波乱の始まり①
と、その頃。クリスティーナは怒っていた。
わなわなと、細い肩を震わせ一見、か弱い乙女の怒りと思いきや、立ち上るどす黒い雲を慣れない者が吸い込めば即死だろう。
「今までの私の努力はなんなのよ! 王なら最初に言ってくれればいいのに!」
隣国に早く降嫁し新しいロマンスを、と決め込もうとはしていたが、別にお相手の国王がタイプであったらそれでも良かったのだ。
そして目の前に立ったのが王兵隊長だと思っていたガーウィン。彼は自分の側室を見極めるべく、ゴドフリー領からずっと同行していた。一週間一緒に過ごしていて彼は今までクリスティーナが見てきた殿方の中で一番、判断基準をそろえていると思う。もしも彼からプロポーズされたら首を縦に振ってもいいかなとも思ったのだ。そして夢物語のように何と彼は国王陛下その人だと言うではないか。
あの告白の後、国王の命令により、部屋に閉じこめられて強制的に着替えさせられた。醜いさなぎから蝶が開花するように、クリスティーナは新しく生まれ変わった。そんな側室に周りの者たちはたちまち魅了された。
ぼんやりとドレスを新しく着付けられながら、クリスティーナは思った。
――さっきの告白、かなりいい路線だったんじゃないかしら
鏡をチラリと見ると頬紅をさしたように少し頬が赤い。
――おしとやかな淑女がタイプと言っていたわよね
本来のクリスティーナは頭が少し桃色なだけで外見は完璧な清き正しき淑女なのだ。彼が望めば、そう演じてやろう。
問題は先ほどの国王の夜の訪問であった。
クリスティーナを訪れた国王はというと本来の姿に戻ったクリスティーナに昼間のあの態度はどこへやら。寧ろ、全くの別人となった側室を畏怖の目で見た。挨拶もそこそこにすぐさま立ち去った彼にクリスティーナのガラスの心は傷ついた。
「何よ、人を化け物を見るような目で見て!」
反動で自分を鏡に映してみる。
顔の線を重視した化粧はあっさりしているが彼女の魅力を十分に引き立たせ、ゆっていない髪はそれだけで色気を感じさせる。それでありシンプルなドレスは肌をあまり見せないものであり、気品に溢れた代物だ。国王の登場によって皮を引っ剥がされた今の彼女を見れば、昔、無礼な側室を批判していた者でも息を飲んでしまうであろう。
クリスティーナは憤然と息をもらす。
――どこが、化け物に見えて?
そう王に問うと彼は、中身だと答えた。
自分はただ、精一杯恋をしたい乙女である。それを化け物というとは…。全くもって失礼である。
ああ、そうだ! ガーウィンは下僕にされた仕返しに自分に王妃という挑戦状をたきつけたのだ。ちょっと、彼をいいかなと思っていた自分が馬鹿だった。彼は見かけに寄らずこの清純な乙女をいたぶるのが大好きな変態である。
極論にたどり着いたクリスティーナは思わず怒りにその黄金の瞳を煌めかせた。
「冗談じゃないわ! 誰があの破廉恥男の妻に!」
今考えるだけでも、あの山羊面の笑い声が聞こえてきそうだ。あの男に少しだけ惹かれた自分が悔しい。
けれども、そこで引き下がるほどクリスティーナは並の女ではない。斜めに燃え上がった怒りは十分大きな火だ。
クリスティーナは不穏に決意した。チキン男は大人しく人形遊びでもしているがいい。
「ガーウィン、あなたには絶対負けないんだから!」