国王の告白
短めです
「そんな、まさか、うそ!」
「本当だ。国王を脅迫した側室も初めてだな」
そう言うと、彼は手に持った紙切れを見せつけた。それはクリスティーナが先週、『秘密』の友だちガーネットに贈った物だった。クリスティーナが早めに後宮から出られるよう、打算したものである。
それを見て、ようやく正気に返った。
彼がどうしてここまで完璧に自分が国王だということを隠すことが出来たかは分からない。けれども、自分がここにいれば、いろいろばれてまずいことになるだろう。つまり、お手紙通り、降嫁を許してくれるはずだ。
後宮を出てからの恋のパラダイスが私を待っている。
――そうよ、ガーウィンが王だったら。明日でもここからおい出してくれるに違いない
あんなに、剣の位置を確認していたもの。クリスティーナは頭の中ですぐに考えをまとめる。
「国王陛下ぁ、私、お外で買い物したいわぁ。もしかしたら帰ってこないかもしれないけれど、行ってもいいかしらぁ?」
しかし、彼は苦々しい笑いを浮かべた。
「そういうわけにはいかない」
「え?」
すると、彼はクリスティーナの前で跪き、アクセサリーを着けすぎてゴテゴテの手を取ったではないか。
美しいヘーゼルの瞳がこちらを見上げる。
「ティーナ、愛しい君よ、俺と結婚して正妃となってくれ」
「な…!」
「一目見たときから、恋に落ちてしまったんだ。どうか、俺の愛を受け入れてくれ」
国王からの突然の告白。
周りの令嬢達がざわめく。ただの顔合わせだと予定していたが、誰もがあり得ないと思っていた馬鹿令嬢に国の頂点である王は跪いた。
若く美しく賢帝と評判の彼から告白されて頬を染めない娘はいないだろう。現に、クリスティーナだって、普通に彼と出会い、正しいステップを重ねた交際を経てであれば迷わず頷くであろう。『秘密』を守るための彼の誠実さや、辛抱強さは分かっているつもりである。
「しかし、陛下。クリスティーナ様は我々が真っ先に候補から外したつもりで…!」
「黙れ。俺の妻を愚弄する奴はゆるさん」
クリスティーナに向けられた言葉はとてつもなく甘い。
しかし、彼から放たれるこの禍々しいオーラは何であろう。それらは主にクリスティーナに向かっている気がする。彼は周りの者たちに笑顔を振りまきながら、一方でクリスティーナに対しては殺気をおびたヘーゼル色の瞳で射る。彼は彼女の耳に口をよせた。
「言っておくが、おまえに拒否権はない」
本来ならば蜂蜜のごとく甘く囁かれるはずの言葉だが、できるだけ小さな声で鼓膜を破ろうと発せられた超音波を感じたのは気のせいだろうか。
王の言葉は周りのご婦人達にも聞かれたようで黄色い悲鳴が上がる。
――何よ、これ。どういうことよ!
当の本人であるクリスティーナもあまりのことに行動がとれずにいた。
ガーウィンはその若々しい美貌のままクリスティーナを胸に抱き寄せた。
「王兵よ、彼女が逃げないように見張りを! 良い返事をもらえるまで外に出すな!」
愛しくてたまらないと言うように硬い軍服に押しつけられたのは、単にその口を塞ぐためである。
――ガーウィン、あなた、何するつもりなの…!
胸から凶暴な黄金の瞳が一国の国王を睨むが彼は意にかさない。
「これにて側室の謁見は終わりにする。…それではまた、愛しの妻よ。夜に訪れよう」
クリスティーナを良く思っていない者でさえ、キュンとした言葉であったが、当の本人達はというと、まるで親の敵かとでもいわん視線を交わしていた。
国王による、一人の側室への電撃告白により、王都は天と地の区別も付かないほど大騒ぎとなった。
国王はめったに社交場に顔を出さない堅物で有名であるが、良識のある人物であるという定評は得ていた。そんな彼が、悪評しかない側室、クリスティーナを正妃にと欲したのだ。これを奇怪と言わず何と呼ぼう。あるものは賢治を施す王の鬱症状だといい、またあるものは側室の方が色仕掛けで王に迫ったと言った。
いずれにしても、多くの者がその結婚に反対したが、王はその意志を変えることはないと公表したきり執務室にこもってしまった。