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ナイス化成の信号

ナイス化成の先輩に肩まである髪をそれぞれ赤、緑、黄色に染めた3人組の男性社員がいる。

人呼んでナイス化成の信号。

先輩たちはそれを嫌がる様子はない。

完全に信号機になり切っているようだった。

派手な髪色からは一見とっつきにくいが、とても良い先輩だ。

私が荷物の搬入で困っていると、走ってきて荷物を持ってくれたりする。

とても後輩思いの先輩だ。


私は彼らが歩いている姿を見て。新入社員歓迎会の際、彼らをめぐって一悶着あった事を思い出していた。


ナイス化成の新入社員歓迎会は、市内のホテルの宴会場を使って行われる。

そこでどこかのオジサンとナイス化成の信号がトラブった。


ことの発端は、ナイス化成の信号が、市議会議員と肩がぶつかったことから始まる。


市議会議員は、酔っていたのか。

彼らを罵倒し始めた。

その声は少し離れた宴会場まで聞こえてきた。


「なんだ。お前らの態度は」

と市議会議員は言った。


「だからさっきから謝ってるじゃないですか」

と赤は言った。


「そんなな。髪色をしている奴がな。何を言っている」

と市議会議員は言った。


「髪色は関係ないでしょう」

と青は言った。


「大ありだ。馬鹿もん」

と市議会議員は言った。


「何が馬鹿もんだ。オッサンこそ失礼だろ」

と黄は言った。


「俺はな、この市の市議会議員だ。悪を打倒する必要がある」

と市議会議員は言った。


「だから、さっきから肩がぶつかったのを謝ってるでしょう」

と赤は言った。


「なにを生意気な。お前らはどこのもんだ」

と市議会議員は言った。


三人は沈黙する。


「なになに。ナイス化成だと……。

あぁあそこの化成工場か。

そうだ。

お前のところは生意気だから、

許認可取り下げてやる。

吠えずら欠くなよ」

と市議会議員は言った。


「そんな。他の人に迷惑がかかります。

じゃあ、俺の事を殴れよ。

それで気が済むなら」

と赤は言った。


「俺も殴れ」

と青は言った。


「俺も殴ってくれ。皆は関係ない」

と黄は言った。


「ふふふ。偉そうに、馬鹿どもが……」

と市議会議員は言った。


宴会場の隅で、一人沈黙していた工場長が立ち上がった。

私の目は工場長を追う。

あっ。

あの市議会議員。

きっと今日が命日になる。

私はそんな予感がした。


私は工場長のあとを追いかける。

別に止める気はない。

あの市議会議員の最後をこの目に焼き付けるためだ。

工場長のあの太い腕で、市議会議員を吹っ飛ばすのかな。

私は不謹慎ながら興奮した。


「うちの若いもんが世話になったようで」

と工場長は言った。


市議会議員は、工場長を見上げる。

身長は180㎝、体重は推定80㎏程度、顔や腕に無数の傷があり、坊主頭。

加えて低音ボイス。

その工場長が

「うちの若いもんが世話になったようで」

と言ったものだから、

市議会議員の顔はひきつった。


生物の本能。

消される。

市議会議員は思ったのだろう。

とっさに冷静さを取り戻した。


「あんた。市議会議員の角田さんだな」

と工場長は言った。


市議会議員の顔はこわばった。

「……それがどうした。そんな怖い顔しても、俺は怖くないぞ」

と市議会議員は言った。


さすが歴戦の強者といったところだろうか。


「いや。そうじゃない。あの3丁目の交差点の信号の件、あれは助かった。ちかくのじいちゃん、ばあちゃんが感謝してたわ」

と工場長は言った。


市議会議員の顔がふっと緩んだ。

「あぁあれは、陳情があったからな」

と市議会議員は言った。


「それでな。こいつらの髪色なんだが、許可したのは俺なんだ。すまねぇ。お前さんに不愉快な思いをさせるつもりはなかったんだ。

でな。こいつらの。この髪色には理由があるんだ。

それを聞いてくれねぇか」

と工場長は言った。


「……あぁ聞こうじゃないか?」

と市議会議員は言った。


「こいつらの親はな。

仲の良い3人組だったんだ。

それがな。

5年前信号無視で走ってきたトラックにひかれて亡くなった。

こいつらはな。

この髪色でもっと信号に興味を持ってくれる人が増えれば、交通事故も減ると思ったんだ」

と工場長は言った。


「はぁ笑わせるな。そんなもので交通事故が減るわけないだろ。

だから不良はダメだっていうんだ」

と市議会議員は言った。


「不良のなにが悪い。

お前は消化不良、お腹を壊したことがないのか?」

と工場長は言った。


「腹ぐらい壊したことはあるわ。お前もバカなのか」

と市議会議員は言った。


「いいか。体の不良というのはな。

体の具合が悪くなって生まれるものだ。


お前のように、排除するという思想ではなく。

まず体の方はよくしないと、体の不良は治らないんだ。


こいつらは社会の具合が悪くなって生まれた不良だ。

社会がなおらないと、根本的になくすことはできないんだ。


お前のような偏見が、こいつら不良をさらに生きずらくさせるのがわからないのか」

と工場長は言った。


市議会議員は黙った。


そこにホテルの支配人がやってきた。


「いやいや。まことに恐れ入ります。お客様に失礼な態度を取られると、私どもも困りますので、現時刻をもってお客様を出入り禁止とさせていただきます」

と支配人は言った。


「ほら見ろ。ホテルもこう言ってる。さっさと出ていけ。会社も潰してやるからな」

と市議会議員は言った。


「いえ。出ていくのは角田さん、あなたです。一応今の会話も録音しておりますし、監視カメラの画像は、ナイス化成さんにお渡ししますので、どうぞご自由に。

それと、今後角田さんの講演会等での宴会場貸し出しも全てキャンセル扱いとさせていただきます」

と支配人は言った。


「なんでこいつらの肩を持つ」

と市議会議員は言った。


「当市にとっても、ホテルにとっても、本当に必要なのはナイス化成さんのほうですし、それに角田さんのような方が、当ホテルをわが物顔で歩かれるのは、ホテルの格が下がりますので……、

総合的な判断をしただけでございます」

と支配人は言った。


「吠えづらかくなよ」

と市議会議員は言った。


「角田さん、あと任期は3か月。せいぜい最後のお勤め頑張ってください」

と支配人は言った。


市議会議員は何も言わず去っていった。



「お見苦しいところ失礼しました」

と市議会議員は言った。



「いいのか。支配人」

と工場長は言った。


「いいのですよ。私もずっとあの角田には頭に来ていましたから。

そうそう信号機さん。

私はあなた達の髪色良いと思いますよ。

私も仕事がホテルマンでなければ、そんな髪色にしたいと思いますし」

と支配人は言った。

支配人の頭はみごとにツルツルだった。


ナイス化成の信号機は頭を深く下げた。


私は思った。

確かに予想通り、今日が市議会議員の命日だった。

しかし工場長は会話しただけだった。

死への行進を始めたのは、市議会議員の方だった。

死への行進デスマーチ

SEの世界ではデスマーチが頻繁にあるそうだが。

こういう事なのかもしれない。

私は一つ大人になった気がした。


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