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少年は図らずも異世界に足を踏み入れた  作者: かまたかま
二章 それぞれの街、宴の夜
18/22

八話



 ファフィリアの街は、夜と昼で別の顔を見せる。

 昼間、買い物客で賑わっていた大通りは鳴りを潜め、変わりに飲食店の多い西通りが主流になるのだ。

 その人の流れの鮮やかな移り変わりは、四季を早送りで見ているような、不思議な光景だった。


 一気に人の増えた西通り。暗い中でも尚、人目を惹く集団がいる。


「ここがライヤーの言ってた店か?」


 この国では珍しい、クジュウの民の容姿をした少年が看板を見ながら言った。腰に付けた短剣はまだ新しく、どこか浮いている。


「ああ。なかなか人気があるらしくて、いい雰囲気の店だよ」


 長い金髪を高い位置で一つに結った男装の麗人が、そう言って扉を開けた。なぜ男装しているのか分からない程の美人。そして男装していても伝わってくるスタイルの良さ。


「ここの飯は上手いぞ。俺が保証する」


 飄々とした態度の青年。短く逆立った赤毛が精悍な顔立ちに良く合っている。


「ライヤーさんはこの街に来たことあるんですか?」


 夜の街に不釣り合いな少女は青年に問いかける。少女にはそこに居るだけで場を明るくする、生来の華やかさがあった。


 本来ならもう一人、目立つ少女がいる筈だが、今はいない。しかし、その少女がいなくても、十分過ぎる程に目立つ集団だ。

 薄く光の漏れる店の扉。待ちきれない、といった様子でライヤーは扉に手をかける。


「さっさと入ろうぜ。美味い料理と美味い酒が待ってるんだ」


 そう言ってさっさと扉をくぐった。英二も続けて扉の向こうに消える。

 外で待っていても料理は来ない。リズも店に入ろうとした時、力の弱い、されど振り払えるはずも無い感触を腰に感じた。


「お姉さま」


 どこか控えめにシアがリズの服を掴んでいた。リズは足を止め、シアの視線に合わせる。


「どうしたんだい? シア」


「ええと…………その……今日はありがとうございます……」


 いつも明るい表情が、今はぎこちない。

 シアは今まで殆ど皇居から出ていないのだ。こういう人の多いところは苦手なのかもしれない。それにまだ罪の意識が残っているのだろう。

 リズが考えを巡らせていると、シアは打って変わって力強い表情になった。


「あの、頑張って下さいね! エイジさんとのこと、応援してます!」


 リズとエイジはこいびと同士。そんな勘違いを胸に抱いたまま、シアはライヤー達を追う。


 まさか最愛の妹に誤解されているとは思わない。首を傾げながら、リズは三人から遅れて店の敷居を跨いだ。








 大声で話しながら泣いている大男。それをめんどくさそうに聞きながら、グラスを傾ける友人。身振り手振りを交えて離す中年と、それを見て馬鹿笑いをしている太った男。睦まじく寄り添う恋人達。

 陽気さに満ち満ちている店内。酒を呑み、笑うことに忙しい客達は、新しく入ってきた人間など気にも留めない。

 予約していたテーブルに着き、リズは店員に声をかけた。


「注文をいいかな」


「あ、はい!」


 料理を運んでいたエプロン姿の女性店員が返事をする。仕事を終えた店員は、リズ達の座るテーブルに近付いた。

 リズは軽く店内を見回す。


「そうだね、何かみんなで摘める料理を十……こほん。五人前ほど。後、飲み物はクエイクと、この子が飲めそうなジュース。後……そっちはどうする?」


 話を振られても、英二に分かるのは焼酎とかビールくらいだ。しかし、この世界にあるのか、疑わしい。

 返答に困って隣のライヤーを見ると、ニヤリと笑う横顔。


「へぇ、クエイクなんて酒を呑むのか」


「と言うより、これくらいしか知らないんだ。こういう場で呑めそうなお酒は」


 ほうほう、とライヤーは顎に手を当てる。英二は気になって訊いてみた。


「クエイクって、どんな酒なんだ?」


「ん? ま、いわゆる庶民のお酒、って奴だな。安酒の割には美味い。ただ、安酒の域は超えない。度数が割と高いから、どちらかって言ったら、酒に強い酒好きが呑んでるな」


 じゃ、俺もクエイクで、と注文するライヤー。それを伝票に書き込む店員。

 英二は腕を組んで唸る。


「うーん。どうしよう」


「まあ、最初は甘い酒でも呑んだらいいんじゃねえか? 甘けりゃ呑めないこともないだろ」


「……そうだよな。そうするか、って事で、ライヤーのオススメを一つ」


 仕方ねえな、とライヤーは笑って店員に注文する。店員は小気味良い返事をして厨房に入っていった。

 英二は異世界で大人の階段を登っていることに、少し面白さを感じた。同時に、同年代のリズが立派な酒を呑んでいるのに、自分は気弱な選択をしてしまった後悔も少し。いや、初めての酒だ。だからこれは逃げでは無いのだ。

 英二は頭の中で言い訳をしながら、未だ来ない少女のための空席を見た。


「そういえば、ルルはなんで遅れてるんだ?」


 あの騒ぎの帰り道。少し休めば回復する、とルルは言っていた。しかし『ローラン』で捕まった彼女はまだ姿を見せない。

 シアがリズの服をぎゅっと掴む。リズはそんなシアの頭を優しく撫でながら、冗談めかして言う。


「さあ、身支度でも整えてるんじゃないかい?」


「無いだろ。もしそうだったら明日は槍が降る」


 助けてくれた時は何故か服装が変わっていたが、それが自分達に見せる為と思えない。そして今、鏡の前でいそいそと化粧をしているなんて、そんな可愛らしさがあの少女にあるはずが無い。英二は確信していた。


「ルルも根は悪い奴じゃないけど、やたら口が悪いしなぁ……」


 口が悪い。素行はそこまででもないが、とにかく口が悪すぎる。

 助けに来たのに死ね、とか言うし、正直、その口の悪さだけは好きになれなかった。別に自分が傷つく、とかそういう訳ではないが。

 英二がルルの怒鳴る姿を明確に思い出していると、シアがテーブルに身を乗り出してきた。


「る、ルルさんはいい人ですよっ! ちょっと意地悪な時もあるけど、強くて、やさしい人です!」


 場に不釣合いな幼い声に何人かがこちらを見るが、すぐに自分達の騒ぎの中へと戻る。

 英二はテーブルに乗り出した小さな体を押し返した。


「知ってるよ。大丈夫、俺は別にあいつのことが嫌いな訳じゃない。ただ、ちょっと直して欲しいかな、って思う部分があるくらいで」


 押し返すついでに、英二はその緩やかにウェーブがかった髪を撫でようとして、リズの手に弾かれた。


「あたっ!? な、なんだよ?」


「あ、いやその、つい」


 申し訳なさそうにしているリズ。あ、と英二は思い出す。そういえばまだリズに、自分が幼女趣味だと誤解されたままだ。宿で怒っていた時の感情には、それも混じっていたかもしれない。

 誤解を解こうと英二が口を開いた瞬間。店内の喧騒が急に無くなった。


 その原因は扉を開けた少女だ。猫のような大きな目。夜のような漆黒の髪と漆黒の目。人目を引くその珍しい色は、薄化粧をした少女の可憐な容姿のせいで吸引力すら感じられる。

 肌はきめ細かく、触れれば手に新雪のような感触を残すだろう。まだ成長途中の体躯は、少女の儚さをより一層際立たせる。その体躯を包むドレスは、周りの空間だけを切り取り、少女の存在感をさらに色濃く示す黒だ。どこぞのパーティーに顔を出せば、きっと王子も跪く。


 華奢な足が店へと入る。扉を閉める手の指先。全ての視線は少女に集中している。

 クジュウの民、というだけではここまで注目はされなかった。どちらが美人か、と言われれば同じ店内の皇女の方だろう。


 では何故、ここまでこの少女――ルル・トロンが注目を浴びているのか。

 クジュウの民で美しいから。それもある。だが、それ以上に簡単な話だ。


 自分達のテーブルの最後の空席に座ったルルに、英二は言った。


「ルル、この店でその格好は流石に無いんじゃないか? 舞踏会じゃないんだから」


「うっさい! 死ね!」


 それこそ、緩やかなワルツのリズムに乗って、今すぐに踊り出しても違和感の無い服装。ここが普通の店でなく、立派なダンスホールだったら。

 叫び声を合図にまた喧騒が戻る。ほとんどのテーブルでは、今入ってきた場違いな妖精の話で、また盛り上がっているのだろう。クジュウ、とかわい子ちゃん、とかそういう言葉が英二達まで届いている。


 丁度オレンジジュースを持ってきた店員に、酒っ、とルルは投げやりに注文する。

 そして程なくして全員分の飲み物が揃った。


「ま、とにかく、今日は色々あったけど、存分に飲み食いしてくれ」


 リズが自分のグラスを持ってそう言った。

 悪戯が成功した笑いを噛み殺すライヤー。隣に座った妖精に、きらきらとした眼差しを向けるシア。どこか自棄になっているルル。全員がグラスを持つ。

 そして英二も目の前の乳白色の液体の入ったグラスを持つ。これはどうやら、異世界も共通らしい。


「乾杯!」


 開始の合図はグラスの音色。店の雰囲気から浮きまくりのルルを加え、宴は始まる。









 グラスを口元に持っていく。


「…………ちょっと不味いな」


 甘さと苦さが同居する微妙な味。鼻を抜ける慣れないアルコール。

 いきなりテンションが上がるとか、そんな事は無い。高宮英二の初めての飲酒は、まったくもって地味だった。思わず首を傾げる程に。

 英二の隣に座るライヤーが、半分に減ったグラスをやや乱暴にテーブルへと戻した。


「っかぁ! やっぱり最初の一杯は格別だな!」


「そうですよね! わたしもそう思います!」


「はっ、良く分かってるじゃねえか」


 シアも満足げな顔でジュースを置く。陽気な空気と、予想以上に素晴らしい変身を遂げたルル。シアにとって不思議の国のような出来事は、揺れる後悔を簡単に打ち消していた。


 遅れて運ばれてきた料理越しに、リズは笑み混じりで英二に話しかける。


「どうだい? 初めてのお酒は」


 どうやら首を傾げた所を見られていたらしい。素直に英二は苦笑を返した。


「正直、そんなに良さが分からない」


「慣れもあるからね。まあ、それだけ呑んで、追加するかは自分で決めたらいいさ。ただ、無理は禁物だよ」


「んー、とりあえずは酔う、ってのが分かるまで呑んでみる。せっかくだしな」


 酔っ払う、といえば英二の中では母親のイメージが強い。彼女は事ある毎に場を盛り上げ、騒ぎを大きくし、最後には宴会にしてしまう。それなのに酒に弱く一番に潰れてしまっていた。そして介抱するのは父か自分だ。

 しかし、その寝顔はどこか幸せそうで、酔うという事は英二にとって、どちらかと言えば良いイメージなのだ。酔ってみたい、というのは前々から持っていた欲求。その後の二日酔いに苦しむ母親の姿は酷いものなので、あくまでもほどほどにだが。


 うんうん、とリズは頷いて、湯気の立つ肉料理を小皿に移し始めた。

 ライヤーが美味いと言っていただけあって、漂ってくる香ばしい匂いは英二の胃を刺激する。危なっかしい手つきのシアが、盛られた小皿を英二に渡した。


「どうぞ」


「ありがとう」


 はにかむような笑顔の前で、小皿の肉をフォークで刺す。

 そしてその一口サイズの肉片を口に放り込んだ。


 鶏肉に似た食感。噛むと少し固めの肉質から、味の濃い肉汁が染み出す。

 同じ様に肉を食べているライヤーが、頬を膨らませたままニヤリと笑った。


「上品じゃねえが、美味いだろ? これがまた酒に合うんだ」


 そう言って飲み込み、グラスを一気に呷る。透明な液体はするりとライヤーの喉に消え、代わりに氷だけが残った。


「くーっ! 姉ちゃん、もう一杯!」


 はーい、と店員が寄ってくる。ライヤーは少し赤くなり始めた頬でグラスを渡した。

 その心底美味い、と書いてある顔を見て、英二も自分のグラスに口をつけるが、やはり微妙だ。


「うーん。次は普通のお酒を頼んでみるかな」


「おお、そうしろそうしろ。そんなもんは酒であって酒じゃねえ」


「いや、ライヤーに薦められたんだけど」


「んなこまけぇこと気にすんな!」


 ばしばしとライヤーは英二の肩を叩く。この感じ。酔っ払いの初期だ。


 目の前には、乳白色の液体がまだ半分ほど残っているグラス。

 よし、と覚悟を決め、英二はグラスの残りを一気に呑んだ。


「…………よし。俺もクエイクを呑む」


「おう! 良く言った!」


 酒は飲めども呑まれるな。心に刻んでもう一杯。せっかくの旅だ。冒険しよう。

 お姉ちゃーん、とライヤーが酒を注文する。リズが心配そうな顔をするが、英二は笑って片手を上げた。別に意識が飛んだりはしていない。滅法弱い、ということはなさそうだ。


 正気を保ったままの英二の瞳。それを見て安心したようにリズもグラスを傾ける。


「お待たせしました」


 次々に来る料理。そして酒。宴は進む。

 それぞれが思い思いに料理を口に運び、酒を注文する。リズは酒豪らしく、顔色一つ変えずに何杯も呑んでいる。ライヤーも顔こそ赤く騒がしいものの、一向に潰れる気配は無い。

 リズとは違う意味で色んな事を知っているライヤーは、巧みな話術で場を盛り上げる。冒険活劇から怖い話、そして不思議な話へと。


「そう、丁度ここから少し離れた所には『大空洞』っつう長い洞窟があるんだ。その洞窟にまた変な昔話がある」


「どんなお話ですかっ?」


 楽しい話には笑顔を、怖い話には可愛らしい悲鳴を。シアはライヤーの話に夢中だ。身を乗り出す勢いで聞き入っている。


「昔々、ある種族がそこに住んでたんだ。人の知恵と獣の力を持った、それはそれは強い種族だったらしい。だが、その種族は初代皇帝カタルの強大な力の前に敗れ去り、滅びた。それだけなら争乱の時代、ってだけで済むんだが、ここからが面白い」


「……なんだか、悲しいお話です」


 その種族に同情したのか、シアが期待に満ちていた瞳を伏せる。

 その反応を待っていた、と言わんばかりにライヤーは人差し指を立てた。


「そう、悲しい筈の話なんだ。シアが悲しいくらいだから、滅びた種族はその何倍も悲しかったし、悔しかったと思うだろう? なのに、洞窟内には何故か初代皇帝を讃える遺跡があるんだ。滅ぼされている自分達まで構図に入れた、初代皇帝の銅像がな」


「確かに、変な奴らだな、そいつら」


 万歳をして敵に突っ込んで玉砕した、という昔の日本兵を英二は思い出す。しかし、それにしても敵を賛美した銅像まで作る、というのは随分と手の込んだ皮肉だ。

 リズが口の中にある食べ物を飲み込み、静かにフォークを皿に置いた。


「初代皇帝の時代は逸話が多いんだ。その種族の事も調べられたらしいけど、詳しい資料や痕跡が見つからずに真意は不明のまま。その時に彼らが何を思って皇帝を崇拝する像を作ったのか。今となっては闇の中、だね」


「初代皇帝ね……。それって、いつ頃の話なんだ?」


「大体、八百年ほど昔かな。そのくらい昔になると、まともな資料を探すのにも一苦労だよ。一説には『その種族は現神人たる皇帝の神々しさに平伏したが、皇帝は許さずに彼らを滅ぼした。あの像は許しを乞うために、種族が三日三晩かけて寝ずに作った』って言われてるけど、そうするとその種族の特性と食い違いが……」


 補足される情報。シアは良く分からず首を傾げている。

 歴史というものは正確ではない。分からない事、未だに解明出来ない物が沢山ある。だが、そこにロマンがあるのだ。

 そういった少し不思議な小話が好きな英二は、やはり男の子なのだろう。戦う事を生き甲斐にしていたらしいその種族を、適当に想像する。

 しかし、その想像はゆるゆると別の事柄へ。


 男の子と言えば女の子。この場に居る女の子は三人。

 その三人の中で、英二は気になっている女の子がいる。


 どうして、何故。我慢していたが、そろそろ良いだろう。正直、声をかけたくてかけたくて仕方がなかった。

 迷いを振り切る。ここまで作り上げた和やかな雰囲気を壊そうとも、英二は勇気の一歩を踏み出す。

 それこそが、自分の気持ちに素直になる、ということなのだから。

 一瞬の会話の隙をついて、英二は何気なく視線を移した。


「で、ルル。結局なんでそんな格好なんだ?」


 会話がピタリと止んだ。そのせいか、黒いドレスと薄化粧のルルの姿がさらに鮮明になった気がする。

 最初に乾杯してから『あたしに触れるな』オーラを振りまきながらグラスをあおっていたルル。空気を読んでみんな触れなかったが、いい加減良いだろう。

 酒の回り始めた英二の適当な判断。


「ルル?」


 無視。返ってきたのは沈黙。俯いたままの顔は反応さえしない。代わりにシアがあたふたしている。


 いつものルルならここで暴言を吐くのだが、無視は初めてだ。

 新しいバリエーションか、と酔いで鈍い思考のまま、英二はクエイクをもう一口。鋭い味が喉を過ぎ、胃が熱を持つ。さっきの甘い酒よりはこっちの方が好みだ。癖になる苦味というか、変に不純物が無い分、真っ直ぐで良い。

 かと言って好きか、と問われても、首を傾げる程度にだが。


「エイジ」


 高めの、芯の通った声。

 遅れて返ってきた返事。無視をされた訳では無かったらしい。ふわふわとした感覚のまま、英二はルルを再度見た。


 睨まれ慣れた黒い瞳は大きく、意志の強い輝きがある。それはルルの勝ち気な性格をよく表している。

 頬はやや赤みがかり、薄い口紅で描かれた唇が少し開いて、閉じた。


 見た目に騙されたら痛い目に遭う。もったいないなぁ、と英二は見詰める。

 妖精のような可憐な外見の彼女。その彼女の中身にそぐわない、外見通りの透明な雰囲気で、ルルは英二に手を伸ばした。


「どうした?」


 たおやかな腕。繊細な指。英二はその意味を計りかねて、とりあえずその手を掴んだ。


「あんたが全部悪いのよっ!」


 急に引っ張られて体勢を崩し、英二はテーブルの角に腰を強打する。


「な、なんだよっ。いきなり」


 痛くは無いし、テーブルは固定されているために料理にも被害は無かった。それでも急な攻撃に、英二の四位は若干冷めた。


 ルルはすぐに手を離し、荒い動作で立ち上がって英二の横まで回り込む。


「こんな恥ずかしい思いも、こんな国にいるのも、愛なんてあるのもっ。全部全部全部あんたのせいに決まってる!」


「無茶苦茶言うなっ!」


 首もとを掴まれ、揺らされながら英二は反論する。

 そして近くに見える大きな瞳から、涙が流れ落ちるのを見て、英二は理解した。


「ああ、おまえ酔ってるな」


「酔っで無い゛! 酔っでるのも、あんたのせい゛っ」


「わかった。酔ってるんだな」


 テーブルには、いつの間に消費したのか、中身の無い三つのグラスが置かれている。そして、酔っで無い゛っ、と未だに揺らしてくるルルの目の焦点は定まっていない。加えて酔っ払い特有の支離滅裂さ。

 英二は何を言っても無駄だ、と悟った。


 こんな絡み方をしてくるとは予想できなかったが、今日は大いに助けられた。今度は自分が介護しよう、と英二が考えていると、ルルは手を離し、化粧もお構い無しに顔を両手で擦った。


「ずずっ、ああ、もうっ。あんだなんて勃だなくなれば良いのにっ」


「えっ……それは勘弁してくれ」


 鼻を鳴らすルルに、割と真顔になって英二は言い返した。


 結局、何故ルルはこんな格好をしたのか。本人からは聞けそうにないが、答えを知っている人物に見当はついている。


「ライヤー、ルルになんか吹き込んだだろ」


「おいおい、何だよそれ。まるで俺があの手この手でお嬢ちゃんをからかった悪い人みたいじゃねえか」


 隣のライヤーが心外そうな顔で両手を上げる。しかし、英二から手を離したルルが、ぼろぼろ雫をこぼしながらそれを否定した。


「あの店にづれてったのははあ゛んだでしょうが!」


 おおこの揚げ物美味いな、とシラを切るライヤー。

 またライヤーがあること無いこと吹き込んだんだろう、と結論付けて、英二は目の前で泣きじゃくり始めたルルに自分の椅子を譲る。


「ほら、落ち着けよ。水でも飲んで」


 ぐしぐしと両手で涙を押さえようとするルル。完璧、と言って差し支えなかった化粧は、もう見る影も無い。少し残念に思いながら、英二はグラスに水を注いで置いた。ついでに服に付いていたソースも拭き取る。


「ははっ、なんだか手慣れてるね」


「まあな」


 一連の騒動を興味深そうに見ていたリズが頬杖をつきながら目を細める。世話をする手を止め、英二は黒い瞳を見返す。


「珍しいな」


「ん? 何がだい」


「いや、そういう行儀の悪い行動」


 リズ・クライス・フラムベインは皇女だ。意識してかは知らないが、その肩書きは行動の一つ一つに滲み出ている。

 今日はそんな珍しい姿が二回目。目の前の、まるで悩める少女のようなリズの体勢がどこかちぐはぐに見えて、英二は笑った。

 リズがその意味に気付き、頬杖を止めようとして、思い直してまたテーブルに体重をかける。


「もう、何も笑わなくたっていいじゃないか」


「悪い。なんか面白くて」


 そう言いながらも、英二の笑いの発作は治まる気配を見せない。


 初めての酒。騒がしくも心が踊る。


 元の世界の事も今は忘れて、英二は夜の宴を満喫していた。









「ふう。さて、そろそろ宿に戻ろうか」


 リズが最後の一杯を飲み干して、そう切り出した。

 席を譲った英二はテーブル越しに、泣き疲れて眠ったルルへ視線を向ける。最初と丁度入れ替わった形だ。


「ルル、どうしようか」


「エイジ、お前が背負ってやれよ。お嬢ちゃんはお前の為にそんな格好したんだからよ」


 顔は赤いがまだまだ余裕のありそうなライヤーが、料理の余りを摘みながら言った。

 自分のため、と言われても全くしっくりこなかったが、特に異論は無いため、英二は頷いて立ち上がる。


 テーブルに突っ伏したルル。一応肩を揺すってみるが、やはり反応は無い。

 英二は四苦八苦しながらもルルを背負う。動かない人間を背負うのは案外難しい。


 酔いのせいか、背中の柔らかさもどこか他人ごとのように感じる。代わりに、頑なに助けを拒まれた場面が蘇る。もしルルが起きていたら、うるさく耳元で叫ばれそうだ。

 英二がぼんやりと考えていると、横腹辺りの服を引っ張られる感触。視線を下げると、眠そうに目をこするシア。


「エイジ、私は会計を済ませて行くから、シアを連れて先に戻ってくれ」


「そんなに時間はかからないだろ? 待っとくよ」


 椅子から立ち上がるリズ。英二はルルの腕越しに返事をする。


「いや、シアが眠そうだから先に帰ってくれ。私はついでに料理をいくつか包んで貰うつもりだから。道は分かるだろう?」


「ん、大丈夫だ。あんまり遅くなるなよ?」


「ふふっ、ありがとう。だけど、心配されるほど私は弱くない」


 そりゃそうか、と英二はリズの強さを思い出して、出口へ向かう。ライヤーも立ち上がるが、出口ではなく奥へと消えていった。


 トイレか何かだろう。どうせ部屋で一緒になる。シアのためにも早く帰ろう。

 そう思って英二は店を出る。背中にはルル。横にはシアを携えて。


 そんな三人を見送ったリズは、店員を呼んで会計を済ませた。

 

 一つ深呼吸をして店から出た後、宿とは逆の方向へと歩き出す。


 こつり、こつりと夜の街に足音が木霊する。夜も更けた。灯りもまばらだ。

 ファフィリアの道は入り組んでいる。リズは細い道へと溶けるように入って行った。









 男、ナド・ザトスは暗闇の中で息を殺していた。視線の先には、リズが消えていった裏路地。周囲には同じように、幾人もの部下が隠れている。


 ラック・ムエルダの命令でリズ・クライス・フラムベインを追ってきたが、存外に早く終わりそうである。ナドは眉の下の傷を掻いた。

 ユラルと共に行動していた部下から『クジュウの男を捕まえた』と聞き駆けつけた時、まさかそのユラルが無様に気絶しているとは思わなかった。しかし、結局はリズ・クライス・フラムベインさえ確認できれば良かったのだ。まんまと騙されてくれたクジュウの少年達には礼を言わなければいけない。


 もっとも、もう彼達と生きて対面する事は無いだろうが。


 ナドがラック。ムエルダから受けた命令は『リズ・クライス・フラムベインの殺害。他の者の生死は問わない。ただし、身辺の荷物は全て持ち帰れ』というものだ。

 生死を問わない。それは『殺せ』と同義。殺すより生かすほうが難しい。ユラルのように快楽的な殺人をするつもりはないが、効率を重視するならそちらの方が都合良い。 


 無様な姿を晒したユラルは後方で待機だ。才覚ばかりに頼ったツケは、何か払わせねばなるまい。

 ナドは部下に手で指示を出す。リズが消えた道へ、音もなく部下の一人が滑り込んだ。


「しかし、呑気なもんですね。酒の後の優雅な散歩なんて」


 一人の部下が話しかけてくる。


「同感だが、油断はするな」


 ナドは窘めるように言い返した。

 第三皇女は、こんなに早く追いつかれると思いもしていなかっただろう。ついさっき分かった事だが、わざわざナルバの旧街道まで使いこの街に来たのだ。

 しかし、目に付かないように移動しても、行き先が分かっていれば意味が無い。この辺りは、ラック・ムエルダの方が上手だった。どんな手段を用いたかは知らないが、すぐにこの行き先を割り出したのだから。


 先に行かせた部下が戻ってくる。

 皇女はこの先の開けた場所で空を見ている、という苦笑いの報告。


 今夜は、不出来な妹と先の無い母に想いを馳せ、夜風に涼んでいるのだろうか。


 ナド・ザトスは、決して殺しがしたいとは思っていない。ただ、それが得意だったから、半年ほど前にこの隊の副隊長になった。

 人の生き死にの選択は、感情で決まるものでは無いのだ。ただ、結果だけがある。


 頭を切り替える。冷徹に、忠実に、やるべきことをこなすだけ。


 ナドは手を振り指示を出す。影に寄り添うように身を潜めていた部下達が、静かに隊列を組む。


 最後にもう一度眉の下の傷を掻き、ナドは腰から短剣を引き抜いた。濡れた刀身から毒の滴が落ちる。掠るだけで命を刈り取る毒の牙。


 情報によれば、皇女は武術の達人らしい。加えて繰魔術という希少な技法まで体得しているそうだ。

 しかし、いくら武術の達人でも、連携した人間から放たれる同時攻撃は捌けないし、繰魔術といえど傷一つつかない訳ではあるまい。十数名の内、僅かにでも傷をつければいい。

 例え自分が犠牲になろうとも、他の誰かの為の隙になればいい。そういう心構えで行け、と部下には命じてある。当然、自分もそうするつもりだ。


 ナドは手で部下に指示を出す。行け、と。それに従い、何人かがリズの居る道へと入り込む。その動きに無駄は無い。よく訓練されている動き。


 続いてナドも進入すると、すぐにリズの姿が見えた。しかし、妙な事に部下が立ち止まっている。

 そして異変に気付いた。それは、血の匂いだ。良く見れば部下だった物体が、地面に血の水溜りを作っている。


「さて、君達がラック・ムエルダの追っ手で間違い無いかな?」


 春の調べのような優しい声。爛々と輝く紅い瞳。血糊一つ付いていない、剣。

 人の理から半歩ずれたその姿は、ただただ美しかった。


 紅い瞳がナドの姿を捉える。人ならざる輝きに一瞬だけ心臓が跳ねるが、今更さっき会った事などもう関係ない。気後れせずに見返した。

 しかし、次の言葉にナドの心は大きく揺さぶられる。


「ああ、さっきはどうも。『リーオフ・マボロ』君。今は十二番隊の副隊長だったか」


 ナド・ザトス――本名、リーオフ・マボロとリズ・クライス・フラムベインに面識は無い。たかだか一介の新参副隊長と皇女が知り合う機会など、あるはずが無かった。


 では何故、知るはずの無い情報を知られているのか。そうなれば、クジュウの少年達へも追っ手が行っている事が、ライヤー・ワンダーランドにも知られて――


 リーオフが平静さを装う中、リズは悠然と腕を組む。


「そうかそうか。ここ最近、十二番隊の異動が多かったのはそういう事か。となるとやはり軍にまでラック・ムエルダの手が回っている、か……。皮肉なものだね、こういう状況になって初めて国の腐敗した部分を理解する、というのも」


 形の良い唇から朗々と紡がれるのは、真実。


 動けない。リーオフは得体の知れない何かをリズから感じていた。あの美しい容姿の裏、凛とした立ち姿の後ろに。


 そう、自分は何か大きな勘違いをしているのではないか。決定的な、あるいは想像以上の。


「……やれ」


 しかし、ここで引けはしない。何より、圧倒的有利に変わりは無い。リーオフは目的の遂行のみ自分の頭に残して、短く殺意の言葉を吐いた。


 リズの落ち着き過ぎた雰囲気に逡巡していた部下達が、その言葉を合図に動き出す。先頭にいた二人の部下がリズに襲い掛かる。地面に転がっている死体は一つだ。気が逸って返り討ちにあった馬鹿な隊員。

 今度は違う。同時に放たれる二つの斬撃は、常人ならばそれだけで命を散らす。達人と言えども限度があるのだ。止める剣が一つしかないのに、どうして二つの剣閃が防げよう。


 ここで終わり。リーオフも部下もそれを疑わない。掠るだけで命を奪う毒の剣だ。


 リズ・クライス・フラムベインは僅かに腰を落とす。


 襲いかかる二つの刃に合わせ、リズは疾風の速さで剣を横に振った。部下の一人がその恐ろしいほど鋭い薙ぎを受けようと剣を立て、もう一人は構わずに切りかかる。

 完璧なコンビネーション。片方に剣を止められれば、リズに避ける隙は無い。リーオフは終わりを確信した。これをどうやって切り抜けるのだ、と。


 だが、容易くその確信は裏切られる。


 舞う血飛沫。転がる腕。地面に落ちる剣だった金属片。部下だった男の上半身。

 文字通り、リズは切り抜けた。剣も腕も体も、区別無く一太刀の元に切り捨てた。


「あっ。俺のうでがな」


 優雅にさえ映る二の太刀で、リズは腕を無くした男の首を刎ねる。受けようとした剣ごと切られる、という非常識に目を見開いたまま、男の首は地面の暗闇に転がって見えなくなった。


「さて、リーオフ・マボロ君。まだやるつもりかな? 私としてはあまりオススメしないけど」


 煌めくのは細身の剣。血糊一つ付いていない。


 口を開く、というのは意味の無い行動だ。敵に情報を与える行為でしか無い。それを理解していても、リーオフは口に出さずにはいられない。


「貴様……一体どうやって」


「一体どうやって切った、と? リーオフ・マボロ君。それはあまりにも間の抜けた質問じゃないかな」


 今、人を二人殺したとは思えない、変わらない口調。

 死は、重い。何度も人を殺した経験のあるリーオフは知っている。それは興奮だったり、懺悔だったり、殺した人間に何かしらの影響を与えるものだ。


 まるで元から何も無かったかのように歩き出して良い筈がない。それが許されるのは、人では無い何かのみ。


 リーオフは知らず知らずの内に一歩下がる。

 リズはゆっくりと、ゆっくりと歩を進めた。


「切っただけ、だよ。私の魔具は良く切れて、曲がらない。切れ味が落ちない。そういう能力なんだ。君だって知っているだろう?」


「そんな筈が無い……! その魔具の能力は知られ尽くしているんだっ。切れ味が良い、と言っても所詮は剣の域からは外れない。それ以外に特殊な能力は無い!」


 リズ・クライス・フラムベインの持つ魔具は、皇族の持つ財産の一つに過ぎない。

 魔具、というのはその能力に大きな幅がある。ただ切るだけのリズの魔具はハズレの部類だ。今現在の所在は不明だが、一振りで街を消滅させる魔具すら存在している。それらと比べると、圧倒的に弱い。

 そういう認識があったから、リーオフはやれる、と判断した。いくら武術の達人で、繰魔術が使えて、魔具があろうと、数の前には意味を成さない筈だったのだ。


 しかし、リーオフか予想していたよりもリズが武術に秀で、想定よりも操魔術が強く、魔具がこれ以上ないほどその能力を引き出されていたら。壊れない、という優位を使い、想像以上の力で強引に切られる。セオリーが通用しない。それは純粋な足し算では無く、乗算となり得るのではないか。リーオフは最悪の可能性を思い浮かべた。


 リーオフのその考えは当たっている。特に、操魔術とリズの魔具は非常に相性が良い。切れ味が剣の域を超えずとも、膂力は人の域を超えている。そして刃こぼれや破損が無ければ、並みの剣など存在しないかの如く圧し切れる。実際、純粋な戦闘だけでリズに勝てる人間など、殆ど居ないと言っていい。


 リズは歩を進める。隊員は気圧され、道を空ける。リーオフとの距離は一足一刀の間合い。


 リーオフははっきりと理解した。今まで自分が殺してきた者達のように、今度は自分が地面に横たわるのだ、と。

 妙に澄んでくる視界。変に笑いが込み上げる。しかし、今まで散々人を殺したリーオフは、こういう時に言おうと決めていた言葉がある。一呼吸して、相手を、最後の相手の目を見た。


「改めて名乗らせて頂きます、リズ・クライス・フラムベイン様。私はリーオフ・マボロ。出来れば次は剣ではなく、楽器を持って死にたいものですな」


「…………そうか」


 気の利いた返事では無かったが、まあいいか、と思って、リーオフは切りかかった。










 最後に一人残ったリーオフの部下の男が、防御のために剣を掲げる。しかし、リズはその剣ごと上からその男を切り裂いた。


 その男の名前も、リズは知っている。リーオフ・マボロの部下、トプリ・エディだ。

 リズがリーオフの事を知っていた理由。それはただ、軍部に属する何千、何万という優秀な人材を全員覚えていただけ。国の公開されている情報で、勤勉な彼女が知らない事の方が少ない。

 必要な情報は忘れない。リズの優秀さはそこにある。


 見覚えのある男が地面に倒れる。リズは鉄の匂いの中、息をする。

 そして血糊一つ付いていない魔具を鞘に戻し、地面に吐瀉物をぶちまけた。


「なんだよ、もう終わったのか」


 リズは口元を拭い、返事をせずに振り向く。そこには不適な笑みのライヤーが、裏路地の入り口に立っていた。


「……白々しいな。途中から見ていたんだろう?」


「助けて欲しかったのか? それとも代わりに殺して欲しかったか? 『皇帝姫』ともあろうものが、随分と弱気なもんだ」


 煙に巻く話し方。無視をして、リズは宿に帰ろうと、裏路地から出ようとする。


「なあ、リズ・クライス・フラムベイン」


 ライヤーは立ちふさがり、腕を組んだ。リズは立ち止まる。


「人を斬ったのは、初めてか?」


「ああ」


 ライヤーとリズの視線がぶつかる。どちらも逸らさない。


 しばらくして、紅い瞳の奥を覗き込むように見ていたライヤーは、リズの横を通り抜ける。


「そうか、お前もこっち側だな」


 リズは一瞬だけ体を強張らせるが、それに気付いたのは本人だけ。

 空を見上げる。血に濡れた服を、縋るように強く握る。一滴、赤い雫が地面に落ちた。


「私には大事なモノがある。立ち止まっては、いられない」


「そうかい」


 ライヤーは腰の【クルミ割り】を抜き、地面に這いつくばる死体へと近付いた。


「俺だって、そうさ」


 ライヤーは【クルミ割り】を死体の背中に突き刺す。その笑みは、どこか寂しげだった。


「へっ、弱え奴らだったぜ。【クルミ割り】を使うまでもなかった。せっかく英二達まで騙して、まだ壊れたまま、って設定だったのによ」


 英二達は何も知らずに宿で眠っている。英二達を狙ったリーオフの部下達は、所詮ライヤーの敵ではなかった。ただ、それだけだ。

 柄を強く握る。すると【クルミ割り】の刺さった場所から死体はぼろぼろと崩れ、最後には風に流されて跡形も無くなった。


「さて、明日からまた移動か。馬車はもうやめろよ。せっかく今日蓄えた酒を吐いちまう」


 一転して明るい声で立ち上がったライヤーに、リズは振り返ってぎこちなく笑った。


「そうだな。うん、今日は楽しかった。美味しい料理に美味しいお酒。……思わず、旅の目的を忘れそうになるくらい」


「エイジも慣れない酒を無理して呑んで、顔真っ赤にしてたしな。全く、デカい弟が出来たみたいだぜ。俺は可愛い女の子が好きなのによ」


「ルルがいるだろう? 素直で良い子じゃないか」


「はっ。確かに、素直過ぎてついついからかっちまうくらいだ」


 ライヤーは話しながらも次々と死体を片付けていく。

 そして最後にリーオフだった肉塊が消えた所で、ライヤーはリズと向き合った。


「リズ、あいつらは俺達とは違う」


 いつもの軽薄さが無いその瞳を、リズは真っ直ぐに見返す。


「……分かってるさ。巻き込んだのは私だ。だから、私が責任を持ってクジュウまで連れて行く。そのつもりで二人を連れてきたんだ」


「そうか。って事は」


 そもそもの旅の理由。真実のため。故郷に帰るため。逃げるため。幾重にも絡まった目的の一つ。


「エイジもクジュウに置いていく。それが最善だ」


 リズははっきりと言って、宿に向かって歩き出す。まだ足取りは本調子ではない。

 それなら文句はねえけどな、とライヤーもぼやいて後を追う。


 英二は、まだ見ぬ世界の夢を見る。







 覚悟が、必要だ。

 血の舞う夜の宴の中、その覚悟の下、少女は確かに大きな傷を負った。



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