八話
ルルは目眩を覚えた。
「あたし……何やってるんだろう……」
「何って、お茶会ですよ! ルルさんはクジュウの民なんですよね? お話聞かせて下さい!」
元気いっぱいに言うシアは、ルルの膝の上で満面の笑みを浮かべている。
そんな二人を英二は生暖かい目で見る。
「ルル、俺もクジュウに少し興味あるんだ。話してくれよ」
「その目を止めなさいよ、その目をっ! 偽王子の癖にっ」
ルルの暴言にも英二は動じない。ミスラム商会が崩壊した日から一週間。それなりに互いの性格を分かってきている。
「ただでさえ意味のわからない状況なのに、ゆっくりと世間話なんて出来る訳ないでしょ!?」
「まあまあ、お嬢ちゃん。もう一週間も経つんだ。いい加減慣れようや」
「一番訳わかんないのはあんたよっ、ライヤー・ワンダーランド!」
ライヤーは慌てて周りを見回し、良く手入れのされた木々以外に誰もいないことを確認して、ため息混じりに頬杖をついた。
「お嬢ちゃん、名前と一緒に姓まで叫ぶのは止めてくれ。一応有名人なんだ、俺」
そうなんですか、と無垢な瞳を向けるシアに片手を上げてごまかし、ライヤーは菓子をつまむ。
ルルはやり場の無い怒りを紅茶で流し込んだ。
確かに訳が分からない状態だ、と英二は思う。
ここはリズの住む皇居の庭。隅々まで手の行き届いた木々は、完成された美しさがある。
そして、柔らかな日差しが注ぐテーブルに着いているのは、クジュウの民と、反帝国組織の頭領と、世にも珍しい異世界人。それと小さな皇女様。これほど不思議な組み合わせはそうそう無い。
ミスラム商会が崩壊して、一週間が過ぎた。その間、この三人はリズの皇居に匿ってもらっている。一人は国に仇なす犯罪者だが、リズのおかげか捕まったりはしていない。
あんなに嫌っていた犯罪者を匿う。リズにどんな心境の変化があったかは知らないが、英二にとってはありがたかった。血を見る騒動はもうごめんだし、ライヤーは皇居内で唯一と言っていい男性の話し相手だ。
仲良くなるのは異性より男性の方が早い。早い話が、英二はライヤーとそれなりに気の合う友達になっていた。
「ライヤー、その【クルミ割り】はまだ直らないのか?」
「ん? ああ、俺はそういうの専門じゃねえしな。見よう見まねでやってるが、これがなかなか……」
ライヤーは憂鬱そうに紅茶を飲む。
歳はライヤーが三つ上だが、この国は日本と違い、歳の差で人を敬うという観念が薄いらしい。加えてライヤー自身の親しみやすさと本人の意向で、英二は普通に接している。
シアはルルの膝の上で上機嫌だ。無邪気な皇女様にルルもあまり強く出れないらしい。紅茶のカップを置き、ルルは諦めたように小さな体に腕を回した。
「……あんた、軽いわね」
「そうですか?」
ええ、とルルは言って、振り返ろうとするシアの金の頭を見つめる。体がルルに支えられているため、振り向こうとしても振り向けない。シアは諦めて菓子に手を伸ばす。
動きに合わせて揺れるつむじに、ルルは顎を乗せた。
「ル、ルルさん。重いですっ」
「うっさい。そこに居るあんたが悪いの」
ルルは腕の中で身じろぎするシアのお腹を軽くつねる。シアは言葉とは逆にかまってもらって嬉しのか、楽しそうにルルへと更に体重を預けた。
ライヤーと世間話をしながら、英二はそんな二人を生暖かい目で見てルルに怒鳴られる。まさにこの一週間で出来た人間関係の縮図のような光景。
そして、この一週間で何度も言われた言葉を、英二はまた言われる。
「ところでエイジ。まだあの時みたいな『力』は出せないのか?」
ライヤーに言われて、英二は胸の前で握った拳を見た。
あの時、リズが力尽て全てが終わろうとした瞬間。落ちてくる天井を殴り飛ばし、あまつさえ地上にまで吹き飛ばした、荒唐無稽としか言いようの無い膂力。リズの操魔術よりも強い力。
自分が起こした奇跡。夢では無い。だからみんな生きている。
英二は立ち上がって近くの木の前へと歩く。テーブルの面々も英二に注目する。
深呼吸。体に不調はない。
目を閉じ、意識する。拳よ破壊の力がやどれ、と。もう一呼吸、目を開く。
そして、英二は拳にありったけの力を込めて、樹皮を殴った。
地下から四人を救った拳は木を粉々に破壊、しない。
「…………やっぱりだめか」
「やっぱり無理みたいね」
結果を予想していたのか、興味が無いのか、さほど落胆した様子も無いルル。
ライヤーも同じようにあまり動じず、椅子に斜めに座ったまま腕を組んだ。
「あの時の力が出せりゃ、下手すりゃ生物兵器になれるんだけどなぁ。……そしてウチの組織に勧誘する」
「間違っても入らないから安心してくれ」
英二の前には、ビクともしない木が立ったままだ。英二は拳を解き、手のひらを眺めた。
確かにあの時、追いつめられた自分は凄まじい馬鹿力を発揮した筈だ。どこまでも力が湧き出てきて、その力で堅い天井を打ち砕いた感触を今でも覚えている。
一体何であれだけの力が発揮出来たのか。原因は分からない。ただ、現在は今まで通りの腕力に戻っている、という事は分かっている。
英二は手を裏返し、甲を見る。全力で殴ったのはゴツゴツした樹皮。殴った部分の皮くらい剥けて然るべきだ。
だが、そこには傷一つない肌がある。
「…………一体、俺はどうしたんだろう」
現在、英二の体に起きた変化で、分かっているのは一つ。怪我をしなくなった、ということだ。
堅くなったとかそういう訳ではない。ただ、刃物でもこの肌は切れないし、打撃もあまり効かない。感覚が無くなった訳ではなく、抓れば痛いが、それも我慢できる程度だ。傍から見れば痛々しいほどに皮を摘まれても、痛みはそれよりはるかに小さい。
いつからこうなったのかは分からない。しかし、英二にはある程度の目星がついていた。
(やっぱり、この世界に来てからか…………それ以外考えられない)
少なくとも、元の世界にいた時はこんな体質では無かった。そして、ここ最近で最も劇的な変化。それこそ異常な耐久力の体になるくらいの事件と言えば、この世界に来た事くらいしか無い。
自分に起きた異変はどういう意味があるのか。英二には検討もつかない。
しかし、気付かない内に自分の体が変わっている、というのは普通の人間なら錯乱してもおかしくない状況だが、幸か不幸か英二は前向きだった。
「とりあえず、これは使える」
「はっ、使えるどころじゃねえよ。鎧よりも強い体なんて、その手の奴は泣いて欲しがるぜ」
ライヤーが両手を頭の後ろで組み、面白そうに言う。
武道家がどれだけ鍛錬しても手に入らない、桁外れの生身の耐久力。刃すら防ぐ体など、普通の人間ではどんなに努力しても手に入らない。それを英二は手に入れた。
英二は二、三回、手を軽く握って、テーブルに戻る。
この世界で生きるための、自分の武器。もしまた熊のような生き物、コリストに襲われたとして、どこまで体が耐えられるかは分からない。反撃の手段もまだ無い。しかし、逃げるくらいは出来そうだ。
この剣と魔術の存在する世界で頼れる物が出来た。その事実に気が軽くなるのを感じながら、英二は冷めた紅茶を啜った。視界の外で足音がする。
「待たせたね、みんな。この一週間あまり会えなかったけど、元気だったかい?」
男装の麗人、リズ・クライス・フラムベインは片手を上げ、朗らかな笑みを浮かべてテーブルに近付いて行く。
英二はライヤー越しに視線を向けた。
「お陰様で怪我一つ無いさ。そっちこそ、腹の傷はもう良いのか?」
「鍛えてるからね。実際、傷は二日で完治してて、今までは色々と別件で忙しかったんだ」
含みのある言い回しと僅かにライヤーとルルへ向けられた視線。事件の現場にいた犯罪者と、珍しいクジュウの民を匿うのは労力がいるのだろう。実際この一週間、リズと話したのは数えるほどしかないし、話したとしても世間話程度だ。
英二がそう納得すると、ライヤーは行儀悪く椅子を傾け、リズに話しかける。
「姫さん、俺を捕まえるなら今の内だぜ?」
「はっ、いつでも捕まえられるさ」
怖い怖い、とライヤーは両手を上げた。やや過激な冗談だが、リズが気分を害した様子は無い。
リズは一つ空いている椅子に、皇族らしい鮮やかな所作で座る。
「ルル、シアの面倒をみてくれてありがとう」
ルルは一瞬きょとんとして、シアを支える両手を素早く離した。
「そ、そんなんじゃないわよっ。この子が勝手にここに座ってきただけ!」
降りなさいっ、とルルはシアの背中を押す。シアはちょっとだけ抵抗して、名残惜しげにルルから離れた。
「ルル、そのくらいやってやれよ。そんな負担でもないだろ?」
「うっさいわよっ。じゃあ、エイジ。あんたがやりなさいっ」
「変な所で強情だなぁ」
英二がシアを見ると、その大きな瞳をキラキラと輝かせていた。
「ん? ここ来るか?」
「はいっ」
快活に返事をして、シアは英二へと近付く。
英二はその小さな体を持ち上げて、自分の膝の上に乗せた。髪が胸に当たって、少しくすぐったい。
シアはぱたぱたと足をばたつかせてお菓子に手を伸ばし、クッキーを手に取った。そして体をずらして横に座り、英二にクッキーを差し出す。
「はいっ」
英二は顔の前に差し出されたクッキーを、そのまま口で受け取る。噛むと控えめな甘さが口に広がった。兄離れを始めた元の世界の妹も、少し前まで丁度こんな感じでじゃれついてきたものだ。
懐かしさと一抹の寂しさを感じながら飲み込むと、シアが体勢を戻し、英二に背を預けてきた。
「やっぱりエイジさんは優しいですねっ」
きらきらと緩やかにウェーブのかかった髪が、胸の前で踊っている。英二はその髪を手で撫でつける。
上機嫌そうなシアの体をもう片方の手で落ちないように固定した所で、英二はルルの汚らわしい物を見るような目に気付いた。
「なんだよ、その目は」
「あんたって、そういう趣味だったのね…………」
「……は?」
自分の身を守るような仕草をするルル。言いたいことは分からないでも無いが、妹を持つ英二にとって小さな子供は庇護対象にしかならない。間違っても変な気分になんてならない。
馬鹿馬鹿しい話だ。同意を求めようとライヤーを見ると、顎に手を当て真剣に考えていた。
「……確かあの時、目の前に乳があっても全く揉もうとしなかった…………もしかして本当にそういう趣味なのか?」
へ、と間抜けな声を出して、英二は記憶を掘り起こす。
確かに地下会場でリズを手当てしている時、あの色気溢るる服の下に手を入れながら何もしていない。
だがそれは当然だ、と英二は思う。あの状況下でそんな余裕は無かったし、人として当たり前の事だ。
「いや、あれはそんな場面じゃなかったろ」
「いやっ、いつ何時でも男ならっ! 目の前の魅惑の果実に手を伸ばす筈……!」
しかし、そんな理屈はライヤーの中に無いらしい。何故だかどんどん間違った確信を深めていく。
「そうだっ、そう考えれば納得がいく。まな板のお嬢ちゃんに手を出さないのも、あのラミって使用人と艶っぽい関係にならないのも、対象年齢外だったからか…………俺は応援するぜ。道は険しいけど、頑張れよっ」
勝手に結論まで辿り着き、爽やかな笑顔を向けてくるライヤー。だが英二は見た。ライヤーの小鼻がぴくぴくと動いているのを。
話の見えないらしいシアは膝の上で小首を傾げる。英二はだらだらと全身の汗が噴き出すのを感じた。ルルの勘違いとライヤーの悪乗りのせいで、このままではロリコン扱いされてしまう。訂正しないと自分の尊厳が危うい。
「お、おいおい。ちょっと、ちが」
「エイジ」
静かだが、しっかりとした芯の通った声。汗が急に引いていく。コリストと戦った時とは比べものにならない緊張感。
英二はゆっくりと顔をリズへと向ける。いや、リズは違うだろう。これが誤解だと分かってくれる筈だ。そんな希望を抱きながら。
笑顔とは感情だ。嬉しい時、楽しい時。自然と出てくるプラスの感情。きっと多分。
リズは感情の見えない不気味な笑顔で言葉を紡いだ。
「シアを返してくれないかい?」
「…………はい」
会話についていけていないらしく、首を傾げるシア。希望など無かった。
世の中の理不尽さに心で涙を流しながら、英二はシアの体を膝から降ろした。
「シア、こっちにおいで」
「えと、はいっ」
リズの呼びかけに、シアは満面の笑みで英二から離れる。愛しのお姉さまに呼ばれて嬉しいのだろう。シアは今までで一番の笑顔を見せる。なんだか英二は少し泣きたくなった。
シアを抱きとめて、リズは空気を切り替える為にやや大きな声を出す。
「エイジの趣味は置いておいて。今日集まって貰ったのには、話があるからだ」
「ああ…………うん、もういいや」
今日、英二達がこの場でお茶を飲んでいるのは偶然では無い。リズの要望によるものだ。
英二は誤解を解くのを諦めて、改めて椅子に座り直す。ライヤーを見れば笑いを噛み殺しているが、無視してリズに話を促す。
「で、話っていうのはなんなんだ?」
「まあまあ、焦らない焦らない」
リズは英二を制して、テーブルに頬杖をつく黒い髪の少女に向き直る。
「ルル、君はクジュウに帰りたいかい?」
興味が無さそうだった半開きの目が、言葉の意味を理解すると共に勝ち気な曲線を取り戻す。
「そんな事聞いて、どうするの?」
「どうするかは返答次第だね」
「あたし、あんた嫌いなんだけど」
「結構。私は気にしない」
ルルはリズを数秒見詰めた後、その華奢な肩に乗った黒い髪を乱暴に払った。
「ああもうっ! 帰りたいわ。帰りたいに決まってるでしょ! この大陸に来て一年っ。もう一秒だってこんな国に居たくないわよっ」
「そっか。じゃあルルは決まり、と」
何の話よっ、と騒ぐルルを放置して、リズはライヤーに言葉を投げる。
「貴様は、知るべきだと思わないか? 自分の持ち物について」
これだけでは何の事だか分からない。現にシアは可愛らしく小首を傾げている。
だが、ライヤーが反帝国組織『ラクセルダス』の頭領だと知る英二とルルには分かる。持ち物とはその通り『ラクセルダス』だ。
ライヤーは面白そうに唇を歪めた。
「ああ、自分の物はきちんと自分で管理しないとな。入れ忘れは無いか、綻びは無いか。改めて確認するのは大事な事だ」
「じゃあ、貴様も決定だ。じっくりと確認させてやる」
ピクリとライヤーの眉が動く。
「姫様よぉ。さっきから結局何が言いたいんだ?」
「まあ待て。次が最後だ」
リズはそう言ってシアを地面に降ろす。そして、英二へと真っ直ぐ向き合った。
「エイジ、君は世界を知っているか?」
世界。哲学的とも取れる質問だが、英二はこう答えるしかない。
「いや」
異世界人である身からすれば、知っていることなどほとんど無い、と言っていい。
しかし、もし仮に元の世界の事を知っているか、と訊かれても英二は同じ答えを返すだろう。
世界は、広い。
その世界を知っている、と言えるほど英二は自惚れていなかった。
返事を聞いたリズが、僅かに笑みを浮かべる。
「じゃあ、世界を知りたい、と思うかい?」
英二は考える。
突然来たこの世界。自分がいた世界とは違う、血なまぐさくて、争いの近い世界。
この世界に来て、大変な事ばかりだった。いきなり獣に襲われたり、潜入捜査を手伝ったり、崩落に巻き込まれたり。一歩間違えばそれこそ死ぬような世界だ。出来れば二度と体験したくない。
だけど、街で食べたナルバ焼きは美味かった。風通る庭で飲む大して好きでもない紅茶は、どこか心が晴れやかだった。
リズは律儀な奴だ。ライヤーは面白い。ルルは口は悪いが、ラミと一緒で何気に世話焼きだし、その相手のシアは天真爛漫で癒される。
「きっと、君の場所が見つかると思うんだ」
リズの声が耳を撫で、英二は故郷に想いを馳せる。
学校の友達や家族。見慣れた風景や行きつけの定食屋。今帰れば、自分はどこにいるのだろう。ただ生きてきた高宮英二の場所は、一体どこにあるのだろう。
自分は、どこまで行けるのだろう。
ここまで考えて英二は気付く。なんだかんだ言って、自分はこの世界に興味が出てきているらしい。どうせまだ帰れないのだ。その方法を探す旅をする必要がある。
魔術を使いこなすらしい中立の森の民。浮遊する岩で出来た大山脈の上の巨大神殿。隣国に住む護国の竜。この一週間で人から聞いた、御伽噺のような話の数々。これらは、この世界に本当に実在しているらしい。もしかしたら、その中で帰る方法が見つかるのかもしれない。
興味や好奇心。それこそ物語の中でしか聞いた事の無いモノ達を見たい、という子供のような欲求。久しく感じていなかった胸の高鳴りが、帰るため、という殻を被って英二の胸に沸き起こる。一体、どんな世界が広がっているのか。
今、自分は考える振りをしている。帰る、という目的の為の手段が、心を躍らせるのだ。
人間の順応力は恐ろしい、と英二は軽く笑って、はっきりと言った。
「ああ、見てみたい。この世界を」
それは宣言だ。この世界を歩く、この世界で生きる、という宣言。
いつか元の世界に戻る為、今はこの世界で生きる。今この瞬間。本当の意味で初めて、英二はこの世界に来たのかもしれない。
英二の返答に、リズは満足そうに頷いた。
「うん、宜しい。では、みんなで旅をしよう。このアリスナから東にずっと行って、クレアラシルを越え、砂漠を越え、海を越えた先にあるクジュウまで」
はぁ? とルルが間抜けな声を出した。そう来たか、とライヤーは可笑しそうに笑う。
その反応を楽しむように、リズは紅茶を一口飲み、湿った唇をもう一度動かす。
「私は知りたい。世界の真実の姿を。ありのままの人の姿を。その為には旅をしなければいけない、と思ったんだ。そして丁度、みんな旅をしなければいけない『理由』がある。ならばルルもライヤーも英二も、全員で行こうじゃないか。まだ見ぬ世界へと」
何かを言おうとして口を開いたルルが、クジュウに帰れるという事に気が付いて口を閉じる。ライヤーも何も言わない。ただ、何かを潜めた目で、面白そうにリズを見る。
ずっと黙って聞いていたシアが、リズの服を控え目に握った。
「お姉さま、遠くへ行くのですか?」
琥珀色の瞳が涙を我慢して揺れる。リズはシアの頭を優しく撫でる。そこに愛情以外の不純物など無い。
「ああ、遠くへ行くよ。勿論、シアも一緒にね」
一瞬きょとんとした後、溢れんばかりの嬉しさを表情に出すシア。そんな可愛い妹をリズは優しく撫で続ける。
この世界に存在する未知の場所、物、技術。英二はそれらを想像する。しかし、きっとその想像以上の世界が広がっている筈だ。ここは異世界なのだから。
そしてそこに、元の世界に帰る方法があるかもしれない。
見えてきた方向性。高宮英二の旅をする目的。
英二は空を見上げて、まだ見ぬ世界に想いを馳せる。
突然。本当に突然、高宮英二は見知らぬ世界にやってきた。
その見知らぬ世界の晴れた空。暖気漂う雲の下。
騒がしく話す旅人達は、自分達の運命をまだ知らない。