王子があの子の本性を知る時
婚約者であるウィンストン王子から「夜、俺の寝室に来るように」と言われたのは、昼食時のことだった。
ウィストン様が私を寝室に招くのは初めてのことだ。
しかし、私の心を満たしていたのは、決して期待感とか、胸の高鳴りなどでは無かった。
無理やり大勢の人の前に立たされたような緊張感と、妙な胸騒ぎだった。
最近、私とウィストン様の間は、とある事情から上手くいっていなかった。我の強い彼の性格からして、これが「仲直りしよう」の合図だとは到底思えない。
「何かある」と思った。
しかし、王子の寝室で私を待ち受けていたのは、想像を遥かに超える事態だった。そして、そこからの展開は、この時の私には予想不可能だった。
*****
「クレア・ロシュフォール。お前との婚約を破棄させてもらう!」
ウィンストン・フォルティス第三王子は、寝室に入った私を指さして叫んだ。
いきなりの婚約破棄宣言。まさに寝耳に水だった。初めて婚約者の寝室に入って、されたことが別れ話とは。当事者の私としては悪夢のような出来事だ。
しかし、婚約破棄自体よりも、私を驚かせたことがある。
「お姉さま、ごめんなさい」
それは聞き慣れた声だった。聞き間違いだと思いたかった。しかし、やはりそれは私の想像通りの人物から発せられていた。
ウィストン王子に抱き寄せられる形で、その子は居た。
カールした小麦色の髪。顔の形は丸く、まつ毛は長く、たおやかだ。垂れた瞳に淡い薔薇のような唇は、いかにも男好きする容姿。
紛れもなく、ジェリーだった。
「どうした、ここにお前の妹……ジェリーが居ることがそんなに不思議か」
何も言えないでいると、ウィストン様の方から声を掛けてきた。その言葉は婚約者に発しているとは思えない程に冷たい。
私は唖然とするしかなかった。
どうして、どうしてウィストン様の寝室にジェリーが居るの。
*****
ジェリーは親の再婚で義母、義兄と共に我がロシュフォール侯爵家にやって来た。そのため血は繋がっていないが、ジェリーから見て、私は義姉ということになる。
ジェリーとの思い出は、決して美しいものではない。むしろ、ジェリーのことを思い出すとき、私の心は灰色に染まる。
昔から非常にわがままで、何でも私の物を欲しがる子だった。
お気に入りのぬいぐるみも、舞踏会で着るのを楽しみにしていたドレスも、祖母に送ってもらった髪飾りも、「私に頂戴!」の一言で、全てジェリーに奪われた。
勿論私は取られそうになる度、拒否してきた。しかし両親は「お姉ちゃんなんだから譲ってあげなさい」と、いつもジェリーの味方をし、私の物は奪われていった。
意外なことに、ジェリーと共にやって来た義兄様だけは私を庇ってくれたが、何年かすると、彼は騎士団に入隊するため家を出てしまった。
とにかく、ジェリーがやりたいと言うことを、両親は何だってやらせてあげるのだった。例えそれが、誰が見てもおかしいと思うことだったとしても。
義母様はともかく、血の繋がりのないお父様さえ、ジェリーの方を優先した。一度、「地味なうちの娘よりジェリーの方が可愛いな」と彼が言っているのを偶然耳にした。
それは幼い私にとって、非常にショックで、心に傷を負う出来事だった。
確かに私は髪色も地味で、普段から目立たない存在だった。ジェリーは愛想がよくて明るい。表面上は誰からも好かれる性格だった。
私も自分なりに勉強やレッスンを頑張ってきたつもりだが、両親に評価されることはあまり無かった。
転機が訪れたのは一年半ほど前、16歳になった私がウィンストン王子と婚約をすることになったことだった。
侯爵家と王家の間で縁談がまとまったのは、お父様と現国王陛下が、貴族学校での旧友であり、親しい間柄だったからだそうだ。
国王陛下も私のことを気に入って下さり、話はとんとん拍子に進んだ。
嬉しかった。これで息苦しかった実家を出られるし、何よりジェリーからも離れられる。
そう、思っていた。
「お姉さまだけ王子と結婚出来てずるい!」
縁談がまとまり、家に帰るとジェリーがヒステリックに声を上げた。
私は困惑した。「またか」という呆れた気持ちと、「私の婚約者までも取ろうとしているのだろうか」という恐怖心が混在していた。
しかしお父様が
「クレアは長女だし、国王陛下の許しを得たのも彼女だ。だからこの話ばかりは、どうしてもジェリーに譲ることは出来ないんだよ」
と、この時ばかりはジェリーを説得してくれた。
涙目で頬を膨らませていたジェリーの顔を今も思い出す。私はあの顔を見て、不吉なものを感じていた。
異変、違和感は感じていた。最近のウィストン様は、私を差し置いて、よくジェリーと一緒にいる。
ジェリーは最初偶然を装い、挨拶という形で、屋敷を訪れた王子と面会した。それから徐々に話をする時間が増え、次第にウィストン様の方からジェリーに会いたがるようになっていった。
最近では私よりジェリーと話している時間の方が長かったように思う。
とは言え、まさかここまでの事態になるとは、私も想像していなかった。
ウィストン様もジェリーと親密になればそのうち、その本性に気付いてくれると思っていた。それにまさか、ジェリーが本当にウィストン様を狙って居るなんて思わなかったのだ。
相手は王族。そんなことをすれば、ジェリーだってただじゃ済まないことくらい、分かると思ったからだ。
それは私の両親も同じだったろう。ウィストン様と婚約した姉が羨ましくて、一時的に駄々をこねているだけだと考えていた。
だからウィストン様と会うのも咎めなかった。
改めて、ジェリーの、私のものを奪うことへの執念を感じざるを得ない。
*****
ジェリーはウィストン様の左手に絡みつけた腕を、いっそう強く抱きしめた。まるで私に見せつけるかのようだった。脳が拒んでいる。嫌だ。そんなの見たくない。
私が何も言えないでいると、彼は鼻を鳴らした。
「ふん、お前の面子を保つため、他に誰も居ない寝室で婚約破棄を言い渡してやっているのだ。有難く思え」
ウィストン様の言葉に私は懐疑的だった。彼が寝室でジェリーとべったりしている様子を見れば、私を追い出した後、ジェリーと濃密な時間を過ごすつもりであることは、十分考えられた。
幾ら何でも、それだけは止めたい。
「ウィストン様、どうして私と婚約破棄をしたいと仰るのですか」
私は彼を刺激しないよう、ゆっくりと優しい声で聞いた。王子はため息をつく。
「クレア、心当たりが無いのか? お前はジェリーのことをいじめていたそうではないか」
「そ、そんなことしていません!」
私はつい、むきになってしまったことに気付き、口をつぐんだ。ここで感情的になってはいけない。それこそジェリーの思うつぼだ。
しかし遅かった。ジェリーは目を潤ませると、ウィストン様の胸に顔を埋め、大げさに泣き声を上げ始めた。
「大きな声を出すな。ジェリーはお前と違って、可憐で繊細なんだ」
「……」
私はどうウィストン様に言うべきなのか、どうすればジェリーの本性が伝わるのか、必死に考えていた。ストレートに言っても、今の彼では私の嫉妬、妄言だと切り捨てるだろう。
「それからお前は、彼女に『これ以上王子に近づくな』と脅したり、彼女の着ているドレスをけなしたりしたそうではないか」
「そ、それは話が飛躍し過ぎています」
私はウィストン様の婚約者として、ジェリーが非礼を働かないよう注意はした。
それに、ジェリーのプリンセスラインが盛りに盛られたピンク色のドレスは、どう考えても王族と会うのに相応しくなかった。だからそれに対しても助言した。
恐らくジェリーは、それをかなり大げさに、そしていかにも自分が被害者であるかのように、ウィストン様へ伝えたのだろう。
「勿論それだけではない」
そう言ってウィストン様はジェリーと向かい合った。互いを見つめる二人の視線が熱い。私は見ていられなくて目を背けてしまった。
「俺はジェリーとの間に真実の愛を見出してしまったのだ。これはもう止められない。つまり、俺は彼女と結婚する」
「真実の愛」、そして「ジェリーと結婚」という言葉が出た瞬間、私は立ち眩みがして、今にも倒れそうになった。婚約者として、それはさせてはならないと思った。
「そ、そんなこと許されるわけがありません! 国王陛下だって何と言われるか……!」
「ふん、父上が欲しがっているのはロシュフォール侯爵家との婚姻。つまり、お前の妹であるジェリーと俺が婚約すれば、何の問題も無いだろう」
「いいえ、国王陛下は決して私との婚約破棄も、ジェリーとの婚約もお許しにならないと……」
しかし私の言葉は途中で遮られてしまった。
「知った風な口を利くな! お前に父上の何が分かる。ちょっと父上に気に入られているからといって、いい気になるなよ!」
ここまでジェリーに入れあげているウィストン様を、押しとどめる言葉が見つからない。後で思い返せば、的確な言葉があった気がするけれど、この時はとにかく焦っていて、うまく頭が回っていなかった。
「どうして……、どうしてウィストン様はそんなにジェリーのことを好きになってしまったのですか」
自分でも声が震えていることに気付く。もはや平静を保つことで精いっぱいだった。
「なら一つ一つ教えてやる。お前とジェリーの違いをな」
ウィストン様は人差し指を立てた。
「先ず彼女は非常にダンスが上手い。クレア、お前など足元にも及ばないほどだ」
それは事実だった。ジェリーは幼少期からダンスのレッスンを受けており、かなり筋も良い。私が幾ら努力しても勝てない領域にジェリーは到達している。
「それに、彼女はいつだって俺の気持ちに気付いてくれる。紅茶に入れる砂糖の量も、食べ物の好き嫌いまで全て記憶しているし、彼女と会う時は、いつだって気持ち良くもてなしてくれる。男心を分かってくれるのだ」
ウィストン様の好き嫌いに関しては私も把握しているし、細心の注意を払ってきたつもりだ。それなのに……。
「お前のように無駄な脂肪も付いていないしな」
ウィストン様は胸のことを言っているらしい。彼は小さい胸の方が好きなのだった。
その時のウィストン様の鼻の下が伸びているのを見ると、どうやら男心とは、食べ物のことだけでは無さそうだと思った。
確かにジェリーは男心を察することを非常に得意としている。ジェリーはかなりの男好きで、今まで数々の男性遍歴を持っているのが一因だと言ったら、ウィストン様は信じてくれるだろうか。
いや、この状況では無理だろう。
「それに見ろ、この艶々の肌!」
ウィストン様はジェリーのドレスをまくって、腕を見せた。当たり前だが毛の一本も生えていない、艶やかな肌だった。確かにジェリーの方が私より三つ下だし、美容にかける執念も、金額も、私とは桁違いだ。
「全く、義理の姉妹とはいえ、どうしてこうも、お前とジェリーは差が開いてしまったのだろうな」
ウィストン様は呆れたように首を振り、わざとらしくため息をついた。
異性に、しかも婚約者の男性に他人と比較されてはっきりと言われたその言葉は、鋭く私の心を抉った。明らかに私はジェリー以下だと明言されたようなものだ。
悲しみの中に怒りもあった。それは、どこまでも私に付きまとい、私のものを奪っていくジェリーへの憤りが半分を占めていた。
「わ、私は……」
震える声で言い返そうと試みる。
「私は、ジェリーのことを妹だと思ったことなど、一度もありません」
私はウィストン様の顔を正面から見て、言った。
ウィストン様もジェリーも、一瞬きょとんとして顔を見合わせた。すぐ後、ジェリーが顔を手のひらで覆って号泣し始めた。
「酷いわ! 酷いわお姉さま! どうしてそんなことを言うの!」
「クレア、腹を立てたからといて、それは流石に言い過ぎだぞ! やはりお前は俺の妻に相応しく無いようだな」
ウィストン様が私を怒鳴りつける。こうなることは目に見えていた。けれど、どうしても言わなけば気が済まなかった。いや、言わねばならなかった。
「ウィストン様、ジェリーの本性に気付いて下さい」
「いい加減にしろ!」
ウィストン様は振り払うように手を振った。
「どうせお前はジェリーの性格の欠陥、欠点をを言い連ねて、俺と彼女の仲を引き裂こうとしているのだろう。だが無駄だ! その欠陥も含めて、俺は彼女を愛しているんだ」
「そんな………」
ウィストン様がジェリーと一緒に居るようになってから、まだ一年ほどしか経っていない。小さい頃からずっと同じ家で過ごしてきた私とは、ジェリーの本性を見ている時間が全く違う。
「ジェ、ジェリーと一緒になって、後悔するのはウィストン様ですよ!」
やっと絞り出せた言葉はそれだけだった。しかし彼はキッと私を睨みつけた。
「後悔などしない! 誰に何と言われようと、疑われようと、俺とジェリーは真実の愛で結ばれているんだ! そこにどんな障壁があったって、どんな奴が邪魔してきたって関係ない。俺たちは戦い、二人で乗り越えてみせる。必ず真実の愛を貫くのだ!」
不意打ち、という言葉がぴったり来るだろう。
ウィストン様のその言葉は、図らずも私の心を強く打った。
初めて、王子の本気の思いをぶつけられた気がした。
彼が演説を得意としていることを抜きにしても、本気の覚悟がその言葉には込められていると思った。無論そうだったに違いない。
もう、認めなければならない。
私はジェリーに負けたのだ。
私ではなくジェリーを選ぶということは、それだけいばらの道を進むことになるのに他ならない。そう思って、ウィストン様に忠告しようとしてきた。
けれど、それは結局、私が現実を認めたくないがための、悪あがきだったのかもしれない。
「そうですか、分かりました」
私は一度、自分を落ち着かせるために深呼吸をした。
「……美しいですね、真実の愛というのは」
「ほう、諦めるのか?」
ウィストン様は勝ち誇ったように笑った。
「はい。私、そんなにウィストン様がジェレミーのことを愛しているなんて、知りませんでした。でも、先ほどの言葉で、やっと分かりました」
「ふん、今更気付くとは、あまりに遅すぎるぞ。全くお前は愚鈍過ぎる……待て。ジェレミーとは誰のことだ」
ウィストン様は目をぱちくりさせている。
私も同じように、目をしばたたかせていた。
「ああ。ジェレミーというのは彼の……ジェリーの本名のことです。そんなに仲良くされているので、てっきり本名くらいは彼から教えてもらっていたのかと」
「そ、そうなのか、本名はジェレミーというのか。何だか男みたいな名前だな」
そこまで言って、まるで木のようにウィストン様の動きが停止した。そして短く口を開く。
「彼???」
ウィストン様はさっきの10倍くらいの速度で目をぱちぱちさせている。ちなみに私が普段からジェリーと呼んでいるのは、そう呼ばないと怒るからだ。
「はい。あなたの隣にいるジェレミーは、正真正銘、男です」
「ゑ???????????」
ウィストン様はサビた機械のように、ギギギ、とゆっくり首を回して、自分の懐に抱き着いているジェリーを見た。
ウィストン様と目が合うと、ジェリーはにっこり微笑み、頷いた。
「はい。私は男です!」
「ほぉおおお!?」
ウィストン様はよく分からない叫び声を上げ、再び私を見た。鯉のように口がパクパクと動いているので、何か言おうとしているらしい。もしくはパンが欲しいのかも。
いつまで経ってもウィストン様は鯉のままなので、私が場を繋ぐことにした。
「私、ずっとジェリーの本性について言おうとしてたんです。けれど、私の言葉はウィストン様とジェリーに遮られてしまって、言うことが出来ませんでした。でも言うまでも無かったですね。だってウィストン様はこれほどの覚悟を持って、ジェリーを愛していたのですから」
ジェリーの本性すなわち、「本(当の)性(別)」である。
私の言葉に、ジェリーもしきりに頷いている。
「そうですよ、ウィストン様。私が男だとしても、何の関係も無いよね!」
「ほぉおおおおお!?」
ウィストン様は再びフクロウのような声で叫びながら、テニスのラリーの如く私とジェリーの顔を何度も交互に見る。
「私はこのままではウィストン様が色々な意味で大変なことになってしまう。守らねばと思っていました。けれど、私はただ、自分が男であるジェリーに婚約者を奪われるということを、受け入れられなかっただけかも知れません」
私は俯いた後、しっかりウィストン様の顔を見て、泣きそうになりながらも微笑んで見せた。
「ウィストン様とジェリー、お似合いですよ」
「ほぉおおおおお!?」
私は頭を下げ、出口のドアに手を掛けた。
「ま、待ってくれクレア! 一旦待たないか! 一旦ジェリーを連れて行ってくれないか!」
振り返ると、さっきまで抱き着いていたジェリーが、腰を落とし、ウィストン様の腰をかっぷり掴み、ベッドの方へ引きずっているところだった。ウィストン様は必死に振りほどこうとしているが、びくともしない。
ジェリーは華奢に見えるけれど、男性の中でも筋力が発達しており、重心も低く安定している。だからこそ、私ではダンスで彼に勝てないのだ。
というか、今こうやって王子が嫌がっているのもプレイの一環なのだろうか。うん、きっとそうだろう。
「私は、ここで潔く身を引かせて貰います。お幸せに」
私はもう一度頭を下げ、部屋を後にした。
「待ってくれ! 俺を置いていかないで……うわやめろ! ほっ! おほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
遠ざかって行くウィストン様の叫びだかフクロウの鳴き声だかを聞きながら、私は廊下を駆け抜けた。さよなら、ウィストン様。
ジェリーの性自認は昔から男だ。男であり、男性が好きというタイプだった。しかしそのまま近づいても、大抵の殿方からは拒絶されてしまう。
だから彼は女装を始めた。最初は男受けのための女装だったけれど、やり始めたら楽しくてハマってしまったらしい。
そこから彼は女性でも舌を巻くほど、美容とファッションについて、徹底的に勉強を始めた。美しくあることが彼の一大事だった。
だからこそジェリーは毎日肌の手入れを入念に行っているし、ムダ毛処理に至っては、親の仇を見るような目つきで行っている。そりゃ肌もつやつやで綺麗になるよね。
男心をよく分かっているというのも、元来彼が男だからだ。
ジェリーが女装を始めたのは、ロシュフォール侯爵家に来る前。ジェリーも家族に「極力、私の性別を言わないでね」と口留めをしていたものだから、ほとんどの人は彼が男だとは知らなかった。
実は男だという噂くらいは立っていたけれど、ジェリーの女装があまりにも完璧過ぎたため、信じる人はほとんど居なかった。
さて、その後の話だが、ウィストン様がジェリーと不適切な関係にあったことは表向きとなり、ジェリーは地下牢に投獄されてしまった。
ウィストン様の生母であり、国王陛下の寵妃、イザベラ様の逆鱗に触れたためだ。
イザベラ様は、ウィストン様がジェリーと会っていることは知っていたものの、特に咎めることはしなかった。彼女は元々ウィストン様に甘い人だった。
ところがそのジェリーが男だと知ると、ヒステリックに彼を糾弾し、「極刑に処すべき」と言葉を選ばず言い放った。
こうしてウィストン様を暴行した罪、彼の開いちゃいけない扉を開いちゃった罪により投獄され、ジェリーは相当精神的に参っていた。私が面会に行った時も、いつもの元気で明るい彼はどこにも居らず、かなり憔悴しきっていた。
死刑もあり得るのだから当然かも知れない。しかし一か月が経った頃、ジェリーは釈放されることとなった。ウィストン様がジェリーを放免して欲しいと、イザベラ様に頼み込んだからだ。
どうにか命の助かったジェリーだったが、当然ながら王宮は永久的に出禁。ウィストン様とも引き離され、今は実家で、以前とは別人のように大人しくなっている。
大人しくなっていると言えば、私の両親もだ。ジェリーの一件は既に社交界でも話題になっており、お父様もお母さまも、かなり肩身の狭い思いをしている。
それからウィストン様だけれど、勿論のことながら、国王陛下からたっぷり叱責を受けることになった。国王陛下は私のことを気に入って下さっていたので、婚約者をないがしろにして、その弟と不適切な関係に及ぶとは何事かと、かなりのキレっぷりだったらしい。
私が最後に彼を見たのは、いつだっただろう。
そう、確かあれは婚約破棄に伴う手続きをしに王宮を訪れた際、中庭で座っているウィストン様を目撃したのだ。彼は深紅に咲き乱れる薔薇の園の中心で、目をキラキラさせて花を愛でていた。その目は以前のギラギラした目つきではなく、どこか付き物が落ちたかのようだった。
あれからほんの少しだけウィストン様のことを心配していた私は、元気そうな彼の姿を見て、ほっとした。良かった、何も問題無さそうだ。
ジェリーのことは嫌いだったけれど、一つだけ、彼に感謝していることがある。それは、人間、もっと自由に生きて良いのだ、ということを教えてくれたことだった。
大好きな相手とは、例え本来許されない間柄だったとしても、覚悟があれば愛し合うことが出来る。
だから私は両親の反対を押し切り、大好きだった人と……義兄と結婚して家を出た。
この国では、例え血が繋がっていない義理の兄妹だとしても、結婚することはタブーとされている。だからこそ、これまでは許されない恋だと、私は自分の気持ちを押し殺してきた。
けれど、長年思い続けた私の気持ちはもう抑えられなかった。家族の中で唯一私の味方をしてくれたお兄ちゃん、大好き。
義兄でも真実の愛があれば問題ないよね? 何たって、この国の王子様がそう言っていたのだから。
おわり




