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昼休み、国立智弘は席について頬杖をつき、手をかざして持っているカードを眺めすかしていた。
「お。朝のラブレター?」
「違うよ」
「割ににやけてるじゃん。こう、にーってさ」
克史は自分の唇の端と端に人差し指をひっかけて引っ張り、少し持ち上げて笑顔にしてみせた。それを見た智弘は口をすぼめ、頬杖を解いてカードを伏せて置いた。
「そんなんじゃなくてさ。傘貸したんだよ」
「傘?」
智弘はかいつまんで説明した。
下校の最中、どしゃぶりをものともせず一目散に走っていた女の子を見かけた。公園の木の根元にしゃがみこんだ彼女の口ぶりから、猫を拾いに来たのだと察した。寒そうにしているらしい猫のために上着を脱ごうとしているところを、傘をさしかけて止めた。
智弘はぷっとふきだして手をひらひら振った。
「それがリアクションの面白い子でさ。俺見て目をまん丸にして『国立先輩ぃ~!?』だってさ」
克史は眉をひそめた。
「何だその漫画みたいなリアクションは」
「だろ? 実際にやってる奴はじめて見た」
「それがラブレターとどうつながるんだ」
克史を見あげて笑っていた智弘は、急にむすっとして目線をおろした。
「だからラブレターじゃないって。メッセージカード。貸してくださってありがとうございました、だってさ。本当に感謝してるなら下駄箱に返しておしまいにするなっての」
「え? でも紙袋もカードの子だろ。お礼の品だったんじゃないか?」
「……傘と一緒に貸したタオルとプレゼント包装の包みが入ってた」
「じゃあやっぱりいい子なんじゃん」
智弘は思いっきりのふくれ面になった。
「殺されちゃうからお近付きになりたくないって言う子の、どこがいい子なんだよ」
委員会で遅れて一人部室で着替えて外に出ようとしたときだった。殺されちゃうよ、というおだやかでない叫び声につい聞き耳を立てた。耳をすませたら、それまで誰かの声が聞こえるという程度だったのが、意味が聞き取れるくらいになった。親衛隊という言葉で自分のことだと思った。傘を返すという言葉であの子だとわかった。お近付きになりたくないと言われて傷ついた。自分は何もしてないのに嫌われる。噂のせいで女子が距離を置くことには気付いていたけど、ここまでこっぴどいのははじめてだった。
椅子に座ってあいづちをつきながら熱心に聞いていた克史は、考え込みながらうなるように訊ねた。
「じゃあさ、お近付きになりたくない、とかは直接言われたわけじゃないんだ? 本人が目の前にいないからつい口がゆるんじゃったってだけじゃねーの?」
「部室にいたっていっても、ベニヤ板一枚二枚の距離だぜ? 筒抜けに決まってるじゃないか。猫のために上着を脱ごうってくらいの子だからやさしい子だと思ってたのに、がっかりだよ」
智弘は言いながら思い出して腹立ちを新たにした。
お礼の品が欲しくて受け取らなかったんじゃない。拾うくらいだから猫が好きなんだと思った。だから傘を返してくれるとき猫の話をして、できたらあの時の猫をさわらせてもらえたらいいなと考えた。雨の中猫に上着をあげようとしたくらいやさしい子だから快くOKしてくれるんじゃないかと期待した。面白い反応をする子だから話せたら楽しいと思ったのに。
ぶすくれる智弘に、克史はあきれてため息をついた。
「俺はその子の気持ちわかるな。謎の親衛隊の噂知ってたら誰でも近付きたくないって」
「俺、中学校に入ってから女子に親しくしてもらったことなんて一度もないんだから、吊るし上げくらって学校に来れなくなった子がいるわけがない。それに実際に被害者の名前が出てくるわけじゃないだろ? そういう噂はたいてい嘘じゃんか」
「嘘でも噂が立つということ自体が恐いんだけどね」
克史はぼそりつぶやいた。
「国立ー! 一年が呼んでるぞ」
教室の入口から声がかけられた。智弘はすぐに向かった。ためらう様子がないことから心当たりがあるらしいと克史は察した。あとを追う。
「誰だ?」
「例の子だよ。下駄箱じゃ誠意がないから教室まで返しにくるよう言っておいたんだ」
克史はあぜんとして立ち止まった。智弘は返してもらったばかりのものをわざわざ渡しに行って、それを返しなおせと言ったのか。
智弘は楽しそうだった。自分のしていることの意味がわかってない顔だった。