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少年は図らずも異世界に足を踏み入れた  作者: かまたかま
二章 それぞれの街、宴の夜
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一話



「さて、雑多の街『ファフィリア』までもう少し、かな」


 金色の癖の無い髪が、きらきらと光を返しながら風と戯れる。


「リズ、危ないぞ」


 手すりから身を乗り出して景色を見るリズ。風にはためく彼女の服を、英二は内側へ軽く引っ張った。


 風に混じる緑の匂い。後方に流れていく青々とした木々は、実りの色に染まり始めている。公道、とも言うべき広い道は平らに整備されているが、人影は少ない。振動も気にする程ではない。

 首都アリスナを出発して二日目。英二が思っていたよりも早かった。だが、それはアリスナとファフィリアの距離が近いという事では無く、単に乗り物の移動速度が早く、絶え間無く走り続けていたからだ。


「凄いですね! ずっと走ってますけど、疲れないんでしょうか!?」


「疲れないんじゃないの? 知らないけど」


 気に入ったのか、荷台の端でルルの腕に収まるよう座っているシア。短い指を先頭へ向けて伸ばし、楽しそうな声を上げた。

 対照的に興味なさげなルル。そんなルルの代わりに、乗り出していた上半身を戻しながらリズが答える。


「シア、あれはナルバという生き物で、馬とは違うよ。力持ちで持久力もあり、なおかつ肉も美味い。性格が臆病だから戦闘には使えないが、荷台を牽かせるにはこれ以上無い生き物だよ」


 淀みの無いリズの説明に聴き入るシア。へえ、とルルも相槌を打つ。


 大きな体。地を蹴る足は太く、丸みを帯びた顔はどこか愛嬌がある。ゴツゴツとした厚い皮を震わせて走りながら、ナルバは鳴いた。それは甲高く、始まりを告げる笛の音のようだ。


 更なる説明をする為に、シアとルルの元へと移動するリズ。小さな皇女は全身を使って歓迎し、異国の少女は若干不機嫌になる。リズは気にせず説明を続ける。


 英二は足を伸ばして荷台の床に座り直す。今、英二たちの乗っている荷台は広く、中々に快適だ。だが、長くかかるであろう旅の荷物は、荷台の一角を占領し、少し手狭になっている。


 そしてその荷物の一つ、床に大きなスペースを使って横たわる人間に、英二は声をかけた。


「ライヤー、大丈夫か? もうすぐ着くらしいぞ」


「…………わかっ……うぷっ」


 起き上がろうとするが、起き上がれない。短く逆立った髪も、心なしかしんなりしている。出発早々乗り物酔いになったライヤーは、ずっとこんな調子だ。訊けば乗り物に元々酔いやすい体質らしい。

 反帝国組織の頭領にしては情けない姿。しかし、女性達で心配していたのはシアだけだ。そのシアも今は愛しのお姉さまの講義に夢中である。

 そんな不遇のライヤーに英二は同情してしまう。


「無理するなよ。着いたら起こすから」


「…………ち……が……」


「ん?」


 赤い布の巻かれていない腕が宙をさまよい、うわごとのように呟かれた言葉は風にかき消される。

 よく聞こうと英二はライヤーに近寄った。


「……乳が揉みたい。出来れば手から零れ落ちるくらいの大きな乳が……あれ? この場にはそんな乳は一つしか、いや、二つしかな」


 微かな風切り音。何かが英二の脇をすり抜け、ライヤーの頭に突き刺さる。


「あ、あっぶね! 死ぬぞっ、カッコ良くて素敵で無敵なライヤー・ワンダーランドさんが死ぬとこだったぞっ!」


 慌てて飛び起きるライヤー。頭に突き刺さったかに見えた短剣が、床できらりと光を返した。


 投げたであろう張本人は、素知らぬ顔でナルバについての講義を続けている。シアは頷きながら聞き入り、ルルは半分目を閉じ眠そうだ。


 なんだかんだで上手くやっている、と英二は思う。リズとライヤーのふとした命のやりとりも、ルルの口の悪さも、そろそろ余興のようなものに感じてきたから大丈夫。きっと。


 英二は荷台の端に腰をかけ直す。手すりはそんなに高くは無い。さっきのリズのように身を乗り出せば、先方まで見渡せるだろう。

 屋根と壁との隙間から差す陽は心地良い。英二は軽く伸びをした。異世界にしては平和な、至極平和な空間。


 前触れも無く、影が英二達を包み込む。


「なんだっ!?」


 雲がかかったにしては暗すぎる。それに暗いのは周辺だけだ。後方の道を見れば、暗すぎる影は途切れ、さっきと変わりない暖かな日差しが地面を照らしている。


――まさか、これが魔法?


 緩やかになっていた頭が一気に加速する。そう、ここは異世界なのだから。

 ここには特別な人間が多い。皇女、反帝国組織の頭領、異国の少女。誰かに狙われたとしても不思議では無い。


 そうとしか考えられない。

 英二は立ち上がる。見えない暗さでは無い。荷台から身を乗り出して、空を仰いだ。


 初めに認識出来たのは翼だ。空を流れるように進む大きな翼は、細かい極彩色の羽が集まって形作られている。

 次に見つけたのは頭だ。流線型で無駄の無いくちばしで空気の海を進む姿は、どこか優雅にすら見える。


 つまりは、巨大な鳥。

 英二は絶句した。ジャンボ機のような大きさの鳥など、英二のいた世界では聞いたことすらない。それが丁度、英二達の真上を低空飛行している。

 存外に近い位置からリズの声が聞こえた。


「珍しい。エイジ、あれは『旅する鳥』という魔獣だよ」


「魔獣!?」


 さっきとは真逆で、乗り出した英二の体を落ちないように引っ張りながら、リズも上を覗く。


「大丈夫。『旅する鳥』は分類こそ魔獣に属するけど、危害を加えたりはして来ない。生態や行動範囲は不明。一説によれば産まれてから死ぬまで一度も地面に降りないとか。その証拠に足が無いし……と、話が逸れたね」


 英二は『旅する鳥』の足を探すが、確かに無い。その事実は大きさ以上に不思議な印象だ。繁殖や食事はどうしているのだろう。

 危険は無いという事が分かって一息つく。旅の初心者には少々過激すぎる出だしだ。

 魔獣。そんな生き物が存在している。しかし、危害を加えるようなものではないらしい。少なくともこの巨大な鳥は。

 あの羽は一体どのくらいの大きさなのか。『旅する鳥』の不思議について英二が考えていると、リズも同じように身を乗り出してきた。


「ふふっ。『旅する鳥』は旅人の象徴。なんだか幸先が良いと思わないかい?」


 リズは相変わらず男装している。ただし、旅の間は皇女の身分は隠すらしく、高貴な軍服では無く至って普通な、この世界で良く見る男物の服だ。

 しかし、着る服が平凡でも、着る人間が平凡でなければ、それは特別になる。早い話が、いくら平凡な服に身を包もうとも、リズ・クライス・フラムベインの美しさは隠せないのだ。


 柔らかい肩が触れる。横を見ると、上を見上げる綺麗な横顔。

 英二は変な気恥ずかしさを覚えた。この世界に来てから生きることに精一杯で気にしていなかったが、冷静に見れば容姿、スタイル共に英二の出会った女性の中で、リズは文句なしの一位だ。思春期の男の子には刺激が強い。


 気付かれないよう僅かに距離を取って、英二はまた上を見る。


「まあ、そうだな」


「気のない返事だね。これは本当に珍しい事なんだよ? ……よし、この際だから君に常識と言うモノを叩き込んであげよう。ルルとシアもこっちへおいで。ライヤーは……どうでもいいか」


「…………返す……気力もねえ……うっ」


 倒れたままのライヤーに目もくれず、嬉しそうなシアはリズの元に寄っていく。そんなシアの手を振り払えず、ルルもされるがままに集まった。


 乗り出した身を引っ込めて、英二の隣でリズは楽しそうに話す。それは地理だったり歴史だったり、様々な分野に渡る話だ。シアは熱心に聞き入り、ルルはつまらなそうに流し聞く。ライヤーは相変わらず動かない。


 リズの声は優しく、はっきりと分かりやすい、春風のような声だ。英二も内側に戻り、春の調べを聞きながら、未だに居座る『旅する鳥』を見上げた。


 『旅する鳥』はゆっくり空へ上がっていく。それにつれて、周りの影はどんどん薄くなる。

 やがて元の明るさに戻った所で、木に囲まれていた道が一気に開けた。


 先に見えるのは大きな街。悪人も善人も、高い物も安い物も、混ざり合って成長する濁流の坩堝。

 雑多の街『ファフィリア』では、何が待ち受けているのか。


 英二は旅の仲間達の姿をちらりと見た後、太陽に向けて伸びをした。



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