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可塑世界の監視者(七)

   (七)


 でも、それはあり得ない。

 僕が視た加害者達の中に、栄重の姿はなかったからだ。

 思いついた考えを口にする。

「栄重。お兄さん殺した奴、捕まった?」

「いや……」

「僕が視たそいつの顔を教えろって話なら、断るからね」

 言ったとたん、栄重は弾かれる様に顔を上げる。図星らしい。

 彼には殺せない。だけど殺したと言う。それは、自分を責めてるって事じゃないか? 事情は知らない。だけど、お兄さんの死の責任が自分にあると考えている。それは解った。

 自分のせいで誰かが死ぬ。その例え話を、栄重は自分の事だと言ったから。

 栄重があっさりと僕の話を受け入れた理由が、見えた気がした。ダメモトって事だ。兄の仇でも討つつもりなのか、加害者の手がかりを得るために僕を利用したんだろう。

「意外と馬鹿だね、栄重」

 それに、優しい。

 涙こそ流さないが、今も兄のためにボロボロに傷ついているのだと思う。

 兄の形見を手放せず、いつも頚にぶら下げて。殺してもいないのに殺したと言う。

 おまけにロクに話した事もないクラスメートが誰かを殺したがってると誤解して、気にかけるんだ。

「栄重には教えない。けど、僕が目撃者として警察に行くって話なら、乗るよ」

 栄重はぽっかりと口を開け、僕を見上げた。これ以上ないってくらい、驚いているに違いない。

「そんなの、バレたら……」

「ばれないよ。僕、全部視てるもん」

「二年も前の事件だぞ!」

「ああ、それそれ。日付と時間だけ教えといて」

 過去か未来かの判断はつくが、正確な日時は解らないのだ。そこだけは教えてもらわないと、一気に信憑性がなくなってしまう。

「なんで今まで黙ってたんだって話になるだろ」

「恐かったって言う。二年前なら中学生だし、おかしくないよ。でも高校で栄重と知り合って、黙ってられなくなったって」

 それなら矛盾はないと思う。

 何か言いたい事はあるのに、言葉が一つも浮かんで来ない。そんな困り果てた顔で、栄重は口をつぐんだ。

 僕は笑い、その肩を叩く。

「大丈夫、うまく行くよ」

 どれくらい先か解らない。

 けど今とは全然違う、穏やかな顔で花をたむける栄重の未来が視えているから。


   *


「あら、お友達?」

 そっちの子もかわいいわね。と、紙の束を抱えて歌生さんが機嫌よく笑う。

 お友達と言われ、栄重は不本意そうに眉を上げた。

「助手ッス」

 助手らしい。

 お兄さんの事件について、僕の証言で警察が動いてくれる事になった。

 以来、栄重は僕の助手を自認している。

「いいわね。助手を持てる様になったら、一人前よねえ」

「本気にしないで下さい」

 まだいるなら、後で冷たいものを持って来てあげる。そう言いながら建物に消える後姿を見送ってから、栄重が口を開く。

「オレは本気だけどな」

「栄重……」

 助手と言うのはどうかと思うが、栄重の協力はあり難かった。

 正直な所、生まれて初めて自分の秘密を打ち明けた事で、救われた気がしたからだ。情けない事に、僕は一人では駄目なのだと身にしみて知った。

「どこだって?」

「そこ。頭がこっちで、足があっち」

 僕が示すと、栄重はその通りに寝転がる。研究室の建物が日陰を作ってはいたが、コンクリートは熱を持って不快にぬるい。暑いとぼやく栄重の額に、あっと言う間に汗が吹き出た。

「で、血がここまで」

 僕は自分にしか視えない血の跡を辿り、それが途切れた位置に立つ。

 栄重が寝転がる場所には、死体になった榊末さんが横たわる。その脇腹から流れ出た血がぽたぽた落ちて、僕の所まで続いているのだ。

 これは、何を意味するだろう。

 栄重のいる所で榊末さんを刺し、犯人がこちらに逃げたのか。

 それとも僕のいる場所で榊末さんは刺され、逃げようとして栄重の所で力尽きたのか。

「どうだ?」

「わかんない」

 僕はがっかりして、傍の階段に腰かけた。ぱたぱたと服を叩きながら、栄重が隣に座る。

 手がかりがないなら、あるものを徹底的に調べよう。そう言う事になって、休日を使って現場に足を運んだのだ。

 日曜なら、誰もいないかも知れないし。この期待はあっさりと裏切られ、早々に歌生さんと顔を合わせてしまったが。

 それに、新しい発見なんてどこにもない。

「どうすんだ?」

「さあ」

「……増えてる」

 うんざりした声に、僕等は慌てて後ろを見上げた。

 成半さんだ。階段の上から、眉をひそめてこちらを見ている。

「こんにちは……」

「ここは遊び場ではないんですが」

 場所を空けると階段を下り、僕等の前で立ち止まって言った。

「すいません」

「遊んでねーよ」

 ほぼ反射的に言い返す自称助手に、僕は目の前が暗くなる。しかも今日は栄重も私服で、いつもに比べて何と言うかチャラい。

 恐る恐る窺うと、成半さんの眼が不愉快そうにスッと細められていた。

「すっ……すいません! これ、友達で……」

「アンタさ、榊末って人と相性悪いだろ」

 慌てて遮ろうとする僕をよそに、意外にも成半さんはこの一言に興味を示した。

「君も榊末さんの知り合いですか」

「いや、話聞いただけ」

「へぇ……。でも、当ってますよ」

 正直、硯深くんが榊末さんに懐く気持ちも解らない。そう言われて、僕は驚いた。

「仲、悪いんですか?」

「良さそうに見えましたか?」

 どうだっただろう。考えたが、解らない。

 ただ、びっくりした。大人で、一緒に仕事をしているのに。そんな事があるんだ。

「アンタから見て、榊末ってどんな人?」

 僕が驚いている間に、栄重が話を進める。成半さんは少し眼を伏せ考えた後、ため息混じりにこう答えた。

「しょうがない人、ですかね」

「どんなだよ……」

 成半さんの姿が見えなくなった頃、栄重はぼそりと呟いた。

 それよりも僕が引っかかったのは、榊末さんと成半さんの仲が悪いと言う話だ。

「疑わないといけないのかなあ」

「何を?」

「あ、ジュース」

 急に声をかけられて、飛び上がるくらい驚いたのは僕だけらしい。

 紙コップの載ったトレイを持って、歌生さんは階段の上で首を傾げる。栄重はそちらに手を伸ばし、すかさずジュースをねだっていた。

 僕もそれを受け取ると、思い切ってたずねてみる。

「成半クンと、榊末クン? 仲よくはないけど、大人だしね。ケンカする訳じゃないのよ。気が合わないってだけで」

 歌生さんはにこりと笑う。

「まだ、榊末クンの心配してるの?」

 何がどこまで伝わってるんだろう。

 以前は歌生さんに話した事が榊末さんに伝わっていたし、今度はその逆みたいだ。

 すっかりしどろもどろになった僕を、栄重は助けず観察していた。

「付き合ってんじゃねーの?」

「へ?」

 歌生さんはいない。空になった紙コップを受け取って、建物の中に戻って行った。

 その後で、あっさりと解り切った事みたいに栄重が言ったのだ。

「誰と、誰が?」

「榊末って人と、さっきの女」

 どうしてそうなるんだろう。

 話について行けず、戸惑った。

「話、筒抜けなんだろ? 男同士のダチなら解るけどさ。男と女で、そんな何でも話したりするか?」

「……そう言うもの?」

「オレはな」

 そうなのか。

 あの二人が、恋人同士。なさそうだけど、考え出すと逆にあるのかも知れないと思えて来る。

 でも、もしもそうなら。女の人にいい加減な榊末さんを、歌生さんは憎むだろうか。

「難しい……」

「それと、もういっこ」

 栄重はぴょんと跳ねる様にして、階段のすぐ傍に立つ。それは、さっき僕が立っていた場所だ。

「ここで、血の跡が途切れてるんだよな」

「うん」

「入り口に近い」

 階段の上を指す。と言っても、四、五十センチ高いだけだ。研究室の建物は入り口は地面より少し上にあり、そのためドアの前に三段だけの階段があるのだ。

「で、死体があっち」

 少し離れた地面を指す。

「この位置関係だとさ、ここで出て来るのを待ってたって考えるのが妥当じゃねェ?」

「待ち伏せ?」

「そ。で、出て来た所をここで刺して、刺された方は逃げようとしてあっちに行く」

「でも、逃げるなら建物に入ったほうがよくない? 中には誰かいるし、科本さんってお医者さんの資格持った人もいるんだよ」

「ID認証がいるんだろ?」

 さらりと言う。

 僕が教えた事なのに、栄重のほうが入ってもない建物の事を解ってるみたいだ。

 ここのドアは全部、認証システムがついている。指摘され、その事にやっと気がつく。自分を殺そうとする人間が近くにいるのに、カードを認識させて暗証番号を打ち込む余裕はないだろう。

「だから、犯人はこの建物に入れない人間。じゃなきゃ、待ち伏せする必要ないからな」

 ここに入れる人間は疑わなくていいって事だと、言いながら栄重は薄く笑う。

 不器用そうなその笑顔に、彼は僕を安心させようとしたのだと思った。

 でも、少し気にかかる。

 言った後で、栄重は何気なさそうに背中を向けた。だが親指の爪を噛みながら、表情が思案に沈んで曇るのを僕は見てしまった。

 悩むみたいなその様子が、それを隠そうとした事が、気になった。

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