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 郁は早すぎる登校で暇をもてあまし、教室後ろの掲示板に貼りだされている校内新聞を読み直していた。

 端っこのほうに国立先輩のことが書かれている。

 先輩率いるサッカー部は、今年は県大会を突破できるのではと期待されている。生徒会に推薦されていたけど部活に専念したいという理由から辞退し、かわりに運動部主将に選ばれたということだった。プライベートの記事には猫が好きだと書かれていた。『小学校の頃飼ってたんだけど、引っ越してマンションになってからは飼えなくて。だから猫にさわりたくてしょうがない(笑)』

 何度読んでも笑ってしまう。大人びた外見と反対にこんな子供っぽいところがあるなんて。この記事を読んでから郁は先輩に親しみを持つようになった。

 でも今日は読み終えたその場でため息がこぼれた。先輩が傘を貸してくれた理由はこれだったんだ。暗記するくらいまで読んだつもりだったのに、気付いたのは昨晩だった。よっぽど浮かれていたんだと思う。自分にやさしくしてくれたのだと勘違いするほどに。昨日の冷たい態度を思い出して郁は悲しくなった。

「二宮郁って子、いる?」

 郁は顔を上げて戸口の方を見回した。思いがけない姿をみつけてあんぐり口を開ける。入口付近にいて声をかけられた男子生徒は返事できないまま、教室の中を見回す。視線が郁の上を通り過ぎた。目立たない郁のことをまだおぼえていないのだろう。男子と一緒に見回していた先輩は見過ごしかけた視線を戻して郁に合わせた。

「あ、いたいた。ちょっと」

 手招きされて放心したまま近寄った。先輩はにっこり笑った。

「あのさ。手紙にはありがとうございましたって書いてあったけど、下駄箱に入れておしまいにされちゃ誠意を感じられないんだよね。昼休みに教室まで返しにきてくれる? 」

 差し出されたものを郁は反射的に受け取った。先輩の手が離れていってから郁は慌てふためく。

「え? あっ? えっ!?」

 紙袋を返そうと差し出してみるものの、先輩はすでに背を向けていた。追いかけて廊下に出る。大股に歩く先輩から、昨日と同じ追いかけられない雰囲気が感じられた。

先輩の姿に絶句して見入っていたクラスメートたちは、先輩が教室の中から見えないところに行ってしまうと堰を切ったように騒ぎ出す。

「国立先輩じゃん!」

 女子がわっと郁を取り囲んだ。

「先輩から何もらったの?」

「違うって。返すとか何とか言ってたから先輩から借りたんじゃないの?」

「えー! 二宮さんって国立先輩から何か借りるくらい親しいんだ!?」

 口をはさむことを許さない勢いに郁は喉まで硬直した。浴びせかけられる声が責めてきているように感じられて、怯えが止めようとしても止められない。血の気が引いて足ががたがた震えた。

「ちょおっとごめん」

 すごみの効いた声に振り返った女子は、朝美だとわかるとすごすごと道を開けた。郁にとってきびきびとした頼りがいのある友人は、たまに言葉遣いが冷たいのとつり目を誤解されて敬遠されている。中学に入ってからのことではないので朝美は頓着しない。郁の側まで来ると、女子たちは口を閉じてそそくさと教室に入っていった。

「どうしたの? 返してこなかったんだ?」

「……下駄箱に入れたんだけど、昼休み、教室まで返しに来てって、返された」

 わななく声をふりしぼったけれど、ようやく聞こえるかの声しか出なかった。耳を傾けて聞いた朝美は、眉をひそめ郁に目を向ける。

「はぁ? 何それ」

 半分は先輩に対する不快の反応で、もう半分は事情が飲み込めなくて聞き返している。小学校からの付き合いだから口調や表情でわかる。ちゃんと説明したかったけれど、言葉にできなかった。教室に戻ってもまだ向けてくる女子の視線が恐い。おどおどとうつむく郁を見る目は、好奇心から不審の色に変わった。何で先輩と? と問いたそうにする辛辣さと、意味が聞き取れないほどの小声で交わされるひそひそ話が、授業中まで郁をさいなんだ。


 耐えられなくなった郁は、二時間目の放課朝美につきそわれて保健室に行った。

 養護教諭は青ざめて泣き出しそうな顔をしている郁を寝かせてくれた。白いカバーのかかった布団に横向きで丸まると、下にした方の目の端から涙がにじんで流れていった。

 噂は本当だ。皆が皆親衛隊で、ああやっていられないようにするんだ。

 そんな馬鹿な話あるわけないと理性が言っているが、傷ついた心はそれを真相にしたがっていた。そして親衛隊をあおるのは国立先輩本人だ。気に入らない相手にわざと近付いて嫉妬心をあおるんだ。猫にはやさしい人だから、あの一時いっときだけ機嫌が悪かっただけで本当はやさしい人だと信じていた。けれどもう信じられそうにない。

 昼休みになると朝美は傘と紙袋を持ってやってきた。

「先延ばしにしてもよくないでしょ。一緒に行くよ」

 郁はのろのろと起きて朝美の後ろをついていった。

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