温泉旅館の朝
第4話は、“十年後の温泉旅行”をテーマに描きました。
『安心できる場所』でも、温泉旅行はかなり大切な回でした。
当時は、
* 緊張
* 不安
* 焦り
が強かった三人。
でも今回は、
“懐かしい思い出”
として笑い合えるようになっています。
また今回は、
* 部屋付き露天風呂
* 夜のお酒
* 同じ部屋の安心感
* 朝の静かな空気
など、“大人になった温泉旅行”らしい空気をかなり意識しました。
少し大人になった三人の、静かな旅館の時間を楽しんでもらえたら嬉しいです。
十月。
山の空気は、街よりかなり冷たかった。
旅館へ向かう坂道を歩きながら、奈々は大きく伸びをする。
「うわぁ……温泉久しぶり。」
「ちょっと寒いね。」
美咲はマフラーを押さえながら笑う。
その後ろで、悠斗は旅行バッグを持ちながら小さく息を吐いた。
「でもこの感じ懐かしい。」
三人は久しぶりに、一泊二日の温泉旅行へ来ていた。
昔、中学生の頃にも行った場所に少し雰囲気が似ている。
だからか、駅へ着いた時からどこか懐かしかった。
⸻
旅館へ入る。
暖房の効いたロビー。
畳の匂い。
静かな和風の音楽。
奈々は思わず笑った。
「こういう旅館落ち着く。」
悠斗も頷く。
「なんか安心する。」
昔だったら、
旅行そのものがかなり不安だった。
長距離移動。
慣れない場所。
夜まで外にいること。
でも今は違う。
“安心できる準備”
をちゃんと知っている。
それだけで、旅行の空気はかなり変わっていた。
⸻
部屋へ案内される。
窓の外には山の景色。
少し赤くなった木々。
奈々は荷物を置きながら笑う。
「旅館来るとテンション上がる。」
「奈々ちゃん毎回それ言ってる。」
悠斗が苦笑いする。
でも、その表情はかなり柔らかかった。
昔よりずっと自然に旅行を楽しめている。
それが奈々には少し嬉しかった。
⸻
部屋の奥には、小さな露天風呂が付いていた。
木の香り。
静かな湯気。
外には夜の山の空気。
奈々は目を輝かせる。
「うわ、部屋風呂ある!」
「落ち着くね。」
美咲も静かに笑った。
悠斗は露天風呂を見ながら、小さく息を吐く。
「なんか、昔より温泉好きになったかも。」
奈々が吹き出した。
「昔めちゃくちゃ緊張してたのに?」
「言わないでって……。」
三人は小さく笑う。
十年前だったら、
きっとこんなふうには来られなかった。
でも今は違う。
無理をしなくていい。
安心していられる。
その空気が、暖かい湯気の中へ静かに広がっていた。
⸻
夜。
温泉から戻った三人は、和室へ集まっていた。
畳の匂い。
静かな照明。
テーブルの上には、小さい缶のお酒とおつまみ。
奈々は缶を持ちながら笑う。
「なんか、大人って感じ。」
「今さら?」
悠斗が苦笑いする。
でも、昔はジュースだった時間が、少しだけ変わっていた。
美咲は小さく乾杯しながら微笑む。
「十年経ったんだね。」
「ほんとだよ。」
奈々は笑いながら缶を口へ運ぶ。
温泉上がりのお酒は少しだけ身体が熱くなる。
悠斗も少し照れながら飲んでいた。
「……なんか不思議。」
「ん?」
「昔、温泉旅行でめちゃくちゃ焦ってたのに。」
奈々が吹き出す。
「洗い場事件?」
「だからそれ言わないで!?」
三人は笑う。
でも、その笑い方は昔よりずっと落ち着いていた。
恥ずかしさより、
懐かしさのほうが大きい。
⸻
少しして。
三人はまた露天風呂へ向かった。
静かな夜。
木の床が少し冷たい。
洗い場には、柔らかい湯気が広がっていた。
奈々は髪を流しながら、大きく息を吐く。
「……温泉ってやっぱ気抜ける。」
「分かる。」
美咲も苦笑いする。
長距離移動。
旅館。
暖かいお湯。
お酒。
静かな夜。
昔と同じ、“危ない条件”がかなり揃っていた。
その時。
ぴくっ。
奈々が小さく肩を震わせる。
「……あ。」
悠斗がすぐ気づく。
「奈々ちゃん?」
奈々は数秒止まったあと、顔を赤くして笑った。
「……ちょっと油断した。」
美咲が吹き出す。
「懐かしい流れ。」
その言葉で、三人とも一気に昔を思い出す。
十年前。
温泉旅行。
洗い場でみんな焦っていた夜。
でも今は違う。
奈々は苦笑いしながら肩の力を抜く。
「なんかもう、“またかぁ”って感じ。」
悠斗も笑った。
「昔なら絶対パニックだった。」
「ほんとにね。」
その空気は、恥ずかしさよりずっと安心感に近かった。
その時だった。
悠斗も身体を流そうとして、急に動きを止める。
「……っ。」
ぴくっ、と肩が震える。
奈々が吹き出した。
「悠斗くんも?」
悠斗は顔を赤くしながら苦笑いする。
「温泉入ると油断する……。」
十年前なら、
「やばい」
のほうが大きかった。
でも今は違う。
ちゃんと安心できる。
無理をしなくていい。
その感覚を、三人とも知っている。
そして、その数秒後。
ぴくっ。
今度は美咲が小さく肩を震わせた。
奈々がすぐ吹き出す。
「え、美咲まで?」
美咲は少し顔を赤くしながら、小さく笑った。
「……今日はもう完全に温泉の負け。」
悠斗も笑ってしまう。
「三人ともじゃん。」
洗い場には、静かな笑い声が広がる。
昔なら、
“隠さなきゃ”
ばかり考えていた。
でも今は違う。
安心して、
気を抜いて、
自然に笑える。
奈々は髪を流しながら笑った。
「十年後でも洗い場事件やってるの面白すぎる。」
「ほんとにね。」
美咲も静かに笑う。
悠斗は湯気の向こうで、小さく息を吐いた。
「……でも、昔よりずっと安心してる。」
奈々も頷く。
それは三人とも同じだった。
⸻
夜。
温泉から戻った三人は、旅館の和室へ戻っていた。
並べられた三枚の布団。
静かなエアコンの音。
奈々は布団へ倒れ込みながら笑う。
「なんか修学旅行みたい。」
「懐かしいね。」
美咲も小さく笑った。
悠斗は旅行バッグを開きながら、小さく息を吐く。
「今日は完全に安心優先の日だったね。」
奈々が吹き出す。
「温泉入った時点でもう確定だった。」
十年前だったら、
“隠さなきゃ”
のほうが大きかった。
でも今は違う。
三人とも、
“安心して眠れること”
を自然に優先できる。
奈々は布団へ寝転びながら笑った。
「なんかもう、この空気落ち着く。」
「帰ってきた感じするよね。」
美咲も静かに頷く。
悠斗は照れながら苦笑いした。
「……ここいると安心するし。」
その言葉に、奈々はまた吹き出した。
「悠斗くん、それほんと変わんない。」
静かな旅館の夜。
三人はそのまま、少しずつ眠気の中へ沈んでいった。
⸻
朝。
旅館の障子から、柔らかい朝日が差し込んでいた。
静かな鳥の声。
遠くで聞こえる温泉街の音。
奈々は布団の中で小さく目を開ける。
「……ん。」
かなり眠い。
温泉。
お酒。
夜更かし。
全部で完全に気が抜けていた。
その時。
奈々はふと固まる。
「……あ。」
数秒沈黙。
それから小さく苦笑いした。
「やった……。」
安心しすぎていた。
でも、不思議とパニックはない。
むしろ、
「まあ、そうなるよね」
に近い。
その時。
隣の布団からも小さな声。
「……え。」
悠斗だった。
奈々は思わず吹き出す。
「悠斗くんも?」
悠斗は顔を赤くしながら布団へ顔を埋める。
「温泉旅行だめだって……。」
その声で、美咲もゆっくり目を開ける。
数秒後。
静かに周りを見る。
そして、小さく苦笑いした。
「……二人とも?」
奈々は笑いながら頷く。
「十年後でもやるらしい。」
悠斗も苦笑いしている。
でも美咲は少しだけ安心したように息を吐いた。
「……私は大丈夫だった。」
奈々が吹き出す。
「勝ったじゃん。」
「珍しい。」
美咲自身も少し笑う。
でも、その空気の中で。
ふっと肩の力が抜けた。
温泉旅館の静かな朝。
安心できる部屋。
隣には、昔から変わらない二人。
その瞬間。
ぴくっ。
美咲が小さく肩を震わせる。
「あ。」
奈々が一瞬止まる。
数秒後、吹き出した。
「え、今!?」
美咲は顔を少し赤くしながら、布団へ顔を埋めた。
「……安心したら気が抜けた。」
悠斗が笑ってしまう。
「結局全員じゃん。」
美咲も苦笑いする。
「朝から負けた……。」
でも、その空気は昔と全然違った。
十年前なら、
“どうしよう”
“隠さなきゃ”
だった。
でも今は、
「ほんと変わんないね。」
と笑い合える。
それくらい、三人は安心できる関係になっていた。
朝の旅館。
並んだ布団。
静かな笑い声。
その空気は、昔よりずっと自然で、ずっと安心できるものになっていた。
第4話「温泉旅館の朝」を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、
“昔の不安が、安心できる思い出へ変わっている”
というテーマを中心に描きました。
十年前の温泉旅行では、
三人ともかなり緊張していました。
でも今は、
「懐かしいね」
と笑い合える。
そこに、十年分の成長があります。
特に今回の洗い場のシーンでは、
“恥ずかしい”
より、
“安心して気が抜けてしまう”
空気をかなり大切にしています。
また、朝のシーンでは、
「安心できる場所で眠る」
ことの自然さを描きました。
昔だったら、
“失敗しないこと”
ばかり考えていた三人。
でも今は、
“安心して過ごせること”
を一番大切にしています。
だからこそ、
「結局全員じゃん。」
と笑い合える朝になりました。
十年経っても変わらないもの。
そして、十年かけて変わったもの。
その両方を感じてもらえていたら嬉しいです。




