暴力なき鎮圧
早川総長が、工場長に連絡をして、3時間が経つ。
早川総長の舎弟たちは、鉄パイプ。木刀。そして自転車のチェーンをふりまわしている。
こいつら本当に工場長をボコる気だ。
私は怖くなった。
正直、工場長は怖いからいなくなってくれたほうが良いかもしれないけど、目の前で、しかも私のせいでいなくなるのは、寝覚めが悪い。
「本気でボコる気」
と私は尋ねた。
「あぁ当たり前だ。黒鉄にはずいぶん世話になったからな」
と早川総長は言った。
「世話になったんだったら、ありがとうというべきよ。ボコるのはいけないわ」
と私は言った。
「あっ。その世話になったという奴じゃなくって、嫌な目にあったという奴だ」
と早川総長は言った。
「なにがあったの?」
と私は言った。
「たった一人でチームを壊滅させられた」
と早川総長は言った。
「でも黒鉄は殴ったことがないと言ってたわよ」
と私は言った。
「そうだ。あいつの恐ろしさはそこにある。ワンパンすら入れない。でもいくつものチームが壊滅させられた。奴の二つ名を知ってるか?不戦の明王だ」
と早川総長は言った。
「不戦の明王?」
と私は言った。
「そうさ。不戦の明王。不動明王のように怒りに狂った顔をしているのに、剣は使わない。戦わない。しかし相手を屈服させる。恐ろしい奴だ」
と早川総長は言った。
私は考えた。早川達は工場長に勝てるのか?
私は手下たちを見た。
間抜けズラだ。
まず勝てないだろう。
じゃあどうなる?
多分逃げる。
その時バイト代は……。
まさか工場長に回収してとは頼めない。
今言っておこう。
私の8800円の危機だ。
「あっそうそうバイト代」
と私は言った。
「あっそうだな。先に渡しておかないとな」
と早川総長は言った。
そうして早川総長は私に8800円を渡した。
小銭は手垢にまみれ、紙幣はしわくちゃだった。
不衛生だし貯金しておこう。
「なにか演技をしたほうがいいの」
と私は言った。
「そうだな。私には構わず逃げてとかだな」
と早川総長は言った。
「わかったわ」
と私は言った。
(ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ)
工場長のバイクっぽい音が聞こえる。
「おい!来たぞ。身構えろ」
と早川総長は言った。
倉庫内を緊張が走る。
バイクは倉庫近くに来て、そして去っていった。
緊張が解ける。
(ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ)
工場長のバイクっぽい音が聞こえる。
「おい!来たぞ。身構えろ」
と早川総長は言った。
倉庫内を緊張が走る。
バイクは倉庫近くに来て、そして去っていった。
(ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ)
工場長のバイクっぽい音が聞こえる。
「おい!来たぞ。迎えにいけ。迷子になっている」
と早川総長は言った。
倉庫内を緊張が走る。
手下が呼びに行った。
工場長のバイクが先導されながらやってきた。
なんじゃ。この展開。
工場長はつなぎのような服を着ている。
まさか特攻服。
工場長は倉庫の前にバイクを置き、
倉庫に入ってくる。
おいおい工場長。前にバイクたくさんあるから気が付くだろ。
「甲南だいじょうぶか?」
と工場長は言った。
「なんで助けになんか来たの!こんな危険な場所に」
と私は言った。
(おぉ姉さんスゲーな本格的だ)
手下たちが私をホメている。
「甲南に何かあったら困るからな」
と工場長は言った。
「私には構わず逃げて」
と私は言った。
手下たちは小さく拍手している。
これで8800円分の働きはしたな。
「そうはいかない。この背中にかけて」
と工場長は言った。
工場長は特攻服の背中の文字を見せる。
没治上等?
喧嘩上等じゃなくって、天上天下唯我独尊じゃなくって、
没治上等?
手下たちは動揺している。
(あれが伝説の……)
「それなんて書いてるの?」
と私は言った。
「これか?ぼっちじょうとうだ」
と工場長は言った。
「一人ぼっちは最高という意味?」
と私は言った。
「似てるが少し違うな。
没は没入つまり集中という事。
治は平和という事。
つまり平和に没入することは最高だという意味だ。
一人で戦うのは、すこし怖いが平和だ。
そして尊い。
ぼっちは尊いんだ!!!」
と工場長は言った。
その低音ボイスに手下たちは動揺している。
えっ?これ動揺するシーン?
「バカだな。一声かければ兵隊500は集るっていうのに。
宝の持ち腐れだ。
サバの頭も信心からみたいな奴だ」
と早川総長は言った。
なに?早川ってやっぱり頭が悪いの。
イワシの頭もでしょ。
っていうか。
使う場所間違ってね。
ブタに真珠とかじゃね。
「適材適所っていうのがあるんだよ。
俺は人生楽しむのがヘタクソだ。
でもあいつらは人生を楽しめる。
あいつらは適材適所で人生を楽しんだらいい。
俺はお前らとの遊びを楽しむ。適材適所だ」
と工場長は言った。
良い事言ってるけど、さっきのツッコミ入れなくていいの?
(おーなんかカッケーな)
早川の手下から声が聞こえる。
えっ?なんか工場長男からモテてるじゃん。
なんかムカつくんだけど。
「ちっ。
そういうところが嫌いなんだよ」
と早川総長は唾をはいて言った。
唾は早川自身の特攻服にかかった。
手下が笑いをこらえている。
「そうか。嫌いだったか。それはすまない。無自覚に傷つけたな」
と工場長は言った。
「いえいえ、人それぞれありますから、私のほうも……はっ! じゃねぇわ。
もういい、お前らかかれ」
と早川総長は言った。
その号令で手下たちが一斉に襲い掛かる。
その瞬間
あの巨体が消えた。
手下たちは勢いあまって仲間を殴っている。
クソいてえじゃねぇか。
手下同士が殴り合いの喧嘩を始めた。
「やめろ。お前ら!」
と早川総長は言った。
手下たちは喧嘩をやめる。
「やばいやばい。騙されるところだった」
「これが幻覚の術だな。さすが伝説」
手下たちから声が聞こえる。
「よしお前らこっちに集れ、今からスース―して目が覚めるの塗ってやる。
これでもう幻覚の術は聞かねえ」
と早川総長は言った。
手下たちが行儀よく列にならんで、スースーするやつを塗られる。
時折
「早川さん、それ塗り過ぎっすよ。目が痛いっすわ」
と手下の声が聞こえる。
「ちょっとガマンしろよ。あとで大判焼きおごってやっから」
と早川総長は言った。
「おぉゆっくりやれ、待っててやるから」
と工場長は言った。
「おぉすまねえな」
と早川総長は言った。
おいおい。不良の喧嘩というのはこういうものなのか?
いや違うだろ。
私はだんだん飽きて眠たくなってきた。
5分後……
「待たせたな。おい囲め」
と早川総長は言った。
手下たちは工場長を囲む。
「勢いよくいくなよ。またぶつかるからな」
と早川総長は言った。
(うっす。気合の入った声が聞こえる)
「さすがにコイツはヤバイな」
と工場長は言った。
おいおい、さっき勝てるチャンスだったんじゃね?
「こっちには人質がいるんだからな」
と早川総長は言った。
「卑怯だぞ」
と工場長は言った。
「私には構わず逃げて」
と私は言った。
手下たちは小さく拍手している。
これ追加料金貰ってもいいんじゃね。
私は思った。
「大丈夫だ。俺は悪には屈せん」
と工場長は言い。
特攻服の上のボタンを外しだした。
なにその展開と思ってみていると、
工場長のお腹には何かがテープで巻きつけられている。
(爆弾だ)
と手下が叫んだ。
「うそ。バカ。工場長。あんたいかれてんのか」
と私は言った。
「ちょちょちょちょちょちょちょちょ早まるな」
と早川総長は言った。
「甲南。すまんな。俺も死ぬから許してくれ。
こいつらも巻き沿いにしてやる。
大丈夫だ。正義は残る」
と工場長は言った。
その目は少年のようにピュアで達観した目だった。
私はその目を見て、なんだかどうでも良くなった。
「まぁいいか。ロクな人生じゃなかったけど、あんたに会えて少しは楽しかったよ」
と私は言った。
「ちょっとまて。お前止めろよ」
と早川総長は言った。
「いいじゃん。別に」
と私は言った。
「そうだ」
と工場長は言った。
「お前らズラかるぞ」
と早川総長はそう言い逃げ出した。
手下たちも慌てて逃げ出した。
「ちょっと。私のバイクは……」
と私は言った。
すると手下が
「すんません。これ鍵です。これガソリン代500円。あとキレイにワックスかけときました。
ホントすんませんでした」
と頭を下げた。
こうやって、私の拉致事件は解決した。
「爆弾巻き付けて死ぬなんてバカですか?」
と私は言った。
「あぁこれか?これは偽物だ」
と工場長は言った。
どうやら幻覚を見せられたのは、あいつらだけじゃなかったようだ。
私も……。
私はますますこの工場長という人物がわからなくなった。




