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少年は図らずも異世界に足を踏み入れた  作者: かまたかま
高宮英二の日常との境界線
1/22

プロローグ



 それは、途方もなく大きな樹だった。


「…………なんだこれ」


 高宮英二は突然の出来事にこめかみを押さえる。

 確か自分は県立旗江高等学校から帰る途中で、今日は買い食いしようかな、とか考えながら歩いていた筈だ。車に轢かれそうになった子供を身を挺して守った訳でも無く、実家にあった秘蔵の壺を開けた訳でも無く、ただ歩いていただけ。

 一つ呼吸をして、もう一度前を見る。


 それは途方もなく、果てしなく大きな樹。いや、樹と呼んでいいのかすら疑わしいほどの巨大。地平線の先に根は隠れているのに、何万もの木を折り重ねたような幹は空を突き抜け先が見えない。 視線を樹にそって上げれば、遥か天空を覆い尽くす葉が見える。どういう理屈なのかは分からないが、日光を遮る事もなく、ただゆらゆらと葉は揺れるだけ。


 一体地球上のどこにこんな馬鹿でかい樹があるか。


 馬鹿馬鹿しくも納得して、英二は座り込む。

 あの大きな樹以外に視界を塞ぐ物は無い。一面に広がるのは、申し訳程度に草の生えた荒野。そういえば鞄も無い。

 手に触れた土はさっきまで自分が居た世界と変わらない。少なくとも英二にはそう思える。しかし、これからどうすれば良いのか全く分からない。あの樹を目指して歩くにも一体何日かかることやら。その間の水は、食料はどうする。いきなり『ここに来た』自分には何の貯えも無い。

 そう思うと、急に全ての世界が現実味を帯び始めた。


(状況確認だ。とりあえず俺は知らない世界に来た、と見て間違いない。もしあんな樹が一本でもあったらCO2がどうとか問題になる筈がないし。ていうかあれ、宇宙まで伸びてるのか?)


 焦りのせいで少しズレる思考を強制的に戻す。


(いや、そんな事は今は関係ない。問題はどうやって元の場所に戻るか、だ)


 家には優しい父とお祭り好きな母、最近兄離れを始めた妹がいる。もし自分が姿を消したら心配するだろう。

 英二は正面を見据える。これだけ視界が広いのに、動物すら見かけない。少し寂しさを感じるが危険が無いのはありがたい。

 とりあえずは食料と水の確保を最優先だ。


 英二は立ち上がって、制服に付いたズボンの汚れを払う。

 食料と水、とは言っても、見渡す限りの荒野だ。一体どれくらい広いのか。


 世界は静かだ。その不気味な程の静けさが焦りを助長する。

 襲ってくる悪い予感を振り払うように、ぱちっ、と自分の頬を叩く。

 こんな所で死んでたまるか、と気合いを入れて上を向き、ふと後ろを振り向いた。


「……っとぉぉおお!? あ、あぶなっ」


 後、一歩下がれば崖だった。目も眩むほど遠い底には、驚くほど澄んだ滝つぼ。

 反射的に情けない格好で倒れ込んだ英二は、まだ心臓がどくどく波打つのを感じながら、とりあえずは水の心配はしなくて良くなった、と安堵した。


 しかし、何故気付かなかったのか。さっきから纏わりつく違和感に首を捻りながら少し横を見れば、膨大な水が流れる川。そして滝。長く、空中で細やかな飛沫に変わっている滝。

 もう一度、樹を見ると、確かに川は視界に入る。さっきまでは無かったはずの長い、どこまでも続く川が。


 まあ、見落としただけか、と半ば無理やり納得しながら、英二は崖から距離を取り、川へと歩み寄った。やはり違和感がある。

 思った以上に起伏が無く、川辺にはまばらに石があるだけ。どこか人工的な直線と、自然物が奇妙に共存している。

 そして足元に水が飛んでくる距離になって、英二はようやく違和感の正体に気付いた。


 音が、無いのだ。

 水が叩きつけられる音や、流れる音。そういう当然あるべき音が無く、ただただ静寂だけが流れている。


(何だこれ? 本格的に物語の中にでも迷い込んだか?)


 やはり、この世界はどこかがおかしい。

 英二はそう思って音の無い水に手を伸ばした。

 冷たく、感触はただの水。流れに逆らうように手を動かせば、ぱしゃぱしゃ、と何故かそこだけ水音が上がる。無性に喉が渇く。


 巨大な樹。突然現れた川。音の無い水。この世界はおかしい。有り得る筈の無い現象が、英二の思考を不快な棘で締め上げる。

 しかし、目の前には水がある。


 酷く、喉が渇く。危ないかもしれない、という理性を奪う程に。


「…………大丈夫だよな?」


 どこか言い訳がましく呟いて、英二は水に口をつける。


 この世の物とは思えない美味。


 それを最後に、高宮英二の意識は途絶えた。


 そして、ここからが物語の始まり。



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