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仁義なき側室  作者: モーフィー
番外編
17/48

ニケとの再会

 クリスティーナは憤然たる勢いで床を踏みつけ、どんどんみすぼらしくなっていく研究所を通り過ぎる。


 ここは研究者達の助手の部屋がある塔だ。扉に小さく名前が掲げられているのを見つけ、ノックをする。


「ニケちゃん? いる?」


 部屋の中からばたばたと音が聞こえて、扉が勢いよく開けられた。


「すみません! 遅くなって。…あっ!」

「お久しぶりね」


 悠然と微笑むクリスティーナは、男しかいない研究所でまるで光り輝く太陽のごとくである。ニケは女神のように神々しい気を放つクリスティーナに目を眩ませる。


「ごめんなさいね、いきなり訪ねたりして。外で立ち話もなんだから中に入ってもいいかしら?」


 女でもおちてしまいそうな笑顔にニケは頬を紅潮させる。


「はい、どうぞ!」


 いきなりのお客も純粋な笑顔で接待である。特別綺麗な子ではないけれども、その素朴さがたまらなく可愛い。


「お邪魔して迷惑だったでしょう」

「いいえ、僕もクリスティーナ様に久しぶりに会えて嬉しいです! あの、たいしたものはないですが、紅茶を用意しますね! あ、これは僕が焼いたアップルパイです。良かったら食べてください!」


――何この健気な子。可愛すぎるわよ!


 あんな弟にはもったいない。むしろ私が結婚したい!


 ニケが丁寧に紅茶をいれる姿にきゅんきゅんするクリスティーナである。


 それに、今は男の子の格好をしているのだが、実は女の子なのだ! 女の子の特徴が見られない細い体つきなのだけれど、実は女の子なのだ!


 ルーフェスには愛やらなんやらと言ったものだが、実際は目の前の男装娘の可愛らしさにノックアウトされて、すぐにでも連れ去りたいクリスティーナである。それでも感情を抑えているおかげで、ニケの目にはクリスティーナは女の鑑のように映っていた。


 せわしなく部屋を動き回るニケに尋ねる。


「どう? 研究所は。ルーにこき使われて辛いことはないかしら?」

「いいえ、そんなことはありません。師にはいっぱい学ばせてもらっています」


 心から幸せそうな笑みを浮かべニケは言った。


「ルーは今あなたのこと、どう思っているの?」

「え?」


 ニケはぽっと顔を赤らめた。


「…そんな、僕のことは、たぶん、出来の悪い助手としか見ていないでしょう。まだ、叱られることも多いし、――そうじゃなくても、こんな姿だし。あ、でも、この前、僕の論文を誉めてもらいました」


 小さな胸に恋心を押し隠そうとするニケを冷凍保存して、毎晩眺めたいものだ。


 だが、その危険な思想は、完璧な美貌の影に隠れ、ニケの目には相変わらず美しい令嬢クリスティーナが映っていた。


「ルーったら、先ほどようやくあなたのこと女の子と知ったのよ」

「え、ルーフェス様が?」


 クリスティーナは憤然と頷いた。


「ルーにあなたのことどう思うって聞いたらね、男だから結婚できないと抜かしたのよ! お互いが好きだったら、性別の差なんて関係ないのにね! だからね、ニケ、あなたのことを性別というフィルターで決めつけたルーのことが許せないなら、私と一緒に逃げましょう!」

「ルーフェス様が私を想っている…?」


 呆気にとられていたニケは信じられない口調で呟いた。


 クリスティーナの言葉は予想していた結果を引き起こさなかった。ニケは自分がルーフェスに好かれているとも知らなかったのだが、それが、今、明るい太陽の下、真実が晒されたようなものなのだ。クリスティーナが言った不穏な言葉など一片の影に過ぎない。


 ニケはウルウルとした目でクリスティーナを見つめた。何度も口の中で口の中で言い直し、そして尋ねる。


「あの、ルーフェス様は私のこと何て言っていまし――」


 その時だった。


 大きな音を立てて扉が開かれ、大勢の王兵が流れ込んできた。たちまち、彼らは部屋の中の二人を囲む。乙女の花が飛んでいた部屋はたちまち加齢臭に満ちる。


「え?」


 怯えた表情を見せたニケを背中にかばいクリスティーナはまだ開けられたままの扉を睨みつける。窓を確認したが、既に王兵達で塞がれている。


 扉の向こうから現れたのは、予想していたとおり、国王のガーウィンであった。目の下に隈を作り、まさに凶暴な山羊面でクリスティーナを睨みつける。彼の後ろにはおそるおそるといった顔のルーフェスがいた。


「ガーウィン」

「王兵、まず私の婚約者をこちらに」


 何があったか分からない顔のニケを残し、クリスティーナの身柄は確保された。その時、袖にニケの弱々しい抵抗を感じてクリスティーナは最初に宣言する。


「ガーウィン、この子には何の罪もないわ。私が勝手にここに逃げ込んできただけだもの。私の処分を決めるのは外に出てからにしましょう」


 ガーウィンは苦い顔を作って見せた。


「残念だが、私がわざわざ研究所まででてきた本来の目的は、純情な婚約者を回収しにきたのではない。おまえにはすみやかに城まで戻ってもらう。――ニケ・アビエイター、おまえを国から研究所に援助された大金を横領した罪で逮捕する」

「横領?」


 クリスティーナだけではなく、ニケさえも目をぱちくりさせた。


「そうだ。調べてみると、国から研究資金として与えられたお金がすべて君の元に集まって、それからその後がつかめなくなっているのだ。確か、君はルーフェス・ゴドフリーの弟子で彼の会計も担っていたよな」

「は、はい」


 ガーウィンはちらりとクリスティーナを見た。


「我が婚約者と共にこの子も城へ」

「ニケ、君は…!」


 ひどい金欠に悩むルーフェスはニケを驚愕の思いで睨みつける。今まで、爪に火を灯すように研究を続けていたのだ。それなのに、自分の身近にいた弟子がぬけぬけとお金を横領していたとは。

好きな人に厳しい目で見られて健気な男装娘は真っ青になる。


「そんな、ルーフェス様、私はそんなことしていません!」


 必死に誤解を解こうとするニケを王兵達は押さえる。


「ちょっと、あんた達! 私のニケに何するのよ!」


 暴れようとするクリスティーナとて女の非力だ。呆気なく押さえられる。


 クリスティーナはすばやく自分を取り押さえた王兵の顔を覚える。後でそれなりの報復を受けてもらおう。その様子を見ていたガーウィンは最後に命令を下した。


「二人を速やかに城に護送するように。――そうだな、その子の見張りは数人で十分だろう。残りは我が婚約者が逃げないようすべての神経を使え」


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