告白の理由
その夜の王の執務室。
国王、ガーウィンは昼間の騒ぎを感じさせない静けさの中で、溜まっていた事務をもくもくと終わらせていた。この平和の時代、戦場に立ち男達を率いるよりも、事務に長けたガリ勉が必要とされているのだ。
消えかかった蝋燭を足そうと、立ち上がったとき、ノックがされる。
「どうぞ」
「陛下」
臣下の礼を取ったのは、国の宰相であるティボルトだ。さして年の違わない彼は色素の薄い髪と、瞳を持った麗人だ。その長く伸ばした髪を結い上げ、紅をさせば、婦人だけではなく多くの男の愛を勝ち取るだろう。
しかし、今の彼は、その優雅な眉もひそめて幼なじみの国王を見ていた。
「まだ、その服着替えていないのか」
ガーウィンが来ているのは、側室選びに着ていったときの礼服のままであった。
「え、ああ。忙しかったんだ」
ガーウィンは気にするようもなく、金茶の髪を掻き上げた。その事態を重くとらえていない姿に宰相はため息を付いた。
「ガーウィン、昼間のあれは何なんだ。貴族達にもすでに尻尾のない噂が広まっているぞ。特に他の側室達の父親達がうるさい。ついに王が達の悪い女に引っかかったと大騒ぎしている」
「そんなに、うるさいのか」
「どうしてあんな女を正妃に選んだんだよ。おまえはおしとやかな女が好みだと思っていたがあれじゃあ、孔雀の方がよっぽどいいぞ。あの、しゃべり方を聞いているだけでいらいらしてくる」
親友の容赦ない言葉に若い王は書類から手を離して頭を抱える。
「ティボルト、それ以上言うな。せっかく現実逃避できていたのに。選んだ、俺が更に後悔しそうだ」
「理由を聞かせてもらおうか」
「ああ、その前に熱いお茶を」
ティボルトは女のように優美な手で親友のためにお茶を注いだ。
ティボルトはその容姿から、昔から小姓として王宮に使えていたが、その才覚を認められ、宰相まで上り詰めた男である。彼の母が乳母であり、幼い頃から彼を知っていたガーウィンとは親友である。
ティボルトとはただの主従ではないと自覚している。けれども臣下と主人を超えたこの光景を、まさにクリスティーナが見ればきっとその美しい形の鼻から、あくまで優雅に鼻血を垂らすだろうということが簡単に思い描けた。思い出してしまった婚約者の顔にガーウィンの顔が引きつる。
「ティボルト、おまえがあいつ、クリスティーナに慣れるまで俺に近づかない方がいいぞ」
「どういうことだ?」
更に不審そうな幼なじみに、彼女を表す言葉を探す。
「あいつは、化け物だ。狂犬だ。魔女だ」
「…もう少し、ましな言葉はないのか?」
冗談の欠片もなく言い切る王にティボルトは全くもって彼女を人間の姿として思い浮かべられない。一国の王を震え上がらすほど恐ろしい悪女というのは分かったが。
「おまえが彼女のことを最悪の女として考えているのは分かる。――それじゃあ、どうして彼女を正室に迎えようと思ったんだ? おまえが、正妃は一生一緒だから慎重に決めたいと言ったんだろう?」
「あいつが早く側室を止めて、他国へ降嫁したいと言ったからだ」
「クリスティーナ嬢のこと嫌いなんだろう? 降嫁したいと望んでいるならばそうさせてやればいいじゃないか」
彼は首を振った。
「いいや、あいつは頭が良すぎる。他国に降嫁させるということはむざむざ自分たちの情報を与えるようなものだ」
「頭がいい? むしろ、馬鹿にしか見えないが」
「全部計算ずくめの演技だよ。…すべて見ていたから分かる。あいつは『テューボスの宝石事件』の裏を自力で発見していた」
ティボルトはまさかといったように目を剥いた。
「信じられない…! けれども、何のためにそんなことを調べたんだ?」
「ただの暇つぶしだと」
「暇つぶし? そんな片手間で知ることが出来る情報か? おまえの話が本当だとしたらその女の目的は何なんだ?」
ガーウィンは疲労を濃くした表情で首を振った。
「急いで、ゴドフリー卿に調べを行かせたところ、あいつの素行が明らかになった。あいつの関心事はただ一つ、『恋愛うんぬん』だ」
ティボルトは思わず、顔をしかめた。
「そんなものが信じられるか。そんな人畜無害な考えがどうして『テューボスの宝石事件』の裏を解き明かすのに繋がるんだ?」
「それがあいつの摩訶不思議なところだ。たぶん、そういう意味ではただの馬鹿なんだろう。ただ一つ言えることは、あいつを野放しにしたら危険ということだ。その代わり、うまく飼い慣らせたら、百年国は栄えるだろう。あいつはそれだけの並はずれた好奇心、生まれ持った才能、夢を追いかける不屈の精神を持っている。――ただ、使い方を誤っているだけだ。その天からの賜り物を国家繁栄に活かすために、俺は例え干物なろうとも、国家権力を乱用しようとも、成し遂げよう」
二人の道のりは長いです