二話
大空洞の中は暗い。それこそ足元も見えない程に。
しかし、ある程度進むと劇的な変化が起こる。
「うわ…………凄いな」
感嘆の息と共に、英二は思わず呟いた。
視界を埋め尽くすのは淡い碧色の光達。壁も地面も関係無く、全てが均一に碧を主張している。
近付いて見てみると、ざらついた壁自体が光を放っている。見た目はただの土壁だが、ぼんやりと光を放つその姿はどこか幻想的だ。
先頭を歩いていたリズが立ち止まり、碧の光の中で指を立てる。声が洞窟内を軽やかに跳ね回った。
「この辺りにはミルア鉱の鉱脈があるんだ。ミルア鉱は水分に反応して碧の光を放つ。ここは空気中の水分に反応したミルア鉱が、常に淡い光を出しているんだよ」
シアがしゃがみこんで、光る地面に手を伸ばした。ルルも不思議そうに壁を触っている。ライヤーはさほど興味が無さそうに壁を拳で叩いている。
荷物を背負い直し、天井の光の濃淡から目を離して、英二はリズに向き直った。
「こんなものがあるなら、灯りには困らないな」
空気中の水分で発光。なんともエコロジーな鉱物。
だが、リズは首を横に振る。碧に染まった金髪が揺れた。
「それがそうでも無いんだ。この鉱物の発光量は質量に依存しているから」
英二が首を傾げると、リズの隣のライヤーが腰の【クルミ割り】を引き抜いた。
「まあ、見れば早いだろ」
そう言ってライヤーは壁を【クルミ割り】で一撫でする。
一瞬、英二の頭に崩落の文字が浮かんだが、それは杞憂だった。
碧色に光る壁の表面が、ぼろぼろと崩れる。さっきまで光っていた壁はただの土に変わり、地面に黒い斑点を作った。
「とまぁ、こんな風に、ある程度でっかくねえと光らないのさ」
「それに、この壁の大きさでこの程度の光量しか無いんだ。しかも鉱脈はここに限らず、ほぼ国中で見ることが出来る。結局、ミルア鉱はほとんど価値のない鉱物になっているんだよ」
たまに装飾品とかで使われたりはするけど、リズが補足するように続ける。
つまり、小さくすると光らない。大きくても光が弱い。更にその辺にもあるから希少価値も無い、という事らしい。へえ、と英二はもう一度壁を見回した。
「そういや、魔具は直ったんだな」
「おう。どうにかな」
ライヤーは【クルミ割り】を手際よく鞘に戻して言った。
熱くも冷たくもない碧色の光は、ただただ静かに洞窟を満たす。立ち止まり続けても仕方がない。やがて、一同は進み出した。
夢の回廊に似た空間だが、ここには五人以外誰もいない。なんだか勿体無いな、と思いながら、英二も歩を進めた。
ミルア鉱の景色にも飽きてきた頃、洞窟は一気に広がりを見せる。空間が広がると同時に、碧が強さを増し、一気に空気が冷たさを持った。
先に見えるのは大きな湖。その中から強い碧色の光が洩れる。水の中のミルア鉱が活発に発光しているのだろう。
視線を上げ、急に高くなった天井を見上げていると、リズの声が後ろから聞こえた。
「多分、ここが遺跡跡地だと思う。結構歩いたし、少し休憩しよう」
冷えた空気に英二が軽く腕をさすりながら振り向くと、リズがシアの荷物を降ろしていた。小さな体はいつもより少しだけ元気が無い。シアの荷物の中身は、リズや英二が分けて持っている。しかし、少なくなった荷物でも子供の体には大きな負担になっているようだ。
英二は疲れた様子のシアに近付き、緩やかにウェーブを描く金髪をぽんぽんと叩く。シアは黙ったまま、英二のお腹に抱きついた。
「エイジ、こっちに来てみろよ」
早々に荷物を置いたライヤーが、離れた場所から呼んでいる。英二はシアを抱きかかえて、ライヤーのいる湖の近くへと歩いた。
「どうしたんだ?」
「いいから、これを見ろよ」
ライヤーの言葉に従い視線を下げ、英二は息を飲んだ。
この空間の明るさと冷気の正体は、当然この湖だ。事実、近付けばさらに冷気と明るさを実感出来る。
水の中で光輝く碧色の鉱石の河。十分美しい光景だが、それだけなら英二はここまで驚かない。
驚いたのは、底に奇妙な碧色の戦士達がいたからだ。
「きれい、です……けど」
腕の中のシアが戸惑いながら呟いた。その呟きに肯定も否定も返さず、英二はただ、戦士達を見る。
分厚い剣。頑強そうな盾。無骨な鎧。それらを纏うのは、美しい女性をかたどった像。
その女性達は、中央で剣を掲げる一人の人間に跪いている。
リズが隣に立ち、中央の像を指差す。
「これが大空洞の遺跡だよ。あの中央の像が初代皇帝のカタルと言われている。…………しかし、保管されていた報告書を読んだ時は実感出来なかったけど、確かにこれは変、だね」
「…………だな」
英二は絞るように声を出した。
初代皇帝カタルの掲げた剣。その剣は今にも振り下ろされようとしている。そしてその先には、両手を広げて剣を待つ一人の女性。
見れば見るほど奇妙な光景だ。仲間が今にも斬られようとしているのに、跪く女性の像は微動だにしていない。
自らを斬る相手に敬意を払っているような姿勢。それでいて武器は手放さず、いつでも戦える格好。像の精巧さはそのまま違和感を増幅させ、結果として見た者に微妙なしこりを残す。
波の立たない水の底で、一体どれだけの時間を過ごしたのだろう。真意の読めないオブジェは、洞窟内を淡く照らし続けている。
ぱちん、とリズは手を叩く。
「ま、とにかく今は休もう。シア、おいで」
シアはリズの言葉に従い、湖に名残惜しそうな視線を送りながら英二から離れた。ライヤーもほとりから移動し、先に休んでいたルルに耳打ちをしている。
別段疲れも無い英二は、何となく湖に沿って歩きだす。水面からそんなに離れてはいないが、落ちたら登るのに苦労しそうだ。
「……からっ! そんな訳無いに決まってるでしょっ!?」
「またまた。本当の事、おじさんに話してみ?」
ルルとライヤーの声が英二の後ろで木霊する。ライヤーも飽きないな、と思いながら英二は地面と湖の境界を覗いた。
ライヤーの声が小さくなり、洞窟に束の間の静けさが戻る。そして案の定、激昂したルルの叫びが再び英二の背中に当たった。
「さっさと死ねっ! この変態詐欺師がっ!」
続く風切り音。不穏な気配を感じた英二が振り返る間も無く、背中に何かが当たった。いや、当たった、ではなく炸裂した、だ。最近、何度か味わった覚えのある衝撃。
「え゛?」
間抜けな声がした。
英二の足が地を離れ、景色が一瞬にして移動する。描いてはいけない放物線に沿って、体は碧の中に吸い込まれる。
要するに、英二は勢い良く吹き飛ばされ、盛大な水しぶきを立てて腹から湖の真ん中に落ちた。
「エイジ!」
「エイジさん!」
リズとシアが慌てて湖に駆け寄る。ルルは黒い杖を振り下ろした体勢のまま、予想外の事態に猫のような目を目一杯開き、ライヤーは明後日の方向を向いて口笛を吹いていた。
水中でどうにか体勢を立て直し、英二は湖から顔を出して思い切り空気を取り込んだ。
「ぷはっ、し、心臓飛び出るかと思ったっ」
シアは安堵の息を吐き、リズは背後のトラブルメーカーへと手招きをする。落ち着いた動きが逆に恐怖をそそる。
「二人とも、こっちへ」
「あ、あたしのせいじゃないっ! この変態が変態なこと言うからで…………!」
ライヤーは騒ぐルルを無視して口笛を吹き続けている。
リズの紅い瞳が燃え上がり、体が僅かに発光を始めた。それを確認した直後、ライヤーは素早い動きでルルの首の後ろを掴み、リズの前まで連れて行った。
「さ、触るなっ! 離しなさいよっ」
「姫さん、ホシは捕まえたぜ。この人生で一度も嘘をついた事の無い、正直者のライヤー・ワンダーランドがな」
「嘘をつけ。いいか、やっていい冗談とやったら悪い冗談というのが…………」
リズが二人に説教を始めた。流石に自分にも非があると思ったのか、ルルは反論せずに俯いて聞いている。ライヤーも殊勝に頷いているが、この男が反省しているかはかなり怪しい。
リズに説教される二人に怒りよりも呆れを覚えながら、英二はちょうど近くにいた初代皇帝の頭を足場にした。不敬だが、そうすると胸辺りまで水から出て楽だ。
「エイジさーん。大丈夫ですかー?」
声をかけてくるシアに手を振って応え、英二は登れそうな場所を探した。
しかし、内側から見ればよく分かるが、陸との境目は見事に逆反っている。高さは一メートル程だが、もしここに来たのが一人だったら戻るのは容易ではなかっただろう。
英二は早々に諦めて助けを求める。
「おーい。一人じゃ無理そうだから、何か縄みたいなのを下ろしてくれー」
それを聞いたリズは荷物を指差しながら、罪人達に命令した。
「責任を持って助けるんだ。今すぐに」
「おう! 待ってろエイジ!」
「…………分かったわよ」
ライヤーは敬礼してわざとらしいくらいに大きな声を上げ、反対にルルは消えそうな声量だった。
二人が荷物を探る間、岸へ行こうと英二は足に力を込めた。が、予想していたように体は前に進まず、再度水に落ちる音と、嫌な感触だけが足の裏に残る。
もう一度水の中に沈む体。今度は静かに頭を水面から出す。
「…………あれ。もしかしなくても、俺のせい?」
恐る恐る水面から下を覗くと、酷いことに蹴り飛ばされて首の無くなった初代皇帝。そしてゆっくりと水底に落ちる顔。
高宮英二は、初代皇帝を討ち取ってしまった。八百年の威光もここまでだ。
窺うようにリズを見れば、笑顔で手招きをしている。罪人が三人になった。
「エイジ、早く上がって来てくれ」
現実から目を逸らすように、英二は落ちていく生首を見た。随分と柔くなっていたらしい。底に当たると綺麗に首は半分に別れ、音もなく動きを止めた。
「ん?」
そして英二が見つけたのは、八百年もの間、誰にも気付かれなかった煌めき。
「紅い……石?」
初代皇帝の顔の断面には、紅く輝く丸い石が埋まっている。
紅い石は手のひらと同じくらいの球体だった。
埋め込まれたそれを掴むと、呆気なく断面から外れる。水中のミルア鉱はかなり柔らかくなっていたようだ。
石は装飾品の類なのか、紐を通すような細工が施されてあった。
ライヤーの持つ縄に引き上げられた英二は、その石を改めて見つめる。
「石にしてはやたら軽いし…………リズ、何だか分かるか?」
シアが座っている英二から、布で頭をがしがしと拭く。
前が見えなくなった英二の手から、石のおもちゃみたいな重さが無くなった。
「ん? これは…………」
訝しげなリズの声。視界を遮る布を手でどかすと、眉間にしわを寄せた綺麗な顔。
「エイジ、これを持ってて何とも無かったかい?」
「え? 別に何も無いけど」
しゃがんでいるリズは、険しい顔のまま石を地面に置いた。
ライヤーが興味津々に石へと手を伸ばす。しかし、指先が触れた瞬間、表情を引き締めて手を戻した。
「なんだこりゃ、ヤバいな」
「癪だが、私もお前と同じ意見だ」
会話が理解出来ず、英二は首を傾げた。
同じく理解出来ていないルルが、何気なく石に近付く。
「あっ、馬鹿野郎っ」
ライヤーの叫びも虚しく、ルルは石を持ち上げた。
「ひゃっ」
可愛らしい悲鳴と共に、糸が切れたようにルルは膝から崩れ落ちた。地面に転がる紅い石。
座り込んだまま、何が起こったかいまいち理解できていない顔のルル。 あーあー、とライヤーは肩を竦める。
最近、良く似た光景を見ている英二は、思い付くままに口を開いた。
「魔力切れ、か?」
「ああ、全く……。私は魔力が多いから掴んでも大丈夫だったけど、それでも半分を近く持っていかれたんだ。普通の人なら絶命してもおかしくない」
リズが嘆くように首を振った。
「この石は魔力を吸う。それもとんでもない速度で」
地面の上で妖しい紅い輝きを放つ紅い石。
英二はその石をむんずと掴んだ。
「……魔力を吸うって、俺は何とも無いんだけどな」
「それは……私にも分からない。魔力は誰にでもあるから、その石に触れば普通は魔力切れを起こすはず、なんだけど……」
英二は目の前でへたり込んでいるルルの横顔を見る。演技、という訳ではなさそうだ。事実、リズとライヤーは最初に触って理解している。
どうして自分は大丈夫なのか。分からないまま、英二は手の平の上で石を転がした。
「エイジ、ちょっと地面に置いてみな」
ライヤーの言われるままに英二は石を地面にそっと置く。
「よっ」
前振り無く振り降ろされる【クルミ割り】の切っ先が、軽い音を立てて石にぶつかる。しかし、金属すら崩す不思議な剣でも、石は鈍い紅光を返すだけ。
ライヤーは眉をひそめる。
「…………こりゃあ『崩す力』を吸い取ってんのか? 魔力みたいに」
仮説を確かな物にするため、ライヤーは【クルミ割り】をずらし、地面に突き立てる。堅い地面は鳴くように震え、【クルミ割り】を中心に一メートル四方の砂地が現れる。
いきなり足元が砂地に変わった英二は、慌てて後ろに下がった。
「ちょっ、びっくりするだろっ!」
「お? 悪い悪い。まあ、浅いから心配すんな」
そう言ってライヤーは足元の砂を掻き分ける。ライヤーが立っているので当然だが、砂の厚みはくるぶしにも満たない。
その後、リズとライヤーがいくつか実験をしたが、結局この石の正体は分からず仕舞いだった。
そんな二人をよそに、英二はルルに手を貸そうとして断られたり、服を着替えたりした。退屈そうなシアが石に触ろうとして、慌てたリズが止める。
遺跡から出てきたとはいえ、拾った石がそんなに変な代物だとは予想していなかった。もっと不思議な物がこの世界にはありそうだけどなぁ、とぼんやり思いながら、英二は遠巻きに話し合う二人を眺める。
「やっぱり、マドゥロ谷辺りの魔物の一部じゃねえか? 八百年前にはそういう能力のある魔物もいたかもしれないだろ」
「馬鹿言え。あそこは確かに特殊な生物が多いが、耐性が高いとかならまだしも、魔力から変換した衝撃まで吸収する、なんて性質があったら淘汰されるはずがない。それに保有量も明らかにおかしい。一体その魔力を使い切るのにどれだけの…………」
議論は白熱している。視線を移せば、シアが遠い瞳で湖を眺めていた。
なんとなく近付いて、隣に立つ。
「シア、何見てるんだ?」
「あっ、いえ。なんでもないです」
不自然なほど素早く、シアは首を横に振る。気になった英二は湖へと視線を向けた。
「…………ああ、忘れてた……」
「あ、あはは…………」
当たり前だが、湖の底に佇む初代皇帝の首は無い。最初の荘厳な雰囲気の跡形も無い、間抜けな姿だ。
しかし、それでも国が調査していたほどの歴史的遺跡である。リズは宝石に気を取られて忘れているが、本来なら怒られるどころの話ではない。
困ったように笑うシアの頭を撫でて、英二は決断した。
バレる前に、逃げよう。
「リズ、とりあえず宝石は俺が持つから、話は進みながらしよう。いつまでも時間を食っていられない」
「えっ? ああ、それもそうだね。よし、進もう」
荷物を持ち上げながら、リズとライヤーは話し続けている。よほど紅い石は特殊らしい。
英二は有無を言わさずルルを背負う。そして背中の罵詈雑言は気にせず、大空洞の広間を後にした。
大空洞は長かった。休憩を挟みながらだったものの、洞窟を抜けた頃には陽が落ちかけていた。ただ、抜けた先は入る前の殺風景とは一転、見渡す限りの草原だ。
敷き詰められた薄緑の絨毯は夕陽に染まり、風に撫でられ波を立てる。流れる大気は大空洞を抜ける前と質の違う、冷たい鋭さを宿した空気だ。
這いよる冷風を掻き分けて先頭を歩くリズは、遠くに見える灯りを指差した。
「あそこが次の町だよ。もう少しだから、頑張ろう」
英二は歩きながら、隣を歩くルルに話し掛けた。
「大丈夫か?」
ルルは英二と距離を取るように移動する。
「近寄るな。あんたが一番変態だわ」
「いや、あれはほら、仕方なかったんだよ」
主に俺の為に、という言葉を飲み込んで、英二は頭を掻いた。
ファフィリアの街で、ルルは背負われる事を嫌がっていた。それを強引に行った代償はそれなりに大きかったようだ。
「え、えっと、わたしはその、エイジさんのこと、変に思ってませんよ!」
シアが歩きながら、英二の手を取る。
結局、石は英二の荷物の中に布を巻いて入れてある。ある程度資料と設備のある街に着いたら調べる予定だ。
ルルには全く無い健気さに癒されながら、英二はシアの頭を撫でた。
「……シア、ちょっとこっちに来なさい」
そんな二人を薄目で見て、ルルは手招きをする。
「はい、なんですか?」
シアは手を離し、誘われるままに駆け寄る。ふわふわと振動で揺れる金髪に、ルルは顔を寄せた。
「あいつに近寄っちゃ駄目よ。今に変な事されるから」
「変な事、ですか?」
「おーい、言っとくけど、丸聞こえだからな?」
陰口をまるで隠す気のないルルと、いまいち理解出来ていない表情のシア。英二の突っ込みは虚しく風に流される。
そんな三人の後ろを歩くライヤーが、合いの手を入れる。
「ほらほら、喋るのは良いけど、あんまり姫さんと離れるなよ」
言われて三人はリズと距離があることに気付き、歩を早めた。
一行はようやく草の無い道に出たが、町の明かりはまだ遠い。一際冷たい風が吹き、ルルが鼻を鳴らした。
「ん?」
日の姿が小さくなる中、話しながら道沿いに歩いていると、ライヤーが止まって振り向いた。つられて全員の歩みも止まる。
「どうした?」
微かに緊張を孕んだリズ。ライヤーは払うように手を振る。
「いや、何か後ろから来てやがるが、多分ただの荷馬車だな」
その言葉を証明するように、夕闇の先に影が揺らめく。その影はすぐに鮮明な姿に変わり、英二達の前で速度を落とした。
幾つかの袋以外、何もない荷台。御者台に座っているのは二人。対のような少年と少女だった。
「こんにちは。もしかして、旅の方ですか?」
背中で纏めた長い髪。凪のように佇む少女は、静かな話し方の中に確かな好奇心を見え隠れさせている。
「クロネ、もう少し後先を考えて……」
大柄な体に強面。だが、それを一気に打ち消す弱気な態度。少年は不安そうに英二達と少女を見比べる。
クロネと呼ばれた少女は、ふわりと目元を和らげた。
「大丈夫よ。こんな可愛らしい女の子を連れた夜盗なんて、聞いたことないもの」
「そういうことじゃ……はあ、言っても仕方ないか」
諦めたように息を吐いて、少年は改めて英二達に向き直った。
「良かったら、乗って行きますか?」
無骨な親指で示された空の荷台。諦めた様な顔と興味津々な顔。
それがリバリー姉弟との出会いだった。
「いや、俺は別にクジュウの人間じゃないんだ。あっちでぶすっとしてるのが、本当のクジュウの民」
「へぇ、そうなの」
揺れる荷台の上。英二が指差すと、クロネ・リバリーは静かな目で、そっぽを向いているルルを見詰めた。
五人はリバリー姉弟の好意に甘える形で荷台に乗せてもらった。その代わり、姉のクロネから質問攻めを受けている。答えているのは主に英二とリズだが。
ゆっくりと、クロネは視線を戻す。そして、目の前に座る英二に顔を寄せた。
「ちょっ、ちかっ」
急に迫ってきた翡翠色の瞳に、英二は思わず腰をずらして後ずさる。
標的を逃した瞳は、考えを巡らすように横のリズへと焦点をずらした。
「どういう関係なのか、聞いていい?」
「ク、クロネ! そういうのは……!」
弟、スピナ・リバリーの焦った声と合わせたように、荷台が強く揺れる。
崩れた体勢を戻しながら、クロネは心配性の弟に文句を言った。
当たり障りの無い会話を乗せて、荷台は町へと近づいていく。
頑丈そうな石壁に囲まれたその町の名前はケート。横を流れる大河の恵みと、古き良き名残の小さな町。
もう太陽の消えてしまった空を見上げた後、クロネは目を薄めて言った。
「今日、泊まる所はまだ決まって無いのでしょう? うちに泊まらない?」
急な申し出に誰もが一瞬言葉を失った。最初にその空白から復帰したのはスピナだ。
「クロネ……! もうっ、なんだっていっつも君はそんな急に……!」
「だって、人はいつ出会って、いつ別れるか、なんてわからないのよ? この出会いを大切にする事がそんなにおかしい?」
恐らく、過去に何度もこのやり取りは行われたのだろう。クロネは顔色ひとつ変えずにスピナの意見を押し込める。どちらかといえばスピナの方が正論を言っているが、クロネが勝ちそうな辺りにこの姉弟の力関係が伺える。
やや一方的な姉弟喧嘩の合間を縫って、英二は隣のリズへ顔を向けた。
「リズ、どうするんだ?」
「さて…………どうしようか?」
怪しいと言えば怪しいが、どうにも悪意があるとは思えない。リズはぐるりと仲間達を見回す。
「ま、どっちでも良いんでねえの?」
ライヤーは荷台の端に腰掛けたまま、投げやりに言った。ルルは背中に抱きついてくるシアに軽い溜め息を吐くだけで、特に何も発言しない。
泊めてくれる、という条件だけを見れば、それはとても魅力的だ。しかし、裏が無いとも限らない。
「俺は別に良いと思うけどな」
既に姉の一方的な展開になった姉弟をちらりと見て、英二は頷いた。それでもリズは決めあぐねて、顎に手を当てる。
決着をつけた姉は、勝者らしからぬ無表情で振り向いた。
「勿論、その場合は私たちも要求する事があります」
リズは無意識に身構える。クロネの目元が下がった。
「沢山、私たちにお話を聞かせてくれること。どうですか、良心的でしょう?」
「……そうだね。今夜は長い夜になりそうだ」
短く笑って、リズは降参するように両手を挙げた。




