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近づく二人

端っこにある鉄パイプで作った何か骨組みのようなものは、

工場長の懸垂用とディプス用の器具だった。

80㎏はあろうかという巨体は、軽々とあがっていく。

あれを毎日50回とは信じられない。

その後スクワットも100回軽くこなした。

途中猫たちが工場長にしがみつき、運動を妨害?

いやウエイト代わりになっているのか。

工場長にしがみついている。

工場長の白いTシャツがところどころ血がついている。


「工場長。血が……」

と私は言った。


「あぁこれな。運動中にしがみついてきて、爪が刺さるんだ。

毎度のことだから気にしないでくれ」

と工場長は言った。


工場長の生傷って……。

これ?

私はそう思った。


続いて工場長は鏡の前に立つ。

そこからシャドーボクシングを始めた。

と思ったら、シャドーボクシングのようで、シャドーではない。

あれは一体何なんだ。

攻撃というより、防御主体のシャドーボクシングのようだった。


すると工場長は鉄パイプを手にした。

今度こそ、これで喧嘩の練習かと思ったら、受けの練習をしているようだった。


私は思わず聞いてしまった。

「それはなになんですか」


「これは防御の訓練だ」

と工場長は言った。


「防御の訓練?」

と私は言った。


「あぁ俺は年少を出てから、一度もパクられてはいない。

なぜだかわかるか?一度も人を殴っていないからだ。

たしかに抗争はあった。

しかし一度も殴ってはいない。

全部避けて、相手が勝手に自滅したんだ。

当然殴っていないんだから、障害にはならない。

戦わずして勝つというのは、こういうことなんだ。

そしてそれができたのも、このシャドーがあったからなんだ」

と工場長は言った。


私は工場長という人間がよくわからなくなっていた。

全部避けて相手が勝手に自滅。

そんなことあるのか?

いやある。

アニメの世界ではたまにある。

絶対的強者がやるあれだ。

あんな事が本当にできるのか?


いやいやフィクションでしょ。

そう思っていた。

しかし今現にこのシャドーを見ていると、

本当にあると言わざるを得ない気がしてきた。


そうして私がボーっとしている間に、

トレーニングは終わった。

そして工場長はシャワーを浴びにいった。


……

そうか、工場長はトレーニングの汗を流しているだけなんだ。

冷静になれ私。


(かちゃ)

扉が開く音がする。

上半身裸の工場長が現れた。

厚い大胸筋と広背筋。

体脂肪の少なさを表す6パック。いや8パックあるかもしれない。


あまりにもの完成された体に、私はステを疑った。

いやこれは違う。

工場長の僧帽筋はナチュラルだ。

そしてあのメニューなら、こうなるだろう。

私は察した。

工場長はやはり裏社会の殺し屋なのかもしれないと。


……


工場長は服を着替え、冷蔵庫を開けた。

冷蔵庫には保存容器につまったご飯があった。


工場長はそれをレンジにかける。


(ちーん)


「ご飯できたぞ」

と工場長は言った。


私は事務所のほうに入っていった。


テーブルの上には、保存容器に入ったご飯とチキンカツとコロッケが無造作に置かれていた。


「飲み物は白湯か水かなんだが、どっちが良い?」

と工場長は言った。


「では白湯で」

と私は言った。


「じゃあ食おう」

と工場長は言った。


私たちは食事を始める。


チキンカツの小麦色に、ご飯の白。

この食卓に色はない。

私はそう思った。


「野菜とか食べないんですか?」

と私は言った。


「あぁビタミンとか繊維質の心配だろ」

と工場長は言った。


「えぇまぁ」

と私は言った。


「それは大丈夫だ。米を炊くときに繊維質のパウダーを入れている。1日分の食物繊維は完璧だ。あとマルチビタミン&ミネラルも取っている。完璧だ」

と工場長は言った。


「あぁそうですか」

と私は言った。

そうだと言えば、そうなのだが、工場長には食の楽しみみたいなものはないのだろうか?

私は……。

そうか私にも食の楽しみはなかった。

どちらかというと、あの無言の食卓は苦痛でしかなかった。

そうか食というのは、楽しいものではないのかもしれないな。

私は思った。


「ソースとかかけないのですか」

と私は言った。


「ここのチキンカツとコロッケは味が濃いからかけない。塩分はWHO基準の5g以下だ」

と工場長は言った。


塩分はWHO基準の5g以下?

あれはフィクションの話だけじゃなかったのか。

あんなもの現実にできうるのか?


「朝と昼ご飯は何を?」

と私は言った。


「昼は食わない。朝は同じご飯に納豆と生卵だ。付属のタレだけで醤油はかけないし、5g以下だ」

と工場長は笑った。


WHO基準塩分5g以下を現実にした男がいた。

私はフィクションの世界なんて本当はないのかもしれない。

そう感じていた。


それから私たちは、猫たちに餌をやり、猫動画を撮る練習をした。


それでわかったのは、

工場長が動画を撮る際に、何も考えていないことだった。

私は倉庫のなかで少しは映えそうな場所を探し、そこに猫を誘導し動画を撮影した。

多少難はあったが、満足いく動画が撮れた。


気分を良くした私は、

私は猫を追いかけながら動画を撮り始めた。

夢中になって追いかけていると、

転がっていた鉄パイプに足を滑らせた。

下はコンクリートだ。

受け身は取れない。

あぁここで終わるのか。

私は工場長に殺されることはなかった。

ただ足を滑らせて死ぬ。

工場長の顔が見える。

相変わらずいかつい顔だ。

もしかして、これは事故に見せかけた誘導。

やはり工場長は私の命を……。

そう思った瞬間。

私の身体は何かにつつまれた。

一肌のようなぬくもり、

そして安心感。


「おい。甲南だいじょうぶか」

と声が聞こえる。



「あぁ工場長か……。

私は死んでも工場長からは離れられなれないのか」

と私は言った。


「何を言ってる。お前は死んではいない。俺が受け止めた。大丈夫だ」

と工場長は言った。


「あざす」

と私は言った。

工場長の顔が緩んだ。

そして私の心も少し緩んだ。


よかった。

また首の皮がつながった。


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