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甲南の親

私と工場長。

そして私の両親が実家のリビングで向き合っている。

時計の針がカチカチと聞こえる。

さっきから心臓の鼓動が苦しい。


なんでこうなった。私は思い出していた。


工場長は私を家まで送ってくれた。

そして言った。

「昨日家に帰ってないだろう。

俺が説明する」

と、


私はまぁそうなるわなと思って、受け入れたが甘かった。


うちの親は普通じゃない。

そして……

工場長このおとこも普通じゃない。


私の親を前にして、

「昨日は娘さんが帰宅されてなかったのは理由があります」

と工場長は言った。


「そうなのか?栗須は帰ってなかったのか」

と父は言った。


「知らないですよ」

と母は言った。


そうだった。うちの親は私が生きていようが、死んでいようが……

多分気が付かない。


工場長はポカンとした顔をしている。


「別に興味ないので、帰っていいですよ」

と父は言った。


「そうです。お帰りください」

と母は言った。


「それより、栗須お前に縁談が来てるから結婚しなさい」

と父は言った。


母は見合い写真と、プロフィールを持ってきた。

「ほらイケメンでしょ」

と母は言った。


私は頭が真っ白になった。


「娘さんは拉致されたんですよ」

と工場長は言った。


父は眉をひそめた。

「拉致をされたなら、なぜここにいるんですか?」

と父は言った。


「私が救出しました」

と工場長は言った。


「なんでそのまま見捨てなかった!余計な事をして。娘にはちゃんと生命保険をかけているんだ」

とテーブルを叩き父は怒った。


なにそれ……。

生命保険??

怒るところ……

そこ?


「そうよ。余計な事をして」

と母は言った。


私は手の震えが止まらなかった。

なんだこの人たちは。

理解できなかった。

拉致された娘を救った工場長に余計な真似をして……。

意味がわからない。


「まぁいい。結婚すれば結納が出る。

それに元市議会議員の角田さんのご子息だ。

上手く使えるだろう」

と父は言った。


「だから結婚しなさい。ほらイケメンでしょ。イケメン」

と母は言った。


イケメンには2種類あることを今日はじめて知った。

イケてるメンズといけすかないメンズ(全く好きになれないという意味)だ。

親の勧めた相手はいけすかないメンズのほうだった。

しかもあの市会議員の息子。

完全に逆ベクトルのイケメンだ。


「ご両親はいつもこんなに君に対して無関心なのか?」

と工場長は言った。


「……想像以上でした。放任主義とは聞いていましたが……」

と私は言った。


工場長は両親の目をまっすぐに見た。

「過保護もダメだが、放任もいけない。

あんた達がまったく子供に愛を向けていないとはいわない。

しかし愛が足りないと。子供は愛し方をわからなくなるんだ。

それは世界から愛を確実に減らしてしまう。

愛は人類の財産なんだ」

と工場長は言った。


「ふっ」

両親は工場長の言葉を鼻で笑った。

それは工場長への侮蔑という意味だけではなく、

確実に私への侮蔑でもあった。


私は目の前が真っ白になる。

すでに真っ白になった上での真っ白。

白に白を重ねると、少し前の真っ白さえ、

まだ色実があったのだと感じる。

私にはまだ色彩は残っているのだろうか。

そして完全な純白になったとき、

人はどうなってしまうのだろうか。


私は『完全なる虚無』という言葉を思い浮かべた。


「甲南。

お前……うちの倉庫で住み込みで猫の動画撮るバイトしねぇか」

と工場長は言った。


「なんで……」

と私は言った。


「猫を救うためだ」

と工場長は言った。


「わかりました。手伝います」

と私は言った。


私は工場長の意図を感じ取った。

工場長は猫だけじゃなく、

私を救おうとしていた。


工場長の横顔を見る。

あのいつも強面の工場長が、悲しそうな顔をしていた。

私はその横顔を見て、心が押しつぶされそうになった。

両親の虚無さよりも、傷ついた工場長を見ているほうが辛かった。


「娘を奪う気か?」

と父は言った。


「いえ、単なるバイトです」

と工場長は言った。


「まぁいい。この婚約は一度断わっておく。生命保険はかけてるしな。

おいお前、こんな女と関わったら後悔するぞ。

なにも知らないくせに。

この女がどんだけ恐ろしいか」

と父は言った。


「我が生涯には『にへんくらいしか』悔いなし」

と工場長は言った。


両親はきょとんとしている。


私と工場長は荷物をまとめて、実家を後にした。

両親は何も言わなかった。

興味がないのだろう。

最後荷物は何を持ち出したかだけチェックしていた。


「我が生涯には『にへんくらいしか』悔いなしって?」

と私は言った。


「我が生涯には『にへんくらいしか』悔いなし。

にへんくらいしかって

ポチとカカオを救えなかったことだ。

だから、つまり今回栗須を救えなかったら、さんへんくらいしかになるからな。

そういう事だ」

と工場長は言った。


工場長の家も複雑な家庭環境だったらしい。

恐らく愛を知らずに育ったのだろう。


愛を知らずに育った者は、愛を与えることができない

そう信じられている。

それは半分は真実で、半分は誤りだ。

私は工場長を見て、それに気が付いた。

ならば私も愛を与えることができるし、

愛のある家庭を築くこともできるかもしれない。

そう思った。

それは私を虚無から救ってくれた。


「人まねの幸せなんかいらない。

自分自身が精一杯の幸せを見つければいいんだ。

自分に素直になれ」

と工場長は言った。


私は工場長の倉庫に来た。


ここが私の住まいになるのか。

そう思った。


そこで初めて冷静になった。

なに?

えっこれって同棲???


頭が真っ白になる。

でも今回の真っ白には、すこし薄いピンクがかかっていた。

この薄いピンクはいったいなんなんだ。


私は動揺した。


ふと工場長の横顔を見る。

工場長の耳が紅くなっている。


もしかして、工場長も恥ずかしくなっているのか。

やばい。

どうしよう。

私はとんでもないピンチに陥ったのかもしれない。


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