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工場長の過去

沈黙は金、雄弁は銀という言葉がある。

これが事実ならば、全ての政治家と弁護士は金バッチを外したほうがいい。

彼らは常に雄弁であるだけなのだから。

沈黙を通した政治家や弁護士などいようはずがない。


かくいう私も雄弁なのだろう。

私には微妙なものがあると、ついつい質問したくなる癖がある。


そして私はこの癖で、窮地に陥ることになる。

必要以上に工場長の過去を知り過ぎたのだ。


途中で話を変えればよかったと後悔をしている。


私は保護ネコにカカオと名付けていることが気になった。


一見カワイイ名前だが、実はカカオに含まれるテオブロミンとカフェインという成分は、猫の体内では分解・排出能力が低いため、中毒物質となる。

だから猫にチョコレートを食べさせてはいけないと言われているのだ。


私は思わず聞いてしまう。

「なぜカカオって名前なんですか?」

と……。




工場長は言った

「あぁ猫にはチョコを食べさせてはいけないのにだろう。

疑問を持つよな。不適切だよな。

でもな……、

これには深い理由があるんだ」


工場長は自らの過去を語りだした。


「今は強面で通っているが、昔は身体も弱くいじめられっこだったんだ。

中学1年生の頃、白い子猫を拾ってな。

ポチと名付けて育てていたんだ。


俺はバカでな。


動物はだいたいポチと名付けたらいいだろう。

そう思ってたんだ。でもなポチは犬の名前なんだ。

猫にはそぐわないんだとよ。

そしてそのポチをな。


河川敷で育てていたんだ。

親に弁当代で500円もらってな。


その一部でエサを買って育てていたんだ。

かわいくってな。はじめてだよ。

誰かを守る喜びを知ったのは。


ある日の夕方、学校の補習で、いつもより遅くなったんだ。


ポチが腹すかせてるかなって思って急いで行ったら、高校生の不良5人に囲まれててな。

いじめられてたんだ。

俺、いじめられっこだったから、怖くてな。やめろって言えなかったんだ。

でもあいつら……

ポチに石を投げはじめて……

俺は切れた。

もうそこからは記憶がないんだ。

気がついたら、ポチは血まみれで冷たくなってて……。

高校生達も血まみれだった。

俺もボロボロだった。


俺は少年院に入る事になった。

そして出てきたら、札付きの不良と呼ばれて、知らないうちに暴走族の総長になってた。


まぁ知らないうちといっても、喧嘩ばっかりやってたから、喧嘩でたぶんのし上がったんだと思う。


そしてある夜の事。

仲間に売られて敵対する暴走族50人に囲まれてボコられた。

もう死んだと思ったよ。

足の骨折られて鼻も折れた。

前歯も一本抜けた。

もう終わりだと思ったんだ。


するとな……、そこにポチが現れたんだ。

そして前のように顔をペロペロ舐めるんだ。


やっぱり……俺死んだんだって思ったね。

神様ありがとうって思ったよ。

こんなクソ野郎のために、最後にポチを迎えに越させてくれるなんてって。


そしたら気がついたら病院のベッドの上で寝ていたんだ。


看護師さんに聞いたら、

「ノラ猫が通行人を呼び止めて、あなたの所へ連れてきたんだって。

もう1時間遅かったらヤバかったって先生言ってたよ」

って言われたんだ。


俺退院してから、そのノラ猫を探しまわったんだ。

そしたら、数日前に猫が倒れていて保健所に連れて行かれたと言われた。

俺保健所に行ったよ。

そうしたら、

「その猫は空腹だったのか。捨てられてたバレンタインのチョコを食べて亡くなった」

と。そう言われた。

カカオって名前は二度と、あんな悲しい出来事は起こさせないという俺の決意なんだ」


私は工場長の話を聞いて、

ボロボロ泣いてしまっていた。


あまりにも壮絶な過去に、かける言葉はみつからなかった。

政治家ならどう答えるだろうか?

偉い聖職者ならどう答えるのだろうか?

私はそんな事を考えた。


でも答えは見つからない。

時計の針の音が、かちんかちんとやけに大きく聞こえる。


訴状が届いていないので……。

これは違う。

ぜったい違う。


真剣に考えろ。


「がんばりましたね」

と私は思わず言ってしまった。

適切ではない言葉だと思った。


……沈黙が流れる。


うつ向いていた工場長は私の方を見た。

「ありがとうよ。そう言われると救われるわ」

と工場長は涙を流した。


がんばりましたね。

これでよかったのか?

上から目線じゃなかったのか。


私は答え合わせに必死だった。


「俺はバカだから、難しい事はよくわかんねぇ。でもな……例え小さな命だったとしてもかけがえのないものだという事ぐらいはわかるんだよぉ」

と工場長は小さく途切れそうな声で言った。


ふと工場長を見ると、そこには巨体のイカツイ男の姿はなく。

小さい子供の姿があった。


これが工場長の子供時代?

私はそう思った。


瞬きする間に少年は消え、巨体のイカツイ男が戻ってきた。


この男は裏社会の人間かもしれない。

しかし更生できる。

私はそう確信した。



工場長は高校生のその後も教えてくれた。

猫に石を投げた高校生たちは心を入れかえ、

動物保護活動に力を入れているそうだ。


三つ子の魂百までという諺がある。

これは、幼い頃に形成された性格や気質は、年をとっても変わらないという意味の諺だが。

猫をいじめた高校生は、どうだったのだろうか。

もともと性格が良かったのだろうか。

いやそうじゃないだろう。

小学生にボコボコにされるというショックな出来事で反省をして。

更生したのではないだろうか。


三つ子の魂百までという諺は、人は変われない事を示唆する。

でも私は人は変われる。

と信じたい。

工場長も強くなったし、高校生も変われた。

罪は消えないが、人は変わることができる。

それなら私もきっと……、

工場長の過去が私を変えてくれる気がした。


工場長の背中は広く、そしてたくましい。

その肩の上にどれほど多くのものを背負ってきたのか。

私には計り知れなかった。



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