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智弘は入口の脇に立つ女の子を見て顔を引いた。違う子だった。一瞬違う呼び出しだったかと考える。 が、その子の後ろからおぼえのある顔がのぞいて、昨日つきそってやってきた子だということを思い出した。
「ほら郁」
朝美は後ろを見て声をかけた。二宮郁はおどおどと出てきて傘と紙袋を両手に持って突き出した。
「貸して下さって、ありがとうございました」
元気のない声。でも智弘には不機嫌に見えた。そこまで嫌うのか。かちんときた智弘は両手をこぶしにしてつんとそっぽを向いた。
「礼をするのにつきそい付きっていうのはないんじゃないか? やりなおし」
「おっおい!」
克史が肩に手をかけて引っ張った。やりすぎ、と咎めようとしたが、その前にしゃくりあげる声が聞こえた。
郁は大粒の涙をこぼして泣いていた。傘と紙袋を朝美が預かると、郁は両手の甲で涙をぬぐった。ぬぐってもまたこぼれてくる。
朝美は智弘をにらみつけた。
「郁が気に入らないからって、ここまでするなんてひどいです」
傘と紙袋をたたきつける勢いで押し付けた。泣き出した郁に呆然としていた智弘は無意識に手をあげて受け取った。朝美は郁の肩を抱いてうながし、廊下を曲っていった。
「やりすぎだよ、おまえ」
硬直していた智弘はぎくしゃくと振り返り、弱りきった情けない顔を克史に向けた。
「何で泣くんだ? 」
「アホか。あれだけやりゃあ誰でも泣きたくなるって」
「でも朝は全然泣く様子なかったのに。ぽかんと口開いて目ぇ見開いて、傘渡そうとしたら手伸ばして受け取ってさ、うろたえるんだ、漫画みたいに。それに今だって漫画みたいにびくびくして」
克史はぽんぽんと肩をたたいて話を止めた。
「いいかげん漫画みたいから離れろや。おまえ、あの子の気持ち、考えてなかっただろ。意地悪されじゃ悲しくもなるさ。……まぁ、おまえの気持ちもわかったけどさ」
「俺の気持ち?」
「あの子に構いたくなるのは好きだからだろ? あの子からお近付きになりたくないなんて聞いたから、それでムキになってたんだ」
智弘はかっと顔をあからめた。
「違う! 俺は単に」
単に腹を立てていただけだ。嘘ばっかり信じて自分を避けようとするあの子に。わざとだろとつっこみたくなるような変なリアクションを面白がっていただけだ。
決して好きとか、ましてや恋愛感情なんてありえない。
「……好き、とか、そういうことは、全然」
言い訳がましい言葉につれて、紅潮した顔はどんどん冷めていった。克史はこれみよがしなため息をついて、親指でとんとんと智弘の胸をつついた。
「あの子が泣いたとき、ここが痛かったんだろ? 恋愛感情とかなかったとしても、痛かった分だけあの子のこと気にかけてるのは間違いないと思うんだけどね」
克史の指が離れていった胸に、智弘は手のひらを当てた。痛かった、痛みは尾を引いてまだここにある。呆然と立ちすくみながら、頭の中をめぐっていた言葉は「こんなはずじゃなかった」。
「行けよ」
克史が突き放すように言った。
「謝って来い。時間が経つほど後悔は取り返しがつかなくなるぞ」
叱りつける声にうながされて、智弘は走り出した。