裏社会
工場長は裏社会の人間だ。
私の勘がそう囁く。
180㎝はあろうかという身長。
そして鍛え上げられた身体。
日々増え続ける生傷。
低音の声。
するどい目つき。
ボウズ頭。
闇を歩いてきたとしか言いようのない雰囲気。
その全てが恐怖を感じさせるものだった。
私の名前は甲南栗須18歳女。
商業高校を卒業後、化成工場ナイス化成に就職した。
化成工場というと、ほとんどの人がイメージがつかないと思う。
今風に言えばサステイナブルな会社。
産業廃棄物処理の会社とも言える。
主に家畜の残渣の処理をする会社で、若い女子には抵抗感の強い会社でもある。
私はエコロジーに興味があり、この会社を選んだ。
私の仕事は経理と総務。忙しい時には、現場にも入る。
良い言い方をすればオールラウンダー。
悪い言い方をすれば雑用係だ。
私の育ってきた環境は少し複雑だった。
見たくないものも沢山見てきた。
そしてその心の隙間を埋めるようにスパイ小説や推理小説を読みふけった。
私が人並みに幸せだったら、スパイや探偵なんかに憧れなかったかもしれない。
月並みに恋愛ラブコメなんかを読んでいただろう。
人間の裏を暴きたいなんて、人の裏側を知った者にしか、そう言う発想は生まれない。
私はそう思った。
表面上は普通の家庭。
しかし実際は複雑だった。
誰も目を合わせない、
誰も話さない。
誰も関心を持とうとしない。
血を分けた家族なのに、
他人よりも、さらに距離を感じた。
幼稚園の頃
私は思い知った。
我が家では、
父の日も、
母の日も、
贈り物をしてはいけないと。
幼稚園のつたない画力で描かれた似顔絵は、
ビリビリに破られ捨てられた。
そして一言、
「ゴミを作るな」
そう言われた。
親の事を詮索してはいけない。
この暗黙の規律が……、
私に秘密を暴くという願望を植え付けた。
本当はスパイにでもなったほうがよかったのだろう。
しかし私の学力では大学進学は難しく。
両親からは卒業後の進路さえ聞かれなかった。
いきついた選択は、
少し興味があった環境問題だった。
(ぴーんぽーんぱーん―――昼休憩の時間です)
昼休憩のベルがなる。
私の視線は工場長へと注がれる。
きがつかれないように、最新の注意をはらう。
ごくり。
私は唾をのむ。
今日こそは、工場長の秘密を。
私はデスクの引き出しから、ゼリー型の栄養補給食を取りだし、口に流し込む。
今日の日のために、買っておいたものだ。
工場長はいつものように革ジャンをはおり、外にでる。
私も後を追いかける。
(ぶるーん。ぶるーん)
工場長の大型バイクがうなりをあげる。
私は最近買ったスクーターにまたがりヘルメットをかぶる。
今日こそは逃がさない。
工場長のバイクが工場を出た。
私は距離をあけて追跡する。
工場長のバイクは町はずれの路地近くで止まった。
ここが取引現場か。
私はそう直感した。
工場長にむかって、中年の男が手を振っている。
人の良さそうな顔だ。
しかし騙されてはいけない。
あぁ言う一見優しい顔の男のほうが怪しいのだ。
私はスクーターを停め、物陰に隠れる。
ここまで近くに寄ったのは、
はじめてだ。
私は今日、
始末されるかもしれない。
しかし、それだって良い。
私がいなくなったって悲しむものなどいない。
それよりも私の好奇心が撤退を許さない。
声が聞こえる。
ハッキリと聞きとれない。
えっこれは子供の泣く声。
まさか、工場長は人身売買を……。
私の直感は、とんでもない事を突き止めてしまった。
「この子だよ」
中年の男は言った。
「少し薄汚れてはいるが、可愛い顔をしてる。
こっちは病気だな」
工場長は言った。
これは人身売買の見定めをしてるんだ。
私は思った。
震えが止まらない。
証拠写真を撮らなくては。
私は義務感にかられる。
「どうかな。引き取り手ありそうか?」
中年の男は言った。
「どうだろうな。こっちはすぐに引き取り手がつきそうだ。
こっちはどうだろう。まぁ病気の子でも引き取るのもいるからな。
あたってみよう」
と工場長は言った。
私は気が付かれないように、そっと近づき写真を撮る。
(かしゃ)
しまった。音がでてしまった。
「誰だ」
工場長の声がする。
その威圧感のある声に、私は腰を抜かしてしまった。
あぁもうダメだ。もう終わりだ。
私は自らの不幸を恨む。
いや……
恨んでなんかいなかった。
むしろ見つかって。
ここで始末されて本望なのだろう。
私はそもそもいらない子なんだから。
「お前はたしか……新入社員の甲南??」
工場長の声がする。
「へへ」
私は苦笑いをすることしかできなかった。
「お前……まさか??」
工場長は驚いた顔をする。
「そうです」
私は意を決した。
「そうか……、お前も猫好きか!!」
工場長はうれしそうに言った。
「はっ??」
私は工場長が何を言っているのかわからなかった。
「あれだろ。俺が保護猫活動をしてるのをしって、猫に会いたくて来たんだろう」
工場長は言った。
「あぁ……はい」
私は言った。
なにかよくわからない。とりあえずあわせておこう。
私のスパイの直感がそう言っている。
「この子なんだ」
工場長は二匹の子猫を見せた。
「いや。可愛い」
と思わず私は言ってしまった。
「そうだろ。そうだろ。この源さんがな。保護猫活動の仲間なんだけど、捨て猫がいるってな。報告してくれて」
工場長は言った。
「あぁなるほど……」
私は言った。
私の頭は混乱し始めた。
スパイの直感は……。
スパイならぬ。しっぱいになったのか。
いやいやそんな事を言っている場合ではない。
あんな工場長が保護猫活動をしているただの良い人で終わっていいわけがない。
私は思った。
これにはもっと深い裏がある。
スパイは敵側に気取られず、情報を聞き出すのが真骨頂。
小学三年生からいままでスパイ小説や推理小説を読んできたキャリアをなめるな。
私はかならず工場長の裏を暴いてやる。
私はそう決意した。
うゎ。
でも子猫かわいい……。




