クリスティーナの怒り②
目もうろんな国王と薔薇のように色気をあふれさせた側室。
そしてその美しい側室が紅い艶やかな唇で王の耳に息を通わす所などは、本来の後宮では当たり前に見られる光景であった。
だが、時間は昼過ぎ。窓からさす日差しは既に気だるげでどこか熱っぽい。それがまた淫靡な気分にさせる。何かおかしなことをしないかと見ているティボルトが恥ずかしくなるほどだ。
しかし、クリスティーナのその色っぽい仕草や、流し目に関わらず、話している内容は明確で理路整然とニケの無罪を主張していた。
催眠状態のガーウィンは早く逝きたいのに逝けない苦しみに喘ぐ。それはまさに欲におぼれたいのに、理性という枷で繋がれた地獄であった。地獄には変わらないのになぜこんなに甘いのだろうか。
やっと、責め苦が終わったときには、クリスティーナのその手には王からの正式な恩謝状が握られていた。ガーウィンは極度の疲労のため、椅子で死んだように熟睡している。
雌豹にも似たクリスティーナは食べ終わった獲物を前に満足した笑みを見せた。そして、ティボルトにと振り返える。こちらをむく一瞬のうちに先ほどの色気はシャットダウンされて、令嬢の身体から怒りの残り香がぷんぷんと放たれる。
「ティボルト殿」
「――はい」
ティボルトは思わず身構えた。自分の細い身体では武人にはなれなかったが、これでも王の身を守るため訓練を積んできた。何かがあれば命を捨てる覚悟はある。
こちらをじろじろ見る令嬢に身を固める。
「あなたって、もしかして国王の幼なじみか何かかしら?」
「そうですが…?」
その途端、クリスティーナの表情は隠しきれずにニヤリと崩れた。その笑みは先ほどの何か逸物隠したものとは違い、本来の笑みであった。
「やっぱり。どこか、仕草が似ていると思ったのよ。ガーウィンったら、幼なじみのこと一言も話してくれなかったんだから。ああ、でもいいわねえ。ふうん、ガーウィンったら、こんな素敵な幼なじみが隣にいて。うふふ」
眠っている国王と宰相の周りをぐるりぐるりとクリスティーナは歩く。しかし、ティボルトは羊だ。雌豹に睨まれて動けるわけない。
クリスティーナは歩き回るその途中で顔を赤らめたり、悶えたり、はっと驚愕の視線をガーウィンやティボルトに向けた。美しき令嬢の頭の中で何が起こっているのは誰も知らない。
クリスティーナは何も言わず、たまにこらえきれない笑い声だけが執務室に響く。無情に時は流れていく。
四周ぐらいクリスティーナが回っている最中、寝ぼけ眼なのか、それとも獲物として認識したのか蛇がティボルトの足に絡みつく。それでも何も言えずに、ティボルトがこの羞恥プレイに耐えていると、六週目にしてようやくクリスティーナが立ち止まった。
令嬢の鼻からは鼻血が出ていた。それを彼女は優雅にレースのハンカチで押さえるように拭き取る。
「あの、クリスティーナ殿――?」
まず、とりあえず、この蛇を退けてくれないだろうか。
「あ、そうそう、ティボルト殿。その蛇、一日前にはちゃんと毒を抜いたつもりなんだけれども、もう溜まって危ないわ。蛇が可愛いのは分かるけれど、ちゃんと王兵にとってもらってね」
「は?」
絶句したティボルトにクリスティーナはウインクした。
「いいものを見させてもらったわ。やっぱり、幼なじみっていいわねえ。ああ、もうお昼ご飯の時間ね。それじゃあまた!」
足取り軽く、執務室を出ていくクリスティーナと入れ替えに、ティボルトの叫びによって多くの王兵が部屋へ招集された。
その頃、自分がクリスティーナの頭の中でどうなっていることも知らずにガーウィンはこんこんと眠り続けていた。
夢の中で思い出されるのは幼い頃の記憶――。
シリアスが次第に入ってきます。




