シーン1:【断罪の夜会】「お前のような地味な女は、砂漠で干からびろ」
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きらびやかなシャンデリアの放つ強烈な光が、鼓膜を打つワルツの旋律と共に視界でチカチカと暴力的に瞬いている。
むせ返るような薔薇の香水の匂いと、グラスに注がれた甘ったるい果実酒の芳香。
ここは王城で最も豪奢な『月光の間』。
色とりどりのシルクと宝石で着飾った貴族たちが、羽扇の陰で下世話な談笑に花を咲かせる中、私――ルリアは、壁際の影に溶け込むようにして立ち尽くしている。
純白だったはずの私のドレスは、度重なる地下室での作業のせいで裾が微かにくすみ、周囲の鮮やかな色彩から完全に浮いている。
大理石の床から伝わる這うような冷気が、薄い靴底を通して私の足先を芯から凍らせていく。
「ルリア! 貴様との婚約は、今日この瞬間をもって破棄させてもらうッ!!」
突然、優雅な音楽を刃物のように切り裂いて響き渡った怒声。
楽団員が弾き損ねたバイオリンの弦が、キリッと不快な高音を立てて空間に吸い込まれる。
一瞬の静寂。
やがて、ざわめきが波紋のように広間全体へ広がっていく。
数百人の視線が一斉に、壁際に立つ私へと突き刺さる。
冷ややかな嘲笑、下卑た好奇の目、そして明らかな見下しを含んだ暴力的な視線の雨。
その視線の先、広間の中央には、金糸を紡いだような髪を揺らし、傲慢に顎を上げる王太子ザイードの姿がある。
彼の腕の中にすっぽりと収まっているのは、派手なピンク色の髪をした少女、アリスだ。
「……理由を、お聞かせ願えますか」
ひび割れて乾いた唇を開き、喉の奥から絞り出すように問う。
声が微かに震えているのは、決して彼への未練や恐怖からではない。
城の地下深くにある、陽の光すら届かない冷たく湿った石室。そこで毎日ひたすらに、国の『水魔石』の基盤へ己の魔力を注ぎ込み続けるという終わりのない酷使によって、私の身体がとっくに限界を迎えているからだ。
長袖のドレスの下に隠された両腕は青白く痩せ細り、かつては透き通るような水色だった髪も、今は魔力を搾取され尽くしてパサパサに乾ききっている。
「理由だと? 己の無能さを棚に上げてよく言えたものだ! お前のような、薄暗い地下でただ石の浄化をしているだけの給料泥棒など、次期王妃にふさわしいはずがないだろう!」
ザイードの冷酷な言葉が、大理石の床に激しく叩きつけられる。
浄化、という言葉に、私の胸の奥でチクリと鋭い痛みが走る。
違う。私がしているのは、ただ濁りを取るような簡単な浄化なんかじゃない。
この国で湯水のように消費される膨大な水――王城を彩る巨大な噴水から、広大な農地の農業用水、さらには国境の防壁を動かすエネルギーに至るまで。そのすべてを賄う魔力を、私の命を削って『充填』し続けているのだ。
私と国中の魔石は、目に見えない無数の糸で繋がっている。
今この瞬間も、私の体内からドクドクと魔力が吸い上げられていく感覚が脈打っている。
足の裏から床を伝い、城の地下水脈を通り、はるか遠くの街の井戸や、城壁の防衛魔術機構にまで。
その見えないパイプラインを流れる魔力の奔流は、私の心臓の鼓動とリンクして、絶えず私の生気を奪い続けている。
息を吸うだけで肺が軋み、瞬きをするだけで眼球の裏側が熱く焼けるような疲労感。
けれど、その真実を知る者はこの広間には誰一人としていない。
私の魔力はあまりにも純粋で無色透明であり、誰の目にも見えないからだ。
「ザイード様ぁ、ルリア様をあまり責めないであげてくださいな。魔力がないのは、彼女のせいじゃありませんわ」
砂糖を極限まで煮詰めたような甘ったるい猫撫で声が、私の鼓膜を不快に撫でる。
アリスがザイードの厚い胸板に顔を埋めながら、チラリとこちらへ視線を投げかける。
その瞳の奥にどろりと浮かんでいるのは、明確な優越感と私への嘲りだ。
彼女の細い指先に嵌められた、鈍い光を放つ『黒い指輪』が、ぞわりとするような嫌な気配を漂わせている。
周囲の空間から、微弱なマナがその指輪へと強制的に吸い込まれていくのを、肌の産毛が逆立つ感覚で察知する。
「見ろ、ルリア! アリスのこの美しく、力強い魔法を!」
ザイードが誇らしげに腕を大きく振るう。
アリスが指先をパチンと弾くと、軽快な音と共に、空間にソフトボール大の水球が浮かび上がる。
ただの水球ではない。わざとらしく魔力を乱反射させ、虹色に光り輝くように調整された、極めて無駄の多い魔法だ。
シャンデリアの光を受け、きらきらと弾ける水しぶきが、最前列の貴族たちの顔にほんの少しだけ降り注ぐ。
冷たい飛沫を浴びた彼らは、まるで神の祝福でも受けたかのようにうっとりと目を細める。
『おおぉっ!』
『なんという美しさだ!』
周囲の貴族たちから感嘆のどよめきが沸き起こり、狂騒のような拍手が鳴り響く。
「これこそが真の『聖女』の力! 目に見えるこの豊かな恵みこそが、我ら水魔石文明を永遠の繁栄へと導く光なのだ!」
ザイードの熱弁に、貴族たちがさらに熱狂的な歓声を上げる。
胸焼けがするほどの馬鹿馬鹿しさに、私はそっと目を伏せ、血が滲むほど奥歯を強く噛み締める。
口の中に広がる鉄の味。
彼女が出したあの水球。あれは彼女自身の魔力で生み出したものではない。
あの不気味な黒い指輪が、空間に満ちている私の残留魔力を強制的にかき集め、ただ派手なエフェクトとして変換して見せているだけだ。
実用性など皆無。畑一つ潤すこともできない、ただの水鉄砲にも劣る見世物。
しかし、派手な攻撃魔法や視覚的な美しさばかりをもてはやすこの国の価値観では、あの程度の小手先の技が『奇跡』として崇め奉られてしまうのだ。
「……そうですか。わかりました」
もはや、反論する気力すら湧かない。
喉の奥にこみ上げる虚しさを飲み込み、私は静かに言葉を紡ぐ。
もう、心の底から疲れたのだ。
カビの臭いが染み付いた地下室で、ただ国の巨大な歯車として命を吸い取られるだけの日々。
私がどれだけ祈りを捧げ、国中の魔石を満たしても、返ってくるのは『地味だ』『無能だ』という身を斬るような罵声ばかりだ。
「口答えすらできんか。やはりお前はつまらん女だ。その見すぼらしい顔を見ているだけで反吐が出る」
ザイードが鼻で笑い、路傍の石ころを見るような冷酷な目を向けてくる。
「お前のような薄汚い女は、この栄華を極める我が国には不要だ! 水一滴すらまともに湧かない、砂漠しか取り柄のない隣国へ追放してやる! 灼熱の太陽の下で、せいぜい惨めに干からびるがいいッ!!」
広間に響き渡る、決定的な断罪の言葉。
その瞬間、私を包囲していた嘲笑の渦が、一層大きく、下劣に弾ける。
追放。
不毛の砂漠が広がる隣国への、片道切符。
それは事実上の死刑宣告に等しい。国土の八割が砂漠に覆われているという隣国は、常に深刻な水不足に喘ぎ、生きるだけでも過酷な土地だと聞く。
しかし――。
(ああ……これで、やっと解放されるのね)
絶望よりも先に私の胸の奥を温かく満たしたのは、自分でも驚くほど深い、静かな安堵感だ。
もう、あの冷たい地下室で一人凍えることもない。
私を蔑む彼らのために、無理やり命の火を削らなくてもいいのだ。
ぽつり、と。
一滴の涙が、私のひび割れた頬を伝って零れ落ちる。
長年抑圧されてきた悲しみ、悔しさ、そして呪縛から解き放たれる安堵が混ざり合った、透明な雫。
それは床に落ちる前に、私の胸元でくすんだ銀色に光るペンダントへと吸い込まれていく。
亡き母の形見であるそのペンダントが一瞬だけ、まるで生命を得たかのように脈打ち、淡く青い光を放ったことに、狂騒に酔いしれる者たちは誰も気づかない。
「……今まで、ありがとうございました。どうか、お健やかに」
私は静かにドレスの裾をつまみ、背筋を伸ばし、完璧なカーテシーをして見せる。
誰よりも深く、美しい礼。
ザイードも、アリスも、そして私を嘲笑う愚かな貴族たちも。
彼らは誰も知らないのだ。
私がこの国の国境を越え、私という『無尽蔵の供給源』が完全に断ち切られた時。
この傲慢な国を根底から支える全ての水魔石が、ただの乾いた石ころに変わるという残酷な真実を。
重厚な彫刻が施された木製の扉に背を向け、一歩を踏み出す。
シャンデリアのまばゆい光を背に受けながら、私は暗く冷たい夜の闇へと、自ら足を踏み入れていく。
窓の外には、王城の象徴である巨大な噴水が、私の魔力を貪りながら夜空に向かって豪快に水を噴き上げている。
あれも明日には、ただの巨大な石のオブジェに変わるだろう。
背後で響く彼らの下品な高笑いを置き去りにし、夜の回廊を歩き出す私の顔には、ここ数年で初めての、小さな笑みが浮かんでいる。
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