面だけの偽りにしか見えなかった。ぼんやりと立っていると、一人の女の子が近づいてきた。
その子はまるで太陽のように輝いていた。
彼女は笑顔で柱の陰に隠れていたガーウィンに笑いかけてきた。艶やかな黒い髪と活き活きとした黄金の瞳が印象的なとびきり可愛い女の子。まるで彼女が歩いている姿は妖精のようで、辺りは彼女が通り過ぎると振り返った。
そんな彼女が自分に話しかけてきた。
「こんにちは! もしかしたらあなたも誰かに嫌われちゃったの?」
「え?」
「だって、私も脇に立っておけと言われたから。たぶんあなたもそうかなって思っただけ」
女の子は何も答えられず固まっているガーウィンの手を握った。
「私も仲間よ! 大人達がたくさんいるから、色んなことを聞こうと思ったのに。何か言ったら、変な顔されちゃって、隅に立っておきなさいって追いやられたわ。お勉強の時は、質問しないと怒るのに、大人って本当勝手よね。――ねえ、二人で遊びに行きましょうよ」
「え?」
女の子と手を繋ぐなんて恥ずかしいと、周りの目を気にして手をふりほどく前にガーウィンは少女に連れられて暗い影から太陽の下へと飛び出した。
自分にはないその力強さに心惹かれる。
これがクリスティーナとの初めての出会いであった。




