昔の知り合いからの攻撃
工場長のアカウントが300件を超えたころ、
工場長のアカウントに荒らしがやってきた。
……
伝説の早朝と呼ばれた男が、
猫の世話とは笑わせてくれる。
ずいぶん落ちぶれたもんだな。
……
私は関わり合いにはなりたくなかったが、このまま工場長のアカウントがどうかなると。
私の責任にもなりかねないので、工場長に尋ねた。
「この悪玉菌具って方はお知り合いですか?」
と私は言った。
「いや……悪玉菌具って名前の知り合いはいないんだが……」
と工場長は言った。
いやいや。そうだろ。そうだろ。
私は話を変える事にした。
「伝説の早朝って、朝早くになにかしてたんですか」
と私は尋ねた。
「多分……早朝じゃなくって、総長なんだと思う」
と工場長は照れくさそうに言った。
「総長ってなんですか?」
と私は言った。
「いや……怖がらす気はないんだが、ほら走り屋というか、バイクでばーっと集団で走るやついるだろ」
と工場長は言った。
「暴走族ですか?」
と私は言った。
「あぁその暴走族の総長だったんだ」
と工場長は言った。
なるほど。そうか。私の勘は正しかった。
やはり裏社会の人間だったんだ。
しかし、この展開は……
まさか殺される?
「それは誰にも言いませんから」
と私は言った。
「あぁ別にいいさ。知ってる奴は知ってるし」
と工場長は言った。
えっ知ってるの?有名なの?
私は思った。
「じゃあ、消されたりしないですか?」
と私は言った。
「消す?物騒なこというなよ。なんでそんな事しなくちゃいけないんだ」
と工場長は言った。
私は工場長の一言に少し安心をした。
「で……どう思う?どう対応するのがいいだろう」
と工場長は言った。
私は思った。そんな責任重大な事を聞いてくれるなと。
「私には状況がわかりませんが、
SNSのパターンとしては
①ブロックしてスルーする。
②ハッキリと答える。
二つが多いかと思います。
①の場合はブロックされたことが相手にわかりますが、そのアカウントからの直接攻撃は防げます。しかし根に持たれることもあるでしょう。
②の場合は、アカウントからの直接攻撃はありますし、炎上する可能性もありますし、根に持たれることもあるでしょう」
と私は言った。
「どっちにしろ、根に持たれるってことか?」
と工場長は言った。
「うまい事言えればいいですが……、
そうでない以上、根には持たれるかもしれませんね」
と私は言った。
「こうやって絡んでくる時点で、なんか昔俺とあった奴で根に持ってるのかもな」
と工場長は言った。
「言いにくいですが、可能性はあるかもです」
と私は言った。
正直……
超気まずいけど。
悪玉菌具何をしてんねん。
私は悪玉菌具を激しく憎んだ。
「わかった。一言言ってやる」
と工場長は言った。
「炎上には気を付けて」
と私は言った。
「あぁわかった」
と工場長は言い、工場長はどこかへ消えた。
私は数時間後、工場長のSNSを見る。
……
伝説の早朝と呼ばれた男が、
猫の世話とは笑わせてくれる。
ずいぶん落ちぶれたもんだな。
……
ふん愚かだな。
他者の命を守れるという事は、
その力があるという証明だ。
ノブリスオブなんとか
力を持つ者の義務という意味だ。
お前にいってもわからないだろう。
こそこそ社会から逃げてばかりいる奴らにな。
……
工場長はそう悪玉菌具に返信していた。
悪玉菌具からの返信はなかった。
私は悪玉菌具のアカウントを調べ始めた。
諜報活動の専門用語にOSINTというものがある。
Open Source Intelligence(公開情報諜報) の略。
新聞、雑誌、SNS。公的データ、公開研究、企業情報、地図・衛星写真
など、一般に入手可能な情報だけで諜報の大部分が成立するという考え方。
CIAをはじめ、世界の情報機関が使う正式な用語で、
諜報活動に必要な情報の約70~90%はOSINTから得られる。
私はまずOSINTを得る事にした。
悪玉菌具のアカウントを調べ始める。
まずは投稿内容。返信の内容。フォローと、フォロワー。
投稿内容は、社会への不満をぶちまけたものばかりだった。
・公衆電話が減りテレフォンカードが使えなくなったのは陰謀だ。
・回数券の使用期限を無期限にしろ。
・煽り運転の何が悪い。
・尼下り団体を潰せ(おそらく誤字⇒天下り)
・●●の激辛ラーメンは痔に悪い成分が混入している。
等々、気持ちはわかるような、わからないような微妙なものが多かった。
そして裏垢の『拡散すればHな写真プレゼント』みたいな投稿を拡散させる投稿も多かった。
アカウントの利用履歴は5年を過ぎていた。
なんだ……
このアカウント??
返信内容を見てみた。
いろんなバズった投稿に、チャチャを入れるようなものが多く、議員アカウントにも、よく文句をつけていた。
フォローしているのは、ギャンブル情報サイト、風俗のお姉さん、裏垢、お金配りアカウントが多かった。
フォロワーは、ほとんど借金関係と、お金配りアカウントだけで占められていた。
そして13:50
「消されるかもしれない……」
との投稿がなされた。
消される?
それから数時間後、悪玉菌具のアカウントは凍結されていた。
悪玉菌具に何があったのかはわからない。
わかったことは。
悪玉菌具のアカウントは凍結……されたということ。
私は工場長に言った。
「凍結?なんじゃそれ……
まぁ絡んでこなくなったんならそれでいい」
と工場長は笑った。
屈託のない笑顔だったが、私は底知れぬ怖さを感じた。
工場長は行き場のなくなった返信を削除していた。
こうやった不要なものは確実に消していくのが、プロの仕事なのだろう。
私は工場長のプロフェッショナルぶりに敬意を感じた。
もしかして、悪玉菌具は本当の意味で消されたのかもしれない。
私も消されないように、全力を尽くそう。
そう思った。
生殺与奪の権を握った男……。
それが工場長なのかもしれない。




