国王との対面
「今日のおやつは何かしらぁ」
――このままだと予定していたより早く降嫁できそうね
クリスティーナの演技は未だぼろを出していない。
スプーンでカップの中をかき回したとき、反動で多くの滴が飛び散る。大げさに謝っている時に近くにいた侍女が顔をしかめたことを鋭く読みとる。
「ねえ、ベティ。今日は正妃審査はあったかしらぁ?」
「いいえ、ございません。あの、クリスティーナ様、ドレスが汚れるためナプキンをしいてください」
「何よぉ! 私に文句言っているつもり?」
クリスティーナに言われた侍女は小さく謝り、下がった。その姿に少し、罪悪感を覚えながらも演技を続ける。
――いつもごめんなさいね。恋人に会えるように時間を作ってあげるわ
「もう、あんたの顔には見飽きたわぁ。明日まで来なくていいわよ!」
悪い役を演じていると、こういう風にしか言えない。城に来てから一ヶ月あまり、今のところ仮面を感づかれず過ごせている。初めの夜会に現れた美しいクリスティーナに、彼女こそ王妃の座に相応しいと注目は集まったものだが、ものの数日でそれは悪いものにと変わった。
正妃選びはというとまだ、王と側室達が会う段階には至っていなかった。
側室達はまず、各自、一つの塔が与えられそこで普段通りに生活させられた。つまり、側室同士が直接会う機会はない。クリスティーナが楽しみにしていたデスマッチや禁断の恋ももちろんなかった。
そして、時々塔に国王の臣下である監査役が訪れ、王のお眼鏡に適うだろう有力な娘をピックアップしていく。最終的に王自身も側室に会いに来るという手順だ。
クリスティーナもいつ、監査役や国王が訪れてもばっちりのように常に気合いを入れていた。
「紅茶はもういいわぁ。紙と便箋を持ってきて」
真っ白な紙にクリスティーナは書き始める。文字もわざと、崩して幼児のようだ。最後に鑞で封をして側に控えていた侍女に託した。
「これを、しっかり届けてちょうだい」
「…差しでましいようですが、クリスティーナ様。宛先を書かれていないようですが」
「もう、私の侍女なんだから言わなくても誰に書いたのか分かってよぉ! これはお友達のガーネットにぃ!」
「申し訳ございません」
侍女はこの令嬢を近くの池に突き落としたいのを我慢しなくてはいけなかった。表情を見られないように深々と礼をして立ち去る彼女を見送り、後に残されたクリスティーナはふう、と息を付いた。
――ガーネット、またの名をガーウィンにはどうにか頑張って欲しいわね
下僕化したガーウィンを使い、情報を集め、自分の評判を操作していく。
自分の勝利を確信したクリスティーナは長椅子の上でまどろんだ。
そして、その日。国王陛下のお目通りの日だ。そして、側室同士の初めてと言っていい顔合わせの日であった。ここで、国王に嫌われればすぐにでも正室争奪合戦脱落者となりうるだろう。きっと、クリスティーナはすぐに家元に帰されるか、降嫁されるだろうと貴族達は噂していた。
そんな噂に身を隠し、クリスティーナは自身の情報網を使いその他の側室の情報を集めていた。側室となった娘は他国の姫君はなく、皆、国内屈指の貴族の娘であった。皆、容姿器量が優れ、誰が正妃になってもおかしくないと噂されていた。
それでも各地からやって来た娘達はそれぞれ個性が異なっているらしかった。住んでいる地域に似せた内装にしているらしく、監査役がまるで塔ごとに違う国にいるようだと漏らしていた。
ちなみにクリスティーナの塔の庭は毒々しいジャングルと化し、入り口には警備用にと生きた獅子を飼っている。獅子は牙を抜き、人なつっこいものを選んだが、やはり噛まれると地味に痛い。側室監査役の訪問が一番少ない原因の一つである。
そして今日、側室同士の初顔合わせのため、クリスティーナは衣服にも熱が入っていた。
「あの紫のドレスがいいのぉ!」
「あれはクリスティーナ様には合わないものかと思いますが…」
「なぁに? 私の言うことが聞けないって言うの?」
そう言われると彼女たちは黙るしかない。更に令嬢の言うとおり、次から次へとアクセサリーで飾りたたせていく。
「どうかしらぁ? これなら陛下だってすぐに私に愛の言葉を囁いてくれるわぁ」
その姿は背景の森と合わさり、魔女そのものの姿である。侍女達は目を合わさぬよう、言早に世辞を言い、一刻も早くこの側室から逃れようと試みた。
――結構、良い反応ね
浮かれた上辺の下で冷静に鏡の中の自分を観察し、いざと言うときにと思って用意しておいた生きた蛇によるネックレスは止めておいた。
後宮の広場へと連れられると、そこにはすでに六人の側室達が集まっていた。みな、クリスティーナの衣装に圧倒されていた。
「私の衣装がぁ、素敵ならぁ、真似したっていいのよん」
クリスティーナは上の上着を少しはだけて、セクシーポーズをとって見せた。すると、胸元からちろりと真っ赤なカエルが顔を出した。もちろん人形であったが、側室の二人が気絶して退場となった。
クリスティーナからできるだけ離れるようにして側室達は国王を迎えるため待つ。
普段は男子禁制の後宮に用心深い、つまりクリスティーナ曰くチキンな国王を守る王兵達がどやどややって来た。
――あの中にガーウィンもいるのかしら
「国王陛下のおなーりー」
一段と大きな声が響き、大きく扉が開かれた。側室はそれぞれおしとやかに挨拶して見せたのでクリスティーナは大げさに頭を下げて見せた。
「国王陛下、お待ちしておりましたわぁ。クリスティーナ・ゴドフリーでございますぅ」
国王は扉からすたすたと直行でクリスティーナの方へと近づいてきた。
「顔を上げろ」
――ん?
クリスティーナは一瞬顔をしかめた。聞いたことある声だ。それでも、言ったのは国王に違いない。
「陛下ぁ、私のことはティーナと呼んでくださ…、って、え?」
一瞬、目の前の国王の顔を見てだらしなく作った顔を忘れてしまう。
王は思っていたより若かった。これが大陸一の大国の王かと疑うほどである。しかし、長身と立派な体躯は民の期待を背負うだけの威厳である。髪の色は茶金で覚えのないものであったが、整った面差し、その意志の強そうなヘーゼル色の瞳には間違えがなかった。
「――ガーウィン、あなた、どうしてここにいるの? 陛下は?」
彼は綺麗に整えられた髪を乱暴に掻き、崩した。
「この俺が、残念ながら国王なんだよ」
記憶にある山羊の無表情のまま、彼は答えた。
そんな展開