表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年は図らずも異世界に足を踏み入れた  作者: かまたかま
二章 それぞれの街、宴の夜
12/22

二話



 雑多の街、ファフィリアはその名の通り、色んなものがごちゃ混ぜの街だ。人、物、街並みすら節操無く移り変わる。

 その中の安くもないが高くもない、普通の宿屋に五人はいる。。


「部屋は取ったよ。行こうか」


 宿の支払いを終えた黒い瞳のリズは、二つの鍵を見せながら英二達に移動を促した。


 ライヤーとシアはリズに先導され階段を上る。軽く文句を言いながらルルもついていく。

 英二は最後尾で上る途中、ふと立ち止まって窓から街を見た。


 人通りの多い、細く入り組んだ通り。真新しい白い壁の隣に、大きな染みの付いた汚い塀。雑多の街だけあってごちゃごちゃしている。英二はそんな印象を持った。


 乗って来たナルバと荷台は、さっき御者の人と共に別れた。彼らもこの街のどこかにいるのだろう。


「ぼさっとしてないで行くわよ」


「ああ」


 階段の上で振り向いているルルに返事をして、英二は足を進めた。


 階段を登ると二つの扉。その前にリズは立ち、英二達に二つの鍵を見せる。


「借りたのは二部屋だから、男女で分かれよう」


 英二は頷いて鍵を受け取るが、リズの隣に立つルルが不満の声を上げる。


「あんた金持ちなんでしょ? 一人一部屋くらい借りなさいよね」


「あんまりバラバラでも面倒だよ。ま、この位の不便は勘弁してくれないかい?」


 リズは言いながら部屋の鍵を開ける。ルルは不満気な表情のまま部屋に入った。とにかくルルはリズに突っかかる事が多い。あしらいも慣れたものだ。


「じゃ、私達はこっちにいるから、何かあったら声をかけてくれ。次の街への出発は明日の朝。それまでは各自自由にしよう。ああ、英二は荷物を置いたら私の所に」


「了解」


「この街は色んな物がある。少し買い物に行こう。さ、シア、入ろうか」


 リズもシアの手を取って部屋へと入る。英二も同じように鍵を開け、部屋の中へと歩を進めた。


 小綺麗な部屋には二つのベッド。リズの住んでいた皇居のような豪華さは無いが、十分まともな部屋だ。

 ライヤーは荷物を置き、ベッドに飛び込むように座った。


「各自自由、ね。皇帝姫さんは俺が逃げ出すとは考えないのかね」


「信用されてるんじゃないか?」


 英二も荷物を足元に置いて、近くの椅子に座る。

 脚を組み、頬杖をつくライヤー。獰猛な笑み。


「信用? はっ、どこから見たらそんな風に見えるんだ?」


「ほら、ミスリム商会の地下で告白してたし、情みたいなものが芽生えてきた、とか」


 英二の発言にライヤーは堪えきれずに噴き出した。


「くはっ、無いだろっ。あんな言葉に惑わされる程『皇帝姫』はヤワじゃない。確かに良い女だが、俺とは絶望的に相性が悪いらしいし。くくっ」


 ツボに入ったらしいライヤーはなかなか笑いが止まらない。そこそこ真面目に答えた英二は恥ずかしそうに頭をかいた。


「なんだ、あれ嘘だったのか。てっきり本当だと思ってたのに」


「純情な奴だな、おい。くくっ」


 笑いの発作が治まってきたライヤーは、諭すように言う。


「あんなの牽制みたいなもんだろ。そんな言葉を投げかけられて情なんか湧いたら、頭を疑うね」


 自分の頭を指差すライヤー。この男は想像以上の食わせ者らしい。

 そんな飄々としたライヤーに、英二はむしろ信用を置いている。


「でも、ライヤーは逃げないんだろ?」


「まあな」


 その言動や行動に反して、ライヤーは真っ直ぐだ。そんな所に英二は好感を持っている。例え、犯罪組織の頭領だろうと関係無い。そもそもその組織すら義憤の為であるのだ。

 勢い良くベッドに背中を預けたライヤーは、ぽつりとこぼす。


「あー、今夜は酒でも飲みにいくかな。……英二、お前も来るか?」


「酒? うーん……」


 甘酒などは飲んだ事があるが、今までちゃんとした酒を飲んだ事は無い。

 本来なら未成年だからいけないが、ここは異世界。日本の法律を守る必要は無い。

 一応確認だけは、と英二は訊いてみる。


「俺、まだ十七なんだけど」


「ん? ああ、知らねえのか。この国は十六から飲酒していいんだ」


 郷に入りては郷に従え。つまりは合法。

 未知への興味も手伝って、英二はすんなりと決めた。


「よし、行く。でも今まで飲んだこと無いから、お手柔らかにな」


「ははっ、何をお手柔らかにするんだよ」


 ライヤーが笑い声を上げる。つられて英二も笑った。


 扉からノックの音。英二が振り向くと、荷物を置いたリズが部屋に入ってきた。


「エイジ、遅いから迎えに来たよ」


「あ、悪い。ライヤーと話し込んでた」


 そういえば荷物を置いたら来い、と言われていた。英二は椅子から立ち上がる。

 ベッドにだらしなく寝転がるライヤーが思い出したように言う。


「あ、リズ。今夜飲みに行くから、金くれ」


 遠慮の無い物言いだが、リズが気にした様子は無い。ただ僅かに眉を顰めた。


「率直というかなんというか……」


「エイジに夜の楽しみを教えてやるんだ。ちょっとくらい良いだろ。なんならお前も来るか?」


「うーん…………。シアもいるし、後で決めるよ」


 そうか、とライヤーは起き上がって、片手をリズに突き出した。しかし、リズは無視して英二と部屋から出ようとする。


「…………あれ。金は?」


「今渡したら別の事に使うから。大体、いくらかは持ってるだろう? それで遊んだらいい」


「ぐっ、何故バレてやがる……。ったく、じゃあ寝とくわ、俺」


 ふて寝を始めるライヤーを尻目に、二人は部屋を出る。

 似た者同士のやりとりに苦笑していた英二は、階段を降りながらリズに話しかけた。


「それで、買い物だっけ」


「ああ、色々と必要だろう?」


 問われて考える。自分の荷物はリズが用意してくれた分しかないが、かといって今のところ不自由はしていない。


「そう言われても、別に何も思い浮かばないけどな……」


 リズの高い位置で結われている髪が、目の前で歩みに合わせて揺れる。いわゆるポニーテールというやつが、リズの標準だ。

 その長く、癖の無い金の尾が、くるりと向こうに移動した。


「まあ、街に出れば見つかるよ。ここは雑多の街ファフィリアだからね」


 階段の段差のせいで見上げられる形になった英二。紅い瞳でなくとも、その容姿は十分すぎるほど人目を惹く。

 そしてその瞳は、先への期待に光り輝いている。


「……飯とか、色々あるんだろうな」


「おおっ、エイジもやっぱりそう思うかい!? この街は隠れた名店が多いらしくて、宿に来る途中にも良さげな店がちらほらあったんだよ! やっぱり旅は食だね、食! 今から涎が……失礼、淑女らしくないね。あっ、でも今は別に上品に振舞う必要も…………」


 堰を切ったように話し出すリズ。何のことは無い。ただ自分が食べ歩きたかっただけらしい。

 話を聞いていると英二もお腹が空いてきた。


 未知の世界の未知の街。そこの食べ物はどんな味だろう。

 少しだけ期待に胸を膨らませて、もしくは大きく胸を膨らませて、英二達は宿屋を後にした。







 ルル・トロンは好き嫌いが激しい性格だ。お金が好き。自由が好き。偉い奴は嫌い。


「ルルさん、旅ってなんだかわくわくしますねっ。わたし、こんな風に家から外に出るの初めてです!」


 ちなみに、子供は苦手だ。

 部屋に入ってからもじゃれついてくるシア。自分よりも貧弱で、か弱い存在。その手をルルは払えない。


 そういう所が苦手なのよ、と思いながらもルルは渋々相手をする。


「そう、だからあんたって、世間知らずそうな間抜けな顔してるのね」


「はいっ、だからルルさん、色々教えて下さいね!」


 ベッドに座っているルルを見上げるシアは、疑う事を知らないような純真な笑顔。皮肉も通じない。


 ルルは諦めに似た感情を感じながら、されるがままにシアに抱きつかれる。きゃー、とやたらテンションの高いシアは、ぐりぐりと顔をルルの腹に押し付けた。


 どうしてこの小さな皇女は、こんなにも自分に懐いているのか。お世辞にも自分は愛想が良いとは言えないし、出会った時期もごく最近。好かれる要素は皆無の筈。

 ルルがそんな事を思いながら、シアの無防備な背中を軽くつねる。シアは嬉しそうに声を上げて体全体をルルに預けようとする。

 顔を押しつけるな、という意味を込めたその行動は、まるきり逆の結果をもたらした。子供は謎だ。


「ちょっと、もう少し落ち着きなさいよ」


「落ち着いてます!」


「…………落ち着いてないって……」


 器用に体を移動させ、ルルの膝の上で向かい合うように座るシア。

 小柄なルルよりも更に小柄なシアだが、こうなれば視線は同じ高さだ。琥珀色のシアの瞳は真っ直ぐにルルを見て、また笑顔になる。

 思わず視線を逸らしたルルに、シアは上機嫌に言った。


「ルルさん、この街はどんな所なんですか?」


「どんな所って……知らないわよ。あたしはこの国の人間じゃないし」


「そうなんですか?」


「クジュウからこの大陸に来て、丁度この国の国境辺りで…………まあ、色々あって直接首都に来たのよ。だから知らないわ」


 国境辺りで人さらいに捕まり奴隷市に出された、とは流石に子供に言えない。ルルは濁しながら答えた。

 その説明にシアは納得して、次の疑問をぶつける。


「ルルさんは、クジュウからどうしてこの大陸まで来たんですか?」


 本当に純粋な疑問だったのだろう。だが、その言葉はルルの胸を強く抉った。


「……人を捜してたのよ。まあ、見つかったからもういいんだけど」


「見つかったって、もしかしてエイジさんですか!?」


「そんな訳無いわよ。やっぱりあんたは馬鹿ね」


「ば、馬鹿じゃないですよっ!」


 むすっとした顔になるシアだが、部屋の扉をノックする音が聞こえると、一転して興味津々な表情をルルに近付ける。


「あのっ、わたし、開けてきてもいいですか?」


「ていうかあんたが開けなさい。あたしは面倒だし」


「ありがとうございますっ!」


 無垢な笑顔を浮かべて、シアはルルの上から降りようとする。しかし、どうも上手くバランスがとれず、ルルを掴む手を離せない。

 そのもたもたした動きに耐えられず、ルルはシアを持ち上げて床に降ろす。

 もう一度礼を言って、シアは扉へと小走りで駆けて行く。その小さな背中を見て、何であたしが相手しているんだろう、とルルは何度目になるか分からない疑問を抱いた。


「ライヤーさん、どうぞ!」


「お、こりゃ可愛らしい出迎えだ」


 扉が開いて見えたのは、短く逆立った赤毛。

 ライヤーはシアを褒めた後、部屋には入らずルルに話しかけた。


「お嬢ちゃん、暇だからエイジ達でも追いかけようぜ」


「悪趣味だし、あんたと一緒にいるのが嫌だから却下」


 ルルは間髪入れずに返答した。

 そもそも、ルルはこの旅の連中と仲良くするつもりはない。必要以上に行動を共にするなどもってのほかだ。

 その意志を知ってか知らずか、ライヤーは不敵に笑う。


「まあまあ、別に仲良しこよししましょう、って訳じゃねえんだ。ただ、もしかしたらあの皇帝姫のあられもない秘密なんか見れるかもよ」


「お姉さまは見られて恥ずかしい秘密なんてありません!」


 シアが大声で否定する中、ルルの猫のような目が細められる。

 あのいけすかない皇女はいつも余裕たっぷりで、嫌な奴だ。命を助けられたかもしれないが、感謝などしない。


「ふーん。まあ、それなら行くわ。ただし、ついでになんか買って」


 嫌いな奴には優位に立ちたい。ルルはライヤーも嫌いだ。


「おう、良いぜ。シアも来るか?」


「そんな、お姉さまを内緒で追いかけるなんて…………」


「そんな大した事じゃねえよ。それにお姉さまには秘密なんて無いんだろう? だったらシアが信じてやらないと、お姉さまが可哀想だ」


「あ、あれ? わたし、お姉さまを疑って…………?」


 混乱してきたのか、しどろもどろなシア。更にライヤーは追い討ちをかける。


「ついでにシアにも何か買ってやる。この街は色々あるからな。食べ物とかもおいしいぞ?」


「た、食べ物……」


「通りじゃ大道芸人が世にも奇妙な技を見せてくれるし、きっと楽しいぞ? ほら、お姉さまの為にも、みんなで街に行こうや」


「…………そ、そうですよね! わたし、街に行きます! ここなら警備の兵隊さんもいないし、街に出られるんですから!」


 お姉さまのためにっ、と間違った決意を固めるシアの目は、まだ見ぬ魅惑の光景に爛々と輝いている。

 よく言うわ、とルルは思いながら、立ち上がって部屋の鍵を取った。


「んじゃ、決まったならさっさと行くわよ。あいつらが出たの結構前だし、見つけるのも骨だわ」


 シアもルルも普通の街人の格好だ。変に目立つ事も無いだろう。

 最後に黒い杖を入れた袋を背中に背負って、ルルは部屋から出る。特に持ち物の無いシアは先に出て、ライヤーと話していた。


「ライヤーさんって、有名人だからお金持ってるんですか?」


「まあな。だから、あんまり外で俺の名前を言っちゃいけないぜ? 有名人だから、人が集まって街を見れなくなる」


 ばっ、と慌てて自分の口を塞ぐシアに、ライヤーは笑いを零す。


「いや、ライヤーくらいは大丈夫だ。姓まで呼ばれると流石にマズいが」


「わ、分かりました。……あれ、ライヤーさんの姓って何でしたっけ?」


「ははっ、忘れてるならそっちの方が良いだろ。秘密にしとくわ」


 和やかに話す二人は、実は非常に危険な会話をしている。ライヤーは有名人だが、それは悪い意味での有名人なのだ。シアが知れば悲しむだろう。


「あんたって、詐欺師みたいな奴ね」


 鍵を閉め、二人の会話を聞いていたルルは思わず口を挟む。

 ライヤーはその言葉に破顔して、自信たっぷりに言った。


「おう、何故なら俺の名前はライヤー…………だからな!」


「あっ、今、隠しましたね! ずるい!」


 はははっ、と笑うライヤーとシアは楽しそうだ。案外、この二人の相性は良いかも知れない。


 和やかな雰囲気。どうにも受け付けない。

 ついさっき鍵を閉めたルルは、早くも部屋に戻りたくなった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一言でも気軽にどうぞ!↓
拍手ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ