工場長との共同生活
倉庫の中の事務所に入った。
そこにはベッドがひとつとソファーと机。
私が実家から持ってきた荷物は、
着替えと通帳と、大仏の置物だけ。
もともと私の持ち物は少ないけど、
今回の引越でさらに荷物が少なくなった。
「甲南……」
と工場長は言った。
「甲南はやめて……」
と私は言った。
「じゃあ、なんて呼べばいい」
と工場長は尋ねる。
「女王様」
と私は言った。
「いや。さすがにそれはないだろ」
と工場長は言った。
「じゃあ下の名前で栗須で、あっ面倒だからカタカナで呼んで」
と私は言った。
「わかったクリス」
と工場長は言った。
「どうしたの。まもるひと」
と私は言った。
「クリス。それ読み方間違っている守る人と書いてモリヒトだ。
俺もカタカナでいい」
と工場長は言った。
「そうね。書く人が楽だもんね。モリヒト」
と私は言った。
「ところでなぜ俺まで下の名前で呼ばれている」
と工場長は言った。
「私だけクリスと呼ばれて、私が工場長と呼ぶのは差別よ」
と私は言った。
「あぁそうか……。
ところで寝るところだが……、
俺が使ってた寝袋がある。
それを使え。
とりあえずな」
と工場長は言った。
「わかったわ」
と私は言った。
工場長は寝袋を探しだした。
……5分が経過した。
「すまん。クリス。猫のオシッコまみれだ。
今日はこれでガマンしてくれ」
と工場長は言った。
「ちょっと待ってよ。猫のオシッコまみれの寝袋で寝ろというの?」
と私は言った。
「だいじょうぶだ。消臭剤はふるから」
と工場長は言った。
「消臭剤とか、そんな問題じゃないでしょ」
と私は言った。
「じゃあどうする?ベッドは一つ。一人はソファーで寝るとして。布団はどうする?」
と工場長は言った。
「テンプレ的な展開では、男がここは俺がソファーで寝るっていうわよ」
と私は言った。
「ここは俺がソファーで寝る(棒読み)」
と工場長は言った。
「そんな悪いわ(棒読み)」
と私は言った。
「で……、布団はどうする?」
と工場長は言った。
「そうね、いい手を思いついたわ。モリヒトは猫を布団代わりにすれば良い」
と私は言った。
「おぉそうか。クリスお前賢いな」
と工場長は言った。
とりあえず、その日のベッド問題は解決した。
明日になればベッドと布団を買いに行こうと決めた。
そんなこんなで工場長との共同生活は始まった。
しかしここでトラブル発生。
信号機が私たちの共同生活をかぎつけたのだ。
「工場長と甲南って一緒に住んでるんでしょ」
と赤はニヤニヤして言った。
「住み込みでな。バイトしてもらってる」
と工場長は言った。
「そうなんすっか。でね……3人からプレゼントがあるんですよ」
と青は言った。
そのプレゼントとはYesとNoと書かれた枕だった。
「なにこれ?」
と私は尋ねた。
「ほら共同生活してると、言いにくい事とかあるでしょ。それを答えるための枕っすよ」
と黄色は言った。
「これ便利そうだな」
と工場長は言った。
「うんうん。そういうのあるもんね」
と私は言った。
「でわでわ……」
と信号機たちは去っていった。
YesNoと書かれた枕を持つ私達。
なぜだか、周りがクスクス笑っていた。
……
工場長と生活をはじめてから、
「最近キレイになったね」
と言われることが増えた。
「恋でもしているんじゃないの」
とよく言われる。
私は誰にも恋をしていない。
「勘違いじゃないの?」
と返すが、実際鏡を見ると顔がキレイになっている。
私は本当に恋をしているのか。
だとすれば相手は?
カカオか?
いやあれ猫だしな。
まさか……
工場長に???
いや……
私に限って工場長に恋をするはずはない。
私は思い切って工場長に聞いてみる事にした。
「私最近キレイになったねと言われるんだけど、そう思う?」
と尋ねた。
工場長は目を細め、顔を近づける。
顔が近い。怖っ。あれ……実は結構男前?
「いや。クリスは前からキレイだけどな……。
キレイになったといえば、顔が小さくなったかもしれないな。
あぁそうかそうか。塩分だよ」
と工場長は言った。
「塩分?」
と私は言った。
「そうそう。塩分。俺と同じ食生活だろ。あれ1日5g未満なんだよな。塩分で顔は大きくなる。まぁ浮腫むってやつだ。前より塩分が減って小顔になったんじゃねぇか」
と工場長は言った。
私は考えた。たしかに体のむくみは減っている。
「おぉそれでか。モリヒトお前のメニューすげーな」
と私は言った。
「だろ」
と工場長は笑って言った。
なるほどそうか。
だからやっぱり恋じゃないんだ。
私は安心をした。
でも……、
工場長が前からキレイだけどなと言ったことが、
なんだか嬉しかった。
「そうか。モリヒトから見て、私はキレイか……」
と私は言った。
「そうだな。クリスは相当美人だと思うぞ」
と工場長は言った。
私はなぜだか非常に恥ずかしくなった。
……
私は基本的に体を動かすのが割と好きだ。
だから工場長のやっているメニューを真似することした。
ただ回数はかなり少なめでスタートした。
懸垂とディプスは工場長に腰を持って補助してもらい行った。
工場長のごつごつした指が私の腰に回る。
すっと身体が軽く感じる。
支えられているという安心感なのか。
なんともいえない開放感というのか。
ハードな運動が心地よく感じた。
しかしこの男の身体は傷だらけだけだが、とてもキレイだ。
無駄な脂肪はなく、隙間なく鍛え抜かれている。
ボディビルダーのような筋肉ではなく、
体操選手のような筋肉。
それはサラブレッドのような筋肉というのだろうか。
モリヒトは私を美しいと言ったが、
この男も美しい。
そう感じた。
私はどうしてしまったのだろうか。
四六時中モリヒトの事を考えている。
ひょっとして、ご飯に何か混入されているのかもしれない。
そんな恐怖が頭をかすった。




