お姉さまの説教
まだ寝ぼけ眼の弟を働かせ、お茶をいれさせる。広いはずの部屋は研究道具に埋もれていた。それに一通り文句を言い、本来の目的を話し出す。
「ルー、あなた、側室から正妃が選ばれるという話は聞いたかしら?」
彼はまだ寝ぼけ眼の頭を横に振った。
「そうね、研究室から出てなかったら、たぶん分からないわ。最近発表されたことなのよ。七人の側室から一人の正妃を選ぶという国王が決めたの」
「――それで?」
「私、側室なのよ。正妃に選ばれてしまったの」
彼は一瞬瞬きを繰り返し、額のしわを深くした。
「ティーナ、それは僕でも分かるひどい冗談だぞ」
「本当よ。ねえ、ルー、お姉さんの話を聞いてよ! 国王、ガーウィンったらひどいの。私のことを化け物とか狂犬とか魔女のように見てくるの。ルーもこんな綺麗なお姉さんがそんなわけないって分かってくれるわよね?」
「もっとタチが悪いよ。…もしティーナが正妃になったりでもしたら国は滅ぶぞ」
どんな時にも嘘がつけないルーフェスは真剣に言う。言い返そうとしたクリスティーナを遮り、ルーフェスは言った。
「それで、僕を訪ねてきたからには用があるんだろう?」
「あ、そうそう。お金を貸して欲しいの」
彼は顔をムスッとさせた。お金という物は研究者にはつきものであり、もらった給料をすべて研究につぎ込む彼は常に金欠であった。
「お金はティーナの方が持っているだろう。前に領地で変な護符を売って大もうけして、金塊に変えていたくせに」
「私だってルーフェスが金欠だって知っているわよ。細かい方が欲しいのよ。だから、貯めたお金はあげるから。交換しましょう」
ルーフェスはかなり疑わしげである。
「いきなりどうしたんだ。お金にがめついくせに。頭でも打ったのか?」
「がめつくないわよ! まったく、お姉さんに対して失礼ね! 誰に育てられたと思うの。さっきも人の顔を見るなり変な声あげたり、国が滅ぶとか何とか言ったり、一体全体、あなたはお姉さんのことを何て思っているの?」
「…」
ルーフェスは沈黙を選んだ。口を開けば、正直に何を言うか分からなかったからだ。とりあえず、沈黙が不自然にならないよう手持ちのお金をテーブルの上に置く。
ルーフェスの全財産である銅銭十枚と銀銭二枚と、クリスティーナの懐から出した重い金塊。どう考えても、クリスティーナにとっての損である。
「あんた、貯金とか全然考えていないでしょう。あんな可愛い子がいるというのに将来はどうするの?」
「どういう意味?」
クリスティーナは弟の目を眼鏡越しに見た。
「ニケちゃんのこと。あの子、あなたのことが好きなのよ。もちろん、あんたも男なんだからそんな健気な子、もらってあげるわよね」
ルーフェスはうっと言葉を詰まらせた。
ニケ。
気むずかしいと有名なルーフェスにつくたった一人の助手。姉の言葉にすぐ言い返せなかったのは、ルーフェスも彼のことを気になっていることに他ならない。
けれども彼は男だ。そしてこの自分も。
いくら好きだとしても、結ばれない。ルーフェスは苦渋に満ちた声で絞り出した。
「…ニケは男だ」
ルーフェスはうなだれた。けれどもクリスティーナはあっさり言った。
「え? あんた、まだ知らなかったの? あの子はれっきとした女の子よ」
「女?」
「そう」
目を見開いた弟にクリスティーナはあっけらかんとニケの性別を明かした。
見る見るうちに罪の意識が消え去っていく。弟の明るくなっていく顔を見たクリスティーナはキッと表情を変え、ルーフェスを睨んだ。
「あんた、性別が女だと分かったから、ニケに告白するんじゃないでしょうね?」
「え?」
ぽかんと見つめる弟にクリスティーナは憤然と立ち上がる。ルーフェスはそれがどうしていけないのか分からないといった顔で姉を見ている。これぞ、クリスティーナが一番許せないものだ。
「お姉さん、許さないわよ! それじゃあ、浅い男に捕まったニケちゃんが可哀想だわ。男だから結婚しない、女だから結婚するなんて、そんなの本当の愛じゃないわよ! あんた、ニケちゃんのどこを見ていたの? どこが好きになったの?」
ルーフェスは答えに窮した。クリスティーナはカップに入っていた紅茶を一気に飲み干し、叩きつけるように宣言した。
「ルー、あんたにニケを任せておけないわ! ニケがこんな弟にどうして付いてきてくれたのか不思議なぐらい。私がしばらく彼女を引き取ります!」




