クリスティーナの怒り①
朝早く、城に連行されたクリスティーナは、まさに魔物のごとく妖気をたぎらせていた。城の一角に捕らわれた美姫ではなく、ドラゴンのように閉じこめられた彼女には誰にも近づけなかった。
「で、クリスティーナ殿をどうするんだ」
朝からずっと横領事件の捜査に時間を費やしてきた国王は、昼食でさえも片手で取れるもので済ます始末だ。自分の婚約者を無視してニケの身辺捜査に費やしているガーウィンにティボルトは尋ねた。
ガーウィンは大きな羊皮紙に目を通しながら、上の空で答える。
「塔は頑丈か? 兵は十分いるか? なら、放っておけ。今は裏金のことだ。どうして、少年が研究所の大金を横領できたか解き明かすのが先決だ」
ティボルトはため息を付いて、言った。
「横領ねえ。今、あの子に尋問しているが怖がって何も答えようとしない。たぶん、他に証拠を隠したい者がたてたダミーじゃないか?」
「ダミーだとしても、だ。何か手がかりをつかめるかもしれないだろう」
『影』は研究所から高価な薬草を購入すると見せかけて、法外の値段でそれが取り引きされていると報告した。そして、その帳簿を洗ってみると、ニケ少年に行き着いたのだ。そこで、王自ら出てみると、一石二鳥なことにクリスティーナもいたというわけだ。
「それじゃあ、おまえの婚約者ではあって、多分違うと思うが、とりあえずニケ少年と共にいたクリスティーナ殿の身辺を探しても損はないんじゃないか?」
「あいつの身辺の事は一通り調べてはみた。…ニケ少年とは弟の助手という繋がりでしかなく、潔白だ。けれども、あいつがすべての悪の黒幕だとしても俺は驚かない」
どれだけ婚約者を信用していないんだと言いたくなるティボルトであったが、そこは優秀な宰相なので口を閉じておいた。
犯人はとりあえず捕まえた。あとはお金を取り戻さなくてはいけない。
「国立研究所の研究資金横領、これを見逃せば将来に繋がるぞ。研究所は国のお金が一番集まりやすく、そして消えてしまう場所だ。これは国家の威信を懸けても解決しなくてはいけない問題だ」
ガーウィンがぎりぎりと拳を握った時、王の執務室の扉が大きく開けられる音がした。外が騒がしい。
「あの、クリスティーナ様。陛下はただいま…」
「いいの、かまわないわ。通して頂戴」
ガーウィンが振り向く前に、王兵達の野太い悲鳴が聞こえた。
何事だ、とガーウィンは振り向く。
「国王陛下」
そこにはクリスティーナがただ一人で立っていた。いや、というよりも誰も近づけなかったに違いない。
彼女はその細い首に、アクセサリーのごとく蛇を巻き付けていたのだ。そして、誰かが近づこうとすると、その蛇をけしかけていた。
「これは、またすごいご令嬢だな」
隣でティボルトが呟いた。ガーウィンはちらりと書類から顔を上げたきりであった。
「クリスティーナ、俺はおまえを呼んだ覚えはないぞ」
「おい、ガーウィン。また自分の婚約者にそんな言い方を…」
「構いませんわ。私が勝手にやってきただけですもの」
ガーウィンは寝不足のため、ずきずきする眉間をさすり、素っ気なく言った。
「また今度にしろ。今は忙しい」
クリスティーナの黄金の瞳が光った。
「そう言ってもよろしいのですか?」
クリスティーナの不穏な物言いにガーウィンはつい目を合わせてしまった。と、目の前ではクリスティーナと同じ色の瞳を持つ蛇がプランプランと揺れていた。
「…ん?」
黄金の目と合ったまま視線を外すことができない。ずっと緊張していた頭の糸が次第に解けていくような気がする。
ガーウィンの目が次第に虚ろになっていくことに気が付いたティボルトは慌てて止めに入る。
「クリスティーナ殿! 国王陛下に何を!」
しかし、クリスティーナはただ宰相に微笑んだだけであった。けれども、ティボルトが知っている馬鹿っぽい笑顔ではなく、花から滴る蜜のように人を惹きつけて離さない微笑みであった。
「人聞きの悪いことを。私はただ、陛下がお疲れのようだから癒して差し上げているのですわ。側室とは本来そういうものでしょう? その上、私の用件をお聞きいただくだけです。――それでは、私が何かおかしな事をしたならばすぐにでも外にいる王兵を呼べばよろしいでしょう」
クリスティーナが規則正しく蛇をゆらせば、睡眠不足であったガーウィンはすぐさま催眠状態に陥った。
長かったので切ります。
蛇は再利用です。




