シーン2:【国境越えと切断】繋がりが消滅した瞬間、王城の噴水は爆け散る
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ガタゴト、ガタゴト、ガタゴト。
車輪が荒野の硬い石を噛み砕く不快な振動が、粗末な荷馬車の床板を通して、私の痩せ細った身体を容赦なく打ち据える。
隙間だらけの幌の向こうから吹き込んでくる風は、先ほどまでの甘く湿った王都の夜風とは全く違う。
喉の粘膜を焼き焦がすような、ざらついた砂の匂いと強烈な熱気。
手首に食い込む荒縄の感触と、長時間の揺れによる吐き気に耐えながら、私はただじっと暗闇の中で目を閉じている。
「おい、馬を止めろ! ここが国境線だ!」
「やれやれ、こんな夜更けに砂漠の入り口まで送り迎えとはな。全く、とんだ貧乏くじだぜ」
前方の御者台から、護衛の兵士たちの苛立った声が鞭のように鼓膜を打つ。
ギィィィッという車輪の軋みと共に、乱暴に馬車が停止する。
直後、荷台の幌が荒々しく捲り上げられ、松明の赤い炎が私の網膜をチカチカと刺激する。
「さっさと降りろ、罪人! 貴様の送り先はここまでだ」
「……はい」
兵士の怒声に従い、私は軋む関節をなだめながら、荷台から乾いた大地へと足をつく。
足の裏から伝わってくるのは、生命の気配が一切しない、パサパサに乾燥した熱砂の感触。
松明の光に照らされた足元には、風化して半分崩れかかった古い石碑が立っている。
そこが、豊かな水源を独占する我が祖国と、不毛の砂漠が広がる隣国とを隔てる絶対的な『境界線』だ。
「ここから先は隣国の領土だ。一歩でもこちらの領地へ戻ってくれば、その場で斬り捨てるよう王太子殿下から命令されている」
「ご心配なく。二度と、あの国へ戻ることはありませんから」
「ふん、生意気な口を。水も食料もない砂漠のど真ん中で、せいぜい魔物の餌にでもなるんだな」
兵士たちが下品な嘲笑を浮かべながら、私を境界線の向こう側――隣国の大地へと力任せに突き飛ばす。
よろめきながら、熱い砂丘の上へと数歩、足を踏み出す。
その瞬間。
――ブツンッ!!!
私の鳩尾の奥深くで、極太の鋼鉄のワイヤーが弾け飛ぶような、強烈な破断音が響き渡る。
「え……?」
思わず胸元を強く押さえる。
痛みはない。
けれど、物心ついた時から私の魂に深く食い込み、絶えず私の生気と魔力とを吸い上げ続けていた『見えない何万本もの管』が、国境線を越えたという絶対的な物理法則によって、根元から一斉に引き千切られたのだ。
ブツンッ! ブブブブブツンッッ!!
連鎖的に弾け飛ぶ魔力の接続線。
祖国の城の噴水、街の井戸、広大な農地の用水路、そして巨大な防壁。
それら全てを稼働させていた水魔石群への『供給ルート』が、私の手元から完全に失われる。
それと同時に、今まで無理やり外へ引きずり出されていた私の莫大な魔力が、行き場を失って体内の奥底へと凄まじい勢いで逆流してくる。
ドクン、ドクンと心臓が力強く跳ねる。
干からびていた細胞の隅々にまで、清らかで冷たい水魔力が津波のように押し寄せ、パサついていた水色の髪に鮮やかな艶が戻っていく感覚。
「あ、ああ……っ」
肺の奥まで新鮮な空気が入り込み、私はあまりの身体の軽さにその場へへたり込む。
だが、その時だった。
切断された魔力の糸の断面から、強烈な『残響』が私の脳髄へと直接流れ込んでくる。
それは、繋がりを絶たれた瞬間の祖国の魔石たちが上げる、断末魔の悲鳴。
視界がぐにゃりと歪み、目の前の暗い砂漠の景色が、一瞬にして華やかな王城の中庭へと切り替わる。
幻視だと分かっていても、あまりにも鮮明な光景。
『なんだ、今の嫌な音は!?』
幻視の中で、バルコニーに出たザイードが不快そうに眉をひそめている。
彼の視線の先にあるのは、王城の象徴である白亜の巨大噴水。
毎秒何十リットルもの水を天高く噴き上げ、その豊かさを誇示していたはずの巨大な水柱が、今、空中で不自然にピタリと静止している。
『キャアアッ!? ザ、ザイード様ぁ! お水が……お水が空中で凍りついていますわ!?』
アリスがドレスの裾を握りしめ、甲高い悲鳴を上げる。
違う。凍りついているのではない。
魔力の供給を完全に絶たれたことで、水を形成していたマナそのものが『崩壊』を始めているのだ。
空中に停止した水滴が、次々とサラサラの乾いた砂へと変質し、風に乗ってボロボロと崩れ落ちていく。
『おい、どうなっている!? 噴水管理の魔導師は何をしているッ!』
『で、殿下! 大変です! 噴水の心臓部にある特大の水魔石が……っ!』
ザイードの怒声に、駆けつけてきた魔導師が顔面を蒼白にして叫ぶ。
その言葉が終わるよりも早く。
限界まで魔力を搾り取られ、ただの脆い石塊と化した巨大な水魔石が、ピキ、ピキピキッという不気味な亀裂音を立て始める。
『まさか……砕けるというのか!? 離れろ、アリス!』
『いやぁぁっ! 私の綺麗なドレスが汚れてしまいますわ!』
――ドッッッガァァァァンッッ!!!
次の瞬間、凄まじい爆発音と共に、巨大な噴水が内側から弾け飛ぶ。
飛び散るのは水飛沫ではない。
完全に干上がり、細かい粉塵と化した魔石の破片と、無残に砕け散った白亜の瓦礫の雨だ。
美しかった中庭が一瞬にして砂煙に飲み込まれ、貴族たちの絶叫が夜空に木霊する。
『ゴホッ、ゲホッ! なんだこれは!? 街の方はどうなっている!』
『報告します! 街の井戸も、農地の用水路も、すべて水が完全に干上がりました!』
『防壁の魔石もです! 稼働率がゼロになりました!』
『馬鹿な……ッ! ルリアを追放した途端に、なぜこんなことが起きる!?』
砂埃に塗れ、完璧にセットされていた金髪を振り乱しながら、ザイードが信じられないというように目を見開く。
その顔に浮かんでいるのは、先ほどまでの傲慢さなど微塵もない、純粋な恐怖とパニック。
『ええい、騒ぐな! アリス、お前の魔法だ! お前の聖女の魔法ですぐに水を出して、魔石を満たせ!』
『む、無理ですわ! なぜか空中にマナが……私に集まってくるはずの魔力が、一滴もありませんの!』
『なんだと!? 役立たずめ、それでも聖女かッ!』
怒号、悲鳴、そして全てが乾ききっていく絶望の音。
私を散々虐げ、見下してきた者たちが、私が彼らに与えていたものの本当の価値に気づき、醜く慌てふためく様。
(……ああ。なんて、滑稽な光景なのかしら)
幻視がふっと途切れ、視界が再び夜の砂漠へと戻る。
先ほどまでいた護衛の馬車は、すでに国境の向こう側へと走り去り、闇の中に小さく消えようとしている。
私は熱い砂の上に座り込んだまま、ゆっくりと夜空を見上げる。
見渡す限りの星空と、身を焦がすような乾いた風。
何もない。水も、食べ物も、帰る場所も。
けれど、私の心の中には、今まで感じたことのないほど澄み切った静寂と、圧倒的な自由への歓喜が広がっていた。
「さようなら、私の地獄」
ひび割れた唇から、自然と笑みがこぼれ落ちる。
搾取されるだけの人生は、たった今、終わったのだ。
私はゆっくりと立ち上がり、重い足取りで、不毛の砂漠の奥へと一歩を踏み出した。
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